24 マカロンのお見合い
魔王の娘の中で、魔王城に住むのは末娘のマカロンだけのようだ。
マカロンの姉たちは、魔王城どころではなく遠方の有力魔族に嫁いでいるという。
魔族の世界も、人間と同じような社会構造なのだとシャンテは知った。
魔族が魔王を中心に勢力を伸ばしているのは周知のことだが、いくつもの派閥に分かれ、シノギを削っていることは、人間たちは知らない。
マカロンには兄もいるが、やはり人間に近い姿をしているはずだ。魔王城にはあまり寄り付かないようである。
シャンテは、魔王が作り上げたハーレム用の人間の国にいるのではないかと睨んでいる。
魔王の家庭の事情の一部として、マカロンのお見合いが企画された。
シャンテは、人間の奴隷たちによって綺麗にされるマカロンを見ていた。
「こんな、動きにくい布は嫌だわ」
「でも、服を着なくては、裸も同然です」
「走りにくいもの」
「走らないでください」
「ねえ、シャンテはどう思う?」
マカロンは、服の形が崩れないようにかけておく、マネキンに話しかけた。
マカロンは、同じ部屋にシャンテがいることは疑っていない。
だが、シャンテが黙って立っていると、シャンテと他の奴隷たちとの区別ができない。
それは、人間の奴隷たちにとっても同じことだ。
加えて魔族の女であるマカロンは、もともと人間の見分けはできないのだ。
結果として、人の形をしたもので、奴隷のように世話を焼かないマネキンを、シャンテだろうと結論づけたらしい。
「おーほっほっほっほっ! マカロンに、子供のお祝いのような衣装は似合いませんわ。魔族のお仲間たちに手伝わせたほうがいいのではありませんの?」
「駄目よ。魔族の女は、働いてはいけないの」
マカロンは断言したが、魔王の娘である姫の言葉を、全ての魔族に当てはめるべきかどうかは、シャンテにはわからなかった。
城に来るとき、マカロンの幼馴染と名乗る三人が、マカロンを探しにきた。
あれは仕事ではなく、三人はマカロンの遊び友達にすぎず、護衛ですらなかったのかもしれない。
「余計なことを言わないでください。王妃様から、マカロン様を裸で出さないよう、言われているのよ」
奴隷の女たちがシャンテを睨んだ。
魔族の集落では、服を作る者はいない。奴隷たちは、人間の世界にいた時から同じ服を着ている。あるいは、人間の町から古着を奪ってくるのだ。
その中で、いつも新しい服を着ているシャンテは異様だった。
それでも、奴隷たちはシャンテを同じ立場の存在だと見做していた。
スキル、モブ化の効果である。
シャンテは、マカロンの背後に立った。
「私なら、こうしますわね」
シャンテは言うと、大量に用意され、積み上げられた服の中に手を入れた。
魔族は服を作ることはない。マカロンのお見合いのために、魔族の男たちが集めてきたものらしい。
当初はきちんと並べられていたのだが、全てマカロンが着て、気に入らずに脱ぎ捨てたのだ。
シャンテは一着の子ども用の服を取り上げると、服の飾りであるリボンを解いた。
マカロンの頭部に、素早くリボンを結ぶ。
「あっ、可愛い」
磨き上げられた銅板に写った、リボンをしたタヌキの姿に、マカロンはうっとりと目を奪われた。
「これで十分ですわ」
「裸と変わらないじゃない。王妃様に、生皮を剥がされるわ」
まだ若いが血色の悪い奴隷が、シャンテにつかみかかる。奴隷は、ほぼ全て女である。
シャンテは高笑いをあげてから言った。
「心配はいりませんわ。マカロン、そろそろお時間でしょう。マカロンの御付きは、このシャンテが努めますわ」
「わーい。シャンテ、行こう」
リボンを頭に飾ったまま、マカロンは後ろ足でたちあがり、シャンテの手を掴んだ。
流石に奴隷たちも口を出せず、マカロンの言葉に従った。
シャンテはタヌキの前足を持ち、魔王城の女主人が待つ、お見合いが行われる客間に移動した。
※
魔王城の客間には、すでに魔王の妻が寝そべっていた。
玉座が横に長いのは、大タヌキである王妃が寝そべるためであるかのようだ。
大タヌキは、薄い羽織に前足を通していた。
シャンテに手を引かれたマカロンを見ると、嬉しそうに目を細めた。
「まあっ、マカロン。すっかりおめかしして、色気付いたわね」
「やあね、ママ。シャンテがしたのよ」
マカロンは、普段の格好から、頭にリボンを乗せただけである。
王妃にとっては、すっかりおめかししたように見えるのだ。
姿だけでなく、8割型動物である魔族の女たちの感性であれば、リボンを結んだだけで十分だと判断したシャンテは、正しかったのだ。
「シャンテというのは、新しい奴隷だったかしら?」
「ううん。友達。でも、人間なの」
「つまり、奴隷ね」
「ママ……」
「おーほっほっほっほっほっ。マカロン、よろしいのですわ」
「……そう? ごめんね、シャンテ」
「よろしいですわよ」
シャンテは言うと、マカロンの髭の付け根を掻いた。
「あっ、そこ……」
マカロンは、髭の付け根を掻かれるのが好きなのだ。
王妃が咳払いすると、マカロンは姿勢を正した。
タヌキなので、姿勢を正すと、用意された椅子の上で、四つ足できちんと座ることになる。
マカロンが椅子に座り直し、シャンテがリボンの位置を修正してマカロンの背後に控えた時、逞しい魔族の男が入ってきた。
「ママ、この人?」
魔族の男は逞しかったが、腰の周りを木の葉で隠しただけの姿は、ごく普通の魔族の男だった。
「違うわ。こんな、どこにでもいる魔族の男ではないわ。マカロンのお相手だもの。きちんとした、由緒ただしい若様よ。私は、見た瞬間にわかったわ。そこの男が連れてきたの。その意味では、お手柄ね」
「う、うん……」
マカロンは、見合いの相手を見たことがないと言っていた。
マカロンが緊張しているのが、毛深い後頭部からもわかった。
男は告げる。
「お連れしてよろしいのですか?」
「当然でしょう。早くなさい」
「承知しました」
魔族の男が背後を振り返る。
そこには、か弱い奴隷たちがいた。
4人の奴隷が、棒を渡した箱を担いでいた。
「……どこにいるの?」
「あの中です」
マカロンの問いに、魔族の男は真っ直ぐに箱を指差した。
手招かれ、奴隷たちが運び入れる。
箱のまま、マカロンが座るのと対面にあたる大きな椅子に、箱が置かれた。
奴隷たちが背後に下がり、魔族の男が箱の横に立った。
「男でも、恥ずかしいのはわかるわ。なんと言っても、マカロンは美しいもの。でも、いつまでも隠れていては、マカロンを見ることもできませんよ。姿をお見せなさい」
よほど相手の若者を気に入っているのだろう。
王妃が、普段とは違った優しげな態度で話しかけた。
「では、失礼致します」
そばに控えていた男の魔族が言った。
箱の蓋を外し、マカロンが座っている方向に向けて箱を倒した。
箱の中から、タヌキが飛び出した。
首に鎖が巻かれており、途中で止まった。
「えっ? お母様、これ……」
マカロンは、リボンをつけた頭をふり、王妃に視線を向けた。
王妃は、奴隷に扇がせながら笑った。
「マカロン、照れなくてもいいわ。素敵な殿方でしょう?」
「マカロン、魔族の男って、こういう形をしていないんじゃないのですの?」
シャンテの問いに、マカロンが震えながら答える。
「う、うん。でも……ママが……」
「仕方ありませんわね」
シャンテは動揺するマカロンに頷くと、王妃の背後に移動した。
「おーほっほっほっ! 魔王の妻ともあろうものが、耄碌いたしましたわね!」
「な、なんですって! 無礼者!」
王妃が振り返ろる前に、シャンテは場所を移動した。視線が合い、しおらしく首をかしげる。
「どうしました? 殿下」
「ここに、私を罵った無礼な奴がいなかった?」
「存じませんわ」
「そ、そう……」
王妃が座り直す。
「おーほっほっほっほっ! 愛娘のマカロンを、野生のタヌキに嫁がせようとは、一族の恥ですわ!」
「なっ! えっ? 野生の?」
ここに至り、王妃は鎖でしばられ、抵抗しようと鎖に刃向かっているタヌキを凝視した。
「身分はないけど、立派な若者……」
「タヌキでは、そうでしょうね。王妃様は、マカロンの結婚相手に魔族の若者をお望み? それとも、タヌキですの?」
王妃が野生の雄タヌキを凝視し、しばらくして理解した。
「ああっ! 私としたことが! 誰ですか! 野生のタヌキを連れてきたのは!」
「お、王妃様のご命令で……何度も、申し上げていたはずなのですが……」
タヌキを連れてきた魔族の男が戸惑った。
シャンテが場所を変える。マカロンに耳打ちした。
「マカロン、シャンテですわ。わかります?」
「えっ? うん。もちろん」
背後に立ったのがシャンテであることは、シャンテが名乗るまでわからなかったはずだ。
これは、モブ化スキルの副作用である。シャンテは、高笑いだけでなく、自分の名前を告げることでも、認識させることができることを発見している。
「チャンスですわよ。お城を出たいなら。わかりますわね?」
マカロンの瞳に、理解の色が光る。マカロンは、前足でテーブルを叩いた。
「ママ! 酷いわ! 私とタヌキを結婚させようとするなんて!」
マカロンの見た目がタヌキであることは、この場合は関係ないのだ。
「ああっ! マカロン、許してちょうだい。これは、きっと誰かの罠よ。そうだわ。マカロンが連れてきた奴隷が……」
「おーほっほっほっ! 私は奴隷ではありませんわよ! このか弱い人間に、魔王のお嬢様と同じ体をした獣を、捕まえることなどできませんわ!」
「くっ……でも……」
「ママは、私のことなんて、どうでもいいんだわ!」
「待って、マカロン。誤解なの!」
「私、家出します!」
マカロンが駆け出した。王妃は怒鳴った。
「お前たち! マカロンが出ていくって言っているのよ。早く、旅の準備をしなさい!」
王妃の怒声に、奴隷たちが慌てて走り出す。マカロンが出て行くと言えば、それを止めることはできないのだ。
マカロンが走れば、シャンテの足では追いつかない。
シャンテはその場に残り、マカロンの母親の前に立った。
「なに? お前は、どうして行かないの?」
「おーほっほっほっ! あなたに命令される理由がないからですわね」
「……さっきの人間ね。私を罵ったのも、さてはお前ね。八つ裂きにしたいところだけど、マカロンがタヌキの嫁にならなかったのだから、お手柄だわ。命は許してあげる。褒美が欲しいの?」
「褒美は必要ありませんわ。その代わり、お答えなさい。今のような間違い、初めてではないのではなくて?」
王妃は答えず、小さく舌打ちした。シャンテは続けた。
「魔王の子どもが何人いるのか、奴隷たちに聞いても、はっきりとは誰も知りませんでしたわ。魔族は強いのに、数が少ないようですわね。どうやら、その理由に関係がありそうですわね」
「人間なんかに言うことじゃないけど……お前のような、どこにでもいる普通の、ありきたりな人間になら、言ってもいいでしょう。そうよ。魔族の結婚は、通常親が決めるわ。さっきのマカロンみたいに、親の決めた結婚に逆らうことの方が珍しいわね。まあ……マカロンは魔王の血を引く娘だから、気が強いのでしょうね。魔族の娘の正確な数はわからないけど……多分半分ぐらいは、魔族の男ではなく野生の獣とつがいになっているわ。野生の獣の子どもを宿すと……魔族の娘は、言葉と知性を失う。理由はわからないわ。だから、マカロンにとってお前は恩人だ。言っておく。魔族の娘は、同じ姿をした野生の獣に、とても好かれやすい。野生のタヌキから、マカロンを守っておくれ。一度知性を失った魔族の娘は、その後では……魔族の子どもを産むことはできなくなるのだから」
「わかりましたわ。マカロンのお姉様たちが、本物の魔族の男に嫁いでいるといいですわね」
「……魔族の男は浮気症だ。どっちがいいか、わからないけどね」
「野生のタヌキは、自覚もなくやり逃げますわよ。マカロンの件、承知しましたわ。さっき、褒美はいらないと言いましたけど、王妃様からの依頼であることを示す証が欲しいですわね」
「ならば、これを持っていきな。無事、マカロンがこの城に戻ってきたら、褒美と取り替えよう」
王妃は言うと、口を大きく開けて前足を突っ込んだ。
奥の牙を引き抜き、シャンテに渡す。
シャンテは、魔王の角に加えて、王妃の牙を手に入れた。
シャンテが腰を折って退出すると、客室の出口で、荷物を包んだ布を首に巻いたマカロンが待っていた。




