27 亜空倉庫
シャンテたちが盗んだ馬車には、保存食だけでなく、金貨で支払う軍資金が積み込まれていた。
シャンテは木箱を確認し、金貨およそ四万枚が積まれているのを見てとった。
「美味しくないわ」
「マカロン、食べ物ではございませんわ」
「違うの?」
タヌキの姿の魔王の娘マカロンは、金貨を齧っていた。
「魔族だって、お金は使うはずですわ。人間の街で、お金を出したって言っていたではありせんの。どうして、マカロが金貨を知らないんですの?」
「えっ? 人間のお金って、これでしょう?」
マカロンは、腹に荷物を入れられるらしい。それが皮に縫い付けたのか、あるいは服のようなものか、あるいは生まれつき備わっているものかまで、シャンテは追求しなかった。
だが、マカロンは腹の辺りから、紐が通された銭の束を引っ張り出したのだ。
「これ……銅銭ですわね。確かに、これもお金ですけど……金貨は一枚で、これより価値がありますのよ」
シャンテは、マカロンが取り出した、長い銅銭の束を持ち上げた。
「……価値ってなに? お金はお金でしょう?」
「あなたたちは、ご存知でしょう?」
マカロンの護衛の魔族は、いまだに1人は馬を制御し、1人は後方に魔法を放っていた。
シャンテが尋ねたのは奴隷たちだ。
「魔族の街には、そんなもので物を買える店はないです」
「私たち、生まれた時から魔族の街で奴隷やっていますから、見たこともないです」
ロリマとアダルが口々に言うが、転がった金貨に目を奪われているのは間違いない。
一方、マカロンは金貨の山から拾い上げたものを、一枚一枚噛んで、味がしないことを確認している。
どうやら、金に心を奪われるのは、人間という種族の本能のようなものであるようだ。
「マカロン、これだけの金貨があれば、お菓子の家がつくれますわよ」
「えっ? 本当?」
「人間にとっては、大いに価値がありますのよ」
「これは?」
マカロンが、銅銭の束を持ち上げる。
「私たちがお会いした宿でしたら、一回の食事にも足りませんわ」
「これ……そんなに凄いの? こっちの方が、美味しいのに」
マカロンは、転がった金貨をぺしぺしと叩いた。言いながら、銅銭を舐める。銅は錆びるが金は錆びない。その違いが、味に出ているのだ。
「お金の価値は、味とは無関係ですわ。でも……これで、マリアたちが追ってきている理由もわかりましたわね。あの淫乱、男だけでなく、金にも汚いのですわ」
勇者マリアの個人資産では当然なく、隣国への援助資金だから追ってきているのだとは、誰も指摘しなかった。
シャンテすら、そこまでは把握していない。
「バロモンテ、お退きなさい」
「退いて!」
魔族の2人は、シャンテの指示に従わないことが多い。
それは、言ったのがシャンテだと認識できないためだが、従わない理由を知っているのはシャンテだけだ。
マカロンがシャンテの命令を繰り返すのは、魔族に従わせるためである。
「はっ」
水色の肌の魔族が後方の道を凍らせながら場所を空ける。
シャンテは、ロリマに手伝わせて、金貨が詰まった木箱の一つを放り出した。
「おーほっほっほっほっ! あなたたちの目的はお返ししますわ! 好きになさいませ!」
「シャンテ、これだけじゃ、足りない!」
追ってきていた勇者マリアが叫ぶが、木箱の中身が狭い道にぶちまけられ、辺りを金色に変えた。
流石に馬を止め、勇者たち一行は金貨を集め始めた。
「これで、しばらくは追ってきませんわね」
シャンテが振り返ると、マカロンが寂しげに佇んでいた。
「シャンテ……お菓子の家は?」
金貨でお菓子の家が建つと、シャンテは言った。ただの説明のためだったが、マカロンはシャンテがお菓子の家を建ててくれると信じていたのだ。
「心配いりませんわ。マカロン専用のお菓子ハウスでしたら、十分に建ちますわ」
「わぁい。シャンテ、街に行ったら約束だよ」
マカロンは後ろ足で立ち上がるほど喜んだ。
シャンテの頭の中では、お菓子で作った犬小屋が出来上がっていた。
マカロン専用ハウスであれば、犬小屋で十分だろうと、シャンテは確信していた。
勇者たち以外に追ってくる者はなく、いたとしても金貨を拾い集めることを優先するはずなので、馬車は速度を落とした。
シャンテが投げ落とした金貨は、実に1万枚である。
散らばっているのを放置することはできないはずだ。
荷車にはまだ、シャンテの目算で3万枚の金貨がある。
シャンテの考えでは、マカロンのお菓子ハウスは、金貨一枚でもお釣りが出るはずだ。
追手を振り切り、移動手段と食料、資金を手に入れたシャンテは、街道の宿場町を目指すつもりだった。
だが、目算は違った。シャンテと同行しているのは、全員が魔族の常識しか持ち合わせていなかったのだ。
※
シャンテが奪った馬車は、狭い街道を遡った。
これからさらに悪路が続くと見込まれた場所で、御者を勤めていたグロウリスが馬車を止めた。
「どうしたんですの?」
「これ以上は、歩いた方がいいでしょう」
グロウリスが、緑色の横顔を覗かせた。
「わかったわ」
マカロンが応じる。奴隷のロリマとアダルも頷いた。
「歩くって……歩いてゼルビアの王都……私とマカロンが会った街に行くんですの?」
「はい。ここから先は、道が悪く、馬で追って来られれば追いつかれます。乗り捨てた方が賢明です」
「荷物はとせういたしますの?」
荷車の中には、大量の保存食と金貨が詰め込まれている。
「もちろん、持って行くのよ」
マカロンが言った。外で警戒をしていた、水色の肌をしたバロモンテも中に入ってくる。
「持っていくって……こんなに持てるはずがございませんわ」
「シャンテは人間だから、持たなくていいわ。奴隷たち、手伝いなさい」
「はい」
マカロンが言うと、ロリマとアダルは当然のように答えた。
すると、グロウリスとバロモンテが、大量にある食料を、消してしまった。
「……えっ? 消えましたわ。どこに行ったんですの?」
一抱えある荷物が、忽然と消えた。シャンが慌てると、マカロンが笑う。
「人間が、亜空間を利用できないって本当なんだね。奴隷たちだけかと思っていたけど、シャンテが知らないなら、間違いないみたい」
マカロンは、現在はシャンテをしっかりと見ていた。
奴隷たちが次の荷物を運ぼうとしている中、シャンテだけが呆然としているため、間違えようがなかったのだ。
「……『亜空間』……ですって?」
「うん。そう呼んでいるよ」
マカロンは、タヌキの顔でこっくりと頷いた。
「わ、わかりましたわ。どのぐらい入れられるんですの?」
シャンテは、自分が動揺していることを感じていた。
魔族だけが使用できる能力があったとしても、驚くことではない。だが、もし限度なく持ち歩けるなら、これほど便利な能力はない。
「いくらでも入るよ。でも、取り出せるようにしておかないといけないから……入れた荷物と同じだけ、体重が増えるの。だから、私はあまり使わないよ。体が重くなった時、野生のに襲われたら大変だもの」
マカロンは、身を震わせた。
その間にも、グロウリスとバロモンテは、奴隷たちの手を借りて次々に食料を消している。
亜空間にしまっているのだ。
「なら……これを優先すべきですわ」
シャンテは、金貨の入った箱を指差した。
「無理よ。いくら2人が力持ちでも、こんな重たい物をずっと持ったままでいられないでしょう?」
マカロンが押してみても、木の箱は動かない。取り出せるようにしておくことで、その重さが負荷として魔族にかかるのだ。
「……そうですね。少し、無理があります」
「では、お菓子の家は諦めるんですの?」
「……ううっ……」
マカロンが落ち込んだ。緑色のグロウリスが慌てて金貨の箱を持ち上げ、絶望的な顔をした。それだけ重かったのだ。
「取りだせなくなくてもよければ、いくらでも入るのでしょう? その、亜空間には」
「うん。でも、取り出せないと意味がないわ」
「中に入れた魔族が死ぬと、亜空間に入れたものはどうなりますの?」
「誰も取り出せないよ。何がどこにあるのか、わからないもの」
「あなたたちは魔族でございましょう。物を探したり、取り寄せたりする魔法があるはずですわ」
マカロンは、グロウリスとバロモンテを見上げた。2人のおかげで、荷車に積まれた食料の大半が消えていた。
それはかなりの重量になるはずだが、2人は苦しんでいる様子を見せなかった。
それでも、金貨の箱は無理だというのだ。
ならば、可能な限りの金貨にするべきだとは、人間であるシャンテの意見である。
マカロンは、金貨を貨幣だと理解していなかった。
護衛の2人は、かつて一緒にゼルビアの王都まで旅をしているのだ。
認識は一緒のはずだ。シャンテ以外、誰も金貨の価値を理解していないのだ。銅貨の方が美味しいから価値があるはずだという、マカロンの認識に従っているのだ。
「シャンテ様、我々の魔法は、自然に働きかけ性質を変化させることに特化しております。物を探し、引き寄せる魔法などは、魔女や人間の魔術師がすることです」
グロウリスは言った。できないのかどうかはわからないが、少なくともその方法を知らないのだ。
シャンテは理解した。
魔女や魔術師なら、取り出す魔法を知っている。だが、亜空間というものを利用できない。
「……わかりましたわ。なら、マカロン、これぐらいなら持てますの?」
シャンテは自分の巾着に、箱の中の金貨を詰めた。
「うん。平気」
「我々も、少量ならお持ちできます。何に使うのかわかりませんが、シャンテ様が重視しているのはわかりましたので」
バロモンテが布を取り出した。金貨を包むのだろう。
マカロンと護衛の2人が作業している間に、シャンテは自分の金色の髪を数本ちぎった。
意味があるのかどうかは分からないが、何もしないよりはいいかもしれないと思い、千切った自分の髪を、金貨の入った箱に少量ずつ入れる。
「それが終わったら、残りの金貨は、亜空間とやらに詰め込んで下さいませ。取り出せなくてもかまいませんわ。このまま、勇者たちに見つけられて、魔王様を倒すための資金にされるよりはましでございましょう?」
「えっ? さっきのあれ、勇者だったの?」
マカロンが馬車の背後を見て、毛を逆立てた。威嚇行為だが、現在は威嚇する相手の姿はない。
思い出して腹が立ったのだろう。
「ええ。間違いありませんわ。勇者にとって大切なものだから、奪ったのですもの」
「さすがシャンテ。お礼にこれあげる」
「……まあ……ありがとうございますわ」
シャンテは、マカロンから渡された抜け毛の塊を受け取った。
「抜け変わりの時期ですの?」
「マカロン様の抜け毛は、魔力がこもった大変価値のあるものです」
バロモンテが解説する。シャンテは首を傾げながら、魔王の折れた角や王妃の牙と一緒の袋に入れた。
荷車の中の荷物をほぼ空にして、シャンテと魔王の娘マカロン、護衛のグロウリス、バロモンテ、奴隷のアダルとロリマは、道すらない森の中に分け入った。




