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悪役令嬢シャンテの狂気と『モブ化』のスキル  作者: 西玉


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26 隠されていた荷物

 馬車を奪ったのは、魔王の姫マカロンの従者、グロウリスとバロモンテである。

 2人は逞しい青年で、頭部に角があり、瞳や耳の形状、鼻の形や顎の張り出しが、人間より突出している。


 その他、グロウリスの肌は真緑であり、バロモンテの肌には水色に白い渦巻き模様が浮き上がっている。

 魔族の男は全て卓越した魔術師であり、かつ戦士である。

 2人は魔法で肌の色を変え、顔を僅かに変えることで、見た目は人間に擬態していた。


 魔王の場合は、角以外はほとんど人間なのを、恐ろしい姿に擬態する。

 魔法で体をコーティングしている状態なので、穴を開ければ魔力が漏出して元の姿に戻るのは、シャンテは経験済みだ。


 シャンテとマカロンが、走り出した馬車に乗り込んだ時には、グロウリスが御者を勤め、バロモンテは馬車の向きを強引に誘導しているところだった。

 荷車の中は荷物だけだったが、魔王領から連れてきた2人の女性が乗り込んでいた。


 1人は、シャンテが知り合ったロリマであり、しっかりとした体格の肉づきのいい美しい女性である。

 もう1人、シャンテは高齢のシティを誘ったが、シティは人間の街から逃げてきたところを魔族に拾われていた。


 人間の街に行くのを拒絶したため、無理強いはしなかった。

 代わりに、マカロン付きのアダルと呼ばれる小柄な少女を連れてきた。

 やはり魔族の父と人間の母を持つ、魔王領生まれであり、魔族としての特長は引き継がなかったが、高い身体能力で狩猟を得意としている。


 ロリマとアダルを連れてきたのは、シャンテが奴隷を希望したからだ。

 それは、シャンテだけで魔王領の森を抜けるのが難しいことを、自覚していたからである。

 シャンテの求めに応じる形で決まったロリマとアダルは、シャンテの奴隷として認められた。

 もともと、マカロンと王妃の奴隷だったのを譲渡された形になる。


 人間であるシャンテが奴隷の所有者となることは、魔王領では認められていない。

 だが、明確な規則があるわけでなく、あくまでも慣例である。

 シャンテが拒まなかったため、奴隷の譲渡は速やかに行われた。

 魔族は魔法に長けており、それは動物の姿をした女性魔族も同様である。


 魔法で縛る契約によって、シャンテの指に二つの指輪がはめられた。

 奴隷の所有者の証である。

 馬車に乗り込んだマカロンは、かしこまっている奴隷たちに目もくれず、揺れる馬車のなかで起用に積み上げられた荷物に飛びついた。


「あっ、やっぱり生ハムがある。これ、食べてみたかったの」


 いくつも積み上げられた大きな袋の一つを破り、マカロンが肉の塊を口にはさんで引っ張り出した。

 生ハムも、防腐処理された保存食である。

 ただの干し肉とは違い、柔らかい食感と薄く切っても濃厚な味わいが楽しめる。

 高級保存食である。


「さすがマカロン、鼻が効きますのね」

「狙った獲物は逃さないわ」


 マカロンが、生ハムをがりがりと齧りながら胸を逸らす。

 シャンテは別の袋からカンパンを取り出した。


「本当に、保存食しかありませんわね。こんなもので、マカロンのお母様のご機嫌をとれると思っているあたり、勇者の底がしれますわ」

「私、勇者嫌い」


 シャンテが手を伸ばしたため、マカロンはかじっていた生ハムを差し出した。

 シャンテが横に手を出すと、黙って奴隷のアダルがナイフを差し出した。

 シャンテは生ハムを薄くスライスして言った。


「私も嫌いですわ。これから、痛ぶる機会はいくらでも有りますわよ」

「うん。楽しみ」


 シャンテは、カンパンに生ハムを乗せて口に入れた。

 カンパンは硬いが、生ハムと口の中で混ざり合い、非常に美味だ。

 だが、喉が乾く。


「それ、美味しいの?」

「食べてあそばせ」

「うん。あっ……硬くて美味しい」

「マカロンの顎、王妃様譲りですわね」


 タヌキの顎は、人間よりも強い。シャンテが手を伸ばし、マカロンの毛むくじゃらの顎を撫で上げた。

 シャンテはカンパンを袋から取り出し、奴隷であるロリマとアダルに投げ渡す。


「このような貴重な品、よろしいのですか?」


 ロリマは、魔王城で休憩中に会った時とは別人のように従順だった。

 きちんと教育された執事のようだと感じるが、ロリマもアダルも、服装はシーツを体に巻き付けてしばったような簡単なものでしかない。


 魔族の女性はほとんど服を着ないし、魔族の男性は、奴隷が厚着をすることを好まない。その結果、奴隷は薄着になったのだと、シャンテは分析している。

 感謝しながら食べるロリマとアダルは、ただカンパンだけで非常に幸福そうに舌鼓を打っている。


「マカロン様、シャンテ殿、追っ手です」


 走り続ける馬車の後方から、馬に乗りながらバロモンテが乗り込んできた。

 乗っていた馬の背を蹴り、荷車の中に転がり込む。

 バロモンテにとって、マカロンは主人である。


 シャンテはバロモンテにとっては奴隷と同格にしか見えないはずだが、シャンテはマカロンの友人であり、マカロンがシャンテを見下すことを許さなかった。

 ただし、常にモブ化するシャンテを、周囲の者が意識し続けることは難しい。


 現在も、シャンテの名を呼びつつ、視線はマカロンにだけ向けられている。

 人間が3人もいれば、人間の個人の識別ができる魔族の男にとっても、シャンテだと見分けるのは難しいのだ。


「追っ手? なんで?」


 マカロンは、カンパンの硬い食感が気に入ったらしく、食べこぼしながらがりがりと音を立てていた。


「馬車を盗んだからですわ。でも、マリアもケチですわね。この程度の食料なら、トワイス国でも売っているでしょうに」


 シャンテは、荷車に積み上げられた山のような保存食を見上げた。


「お腹が空いているんじゃないの?」

「食事中でしたわよ」

「じゃあ、なんだろう?」


 魔族は自らが強く、女性の魔族は特に物を所有する感覚に乏しい。

 馬車が盗まれたから取り返そうとするという、その感覚が理解できないのだ。


「わかりませんわ。近付いて来ますわね」

「うん。バロモンテ、やっちゃって」

「心得ました」


 荷馬車に乗り込んできた魔族の男は、主人であるマカロンの命令に従い、荷車の後部に移動した。

 顔を出し、腕を伸ばす。


「大気よ、吐き出せ」


 魔族の言葉だ。シャンテにその言葉の意味はわからない。

 ただ、バロモンテが呪禁を唱えると、空気が歪んで見えた。

 大気がうねり、搾り出されるように水が生じる。

 鋭い水の刃が、追ってくる勇者マリアと王子ソマリアに襲い掛かる。


「シャンテ! 戦争を止めるんでしょう! 馬車を返して!」


 水の刃は、鋼鉄すら寸断する。バロモンテの魔術にそこまでの力はなくとも、マリアの馬が負傷して転倒した。

 ソマリア王子がマリアを抱き上げ、自分の馬に乗せてさらに追ってくる。


「シャンテ、あんなこと言っているわ」


 マカロンが、奴隷のロリマに向かって言った。

 マカロンですら、常にモブ化し続けるシャンテを認識するのは難しいのだ。


「おーほっほっほっほっ! バロモンテ、お退きなさい」

「あっ、シャンテだ」

「何? 貴様に命令される覚えは……」

「それはシャンテよ! 言うことを聞いて!」


 マカロンの叫びに、魔族の男は頭を下げた。


「失礼致しました」


 バロモンテが場所を譲り、シャンテはさらに高笑いを上げた。


「おーほっほっほっほっ! この積荷は、戦争の準備でございましょう! 戦争を止めるなんて、おこがましいですわ!」

「違う! シャンテ、誤解だ。シャンテも言っていたじゃないか。魔王の奥さんに、贈り物をしてなだめるでしょ!」


「そんなこと、真に受けていましたの? 魔族と人間が、手を携えることなどできませんわ。そのことが、よくわかりましたもの。殺し合うしかないのなら、勇者としての役目をお果たしなさい」


 馬車は揺れている。揺られながら、シャンテは叫んでいた。


「シャンテ! 君は、オレを認めるんだね!」


 勇者としての役目を果たせと言われたのが嬉しかったのか、マリアは声を裏返した。シャンテが答える。


「もちろんですわ! 勇者が活躍すればするほど、復讐するのが楽しみになりますもの!」

「シャンテ……酷いよ……」


 ソマリア王子と勇者マリアが乗る馬の背後から、魔術師カラスコを乗せた馬が迫ってきた。

 カラスコ自身は、乗馬はできない。ただし、魔術で操っている馬なら別だ。

 遅れたのは、馬に魔術をかけるのに時間がかかったのだろう。

 さらに背後から、商人のセイイが追ってきていた。


 カラスコが杖をかざし、魔術を放つ。

 飛来する火の玉を、バロモンテが打ち払った。

 狭い道の一角で、炎が爆発する。

 炎の爆発で馬が怯えたのか、馬車が揺れる。


 シャンテが立っていられずに、荷車の中で尻餅をついた。

 シャンテの上に、積み上げられていた木箱が倒れてくる。



「シャンテ、危ない」

 マカロンに突き飛ばされ、タヌキのマカロンが木箱に押しつぶされる。

 マカロンは身震いし、のしかかった木箱が弾け飛んだ。

 タヌキの姿をしていようと、魔王の娘なのだ。決して弱くはない。


「マカロン……お手柄ですわ」

「えっ?」


 マカロンが弾き飛ばした木箱のひとつが壊れ、中身が飛び出していた。


 その中には、金貨がぎっしりと詰め込まれていたのだ。

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