30 勇者と奴隷
シャンテは、野営地の中央に置かれた檻の前に立った。
「ロリマ、もう少しお待ちなさい。すぐに出してあげますわ」
「……あなたは誰? もしかして……シャンテ様なの?」
がっしりとした骨格をしているが、やはり奴隷であり細い体をしたロリマは、シャンテの方を見つめながら、確信を持てずにいるようだった。
「シャンテかもしれませんし、そうではないかもしれませんわ。常に疑いなさいな。そうすれば、長生きできますわよ」
「……はい」
シャンテだと確信したのだろう。ロリマは力強く頷いた。
シャンテは背を向ける。
檻には鍵がかかっており、鍵を手に入れなければロリマは解放できない。
モブ化したシャンテであれば、鍵を手に入れることはできるだろう。
だが、誰か解らない者が、勝手に牢の鍵を開けようとすれば、さすがに兵士たちが止める。
シャンテは牢に背を向け、勇者マリアの懐から失敬した保存食を後ろ手に投げ入れて歩き出した。
マカロンと魔族たちがいた場所には、すでに誰もいない。
少し離れた場所に、勇者マリアたちが談笑している。
さらに離れて、兵士たちが分散して野営の準備をしていた。
勇者マリアと4人の仲間達は、車座になって簡易カマドを囲んでいた。
火に鍋がかかっており、スープを作っているのがわかる。
仲間達の中で唯一の女性である勇者マリアが、自ら材料の野菜や干し肉をちぎって鍋に入れている。
他の仲間達が火加減の調整や食器の準備をしている中、何もせず座ったままのソマリア王子が尋ねた。
「それじゃ、シャンテは奪った金を返すことに応じたのか?」
シャンテは、鍋をかき回している勇者マリアの背後に座った。
モブ化しているシャンテに、誰も注意を払わなかった。
「うん。隠し場所は教えてくれなかったけど、すぐに話してくれると思うよ。シャンテのことは、もう大丈夫。オレたちの味方だって、言ってくれたんだ」
「本当かい? あのシャンテだぞ。信用できるのか?」
荷物の中から追加の肉を出しながら、商人のセイイが言った。
体が大きく、禿頭である。商人の割に、最も態度が悪いのがこの男だ。
シャンテは、メモを取り出してセイイの言動を書き留めた。
「そんな言い方しないでよ。シャンテだって……辛い目にあってきたんだから」
「ああ。私がシャンテとの婚約を破棄したのは、事実だしな」
勇者マリアが注いだスープの味見をしながら、ソマリア王子が頷く。
「死刑になるようなことをしでかしたんだから、仕方なかったんでしょう?」
神官クロムが尋ねた。追加で入れるのか、野菜を刻んでいた。
「その話は止めよう。シャンテも、王妃様を怒らせただけかもしれないんだ」
魔術師カラスコは、杖を操って火の調整をしている。
ソマリア王子の顔色を伺っているのは、王妃が救い出されたばかりであり、王子はその息子だからだ。
「シャンテに、ソマリア王子よりお金持ちで若くて優しい男を紹介するんでしたわね」
シャンテは、マリアの背中に向かって言った。
発言をしたのが誰かを、誰も気に留めなかった。
マリアが背後も見ずに頷いた。
「ソマリア、誰かシャンテに紹介できる人を知らない? オレが嘘をついたことになると、またシャンテに嫌がらせをされちゃうよ」
「あいつ、本当に役に立つのか? 金貨を取り戻したら、殺したらどうだ?」
「セイイ、無益な殺しはやめてください」
商人セイイの物言いに、クロムが首を振る。
セイイは肩をすくめて黙った。ソマリア王子が口を開く。
「単純に金持ちってことなら、セイイが務める商会の旦那さんの倅がいいだろう。国家予算に縛られている私より、自由になる金は多い。だけど、シャンテは公爵令嬢だ。金持ちだが平民の男に、嫁ぐだろうか」
「公爵家の体面など、気にしますかね?」
ソマリアの疑問に、宮廷魔術師カラスコが呟いた。
「他にはいませんの?」
シャンテがぼそりと尋ねる。
マリアが鍋から仲間達にスープを注ぎ分ける。
シャンテが受け取っても、誰も疑問に思わないようだった。
「後は、他国や帝国の王子だな。条件が合う人がいるかどうか、調べてみよう。シャンテは……魔王に……ってのは、本当なのか?」
ソマリアが尋ねる。マリアが頷いた。
「うん。魔王の奴隷だって……」
マリアが口を濁す。全員が視線を逸らした。
マリアも、魔王によって辱められている。
ただ、シャンテだけが口を開いた。
「そんなことで、女の値打ちは下がりませんわ」
「そ、そうだよ。そんなこと、犬に噛まれたと思えばいいんだ」
マリアが声をはりあげる。
「じゃあ、俺たちは犬か?」
セイイが揶揄した挙句、ソマリアに殴られていた。
「檻の中のあの子にも、食事が要りますわね。味方にするつもりなら」
「あっ……そうだね。持っていってくれる?」
マリアは振り返り、シャンテにスープが入った器とパンを押し付けた。
受け取ったシャンテを、マリアが一瞬見つめる。
シャンテが見つめ返すと、戸惑ったように視線を外した。
シャンテは尋ねる。
「鍵はどこですの? 信用するなら、ここに呼んだらいいでしょう」
「それはダメだよ。だって、まだ金貨の場所を聞いていないもの」
「仕方ありませんわね。私の分はありませんの?」
「あっ……そうだね」
シャンテが請求すると、勇者マリアはトレイを探し、平らな板に2人分のスープとパンを乗せた。
※
シャンテは、ロリマに食事を差し入れ、一緒に食事をとった。
一晩を檻の横で過ごし、目覚めると、勇者マリアと仲間達が立っていた。
勇者マリアは、険しい顔で檻の中を見つめているが、足元で起きたばかりのシャンテには気づいていない。
誰かがいることは把握しているが、それがシャンテだとはわかっていない。
「おい、これがシャンテか? どう見ても……ただのスタイルのいい美人だぞ」
「『スタイルのいい美人』だっていう意味がわからないけど、オレにもシャンテには見えないね。でも……昨日、オレと手を繋いだまま、色々話した人に間違いないと思う。なら、シャンテなんだよ。だって、オレはシャンテ手を握ったまま、2人きりになるまで、ずっと離さなかったんだ」
セイイの問いに、勇者マリアが、自分に言い聞かせるように発言した。
ソマリア王子が、檻に向かって問いかける。
「おい。君の名前は?」
シャンテと同様、起きたばかりの奴隷、ロリマが眠そうに目を擦った。
「ロリマ」
「えっ? シャンテじゃないの? だって昨日は、シャンテだって……」
「言っていませんわね」
シャンテは、会話の内容は全て聞いている。
マリアは、手を繋いたままだったため、ロリマをシャンテだと信じきって話していた。
名前は尋ねていない。
発言したシャンテに、マリアは視線も向けなかった。
どうして知っているのかとも、尋ねなかった。
「カラスコ、これから尋問する」
ソマリア王子が言うと、魔術師は杖を構えた。
「わかった。嘘をついていれば、すぐにわかる」
「お前は何者で、シャンテとはどう言う関係だ?」
「私は奴隷で、シャンテ様はご主人様よ」
「嘘ではないですね」
カラスコが応じると、ソマリアが歯噛みした。
「人間を奴隷にすることは禁じられている。シャンテの奴……そこまで堕ちたか……」
「待って、ソマリア。確かに、王国では人間を奴隷化することは禁じられているけど、他国で買った奴隷を連れ歩くことは禁じられていない。首輪をつけたり、焼印を押したりすれば、罪になるけど……それはないみたいだし、そもそもシャンテがやらかしたとは限らないよ。王宮にも、他国から買った奴隷は何人もいるはずだ」
神官のクロムが口を挟む。神官は、法や制度を学ぶ。法律担当の宰相として王宮に入ることも多い。
「そうか……シャンテとの連絡手段はどうなっている?」
「そんなものないわ。多分、迎えに来てくれる」
ロリマは言った。ロリマは、一晩中シャンテと一緒にいたのだが、本人にはその認識はないのだ。
シャンテは勇者たち一行の側で、座ったままことの成り行きを見ていたが、ロリマはそばにいるのがシャンテだとは認識していない。
「本当です」
カラスコが確認する。
「じゃあ、シャンテはどこに行ったの?」
「マリア、それを知っているのは、君のはずなんだ」
ソマリアの言葉に、マリアが唇を噛んだ。
「じゃあ、昨日……お金のありかを教えるって言ったことは?」
「言ってないですわね」
ロリマは答えない。答えたのはシャンテだ。事実として、言っていない。マリアが勝手にそう解釈しただけだ。
「オレのことを、許してくれるって言ったことは?」
「ロリマはもともと、恨んでいませんもの」
やはりシャンテが口を挟む。口を挟んでいるのがシャンテであることも、誰かが口を挟んでいることすら、誰も気にしていない。
「シャンテの結婚相手を探すって言ったことは? 君はどう思っているの?」
「あなたに見つけられるような相手でしたら、願い下げですわ」
勇者マリアに返答していたのはシャンテだが、マリアはその答えを檻の中のロリマが言ったものとして受け取っているようだ。
「マリア、この子、どうするんだ? シャンテでなければ、もう要はないだろう。金のありかも知らないようだし、奴隷に罪はない。解放するか?」
ソマリア王子の問いに、マリアは首を振る。
「この子は、シャンテが迎えに来るって言ったんだ。オレも、シャンテは仲間を……ううん。自分の財産を手放すような真似はしないと思う」
「説得力あるな……痛てっ」
口を挟んだセイイの足を、シャンテは蹴飛ばしていた。
マリアが続ける。
「一緒に連れて行こう。ロリマだったね。解放はできないし、こんなところで解放されても、君も困るだろう? オレたちとおいで。途中でシャンテがいたら、教えてくれるよね?」
「いいわ」
ロリマが答えた。
シャンテは、小さく頷いて立ち上がった。
マリアが鍵を取り出し、檻を開ける。
「ごめん、自由にはできないんだ。罪人用の首輪をつけさせてもらうよ。待遇は酷くしないから……シャンテが来るまで、我慢して」
「仕方ありませんわね」
勇者マリアが取り出した鎖つきの首輪を、シャンテは受け取り、自分の首にはめた。
驚いて口を開けるロリマに、シャンテは囁いた。
「マカロンたちは、北にある人間の城に向かいましたわ。そこには、魔王がいますのよ。合流なさい。それほど、離れていないはずですわ」
シャンテに言われ、言われた内容に、ロリマは驚いた。
シャンテは、首輪をはめて、檻を出る。
シャンテの背後からロリマがこっそりと檻を出たことを、誰も気に留めていなかった。
ロリマは、生まれつきの奴隷である。
父は魔族であり、魔族としての特徴はなにも持ち合わせないが、肉体は強い。
自然にあふれた魔王領で奴隷をしていため、狩猟や野営はひとりで苦もなく行えるのだ。
それを知っているからこそ、シャンテはロリマを解放した。
移動生活が長くなり、これ以上歩きたくなかったシャンテは、楽に移動する手段として、勇者たちの馬車を選択したのである。




