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14 拷問

 王城の一室にある薄暗い地下で、尋問という名の拷問が行われていた。

 黒い丈夫なメイド服が破れ、肌が露出し血が滲んでいた。

 女は、かたくなに話そうとはしなかった。

 柱を抱くように両腕を拘束され、縛られた女の背が鞭で打たれる。


「処刑場から逃走した後、シャンテは2度この城で目撃されている。2回とも、お前が一緒にいたんだ。誤魔化せると思うのか?」


 兵士の鎧を着た男が、怒声を発しながら鞭を振るう。

 しなった皮が、王城付きメイドのミリアに血飛沫を上げさせた。


「あああぁあああああぁぁぁっっっ!」


 悲鳴をあげるミリアを、周囲の兵士たちが囃し立てる。

 まるで、拷問を娯楽でもあるかのように鑑賞し、下卑た笑い声をあげていた。


「話せ! シャンテは、死刑囚というだけではない。魔王を城に手引きした嫌疑がかかっている。庇えば、お前もただではすまんぞ!」

「シャンテ様は……シャンテ様には、返しきれない恩があるわ。たとえ殴り殺されても、シャンテ様を裏切ることはできないわ」


 ミリアはすでに、立っていることもできなくなり、柱にしがみついている状況だった。

 さらに鞭が打たれ、その度にミリアが悲鳴をあげる。


「わ、私は、侍女といっても、子爵家の令嬢よ。殺したりして、許されると思っているの?」

「これは王命だ。シャンテは王を怒らせた。もはや、だれも庇うことはできん」


 兵士が鞭をもちかえ、空いた手でミリアの髪を鷲掴み、顔を上げさせた。


「シャンテを庇えば、お前だけでは済まんぞ。子爵家が取り潰され、子爵は死罪、お前の兄妹たちも後を追うことになる」


「だからといって……国王が私に、何をしてくれたというの? 資金繰りが苦しくなり、立場が悪くなった子爵家に、王は何の助けも出してくれなかった。私を部屋に呼びつけて、辱めるだけ辱めて……施しで金貨一枚を投げつけられたわ。子爵家が借金を返せたのは、シャンテ様のお陰なのよ。だから……私はどんなことがあっても、シャンテ様を裏切らない」


 言いながら、ミリアは意識を失った。

 兵士はミリアの髪から手を放し、そばで見ていた兵士の1人に言った。


「水をかけて起こせ。続ける。シャンテのことを聞き出さないと、俺たちが王に罰を受ける」

「ああ」


 別の兵士が、水桶を持って立ち上がった。

 先ほどまでミリアを拷問していた兵士は、知らないうちに地下の審問所にいた侍女らしき女からカップを受け取り、中の水を飲み干した。

 仲間の兵士が、ミリアに水を浴びせかける。


 ミリアの目が開くが、それ以上は動かなかった。

 飲み干したカップを侍女が持つトレイに戻し、兵士は鞭を手にした。


 女が持つトレイには、地下審問所という名の拷問部屋にいる兵士たち全員分のカップがあり、水で満たされていた。

 女がただ眺めているだけの兵士たちにもカップを配るのに、鞭を持った兵士はなんら意識を向けなかった。


「起きたか?」


 再びミリアの髪を掴み、強引に上向かせた。

 ミリアは口をぱくぱくと開閉させたきり、言葉もなかった。


「おい、やりすぎじゃないか?」

「こいつが強情なんだ」


 兵士が再び鞭打っても、ミリアはびくんと震えるだけだった。


「そろそろですわね」


 兵士たちにカップを配っていた女が言った。


「『そろそろ』だと? 何がだ?」


 兵士は首をかしげた。侍女だと思っていたが、侍女にしてはおかしな服装をしている。まるで、貴族令嬢のようだ。

 その女が続けた。


「秒読みしますわよ。3、2、1」

「うっ……おい、こいつを見張っていろよ。俺はちょっと、トイレに行ってくる」


 ミリアの髪を放し、鞭を捨て、兵士は腹から尻に異変を感じて前屈みになった。


「『見張れ』だって? 無理を言うな。トレイなら、俺が先だ」


 鞭を振るっていた兵士が振り返ると、拷問を見物していた兵士たちが、全員同じように前屈みになり、地下審問所の出入り口に向かって移動していた。


「おーほっほっほっ! さあさあ、急ぎなさいな! 私がいる場所が、糞尿で臭くなるなんて耐えられませんわ」

「お、お前、まさか……」


 声高らかに笑ったシャンテを、兵士が睨む。だが、腹も尻も限界だった。

 扉から出ていく。兵士は一人もいなくなった。

 シャンテは兵士たちに向かって唾棄してから、柱に縛り付けられたミリアの戒めを解いた。

 縫製がしっかりしたメイド服が破れ、血が滲むのではなく滴っている。


「酷い目に遭いましたわね。私のために……」


 シャンテは、戒めが解かれて柱にもたれ、崩れ落ちるミリアの目を覗き込んだ。


「本当に……シャンテ……様?」

「ええ。辛いのはわかるけど、しっかりなさいまし。あの兵士たち、しばらくは下痢し続けるでしょうけど、そのうちに交代が来ますわ。その前に、逃げなくてはなりませんわ」


 塔の魔女の使い魔である伝書カラスがもたらしたのは、何も描いていない布の切れ端だった。

 伝書カラスが、意味もないものを届けるとは考えにくい。

 シャンテは、的確に何が起こっているのかを洞察し、城に出入りする商人に混ざって侵入を果たしたのだ。


「シャンテ様、ごめんなさい、ごめんなさい」


 ミリアは震えていた。まるで、シャンテを恐れているようでもある。

 シャンテは、脱ぎ捨ててあった兵士の上着をミリアの肩に乗せ、傷ついた背中を隠した。


「どうしましたの? 少し前から聞いていたけど、ミリアは私を裏切ったりはしていないではありませんの。大丈夫ですわ。逃してさしあげます」

「ごめんなさい。シャンテ様、ごめんなさい」


 ミリアは繰り返した。


「どうしましたの?」


 シャンテも繰り返して尋ね、ミリアの腕をとる。安心させようと、手に手を重ねる。

 シャンテの腕に、冷たいものが触れた。

 人の肌の感触では無かった。


 シャンテが目を向けると、口を大きく開けた鉄の枷が、シャンテの腕に触れていた。

 鉄の枷には鎖が繋がれている。

 ミリアは縄で縛られていた。

 鉄の枷は、ミリアがずっと隠し持っていたのだ。


「……この枷を、私の腕にはめるつもりですの?」


 残酷なまでに大きく口を開けた枷が、ミリアの手の中にある。

 シャンテの腕に触れ、大きな口にシャンテの腕を挟む。ミリアは、それ以上動かなかった。

 枷を閉じれば、シャンテは逃げることができなくなる。


「シャンテ様、逃げてください。私はどうなっても、シャンテ様を捉えるなんてできません」


 ミリアは、ぼろぼろと涙をこぼしていた。

 シャンテは枷を支えるミリアの手の外側に、自分の手を重ねた。


「ミリアみたいに頭がよくて度胸のあるメイドが、どんな仕打ちをうければこんなことを強要させられますの?」

「わ、私の家族……子爵家が……」


 ミリアは大量の汗と涙を流していた。シャンテはミリアの肩に手を置いた。


「それ以上、言わなくていいですわ」

「シャンテ様、逃げてください。私を殴って、私に枷を嵌めれば、私は裏切ったことにはなりません」

「それで、ミリアの家族は救われますの?」

「……はい」

「嘘ですわね」


 シャンテは、これが国王の命令だろうと推測していた。そうでなければ、子爵家を人質にすることなど、できるはずがない。

 ミリアの顔色から全てを察し、シャンテは手に力を込めた。

 シャンテの腕で、カチャリと音が響いた。


「な、なんで? シャンテ様……」


 シャンテは捉えられた。慌てるミリアに、シャンテは微笑む。


「ごめんなさいね」

「えっ?」


 驚いて目を見張るミリアの頬を、シャンテは全力で平手打ちをする。

 鞭に打たれ弱っていたミリアは、抵抗もできずに床に倒れた。


「おーほっほっほっほっ! このシャンテ様を罠にかけるだなんて、とんだ畜生ですわね!」

「シャンテだと!」


 地下審問所の扉が開き、先ほどとは違った兵士が飛び込んできた。

 シャンテは地下審問所にくる前に、下剤入りの水を大量に兵士たちに配ってきたのだ。

 それでも、免れた兵士もいたのかもしれない。

 ただし、扉が開いた瞬間に、漂ってきた臭いがある。

 シャンテは片腕を枷に囚われたまま、片手で鼻を摘んだ。


「臭いですわよ! 誰か、お漏らしになられまして?」

「五月蝿い! お前も道連れだ!」


 飛び込んできた兵士の歩き方がおかしい。

 何人かが飛び込んできた。全員、歩き方がおかしい。


「おーほっほっほっ! あなたたち、私を捉えるために、人としての尊厳を捨てたというのですわね!」


 兵士たちが顔を見交わせる。


「さては、お前の仕業か!」

「おーほっほっほっ! ようやくお気づきになりましたの? それよりも、いいんですの? 『公爵家令嬢に迫る、うんちを漏らした兵士たち』王都中にこの記事を流して差し上げますわよ」


「……くっ、き、着替えてくるから、そこから逃げるなよ!」

「このシャンテ、逃げも隠れもいたしませんわ!」

「どの口が……まあいい。また、もよおしてきた」


 他の兵士たちも同様なのだろう。雪崩れ込んできた兵士たちが、争うように出ていった。


「どうせ漏らしているなら、1度でも2度でも変わらないでしょうに」


 シャンテは鎖付きの枷を外すことができず、その場に座り込んだ。


「シャンテ様、どうしてわざわざ、兵士たちを呼んだのですか?」


 シャンテに頬を張られ、倒れた状態でミリアが尋ねた。起きないようにシャンテが手で合図をしていたのだ。


「そんなの簡単ですわ。私を捕まえたと教えてあげないと、困る人がいるでしょう」

「……う、裏切った私を……あ、ありがとうございます」

「この恩は、忘れないでくださいましね」


 シャンテが片目を瞑って見せると、ミリアが大きく頷いた。

 実際には、シャンテがあえて高笑いをあげたのはモブ化のスキルを警戒してのことだが、そこまで言うつもりはなかった。


 服を着替え、通路を清掃し、兵士たちが戻ってきた。

 まだ臭いと指摘するシャンテに嫌な顔をしながら、兵士たちはミリアを解放し、シャンテの両腕と首に鉄の枷をはめ、移動を促した。


 公爵令嬢シャンテは、王および大貴族の当主たちが揃う貴族会議の場に引き出された。

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