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悪役令嬢シャンテの狂気と『モブ化』のスキル  作者: 西玉


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21 魔王の城への旅路

 ゼルビア王国ティアーズ公爵家令嬢シャンテは、魔王領にいた。

 魔王領と隣接するトワイス王国の国王から、つまり魔王から、魔王の妻である王妃による戦争を回避することを託されていた。


 トワイス王国では、シャンテは自国のゼルビア王国の勇者マリアに、魔王の妻の機嫌をとるための贈り物を用意するように指示していた。

 自らは手紙を書き、魔王の娘マカロンの護衛である男性の魔族に持たせ、先行して魔王城に向かわせている。


 魔王の娘マカロンはタヌキの姿だが、魔族の女は獣の姿で産まれるのだという。

 マカロンに護衛がついているのは、人間は魔族の女と野生の動物の見分けがつかないためであり、魔王領に入れば命を狙われるような危険はないらしい。


 そのため、マカロンの護衛であるグロウリスとバロモンテを2人とも、魔王城に帰した。

 トワイス王国と魔王領は隣国だが国交がなく、むしろ常に戦争状態にあるような地域なので、街道はなく馬車も走れない。

 魔族である2人に、シャンテはとてもついていくことができなかった。


 シャンテはモブ化という特殊スキルを持つが、モブ化で自分の身を守ることはできても、身体能力は引き上げてくれないのだ。

 あえて2人とも魔王城に帰したのは、2人がマカロンの護衛に抜擢された理由を聞かされたからである。


 いわく、魔族の男は魔族の女に惹かれるが、一定の割合で魔族の女より人間の女に惹かれる者が出る。

 魔王はそのうちの1人である。マカロンは王妃にも溺愛されており、貞操の危険を犯すことのない兵士として、2人が選ばれたのだ。


 つまり、2人とも人間の女が好きなのだ。実は人間の女が好きな一定の割合が、実際はかなりの確率に及ぶことは、まだシャンテは知らない。

 シャンテは、とても2人とは旅ができないと判断し、手紙を託して先に行かせたのだ。

 魔王領に入ると、すぐに周囲は森に囲まれた。


 シャンテは貴族令嬢であり、ピクニックはしても野営をしたことはなかった。

 森の中をタヌキと2人で歩くことに不安がなかったわけではないが、モブ化のスキルはどうやら動物や昆虫にまで効果があるらしく、知識だけで知っている危険な虫たちが、シャンテのことをまるで無視して素通りしていった。


「ねぇ、シャンテ。私ときどき、シャンテのことがわからなくなる時があるのだけど」


 マカロンが見つけてきた果物を2人で食べていると、タヌキそのものの魔王の娘が言った。


「私のこと? 美しさの秘密ですの?」

「ううん。なんだか、シャンテのことが、知らない、どうでもいい人みたいに感じることがあって。私は誰か、大切な人と一緒に行動していたはずなんだけど、それが誰だったかわからなくなる時があるの」

「でも、今はこうして、私と楽しくお食事をしていますわ」


 マカロンは逞しかった。危険な蜂の巣を破って蜂の子を捕まえ、蜜蜂から蜂蜜を奪い、ヘシキヘビを捕まえて皮を剥ぎ、ココナツの木を駆け上がって実を摂り、顎で砕いた。

 天然の毛皮の防御力は凄まじく、その上身体能力も高い。


 生の肉をシャンテが嫌がると、岩を見つけて炎で熱し、焼肉にしてくれた。

 かつて、宮廷魔術師のカラスコが魔王に魔法で手球に取られていたことがある。

 マカロンは魔王の娘であり、父にも母にも可愛がられているようだ。


 ならば、弱いはずはない。

 護衛がついていたのは、親が心配したのか、人間を過度に警戒しているのだろう。

 人間は、武器を手にすれば決して弱いわけではない。

 魔族が無敵の強さを誇るなら、そもそも戦争など成り立たない。


「うん。私がわからなくなると、時々シャンテが大きな声で笑うじゃない。シャンテが笑うと、すぐに色々思い出すの」

「おーほっほっほっほっ!」

「そう。それ!」


 マカロンは、シャンテが食べるのを拒否した巨大な芋虫を捨て、タヌキの前足でシャンテを指した。


「不思議ですわね。種族的な問題かもしれませんわね」

「……うん」


 マカロンは、タヌキの顔で器用に表情を作る。

 シャンテは嘘をついた。

 モブ化のスキルを理解するため、様々な状況をあえて作り出してきた。


 どうすれば周囲の目から逃れられるか、どうすれば周囲の目に触れられるか。

 全ては計算のうちである。マカロンにモブ化スキルのことを告げないことも、シャンテの心算通りなのだ。


「それと、ママへの贈り物、シャンテが用意しなくて大丈夫なの? あの人間の女、信用できるの?」


 マカロンは話題を変えた。一度捨てた芋虫を拾い、かぶりつきながら言った。

 芋虫は、マカロンの胴体ぐらいのサイズがある。


 マカロンは大食らいだ。今は本物のタヌキぐらいのサイズしかないが、マカロンの母は人間よりも大きなタヌキだという。

 他に大きなタヌキというのはいないらしいので、魔王の正妻は特別だということなのかもしれない。


「信用なんかできませんわ。でも、魔王が国王に化ている人間の国と、魔王の国は何度も戦争しているそうじゃありませんの。仮に戦争になったとしても、大きな被害は出ないでしょう。どうして、マカロンは必死に戦争を止めようとしましたの?」


 シャンテは、魔王と勇者に戦争を止めると豪語した。

 魔王は妻が起こした戦争を受けて立つつもりだったとは、後で聞いたのだ。

 魔王は人間の国の国王に化け、君臨しても統治はしていない。シャンテの国より、はるかに貴族の力が強く、封建制と呼ばれる体制になっていた。


 それは政治に関心がなく、単に人間の女たちを隠したかった魔王が立ち上げた国だったためである。

 マカロンが望んでいたので、シャンテは戦争を止めると宣言した。それは、正しい事だと感じたからでもある。


 だが、実際には夫婦喧嘩で戦争が何度も起こり、被害が大きくなるとどちらかが謝って仲直りしているのだと、魔王から聞かされた。

 今回、魔王がシャンテに戦争回避を依頼したのは、単純に娘のマカロンに嫌われたくなかったからに他ならない。


「だってパパ……いつもママに怒られてかわいそうだったから。パパが泣きながら家出して隠れているところに、ママが兵士たちを送り込むって聞いて……私だけでも、パパの味方にならなきゃって……」

「まあっ! マカロンはパパ思いですのね」

「うん」


 シャンテはタヌキの頭を撫でる。この行為は王女の頭部を撫でることであり、公爵家令嬢であっても本来は許されない。

 だが、マカロンはむしろ頭を撫でて欲しそうにしていた。


 一度試してから、シャンテは好きな時にマカロンの頭を撫で、毛繕いを手伝い、尻尾にブラシを掛けた。

 シャンテがマカロンの毛に触れるようになって、ますますマカロンはシャンテに懐いていた。


「それよりシャンテ、戦争を止めるためにママに会うのはわかるけど……あの人間が間に合わないと、手ぶらよね。大丈夫なの? シャンテが言っていた毛がふわふわになるのとか、お肉が美味しく焼けるとか……どうするの?」


「心配いりませんわ。勇者マリアに調達を命じたのですから、もし魔王の奥様がお気に召されなくても、罪はマリアに被っていただきますわ。それに、戦争を止める手段は一つではござませんもの」


 シャンテはマカロンが集めてきた木の実を口に入れた。

 トワイス王国自体は、決して文明の遅れた国ではない。

 だが、国王の目的が攫ってきた女たちを隠すことにしかないため、全体としては活気のない国だった。


 シャンテはトワイス王国の王都を散策し、魔王の妻に贈るものを調達することを諦め、自国ゼルビアの王妃を帰還させる役割を引き受けた勇者マリア一行に贈り物の調達を依頼した。

 その際、魔王から渡されたもう一本の角は渡さなかった。あくまで勇者の裁量に任せたのと、自分でも言った通り責任を押し付けたのである。


 魔王城まで、歩けば一月はかかるらしい。

 シャンテはすでに魔王城に向かおうとしたことを後悔していた。

 魔王城を真っ先に目指したのは、戦争を起こそうとしている魔王の妻がどんな人物か知りたかったのだ。

 シャンテとマカロンがそろそろ移動しようかとしていた時、森の中がざわめいた。


「誰か来たわね」

「獣ですの? 魔物ですの? 魔族ですの?」


 魔族の女だった場合、はたして獣と区別ができるだろうかと心配しながらシャンテが尋ねる。


「たぶん……私の友達」


 マカロンが鼻をひくつかせた。

 シャンテは、森に溶け込むことを意識した。


「えっ? シャンテ? どこ?」


 マカロンがシャンテを見失う。モブ化とは、獣の感覚すら惑わすのだ。


「見つけた!」


 草むらから飛び出してきたのは、尻尾がふかふかとしたタヌキだった。


「心配したよ!」


 木の上から降りてきたのは、右耳の先端が欠けたタヌキだった。


「無事なの?」


 木の根の下から這い出てきたのは、右前足の爪が剥がれたタヌキだった。


「みんな! どうしたの? まるで、私を探しにきたみたいじゃない」


 マカロンが嬉しそうに言うと、三匹のタヌキは顔を突き合わせた。

 代表して尻尾がふさふさしたタヌキが口を開いた。


「何を言っているの? マカロンあなた、誘拐されたんでしょう?」

「えっ? 誘拐? 私が?」


 驚くタヌキに、右耳の欠けたタヌキが告げる。


「私たちてっきり、マカロンが悪い人間に捕まって、革を剥がされて剥製にされるんじゃないかって……心配でお城を飛び出したのよ」

「おーほっほっほっほっ! 仲間思いのいい友達ですわね!」

「「「えっ? 人間? マカロン、逃げて!」」」


 タヌキ3匹の声が揃った。


「大丈夫よ。シャンテ、みんなが怯えているわ。驚かさないで」

「驚かすってなんですの? 私はずっと、ここにいましたのよ」


 動物たちが顔を突き合わせる。尻尾ふかふかのタヌキが言った。


「……本当だ。ずっといたね」

「マカロン、紹介していただけませんの?」


 シャンテが言うと、魔王の娘でありタヌキのマカロンは、後ろ足で立ち上がってシャンテに前足を向けた。


「私の友達で、パパからママを宥めるように頼まれたシャンテよ。人間だけど、よろしくね」

「おーほっほっほっほっ! よろしくですわね。あなたたちもお名乗りなさい」


 目を丸くするタヌキたちを代表して、マカロンが前に出た。


「私の友達で、魔族の将軍たちの娘よ。ミタラシ、ダイフク、キナコ、同じぐらいに産まれたから、仲良しなの」


 名前を呼ばれ、タヌキたちが頭を下げる。

 尻尾ふさふさなのがミタラシで、右耳が欠けたのがダイフク、爪がないのがキナコらしい。


「普段は3人とも、王宮で過ごしているわ。魔族の村はあちこちにあるけど、将軍になった魔族は、王宮に部屋をもらえて、家族と一緒に住むの」

「私たち、泣く子も笑うマカロン3獣士」


 3人が声を揃えた。不自然な形に前足を伸ばしたのは、ポーズを決めていらしい。


「まあっ。いいですわね」

「そうでしょう。シャンテも連れて行ってあげる。ママに言えば、部屋も貰えるわ。でも、3人とも慌てすぎよ。私が誘拐されたなんて、どうして勘違いしたの? グロウリスとバロモンテが手紙を持って先に帰ったのに」


 マカロンの言葉に、3人がさらに困惑したように顔を突き合わせた。

 代表して、ミラタシという名のタヌキが答える。


「その手紙が原因よ」

「えっ? 手紙を書いたの、シャンテよね?」


 マカロンが振り返る。

 ダイフクという名のタヌキが言った。


「『マカロンは預かった。皮を剥がされたくなかったら、戦争を中止しろ』って、手紙に書かれていたそうよ」


 マカロンが目を大きくする。


「……えっ? シャンテ?」

「おーほっほっほっほっ! だから、言いましたでしょう? 戦争を止める方法は、一つではござませんわ」


 4人の話をする獣を前に、シャンテは最も奇妙な動物であるかのように、高笑いを続けていた。

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