25 勇者マリアの災難・再び
勇者マリア一行は、ゼルビア王国の王妃フォリアを救出し、ゼルビア王国に届けた。
隣国であり、魔王領と直接接している重要な国トワイスの王城で保護されていたと報告してある。
トワイスの王城で、勇者マリアは魔王らしき人物に遭遇している。
実は仲間たちを含めた5人全員が対面しているが、人間の国の王だと認識していたため、マリア以外の4人は、魔王と対面したとは思っていない。
マリア自身、王宮の奥に踏み込んだ際、シャンテが魔王と呼んでいなければ、魔王本人とは思わなかったはずだ。
マリアが王城の奥であった魔王らしき人物と、王として謁見したトワイスの若き王は、どう見ても同一人物だった。
ならば、トワイスの国王は魔王なのだと、勇者マリアは結論づけられずにいた。
人間と魔族は、長い間争ってきたのだ。
人間の方が圧倒的に数で勝っていても、魔族の戦士は強く、魔物を従える能力に秀でている。
その魔族の王が、人間の王国の玉座にいた場合、まず本物の国王はどこにいったのかという疑問を持つ。
まさか、ずっと魔王が人間の国の国王を演じていたとは思わないのだ。
魔王として直接対面したのはマリアだけであり、仲間達も、王城の奥に魔王がいたという事実すら信じなかった。
結局、フォルス王妃を帰国させ、王に報告をした際には、トワイス王国の協力により奪還したのだといわざるを得なかった。
ただ、魔王城では戦争の準備が進められ、トワイス王国は近いうちに戦争状態に突入することを報告した。
トワイス王国は、歴史上何度も魔王軍と戦争を行なっており、甚大な被害を出しても、決して援助を求めたことはない。
それが、戦争の原因が魔王と妻の夫婦喧嘩であり、人間の兵力がいかに損害を受けても、魔王は気にしないのだとは、誰も考えていなかった。
広く知られた事実として、トワイス王国は王政を敷きながら、封建体制である。
王は君臨すれども統治を行わず、王都以外の全てが貴族諸侯の領地である。
王家は軍隊を持たず、戦争があれば地方の貴族たちに出兵を命じるのだ。
ゼルビア王は、トワイス王の潔い態度に感銘を受け、高額の資金援助と、戦端が開かれる際には兵一万を援軍として派遣することを決めた。
実際の戦端がいつ開かれるのかは不明であり、勇者マリア率いる魔王討伐部隊に、援助資金の運搬とトワイス王国への協力が王命として下った。
勇者マリアは、援助資金のうち、金貨五千枚相当を石鹸や保存の効く高級食材、料理器具の調達に当てた。
仲間達は不思議がっていたが、魔王らしき人物とシャンテとの会話を思い出してのことである。
援助資金は、マリアが護衛する当面の分だけで金貨五万枚にも及び、マリアが使用したのはその十分の一だったが、一台だった輸送用の馬車が3台に増えるという結果をもたらした。
勇者マリアと騎士位を持つソマリア王子、宮廷魔術師カラスコ、神官クロム、商人セイイの5人は、ほぼ雑用担当の兵士たちを指揮しながら、ゼルビア王国からトワイス王国に戻ってきた。
道中の街道の整備も、王国としては一切行わないことを明言しており、魔物に何度も襲撃を受けたが、マリアと仲間達で撃退した。
翌日はトワイスの王都に入ろうという場所で野営し、焚き火に干し肉を炙りながら星を眺めていた。
「ああ。ちょうどいいところに、商隊がいましたわね。どちらに行かれますの?」
マリアは、隣に座って鍋からスープをかき出している女に尋ねられた。
どこかで会ったような気がするが、どうしても思い出せなかった。
どこに行くのか聞くぐらいなので、一緒の馬車で旅をしてきた仲間ではないはずだ。
「トワイス王国だよ。その国の王に会わなくちゃならない。それと、オレたちは商隊じゃないよ」
「あらっ……残念ですわね。方向が逆ですわ。馬車が4台もあるのですから、1台ぐらい逆方向にいきませんの?」
「おかしなことを言うね。必要があって、4台も馬車を連ねているんだよ。ゼルビアに戻る用ができたらそうするけど、君のために引き返させることができるはずないだろう」
「ですって」
「ケチ」
女と並び、スープを飲んでいたタヌキに罵られたような気がして、マリアは目を細めた。
タヌキがスープを飲んでいる。
それ自体は不思議ではないが、どうしてタヌキがいるのかという問題はある。ちなみに、タヌキが器を前脚で持ち上げてぐびぐびと飲んでいるのが普通なのかどうか、マリアにはわからなかった。
「君、それ……」
「首に巻くと温かいですわよ」
「あ、ああ……そうだね」
女は、タヌキを襟巻のように言った。マリアには、タヌキは生きているように見えるが、女が操っている剥製だろうと理解した。
知り合いに、そんなことが得意な女がいたような気がする。
「シャンテ、巻く?」
タヌキが言ったが、マリアには、タヌキが喋ったのだとは断言できなかった。
「夜、寝るときにお願いしますわ」
「ちょっと待って。誰か、『シャンテ』って言った?」
女の返事より、タヌキが喋ったことより、タヌキが発したように聞こえた言葉に含まれる、棘のある名前にマリアは凝然と見つめた。
「どうかしたのか?」
勇者マリアに炙った羊肉を切り分けながら、王子ソマリアが尋ねた。
マリアは、器用に両手でお椀を持つタヌキの隣で、肉を食いちぎっていた女を指差した。
「いま、このタヌキが、この人のことを『シャンテ』って呼ぶのが聞こえた」
「タヌキが話すはずがないだろう。どうせ、この女が操っているんだ。旅芸人かい?」
尋ねたソマリアを押し退け、マリアが身を乗り出す。
「ねえ……君、シャンテって知っている?」
「シャンテ様……ですか?」
「うん」
明らかに、知っている者の反応だった。マリアは身を乗り出した。
女は言った。
「あの、美しくて優しい、天使のようなお方なら、知らない方がどうかしていますわ」
「あっ……ごめん。オレの知るシャンテとは別人だ」
マリアが言うと、目の前の女性は明らかに舌打ちをした。
マリアは、その舌打ちのしかたに見覚えがあるような気がした。
「ねぇ……君、どこかで会ったことがない?」
「そっちの、大きな肉の塊をくれたら、思い出すかもしれませんわね」
「うん。ソマリア、それをちょうだい」
マリアが小さな手を王子にむかって伸ばす。
「仕方ないな。しかしマリア、シャンテに拘りすぎじゃないか? 前回トワイス王国で会って以来、行方不明なんだ。もう死んでいるかもしれないぞ」
「ソマリア、あのシャンテがそんなに簡単に死ぬと思う?」
「いや……そんなに簡単に死んでくれたら、苦労はないな。痛っ! おい、何をする」
マリアと話しているソマリア王子に、タヌキを連れた女が石を投げつけたのだ。
「ねぇ、シャンテ、3番目の馬車に、美味しいものがいっぱい積んでいるみたいよ。あれにしよう」
お椀から顔を上げ、タヌキが女に言った。
女が振り返り、馬車の列に視線を向けた。
「では、そうしましょうか」
女は、マリアから焼けた肉の塊を受け取りながら頷いた。
「オレたちどこかで……」
「マリア、馬車が動き出している」
「えっ? どうして?」
並んだ4台の馬車のうち、3台目、主に保存食を詰め込んだ馬車が、動き出していた。マカロンの言葉を受けて、従う魔族が行動していた。
繋がれた馬たちが向きを変え、狭い街道で強引に向きを変えようとしている。
「ちょっと、カラスコ、セイイ、クロム、寝ている場合じゃないよ。あの馬車を止めて」
勇者マリアは、仲間たちを呼びながら走り出そうとした。
ソマリア王子以外の3人の仲間は、先に睡眠をとっていた。
マリアと就寝時間を同じにするのは、ソマリア王子の特権だった。
マリアは叫んで走り出す。
その足がとられ、転倒した。
「おーほっほっほっほっ! 見事な転び方でしたわね。芸術点を差し上げましてよ!」
「シャンテ! 君、今までどこにいたのさ!」
勇者マリアが、転倒したまま顔を上げた。
「あの馬車は頂きますわ。悔しかったら、奪い返してごらんなさい!」
シャンテは叫ぶと、タヌキを連れて走り去る。
「待て! シャンテ、お前が言ったんだろう! 戦争を止めるために、魔王に渡す食料だ。奪ってどうするつもりだ!」
ソマリア王子が追ってきた。
シャンテは走りながら笑った。
「魔王軍は敵のはずですわ。食料を渡すなんて、どうかしていますわよ!」
「シャンテ! 君が戦争を止めるって言ったんだよ!」
マリアが立ち上がり、叫んだ。
「トワイス王国の王は、魔王ですのよ! あの国に食料を渡すなんて、正気ではありませんわ!」
「なに?」
ソマリア王子が立ち止まる。
「殿下、マリア……あれはまさか、シャンテか?」
起きてきた魔術師カラスコが、背後から声をかけてきた。
馬車は動き出し、荷台にタヌキと女が飛び乗った。
マリアは、飛び乗った人影がシャンテだとは断言できなかった。
どこにでもいる、ごく普通の女性にしか見えなかったのだ。
「……あれ、シャンテなの?」
「ああ。私たちから馬車を奪うようなやつ、他にいるものか」
「どうする? 追うか?」
吐き捨てるソマリア王子に、魔術師カラスコが尋ねる。
「いや。トワイス王が魔王だなんて、戯言を信じるわけにはいかない。あの馬車は、保存食を乗せていただけだろう。その他の品物は残っている。まずは、私たちの役目を果たさなくてはな」
ソマリアは断言したが、マリアが渋面を作った。
「でも、あの馬車には……保存食だけじゃなくて、物資に変えなかった軍資金金貨四万五千枚が乗っているよ」
「おいっ! あれ……」
遠ざかる馬車を見て、起きてきたばかりの商人セイイが絶句した。
「追うぞ! 相手がシャンテだろうが誰だろうが関係ない。私たちを敵に回したらどうなるか、思い知らせてやる!」
ソマリアの声に、仲間たちが応じる。
勇者マリアは、馬車を盗んだ者がシャンテであることを確信して、笑い出していた。




