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17 魔族の姫

 誰もシャンテに気づかないまま、神官クロムはソマリア王子と勇者マリアを導いた。

 王城を出て、街を進み、程なくして王都の守備兵による人垣が出来ている場所に到着した。


「神官クロムです。ソマリア王子と勇者マリアを連れてきました」


 クロムが告げると、兵士たちが道を開けた。その背後に当然のようについてきているシャンテには、誰も注意を払わなかった。


「王都守備隊隊長のヘッケルです。ソマリア王子、ご協力感謝します」

「ご苦労。礼なら勇者に言うといい。私もこちらのクロムも、勇者マリアの指示に従う」


 ソマリア王子はヘッケル隊長の敬礼に、敬礼で返した。王族というより、現在は騎士の立場で対応しているのだ。


「承知いたしました。勇者殿、ご協力感謝します」

「あっ……うん。どうなっているの?」


 突然話を振られたマリアは、しどろもどろで尋ね返した。マリアは勇者として十分な能力を持ち、その発露によって平民から勇者に選ばれた。

 身分は平民のままで、まだ若く、経験も浅い。兵士たちをまとめる熟練の大人に尊大な態度で接することができるほど、豪胆ではないのだ。


「2人の魔族があちらの宿泊所を占拠しました。人質が多数いるため、踏み込めずにいます」

「……あれって『光輝なヒール邸』じゃないか。王都の中でも最高級の宿だな」

「迂闊には踏み込めないね」


 ソマリア王子が、3階建ての大きな建物を見上げてつぶやいた。

 大貴族の邸宅よりも大きな建物で、まるで王城の分家のような佇まいをしている。

 同意するクロムの言葉に、勇者マリアだけが首を傾げた。

 勇者マリアとは、縁のない宿だったのだろう。背後にいたシャンテが、呆れて囁いた。


「王都で最も高級な宿屋ですわ。宿泊するのは、王都に邸宅を持たない貴族たちと、外国からの賓客ですわね。主要な宿泊客の1人でも死ぬことになれば、国としては大損害ですわね」

「……なるほど。ありがとう……えっ? 誰?」


 勇者マリアが驚いて振り向いた時には、シャンテはソマリア王子の背中に隠れていた。


「マリア、どうした?」

「ううん。何でもない。犠牲はどう?」


 ソマリア王子に答えてから、マリアはヘッケルに尋ねた。兵士たちの長が答える。


「魔族たちは、種族を隠して宿を取ろうとしていました。正体が判明し、常駐している警備兵が尋問したところ、魔族たちが警備兵を攻撃したのです。その時、警備兵8人が負傷しました。昼間だったこともあり、宿泊客の数は少なかったのですが、5人ほど人質にとられています。その中に、隣国トワイス王国の大使夫妻がいます」


「……そう」

「トワイス王国は、この国と魔王領の間にある国ですわ。魔王軍との最前線にある国ですから、見殺しにするわけにはいきませんわね」

「そうなんだ……えっ? 誰?」


 シャンテは再び混乱気味のマリアに耳打ちし、今度はクロムの背中に隠れた。


「中の様子はわからないのか?」

「全員厨房に囚われている。警護兵は全員外に放り出されたな。人質は、宿泊客は5人だが、従業員とこの宿のオーナーも含めると10人だ。外とつながる全ての扉と窓は、魔法で封じられている」


 言いながら、兵士たちを掻い潜って姿を見せた男がいた。

 長い黒髪を背に垂らした、最年少宮廷魔術師のカラスコだった。

 勇者マリアが頷いて尋ねる。


「そう。中の様子が魔法で見られるの?」

「ああ。本当なら、建物の中を覗く魔法があるんだが……魔族に妨害されている。でも宿の地図があるから、どこに何人いるかぐらいならわかる」

「セイイは?」


 勇者に協力する魔王討伐部隊は、5人編成だ。残る1人について、クロムが尋ねた。


「魔物退治が専門の冒険者たちを率いて、突入の合図を待っている。金に物を言わせるのは、得意だからね」


 カラスコが言うと、守備隊長は気まずそうに口を曲げたが、王子たちは笑みを見せた。

 訓練された兵士たちより荒事を好む冒険者たちを頼りにしているとは、守備体長は認め難いのだろう。


「扉や窓を封印しているのは、カラスコの魔法か?」

「いや。内側から閉じられている。魔族の仕業だ」

「どの道、人質がいなくとも、踏み込めないな」


 王子の言葉に、カラスコは首を振った。


「いや。封印を解くことは難しくない。俺にとってはね。問題は、封印を解いたことが魔族たちに知られるということだ」

「魔族たちから、何か条件は出されていませんの?」

「それもないな。今のところ、ただ引きこもっているだけだ……今のは誰だ?」


 突然の問いに、答えてからカラスコが周囲を見回す。シャンテは勇者マリアの背中に隠れていた。

 状況を確認すると、ソマリア王子が総括した。


「トワイス王国の大使の無事が最優先だ。あまり長引かせて、我が国が弱腰だと思われたくはない。カラスコに封印を破らせて……俺たちが踏み込むか、兵士たちも含めて一斉に踏み込むかだな。マリアの判断は?」


「カラスコ、扉や窓の封印は、全部一斉に破れるの?」

「無理だな。個々の扉を一つずつ解放するしかない」

「なら……一度に飛び込める人数は限られるね。下手に刺激して、人質を傷つけられると大変だ。魔族の数は2人なんだろう。なら、オレたちだけでやろう」


 勇者マリアの決断に、ソマリア王子が頷く。


「よし。カラスコ、連中が陣取っている厨房の一番近くの扉に案内してくれ」

「わかった。セイイには待機させておく」

「では、魔族退治に行ってきます」


 勇者マリアが軽く敬礼すると、守備隊長は顔を赤くして敬礼を返す。


「あの勇者、淫乱ですからお気をつけなさい」

「えっ? 君は?」

「なんでもありませんわ」


 シャンテは言い置くと、走り出した勇者たちを追った。


 ※


 魔術師カラスコが封印を破り、厨房に勇者一行が踏み込んだ。ただし、商人のセイイの代わりに、目立たない令嬢が参加している。

 厨房の奥に、人質となった人間たちがかたまって座っていた。

 その中に、トワイス王国の大使夫妻がいた。


「2人はご無事のようですわね」

「そうか。わかった……誰だ?」


 王子が剣を抜きながらシャンテに答えた。

 シャンテを見れば気づいたかもしれない。だが、シャンテは厨房に置かれた釜の影に隠れていた。


「侵入者だ! 人質を殺せ」

「待て。たった5人だ。5人の人間に負けたとあっては、魔王様に顔向けはできん」


 勇者マリアたちの前に、フードを目深に被った魔族が立ちはだかった。

 肌の色が1人は緑色で、1人は水色に渦巻模様が浮き出ている。肌の露出は少ないが、頭部にある不自然な盛り上がりは、角を隠しているのだとわかる。


 2人とも剣を抜き、片手には魔法使いが扱う杖を持っている。

 魔族の特徴のひとつが、全ての魔族が戦士であり、同時に魔法使いであることだ。


 また、魔族は整った顔だちの美形が多いが、女性の魔族を見たことがある者はいない。そのため、魔族には女性が存在せず、人間を敵視するのは女性を狙ってのことだとも言われる。

 勇者の思惑通り、少数で潜入したことにより、魔族は人質を利用するより堂々と戦うことを選んだ。


「ソマリア、1人はオレが引き受ける」

「わかった。カラスコ、私に援護を。クロムは人質を守れ」

「承知した」


 ソマリアの指示に、魔術師カラスコと神官クロムが同時に返事をする。

 その場には、もう1人いる。魔族たちは、勇者一行を5人と言った。

 5人いることは把握している。


 だが、仲間達は5人目の存在を理解していない。

 魔族たちの言葉に、違和感も覚えない。それこそが、モブ化スキルなのだ。


「あれはいいんですの? 真ん中にいるの」

「ただの動物だ」

「タヌキのことなんて、放っておきなよ」


 発言したのがシャンテだと気づかず、ソマリア王子と勇者マリアが口々に言うと、魔族に向かっていく。

 2人の魔族から、業火と氷結の魔法が飛んだ。

 ソマリア王子の前で炎は四散し、勇者マリアは凍りつく体をものともせずに突き進む。


 4本の剣が打ち合わされ、金属質の音が響いた。

 その中央を、シャンテは突き進む。

 どこにでもいる『モブ』が、ただ歩いているだけ。


 戦闘の最中をただ歩いている一般人などいるはずがない。

 それでも、モブ化のスキルはシャンテに誰も注目をさせなかった。

 ただ、シャンテは注目していた。

 2人の魔族の中央に、タヌキがいる。


 タヌキは後ろ足で立ち上がり、祈るように前足を組み合わせて、戦う魔族たちを応援している。

 言葉は発していない。だが、2人を思うタヌキの姿に、シャンテはかつての婚約者を思う自分の姿を重ね合わせた。


 タヌキも、シャンテには気づかない。

 激しい戦闘の中央を進み、シャンテはタヌキの前にかがみ込んだ。

 後ろ足で立ったままのタヌキは、頭部の獣毛にめり込んだ、薄く細いティアラをしていた。


「魔族のプリンセスでいらっしゃいますか?」

「えっ? 誰? あまり特徴のない方……人間なの?」


 タヌキは、しっかりとした言葉を発した。今まで、あえて話さなかったのだろう。

 話さえしなければ、人間たちは気づかなかったはずだ。


「お父様はお元気?」

「……パパを知っているの?」

「あなたのパパは、これの持ち主のことかしら?」


 シャンテが取り出したのは、先端が少し折れてしまった、魔王の角だ。


「パパ……パパは……」


 タヌキの鼻先に、シャンテは魔王の角を突きつける。当然ながら、シャンテの背後では魔王討伐部隊の人間4人と姫の護衛である生粋の魔族2人の激しい戦いが続いている。


「ええ」


 シャンテは頷いた。タヌキは、絶望的な声を発する。


「死んだの?」

「えっ?」


 これまで散々人を驚かせてきたシャンテが、タヌキの呟きにあっけに取られた。


「パパの仇よ! グロウリス! バロモンテ! 魔王陛下がご崩御されたわ!」

「なっ!」


 2人の魔族の動きが止まる。

 勇者たちが斬りかかる。

 すぐに応戦した。


「おーほっほっほっほっ! よくお聞きなさい、プリンセス。あなたのパパは、この国の王妃を連れて、どこかに消えましたわ。わざわざプリンセスが人間の街にくるほど、魔王領に深刻な問題が起こっていますのね?」


「えっ? あなたは……何者?」

「シャンテ! きみ、どうしてこんな所にいるの? それは何? どうして、タヌキが話しているの?」

「五月蝿いですわよ。お黙りなさい、淫乱勇者!」

「ひ、酷い!」


 叫んでから、勇者マリアは魔族の剣を打ち払う。

 シャンテは魔王の角を持ち、タヌキに突きつけた。


「お父様は、人間の女が大好きみたいですわね。また、私に会いにくると仰って、自分で角を折られましたわ」

「……本当なの?」


 シャンテとタヌキの目の前で、魔法の流れ弾によってシチュー入りの鍋が爆発した。


「ええ。少々騒々しいですわね。場所を変えましょうか」

「うん。わかった」

「そちらの皆さんも、ご一緒にいかが?」


 いまだ激しい戦いの中、シャンテは人質にされていた10人ほどの人間に声をかけた。


「き、きみは誰なんだ?」


 声を上げたのは、トワイス王国の大使だった。


「私はティアーズ公爵家のシャンテ、令嬢ですわ」

「おおっ! お噂はかねがね……」


 拘束していたロープを斬られる、大使はシャンテに握手を求めた。


「それから、ご紹介いたしますわ。魔王の娘、であっていますの?」

「はい。マカロンと申します」


 深々と頭を下げるタヌキに、魔族領と国境を接する最前線の国の大使は、あんぐりと口を開けた。

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