29 悪役令嬢シャンテと勇者マリア
勇者マリアは凛として立ち、騎士兼王子のソマリアや、若き宮廷魔術師カラスコ、大神官を父に持つクロム、大商会の番頭セイイを引き連れていた。
錚々たる肩書きを持つ男たちを引き連れるマリアは、神々しくさえあった。
「シャンテ、少し本気で話をしよう」
マリアは言いながら、手を差し伸べた。
「マカロン、黙っておいでなさい。これが、勇者ですわ」
「シャーッ!」
勇者が、父である魔王の天敵だと、タヌキのマカロンは知っていた。
シャンテの背から降り、袋から出たマカロンは、人の言葉を発さずに毛を逆立てて、威嚇の唸り声を放った。
「オレたちもシャンテの仲間も5人ずつだ。もし、これでも不服なら、オレも檻に入る。ただし、オレとシャンテと、2人きりにして欲しい」
「よろしいんですの? 檻に入るのが私とマリアだけなら、他の人たちは逃げるかもしれませんわよ」
「シャンテさえ逃さなければ、同じことだ。あれだけの金貨だ。シャンテが隠し場所を知らないはずがない」
ソマリア王子が口を挟んだ。
「仮にこの4人が逃げても、罪は私1人に負わせる算段ですわね」
シャンテが笑った。マリアは、手を差し伸べたまま、誰も握らないことに動揺を見せていた。
戸惑っているマリアの代わりに、宮廷魔術師カラスコが口を開く。
「……平民100人を罪に問うより、公爵令嬢子1人を死罪にする方が難しい。シャンテが罪を負うのなら、他の連中は逃しても構わない。だが……馬車で逃げていくとき、高度な精霊魔術を使った者がいる。魔族じゃないだろうな?」
バロモンテもグロウリスも、肌の色は変えている。
他の魔術を使用すると、肌の色は戻ってしまうらしい。
馬車の上では肌を隠していたわけではないが、カラスコもソマリアも、魔族だと考えていないようだった。
何より、ゼルビアの宿屋では、至近距離で戦っている。
肌の色により、よほど印象が変わっているのだろう。
「我々は、マカロン様のご親友、シャンテ様に従います」
魔族の男2人が頭を下げた。捕まるにしろ、抵抗するにしろ、シャンテに任せるということだ。
元より、奴隷の2人に選択権はない。
「……仕方ありませんわね。マリア、手をお出しなさい。ずっと握っていないと、私が本当にシャンテなのかどうか、不安になるのでしょう?」
言いながら、シャンテはロリマの手を掴んだ。マリアが頷く。
「……うん。やっぱり……シャンテには、何か特殊な力が働いているんだね。それが、何度もオレたちを欺いた秘密なの?」
「話は、2人きりになってからですわ」
「うん。そうだね」
言いながら、マリアはシャンテに言われるまま、手を差し出した。
檻の扉が開く。
扉の中から、シャンテは掴んだままのロリマの手を、マリアに握らせた。
「さあ、お入りなさい」
「うん」
シャンテに促され、勇者マリアは檻の中に入る。
真っ先にシャンテが外に出た。
マカロンが足元にまとわりついている。
アダル、グロウリス、バロモンテと続いた。
「2人きりになるのが目的ですわ。お離れなさい」
シャンテは、ソマリア王子たちに告げる。
王子たちは頷き、檻から距離を取った。
シャンテはマカロンを抱き抱え、その後に続く。
「マカロン様、逃げないのですか?」
檻から出てしまえば、タヌキであるマカロンが逃げるのは簡単だった。グロウリスが、マカロンに囁いた。
だが、シャンテが檻の中に残っていると考えているのは、勇者の仲間達だけではない。
マカロンも同じだった。
「シャンテを置いて行けないわ」
「強引にやれば、死人が出ますわよ。少し、様子を見るといいですわ」
「ふん。奴隷が、マカロン様を抱くなど恐れ多い」
答えたのがシャンテだと気づかず、バロモンテが叱る。
マカロンが首を振る。話しているのがタヌキだとバレないよう、小声で言った。
「いいえ。この子、なんだか心地よいわ。まるで、シャンテに抱かれているみたい」
「私、魔族の乳母になれそうですわね」
独特の言い回しに、マカロンが驚いた。
「えっ? どうして? ひょっとして……シャ……」
首を上向けて、名前を呼びそうになったマカロンに、シャンテは指を立てて黙らせた。
檻を遠くに眺める位置に、勇者の仲間たちが腰を下ろす。
シャンテは、マカロンに囁いた。
「マカロンなら、あの檻の中の会話、聞こえませんの?」
「聞こえるよ」
マカロンは、耳をぱたぱたと動かした。
「こっそり、教えていただけます?」
「うん。小さな声で話すから、ぎゅってして」
「わかりましたわ」
シャンテはタヌキを抱きしめ、タヌキの口元が耳にあたるようにした。
勇者の仲間たちは、シャンテの仲間たちには興味がないらしく、話しかけることもなく、ただ遠巻きにして檻を見つめていた。
マカロンが人間とは格段に性能が違う耳を使い、シャンテに囁いた。
「えっと……『シャンテ、君とは、一度きちんと話さなければならないと思っていたんだ』だって……可笑しいわね」
「マカロン、気持ちはわかりますけど、今は聞いた事をそのまま言って下さいな」
「うん。奴隷が言ったのかな? 『話せば』」
シャンテはほくそ笑んだ。
「さすがはロリマですわね。連れてきて正解でしたわ」
ロリマがシャンテを演じているのではない。ただ、自分の主人でもない人間に、愛想を振りまく女ではない。
シャンテは、アダルとロリマを比較し、あえてロリマを選んだのだ。
マカロンが続ける。
「『シャンテ、オレが悪かった。でも、ソマリアは返せないよ。だって……オレだって、幸せになる権利はあるだろう? ソマリアはオレを大切にしてくれるし……オレは、魔王を倒すために頑張っているんだ』」
マカロンは言いながら、前足でパンチを打つポーズをした。
シャンテが首の後ろを掻いて宥める。
「『それで?』」
「『だけど……魔王討伐には、シャンテの力が必要だ。シャンテは認めないかもしれないけど、シャンテがいなければ、オレは多分……魔王に魅入られていた。シャンテが救ってくれたんだ』」
「不可抗力ですわ」
シャンテは、初めて魔王と会った時、魔王の背中を祝福された剣で突き刺した。その時は、マカロンとも知り合っていない。
マカロンが続ける。
「『へぇ』」
「『シャンテ、オレたちに協力して。シャンテがいれば、今までとは違った戦い方が出来そうな気がするんだ。もちろん、これまでのシャンテの罪を帳消しにするよう、勇者の名前で嘆願するよ。シャンテに相応しい結婚相手を探す。ソマリアより格好良くて、お金持ちの素晴らしい男性を探すよ』」
「そんな男がいたら、マリアがさらって行くでしょうに……どれだけ、お花畑なのかしら」
シャンテは呟いたが、誰にも聞き咎められなかった。
耳元で囁かれているマカロンすら、どうして勇者の言葉を口にしているのか、忘れかけている。
それでも、マカロンは続けた。
「『私は奴隷だよ。どうして、魔王様に逆らえるんだい』
『そう、奴隷……えっ? 奴隷だって? シャンテ、まさか君も……魔王に貞操を……』
『まあ、何度かね』
『シャンテ、ごめん……オレのせいだ』
『どうして? 悪くなかったよ』
『そ、そんなこと……言わないでよ。シャンテなら、許さないだろう? 魔王はシャンテを汚したんだ。一緒に戦おうよ』
『私は戦わないし、あんたとも一緒しない』
『シャンテ……じゃあ、また……オレやソマリアに、嫌がらせを続けるの?』
『別に……興味ないし』
『そう。よかった。なら……残りの金貨がある場所を教えてくれたら、解放するよ。シャンテは敵じゃない。そうみんなに告げていいんだね?』
『そうだね。シャンテ様は味方だ』
『うん。ありがとう』」
勇者が立ち上がったのが見えた。
檻の扉を開け、1人で檻を出ていく。
「ねぇ……どういう意味なの?」
マカロンが首をかしげる。
シャンテは、抱いていたマカロンを護衛のグロウリスに押し付けた。
隣でただ座っていたアダルの背中を押し、バロモンテに押し付けた。
シャンテが声をひそめる。
「おーほっほっほっほっ。私のことが誰か、お分かり?」
「えっ? シャンテさん?」
小声であっても、シャンテが笑うと、魔族の2人が目を向いてシャンテを見た。今まで気づいていなかったのだ。檻の中に居るのがシャンテだと思っていたらしい。
シャンテは唇の前に指を立てた。
「マカロンとアダルを抱いて、お逃げなさい。魔族の力を使っても構いませんわ。ゼルビアに行きたいところでしたけど、トワイスの魔王様のお城の方が近いし、味方もいますわね」
「シャンテはどうするの?」
「あの子を連れ出しますわ」
シャンテは、檻の中に残されたロリマを指さした。
「すぐにまた会える?」
「森の中で、高笑いしますわよ」
「うんっ!」
マカロンが元気よく答える。シャンテは慌ててその口を塞いだ。
魔族の2人が苛立った舌打ちをする。
魔族の姫に対して、あまりにも無礼である。
だが、そのような行為をするのは、シャンテだけであることを知るマカロンは、むしろ嬉しそうにシャンテの指を舐めた。
「では、トワイス王国のお城、できれば、その手前で」
「承知しました」
魔族の男たちが、それぞれの腕にタヌキと奴隷を抱き、地面を蹴った。
シャンテは膝を払い、檻から出てきた勇者マリアとすれ違う。
勇者マリアはすれ違ったのが誰かにも気づかず、足取り軽く仲間たちの元に向かった。




