20 囚われの王妃
勇者マリアと仲間たちは、トワイス王国の国王と面談した。
国王が国民に会う謁見の間ではなく、整えられた会議室だった。
トワイス王国の国王は、国防のためにめったに城にはいないと言われている。
勇者マリアは、国王から向けられる粘着くような視線に違和感を覚えながら、国王に訴えた。
魔王が戦争の準備をしており、隣国ゼルビアの王妃がさらわれ、行方不明であり、捜索に協力してもらいたいこと。
魔王を討伐するために編成された勇者パーティーは、協力を惜しまないこと。
いずれも、拒まれることはないだろうと推測していた。
だが、王は即答を避けた。
会議室から退出してから、勇者マリアは4人の仲間たちを見回した。
「ねぇ……さっき、変な声が聞こえなかった?」
「マリアも聞こえましたか。まるで……誰かが拷問されているような……」
魔術師カラスコが、逞しい眉を寄せながら言った。
「そう? オレには、誰かが笑っているように聞こえたよ」
「ソマリアはどうだい?」
「私は……王妃……母上の悲鳴だと思った。確かじゃないが……」
「僕には、高笑いに聞こえましたね」
神官のクロムが言うと、頭ひとつ背の高いセイイが頷いた。マリアが目を輝かせる。
「そうだよね。あれは、シャンテだ」
「シャンテがどうして、この国に来るんです? 確かに、我々がトワイス王国にきたのはシャンテの情報ですけど……俺たちは、魔王が戦争を仕掛けようとしているって忠告にきただけですよ。本当にこの国に王妃がいるにしても、王城にいるはずがないでしょう」
「でも、王妃様がいるなら……シャンテのことだから、きっと助け出そうとしているんだよ」
「マリア、それはない」
勢い込んだ勇者マリアに、ソマリア王子は言った。
「じゃあ、どうする? ソマリアとカラスコは、王妃様の声を聞いたんでしょう? オレはシャンテの高笑いを聞いた。きっと、この城にいるんだよ」
「カラスコ、調べられるか?」
「ええ。ですが、魔道具を使う必要があります」
「わかった」
あまり人の通らない通路の片隅へ、勇者マリアたちは移動した。
人垣を作って、魔術師カラスコを隠す。
カラスコは、荷物の中から方位磁石と木彫りの人形を取り出した。
しばらくして、カラスコは言った。
「この方向です」
カラスコが指差した先は、城の主人である王の部屋があるはずの場所だった。
「ソマリア、どうする? 城で騒ぎを起こせば、両国の関係がまずいことになるぞ」
商人という立場上、政治情勢に敏感なセイイが言った。
「私が行けばそうだろう。マリア、勇者だけなら、多少無茶をしても見逃される」
「……うん。4人は先に宿に戻っていて」
「わかりました。マリアにご加護を」
クロムは言うと、首にかけていた聖印をマリアに渡す。
マリアは走り出した。
5人の中でも突出して小柄なのが勇者であるマリアだ。武器も短剣しか持たなければ、子どものように見られるはずだ。
駆け抜けてもあまり注意を引かなかった。魔族の領土と隣接している国にしては、あまりにも兵士の数が少なかったこともある。
マリアは城の奥まで侵入することに成功し、王の自室と思われる扉を試した。
ノックもしなかったのは、中に王妃がいて悲鳴をあげているのであれば、交渉の余地などないと判断したためだ。
鍵はかかっていなかった。
勇者マリアは、一気に扉を押し開けた。
「シャンテ! 何しているの?」
「おーほっほっほっほっ! 飛んで火に入る紋白蝶ですわね!」
高笑いしながら、シャンテは手にしていた鞭をさらに打ち下ろした。
両手を縛られ、背中を剥き出しにしていたのは、ソマリア王子の母フォルト王妃だ。
「ひいぃぃぃぃぃぃっ! マリア、シャンテを止めて! この城に、魔王がいるのよ!」
「王妃様! 本当ですか? シャンテ、何をしているのさ!」
「見てわかりませんの? 復讐ですわよ。おーほっほっほっ!」
さらに打ち下ろされた鞭を、勇者マリアは飛び込んで掴み取った。
「マリア、何の真似ですの? あなたは、後でたっぷり打ち据えてあげますわ。邪魔はおよしなさい!」
「シャンテ! 王妃様の言うこと、聞いていたでしょう? この城に魔王がいるなら、早く逃げないと!」
「マリア、あなたがどうして逃げるんですの? 魔王を討伐するための勇者でしょうに」
「勇者ですって?」
シャンテの足元で、ごろごろと転がって昼寝していたタヌキが、起き上がって毛を逆立てた。
「そうですわ。この女、勇者ですのよ」
「敵よ。敵だわ!」
「ちょっと、シャンテ、君の腹話術なんだろう? タヌキで遊んでいる場合じゃないよ」
「シャンテ、あんなこと言っているわ」
「心配ないですわ。マカロン、あの女は間違いなく、敵ですわよ。そのうち、この女と同じように、打ち据えてやりますわ」
「うん。お願い」
タヌキが目を輝かせて、シャンテを見上げていた。
その間に、マリアは小刀でフォルト王妃の戒めを解いた。
「ああ……マリア、ソマリアとの結婚は、必ずさせてあげますからね」
「王妃様、今はとにかく、逃げませんと」
王妃は勇者に寄りかかり、勇者は小柄な体格からは想像できない力を発揮して、もたれかかる王妃を抱き上げた。
「余の部屋で、何をしておる」
音もなく、扉が開いていた。
重々しい声は、逞しくおどろおどろしい姿の時と変わらない。
だが、魔力で肉体を覆っていない時の魔王は、王冠の下に隠れた角と肌の色以外は、人間の男と変わらない。
現在は、肌も白く色を変えている。
「申し訳ありません、トワイス王。しかし、王の部屋にいたのは、我が国のフォルト王妃なのです」
勇者マリアが膝をついた。
その背後で、シャンテは王妃を打っていた鞭を捨てた。
「ねえ、マカロン」
「なあに、シャンテ」
タヌキ姿のマカロンが、前足を両手のように組み合わせてシャンテを見上げる。
「魔王がいるわ」
「そりゃ、パパのお城だもの」
「マカロンの目的はなぁに?」
「ママが戦争の準備をしていることを、パパに……あっ!」
マカロンは目的を思い出したよう 前足を重ねるが、肉球付きの前足は音が出なかった。
マカロンは後ろ足で走り出す。
「パパ、さっきも言ったけど、ママを止めて! 戦争する必要なんてないわ。ママは誤解しているのよ。魔族が大勢死んじゃう! ママは、パパが離れたお城で、人間の女と浮気しているって勘違いしているのよ!」
「それ、誤解ではありませんわね」
「しっ! 余の娘の前で、暴露するでない」
人に近い姿をした魔王が、唇の前に指を立てた。
王妃は黙って俯いている。勇者マリアは立ち上がった。
「あの……トワイス王、どうして魔王にさわられた王妃が、この国にいるのですか? 攻めてくるのは、魔王ではないのですか?」
「マリア、ややこしくなるから、お黙りなさいな」
「うっ……シャンテ、後でちゃんと説明してよ」
「嫌ですわ。永遠に、戸惑っていなさいな。このおばさんがいたのは、魔王にさらわれたのを、トワイス王が連れ戻したからですわ。王妃だとご存じなかったのでしょう。ご自分の城でメイドとして使用していたのを、私が見つけて復讐していたんですわ」
「シャンテ……王妃様が嫌いなのはわかるけど、もうそろそろ……」
「マリアのことは、その倍は嫌いですわよ」
シャンテはマリアを黙らせて、マカロンを抱き上げた魔王を振り向いた。見た目には、タヌキを抱いた人間の王である。
「この城は、王が妻に差し上げるプレゼントを用意するための場所ですわね?」
「なにっ?」
「パパ、本当?」
マカロンが、目をキラキラと輝かせて父親を見上げる。
「む、無論だ」
「やっぱり……私のことをこんなに可愛がってくれるパパが、ママに隠して人間の女と浮気なんて、するはずがないものね」
「あ、ああ」
「おーほっほっほっ! 人間には、人間にしか作れない不思議な物がありますのよ。毛玉を洗うと、ふわふわに仕上がる柔軟剤とか、お肉が美味しく焼きあがる焼き釜とか、果実を発酵させたお酒とか……マカロンのママは、どんなものが好きですの?」
「今、シャンテが言ったの、全部好き」
マカロンが口元から涎を垂らし、毛だらけの前足で拭った。
「おーほっほっほっ! さあ、トワイス王、戦争を回避したければ、奥様の大好きな品々を用意して、本来のお住まいにお送りすることですわ」
「う、うむ」
魔王は頷いた。魔王は娘、マカロンを可愛がっており、失望されたくないのだ。
シャンテは、魔王の弱点を的確に突いた。
「しかし、我が城には……」
「ママの好きなものを用意するためのお城じゃないの?」
マカロンが首をかしげる。魔王は言葉に詰まった。
シャンテが笑った。
「おーほっほっほっほっ! 金貨五千枚。それだけ用意すれば、マカロンのママがご機嫌になるだけのものを用意してご覧にいれますわ」
「そ、そうか。しかし余は、普段は金貨など……」
言い淀んだ魔王に、シャンテはにやりと笑う。
「お持ちですわね?」
シャンテは、自分の額を指差した。
シャンテは、かつて魔王の角の一本を渡されていた。
すでに、金銭的な価値は確認済みなのだ。
「……わかった」
魔王は、王冠の上から髪の中に手を差し入れた。
王冠の中で、ぽきりと音がした。
シャンテに投げ渡されたのは、以前もらったものより、はるかに長く、固そうな立派な角だった。
「おーほっほっほっほっ! この戦争、このシャンテ様が止めてご覧に入れますわ。マリア、そこのクズ王妃を連れて帰りなさいな。マカロン、パパと一緒にいますの?」
「ううん。シャンテと一緒に行く」
「いいんですの?」
シャンテが魔王に尋ねる。
「ああ。娘を頼む。余は戦争でも構わんが、浮気しているのだとマカロンには思われたくない」
「おーほっほっほっほっ! 大船に乗ったつもりでいるといいですわ」
「シャンテ、君って……」
王妃に肩を貸しながら勇者マリアが呆然と呟く前で、シャンテはいつまでも高笑いを続けていた。




