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15 復讐の誓い

 公爵令嬢シャンテは、首と両手に鉄の枷をはめられ、鎖で繋がれた状態で王の御前会議の場に引き出された。

 拘束された段階で、モブ化スキルは役に立たない。


 かつて処刑場から逃げられたのは、周囲を兵士たちに囲まれ、シャンテの口車でシャンテの存在を誤認させることができたからだ。

 シャンテを捕らえるために罠をはり、シャンテだと確信して拘束された。


 この状況で、仮にシャンテが他の誰かに紛れ込んでモブ化したとしても、シャンテに害意を持つ者を欺くことはできないだろう。

 シャンテは、むしろ『モブ化』というスキルを持つことを隠すことのほうが重要だと判断した。

 そのために何ら抵抗をせずに、むしろ公爵令嬢として堂々と、御前会議の場に引き出された。


「ティアーズ公爵家の長女シャンテで間違いないな?」


 王が尋ねる。左右に高位の貴族たちが並ぶ。ただ、最高位の貴族であるシャンテの父、ティアーズ公爵の姿はなかった。

 娘を見捨てたか、同席しないように王が計らったかのいずれかだろう。


「はい。間違いございませんわ」

「貴様は裁判で死刑判決を受けたが、逃走した。間違いないな?」

「逃走したのではございませんですわね。その役目を果たすべき兵士たちが、役目を放棄したのですわ」


 シャンテはあえて、普段の高笑いを抑えて神妙に受け答えをした。

王は隣にいた老人に視線を向ける。この国で、宰相と呼ばれる役人だとシャンテは見てとった。

 公爵令嬢として、国の貴族や高官のほとんどにシャンテは会ったことがあり、似顔絵の訓練の過程で、一度会った人物の顔は絵に描けるほど鮮明に覚えるようになっていた。


「では、刑に服するつもりであるということだな?」


 宰相は尋ねた。

 シャンテは笑った。


「おーほっほっほっほっ! この私が、どうして裁判の結果を受け入れるつもりだとお思いなの? 私は、ずっと無実だと申し上げていますわ。私を死刑にしたがったお方が、現在何をしているのか、ご存じですわね?」


 シャンテは、今度はあえて高く笑い声を張り上げたのだ。

 モブ化スキルを発動させてはいけない。そのスキルのことを知られれば、対策が講じられる。王が相手では、あまりにも無礼な態度をとることは躊躇われた。


 だが、相手が宰相であれば別だ。

 シャンテはモブ化を防ぐために、自分の存在を強調するために、声を張り上げたのだ。


「そなたが言っているのは、王妃のことか?」


 王が発言する。怒りに震えている。


「もちろんですわ。でも、私を死刑にしたかったのは、王妃様だけだとお思いですの?」


 もう、神妙にする必要はないと判断していた。王は、シャンテの術中にはまっている。


「どういうことだ? シャンテ、何を知っている?」


 王の目がシャンテを睨む。気の弱い令嬢なら、気絶するほどの眼光だった。

 だが、シャンテにもはや恐るものはない。


「おーほっほっほっ! 侍女のミリアを虐めて、私を捕らえさせたのはどうしてですの? 毒を塗ったナイフをミリアに渡した方が簡単だったでしょう。ちょうど、雁首揃えてくださいましたわね。私を殺したい皆様と同じくらい、私を利用したい方々がいらっしゃるのではございませんの?」

「貴様、無礼だぞ!」


 ティアーズ家と並ぶ公爵家の当主が、いきりたって怒声を放った。

 シャンテは笑って言った。


「公爵が購入した、総額で金貨千枚もした首飾り、公爵婦人の首元にはございませんわね。ここにはいらっしゃいませんが、男爵家の御令嬢の首に、よく似た首飾りがあるようですわね」

「き、貴様! 何故それを……」

「ほう。レモンド公爵、大それた真似を」


 対面に座っていた老紳士が、公爵に対して嫌らしい笑みを見せた。公爵が口を開く前に、シャンテは言った。


「まあっ、トォレル伯爵ですわね! あなたの次女の子どもが、孤児院にいることはご存じですの?」

「なっ!」


 公爵を挑発した老紳士が顔色を変える。


「し、死刑を、今すぐ死刑を!」


 老紳士のトォレル伯爵が喚き立てた。

 シャンテは続ける。


「以前の私は、ただ知っていただけでしたわ。それでも、裁判で死刑判決を受けましたわ。私は、知っている情報をきちんと整理し、活用して身を守る必要を痛感いたしました。皆様にお尋ねいたしましょう。このシャンテ・クリエスト・ティアーズを、殺すべきですの?」


 王の視線が貴族たちに向かう。誰も発言はしない。

 シャンテを殺せば、不安は消える。だが、同時に政敵を追い落とす可能性も手放すことになる。

 その種を、シャンテは撒いたのだ。

 王の隣にいた宰相が尋ねる。


「ソマリア王子の飲み物にムカデが、王妃の飲み物にゴキブリが入っていたことに対して、弁明は?」

「私とは無関係ですわ」

「その場にいたことは間違いないのだ」


「王宮付きの侍女、ミリアが罰を受けましたわね。ミリアは子爵家の三女ですわ。十分な償いをしましたわね」

「……シャンテ殿は無関係だと?」


「どうしてミリアがそんなことをしたのか……王族の皆様の、素行の問題ですわ」

「不敬……などと言っても、今更仕方のないことだ。だが、王妃がさらわれた。未だに行方不明なのだ。シャンテ殿も関わっているな?」


 別の貴族の問いに、シャンテは薄く笑みを浮かべた。


「王妃を攫ったのは、魔王ですわ。私が魔王と結託していると仰るの? 私が魔王からソマリアを助けたのに? 王子に聞いてごらんなさいまし」

「……まことか?」


 尋ねたのは王だった。貴族たちがざわめいている。


「お尋ねなのは、どの部分ですの?」

「魔王が、王城に侵入したというのか?」

「あらっ! そんなことも、ご存じありませんでしたの?」


 言ってから、シャンテが笑う。王は立ち上がった。


「会議はここまでだ。魔王に対する対策を講じなければならん。王妃の救出隊を組織せよ」

「シャンテについては、どういたしますか?」

「幽閉せよ。処罰は、後日下す」

「承知いたしました」


 宰相が畏まり、会議の終了を告げた。


 ※


 王は、シャンテを『幽閉せよ』と言った。

 シャンテは王の親族の一族である公爵家の令嬢である。

 罪人であっても、何不自由ない快適な場所で、ただ外に出られないというだけの状況に置かれるはずだった。


 それが、王の言った『幽閉せよ』の通常の解釈である。

 例外は、死刑判決が下り、市民が処刑を望み、2日後に死刑の執行が決まっているような場合である。

 だが、現在のシャンテは、貴族として処遇され、白楼の塔と呼ばれる貴族専用の監禁場所に囚われるはずだった。


 シャンテは鎖に繋がれたまま、地下審問所に戻された。

 シャンテの手首の枷は外されないまま、シャンテは十字の形に立てられた木の杭に、向かい合う形で両手を広げて繋がれた。


 鎖は短く調整され、広げて万歳をした形のまま、動くこともできない。

 首の枷はされたまま、ただ引き回すための鎖だけが外された。


「あななたち、王は私を『幽閉しろ』と仰いましたのよ。こんな真似をして、ただてすむと思っていらっしゃるの?」


 シャンテは、まるでシャンテをしつけの悪い犬のように引っ張ってきた兵士たちに、挑むように言った。

 だが、兵士たちはシャンテを拘束すると、すぐにいなくなった。


 代わりに、地下審問所に足音も高く入ってきたのは、普段は決して足を踏み入れない男たちだった。

 シャンテは十字型の杭に向かって、両腕を上げている。

 男たちは、シャンテの背後に立った。


「お前が知っていることを、全て白状させれば許されるさ。それどころか、報奨ものだ」


 シャンテの背後に立った男は3人だった。

 シャンテは、全員の顔を知っていた。目を閉ざしたままでも、写し取ったような似顔絵を描く自信があった。


 男たちの顔をシャンテが横目で確認したところで、男の1人が持つ鞭がしなった。

 シャンテの背中を、鞣した細い獣の革が襲う。


「ああっ!」


 あまりの痛さに、シャンテが悲鳴を上げた。


「ひひっ。いい声で泣くじゃないか」

「無礼ですわよ」

「いつまで、そんな口を叩けるかな?」


 再びシャンテの背中が撃たれる。シャンテは背中の痛みに叫び声を上げる。


「私に、聞きたいことがあるのじゃありませんの?」

「ああ。だが、素直に話すような女ではないだろう。まずは、反抗する小根を叩き直してやる」


 シャンテの背中が三度撃たれる。

 背中の服が破けたのがわかる。仰け反り、叫んだ。


「おい、俺にもやらせろ。気絶したらつまらん」

「そうだな。水桶を用意しておけ」

「わかった」


 男たちの声を聴きながら、シャンテは痛みを堪えて口も聞けなかった。

 再度鞭で撃たれる。

 シャンテの細い背中が悲鳴を上げた。

 皮膚が裂け、血が流れている感触があった。


「あなたたち、こんなことをして……」

「黙れ!」


 シャンテは、撃たれる度に悲鳴をあげ、のけぞった。

 何度か繰り返された挙句、背中が完全に裂けたことを自覚した。

 髪が乱れ、汗が流れた。


 それでも終わらない鞭打ちに、シャンテは震えながら十字の杭にもたれかかり、つながれた腕だけを残して、崩れ落ちた。

 どれだけの時間そうしていたのか、あるいは一瞬だったのだろう。

 シャンテは、突然浴びせられた冷水に、無理やり意識を戻させられた。


「どうだ? 王妃様の居場所と、魔王をどうやって操ったのか話せば、鞭は許してやろう。自由にするかどうかは、わからないがな」


 男たちの下卑た笑いに、シャンテは小さく口を開けた。

 男が耳を寄せる。


「トリティス子爵、あなたの奥様の服を脱がせば、もっと酷い跡が見られますわよ」

「こいつ!」


 トリティス子爵がシャンテの頬を殴る。


「おい、顔は不味い」

「しかし、こいつ……」


 シャンテは、止めに入った男に笑いかけた。


「モダルテ伯爵、お嬢さんのお腹には、使用人の子どもがいますわ」

「貴様!」

「や、やめろ!」


 止めに入った3人目の男に向かって、シャンテは言った。


「イーゼン男爵、あなたが知らないだけで、財産は全て奥様の名義に変わっていますわよ」

「なっ……」


 結局、シャンテはイーゼン男爵に殴られた。

 再び、鞭打ちが再開された。

 シャンテは再度意識を失い、冷水が浴びせられる。


「おい、このままだと死んじまう」

「死んだって構うものか」

「たとえ死のうとも、あなたたちには屈しませんわよ」


 鞭がしなう。シャンテが悲鳴を上げた。


「お前たち、何をしている!」


 突然、聞き知った声が響いた。

 シャンテがかつては恋焦がれ、その男の妻になるのだと信じていた男の声だった。


「で、殿下、これは……この女から情報を引き出そうと……」

「シャンテ! 酷いわ。どうして、こんな……」


 聞き知ったもう一つの声に、シャンテは唾棄した。床に吐いた唾の中に、血が混ざっていた。


「これは勇者様、止めないでください。勇者であっても、平民のあなたには関係のないことです」

「マリアは、私の妻になる女性だ。口は慎んでもらおう」

「はっ」


 3人の貴族が膝をつく。王子が追い払う声が聞こえた。

 3人の貴族が逃げるように去っていく。

 ソマリア王子は、残されたシャンテに近づいた。


「遅いですわよ。役立たずですわね」

「助けに来たんだ。そんな言い方はないだろう。シャンテ、どうしたんだ? お前なら、こんなことになる前に、いくらでも逃げることができただろう」

「私は、か弱い公爵令嬢ですのよ。私が、どうしてあんなケダモノ達の手から逃れられるとお考えですの?」


 王子は鍵を持っていたらしい。シャンテの手枷を外した。

 背中に傷を負ったシャンテを気遣い、王子は崩れるように座り込むシャンテの前から手を伸ばした。


「嘘だよ。シャンテは、不思議な力を持っているはずだ。そうでなきゃ……王宮でのことや、魔王が出た時のことは説明がつかない。でも、何か条件があるのかな? それとも、自分で意識してはできないのかも……」


 勇者マリアが、シャンテの能力について分析を始めた。

 シャンテは薄く笑う。


「私が逃げられたはずだとは、買い被りですわ。でも、私は逃げられたとしても、逃げなかったですわね」

「どうして?」


「撃たれた鞭の一回一回に、あの男達の笑い声一つ一つに、恨みを刻むためですわ。おーほっほっほっ!」

「シャンテ、お前、正気か?」

「言っても無駄だよ。ソマリア、シャンテは笑いながら気絶したみたいだ」


 呆れる王子と勇者マリアの声を聴きながら、シャンテは本当に意識を失っていた。

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