23 魔王城の奴隷たち
魔王城にいるのは、魔族の数より人間の数の方が多かった。
これは、不思議なことではない。
人間の王宮においても、王族や貴族の数よりも、使用人の数の方が多い。
魔族の使用人は、知恵が働き器用になんでもできる人間に限られており、全て奴隷だった。
つまり、魔族は使用人として働くことはないのだ。
魔族の女は人間の性別の区別ができない。
魔族の男は、人間の女を愛でる傾向が強く、逆に人間の男を敵視しがちだ。
その結果、魔王城にいる人間は、女性ばかりになっていた。
ただし、そのことに気づいている魔族の女はいない。
奴隷といっても、大切な使用人である。自由はなく給金も出なかったが、清潔な環境と部屋は与えられていた。
食事の支度については原材料だけが支給され、自分達で調理するよう命じられていた。
魔族の男も女も、生肉を平気で食べ、動物を仕留めればハラワタにかぶりつくが、人間が調理したものも食べる。
料理が得意な奴隷は、大切にされる傾向がある。
シャンテは、マカロンが起きている間はマカロンと過ごしたが、それ以外の時間も魔王城の中を散策した。
モブ化のスキルがあり、人間が普通に歩いている魔王城の中で、シャンテに気をとめる者はいなかった。
マカロンは、というより魔族の女全体に言えることだが、食事に困っていない時には、基本的に寝ていることが多い。
王の娘であるマカロンは、生活の大部分を寝てすごしており、シャンテは比較的自由になる時間が多かった。
シャンテは、魔王城の奥まった場所にある、奴隷たちの居住区に足を踏み入れた。
広くない通路があり、扉が等間隔で並んでいる。
スキルの力を知っているシャンテは、臆することなく適当に扉を開けた。
6畳ほどの広さの部屋に三段重ねのベッドがあり、そのうちの二つが埋まっていた。
奴隷たちには仕事が割り当てられており、その仕事がない時には、何もしていなくても罰せられないのだ。
「あなたたち、お国はどちらですの?」
ベッドに転がっていた2人に声をかける。横になっていても、眠っているわけではない。ただすることもなく、時間を潰しているのだ。
頭をあげたのは、目元に皺が目立つ壮年の女だった。
その下の段には、まだ若いすらりとした肢体の女がいる。若い女はシャンテを見てから、興味なさそうに目を閉ざした。
「私は、隣のファルスト王国だよ。魔族にさらわれた。拐かされて、国にも帰れず、そのままさ。もう10年以上も前になる。こっちの子は、魔王領の生まれだよ」
「ほっといてよ」
若い女が、目を瞑ったまま口を挟んだ。
「あんたはどこから来たんだい?」
壮年の女は、シャンテの出身地を尋ねた。隠す理由もない。
「私はゼルビアですわ」
「遠くからだね。攫われたのかい?」
「いいえ。私は歩いてきましたわ。友達がいますの」
「……へぇ。奴隷は、国外に出ることは禁じられている。友達って、ひょっとして、魔族かい?」
「ええ。そうですわね」
シャンテが答えると、目を閉ざしていた若い女の瞼が上がった。
「男の魔族は、人間の女から見ても、魅力的だろ。友達になれば、いい思いもさせてもらえるけど、最後には捨てられるよ。魔族の男は、魔族の女には頭が上がらないんだから」
「そうみたいですわね」
シャンテが同意したところで、年嵩の女が笑った。
「じゃあ、あんたも捨てられたんだ?」
「『あんたも』ってことは、おばさんもですの?」
「シシィって名前がある。下の子は、ロリマだ」
言いながら、年嵩の女シシィは下のベッドでやる気なさそうに寝そべっている女を指さした。
「シャンテですわ」
シャンテが名乗ると、シシィと名乗った女は頷いた。再び問い返した。
「騙されて連れてこられて、奥さんに見つかって追い出されたのかい? 魔王領の女の半分はそんなところさ。もう半分は、魔王領の産まれだ」
「魔王領の産まれって、父親は誰ですの?」
「そりゃ、魔族の男だよ。人間の男はほとんどいない」
「魔族の男と人間の子どもを、魔族の女は……ああ、そうでしたのね」
シャンテは納得した。
魔族の女は、人間の性別の区別ができない。
魔族の男はただ奴隷として使うために連れてきたと妻に説明してしまえば、子どもを孕ったところで、魔族の女には父親が魔族だとはわからない。
奴隷が複数いれば、魔族の女には奴隷の男女比がわからないのだ。
その家の奴隷が女だけになったとしても、そのことを把握できる魔族は男だけなのだ。
魔族の女は、奴隷が孕れば、どこかの奴隷が父親なのだと解釈するだろう。
仮に、性交渉の現場を押さえれば、魔族の男が人間の女を性的に扱っていることが知られる。
その結果、追い出されるのは奴隷なのだ。
おそらく、魔族の女には人間の年齢も判別できない。
「父親が魔族の子どもの人って、角とかありますの?」
「私の額に、角があるように見える? 魔族の父親と人間の母親の子どもは、全て見た目は人間だよ。見た目だけじゃない。魔族の優れた特性は何も引き継がない。人間の男と魔族の女の子どもは知らないけど……例がないからね」
シシィからロリマと名を教えられた女が横を向き、髪をかき上げた。
綺麗な額をしている。口を広げるが、牙は生えていない。
魔族の肌は鮮やかな色をしていることが多いが、ロリマの肌は白かった。
見た目は完全に人間であり、中身も人間と変わらないらしい。
「2人とも10年以上魔王領にいるのなら、ご存じでしょう。魔王と王妃は、人間をどうしようとしていますの? 私には、人間を滅ぼそうとしているようには見えないのですわ」
シャンテの問いは、特に面白かったらしい。
シシィは吹き出し、ロリマは咳き込んだ。
「私、そんなにおかしなことを言いましたの?」
シシィはベッドの上で身を乗り出し、嘲笑するように口角を上げた。
「人間が、魔族様の女たちを見て、どうするのかわからないかい? 魔族様の奥方もお嬢様も、ただお昼寝をしているだけで、問答無用に捕まるわ皮を剥がされるわ……うっかり話せることがばれたら、見せ物として死ぬより辛い思いをするわ。魔族の男はみんな強くて逞しいから、人間に捕まれば奴隷として戦争行きだ。逆に魔族様から見た人間は……まあ、こっちは私が言うまでもないね。たまたま、魔王様っていう魔物を従える力を持ったお方が王になったから、魔族様は人間と張り合っているさ。でも、魔王様が力をつける前は、魔族様は人間を恐れて隠れ住んでいたんだ」
「つまり……積極的に滅ぼさなくても、魔族と人間は、手を取り合える相手ではないということですわね」
「そうなるね」
シシィは再び寝転んだ。
シャンテは思い出す。
マカロンは、戦争を止めようと躍起になった。
だが、それは魔王の妻が魔王を相手に戦争をするのを止めようとしていただけだ。
魔王がカモフラージュに人間の国を興し、そのまま王に収まっていることは、マカロンは知らなかった。
だから、魔王が別宅として用意した城に、王妃が戦争をしかけると思い込んでいたのだ。
人間を殺すのに反対だったわけではない。
「なるほど。私がするべきことがわかりましたわ」
「あんただって、私たちと同じ奴隷だろう。『するべきこと』って、なんだい?」
「……洗濯ものの取り入れ」
黙って横になっていたロリマが、ぼそりと言った。
「あっ、そうだ。もうこんなに日が高い。あんたが余計な話をするから、忘れていたじゃないか」
「あらっ! ごめん遊ばせ。私は、参考になりましたわよ」
「そりゃよかった。ロリマ、行くよ。気づいていたなら、教えなよ」
「仕方ない」
シシィが寝台から降り、ロリマが立ち上がった。
ロリマはスラリとした長身の美女だった。
父親は魔族だという。
確かに、肌は白く角も牙もなく、魔族らしい特徴は持っていない。
だが、長い肢体と整った顔立ちは、父親の遺伝なのだろう。
走り出す2人を見送り、シャンテは再びマカロンの部屋を訪れた。
シャンテが出る時はぐっすり眠っていたマカロンは、自分の部屋の陽だまりで伸びをしていた。
ちょうど起きたところのようだ。
「……誰?」
「おーほっほっほっほっ!」
「あっ、シャンテ。どこに行っていたの?」
「ちょっと、奴隷さんたちとお話しですわ」
「よかった。シャンテがいないと、帰っちゃったんじゃないかって、心配になるの」
「黙って帰ったりはいたしませんわ。それより、ちょっと聞きたいことがありますの」
「なあに? 耳の裏が痒い時の掻き方?」
「私、教えてもらわなくても掻けますわ」
「本当だ。シャンテ、足長ーい」
「足ではございませんわよ」
シャンテは、普通に手で掻いて見せただけだ。
手を前足と呼ぶのは、魔族の女たちの習慣なのだろうか。
「マカロンは、人間は嫌いですの?」
「うん。シャンテ以外の人間は嫌い。当たり前じゃない。私のお婆さまも、ひいお婆さまも、ひいひいお婆さまも、人間に殺されて、剥製にされたわ。奴隷として役に立つなら生かしておいてもいいけど、それ以外は殺した方がいいわ」
マカロンは、タヌキそのものの、邪気のない顔で語る。
魔族の恨みの深さを、シャンテは感じた。
「よく、人間の街まで来ましたわね」
「うん。パパに会わなくちゃって……護衛が2人もいたし」
「でも、あの2人は魔族だとばれましたわ。あまり優秀ではないのではございませんこと?」
「グロウリスとバロモンテは凄く優秀なのよ。魔族だってばれたのは、私が食べたいものを、自分で注文しちゃったからなの。大騒ぎになって、2人が誤魔化すために、自分たちが魔族だって名乗ったからなのよ」
シャンテは、マカロンと初めて会った『高貴なヒール』邸を思い出した。
「おーほっほっほっほっ! そうでしょう。概ね、予想通りでしたわ。マカロン、ひとつ、大事なことを教えて差し上げてよ」
「なになに?」
マカロンは、興味ありそうに身を乗り出した。
タヌキ特有の太い尻尾をバサバサと左右に振った。
「魔王様は、この魔王城とは別に、お城を持っていらっしゃいますわね」
「うん。ママの好きなものを手に入れるためのお城でしょ」
「ええ。そうですわね。マカロンのパパは、ママから秘密にするために、魔族は誰も連れて行っていないのですわ」
「そっか。魔族の誰かを連れて行って、ママに知られると、サプライズにならないものね」
「つまり、マカロンのママが戦争する相手は、パパが養っている人間たちなのですわ」
「……えっ?」
「人間が、何万人も、マカロンのパパに養われているのですわ」
「うわっ。気持ち悪い」
マカロンは、前足を擦り合わせた。人間の姿なら、鳥肌が立ったと思うところだ。
「マカロンのママが攻めても、死ぬのは人間だけですわね。あの夫婦は、そうやって殺し合いをしてきたのですわ」
「うん。今までにも、何度かあるって、聞いたことがある」
「まだ、戦争を止めたいですの?」
シャンテが尋ねると、マカロンは首を小刻みに振った。
「おーほっほっほっほっ! マカロン、戦争が起きるかどうか、マカロンが心配することではございませんわ。魔王と王妃が争うのなら、放っておきなさい」
「……うん。でもシャンテ、どこかに行っちゃうの? 私が戦争を止める必要がないって思ったら、シャンテがこのお城にいる理由がなくなるわ」
「私と、そんなに一緒にいたんのですの?」
「うん」
マカロンは、タヌキの姿で哀愁を示した。
シャンテは言った。
「私は、祖国に帰らないといけませんわ。だって……まだまだ、復讐したりないんですもの」
「復讐って、誰に?」
「私を傷つけた男たちと、可愛い顔をした勇者と、悪辣な王妃……ああ、なんということでしょう。全部人間ですわ」
「私もやりたい!」
人間が嫌いなマカロンは、のびあがって前足をあげた。
シャンテはマカロンを抱き上げる。
「一緒に行きます? 私1人では、森を抜けるのは苦労しそうですし」
「えっ? いいの? でも……私はお城から出られないんだ。だって……ママが、お見合いを用意しているの」
「なら、仕方ありませんわね。マカロンも、結婚する年齢ですのね」
「私……結婚なんてまだ早いのに。シャンテ、その時まで一緒にいて。シャンテと一緒なら、なんとかなる気がするの」
シャンテにとって、マカロンのお見合いに同席する意味はない。
だが、シャンテは苦笑しながら言った。
「私が森から出られるように、人間の奴隷を何人か、くださいません? それなら、お見合いが無事に終わるまで、一緒にいますわ」
魔族による人間の奴隷は、人間による人間の奴隷とは、少し違う。魔族の男は妻に知られない限りで奴隷を尊重し、魔族の女は奴隷に便利な道具という以上の興味がない。
結果として、魔族の支配地で奴隷としてしか存在を許されない人間だが、むしろ幸せそうで、能力も高かった。
「うん。いいよ。何人でもあげる」
マカロンは即答した。お見合いがかなり負担だったのと、人間の奴隷ぐらいどうでもいいというマカロンの立場が言わせるのだろう。
シャンテは再び高笑いを上げてから、マカロンに請われて毛繕いをした。




