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13 王妃の手がかり

 下町の居酒屋、薄暗い隅の席で、勇者マリアは4人の仲間と食事をしていた。

 4人の仲間とは、騎士であるソマリア王子、宮廷魔術師であるカラスコ、神官であるクロム、大商人の番頭セイイだ。

 あえて居酒屋に集まったのは、締め切られた個室で、何度もシャンテに乱入されたからである。


「それじゃ、魔王は王妃様をさらって行ったってこと? なんの目的で王妃様をさらうの?」


 王宮は厳戒体制がとられ、勇者マリアと宮廷魔術師のカラスコはとにかく、クロムとセイイが入ることはできない。

 魔王討伐部隊の全員に情報を共有するため、ソマリア王子の発案で市中に集まったのだ。


「……そうだな。王妃様をさらう目的がわからない。王妃様は、王に対する影響は強くとも、政治的には何も権限をもたないお方だ」


 カラスコが首を傾げる。ソマリア王子が遮った。


「なら、魔王やドラゴンが、昔から王女や姫をさらうのは何のためだ? 具体的な目的なんか、奴らには関係ないんだろう。ただ、さらいたいんだ」


 ソマリア王子は、全てを話したわけではない。さらわれる前に、王妃が魔王と何をしていたのか、一切話していない。


「……そういうものかもしれないね。でも、魔王かあ……」

「マリア、王妃様が羨ましかったりはしないよな?」

「カラスコ、今度言ったら、2度と口を効かないよ」

「すまない」


 仲間たちのうち、マリアは最後に居酒屋についた。マリアが来る前に、これで勇者と王妃が姉妹になったと、カラスコは発言して王子に殴られていた。

 給仕の女性店員が御用聞きに来た。


 マリアは全員分の注文をまとめて告げ、メモを取った女性店員が立ち去ろうとしたところで、店員の細い腕を掴んだ。


「な、なんですか?」


 マリアは、女性店員を見つめる。

 髪を短く切り、男のものの服を着ているマリアは、通常男に間違われる。

 澄んだ大きな瞳や長い首が好かれるらしく、5人の中で誰よりも女性ファンが多い。

 女性店員が頬を赤らめ、マリアは手を離した。


「ごめん。なんでもない。ひょっとして、知り合いかと思って」


 女性店員が去ると、ソマリア王子が言った。


「今の、シャンテじゃないかって疑ったのか?」


 マリアはこくりと頷く。


「うん。どうやってかわからないけど、シャンテはオレたちのことをよく知っている。前も、王子の部屋で突然現れたよね。シャンテの奴……一体どんな手を使っているんだろう。ソマリアは婚約者だったんだ。知らないの?」


 王子は軽く肩をすくめた。


「シャンテは魔法を使えないはずだし、力も強くない。ただ……昨日もいたな。王妃がさらわれる時、シャンテがいた」

「やっぱり。あれはシャンテだったのか」


 カラスコが呟く。勇者マリアが2人を凝視する。


「どうして? シャンテと魔王って、どういう関係なの?」

「シャンテが魔王の味方のはずはありません。魔王と殿下が戦っている時、背後に回ったシャンテが、クロムの剣で魔王を刺したんですから」


 声を裏返した勇者マリアの言葉に、魔術師カラスコは現実的な指摘をした。


「ああ。それで魔王は魔力を失ったんだったな。魔王城に戻ったと思ったが、やられっぱなしではいられなかったんだろうか……」

「じゃあ、魔王がシャンテを恨んで、王妃様のところに案内させたのかもしれないね」


 マリアは言うと、ソマリア王子は顔を歪めた。


「ああ。元々母上が狙いだったなら、シャンテに案内させた可能性はある。だけど、マリアはシャンテを評価しすぎじゃないか? 特に一度処刑されそうになってから、あいつは本当に性悪だぞ」

「俺は、本当は処刑されているんじゃないかっていう意見に賛成だけどな」


 食事と飲み物が運ばれてきた。セイイが言いながら、全員分を配っていく。


「僕も王子の部屋で見ましたけど、ゴーストとは思えませんでしたよ。ただ、突然現れて突然消えたのは……特殊なゴーストではないとは、断言できませんが」


 不安げに発言する神官のクロムに、セイイが頷いた。


「そうだろう……んっ? 一つ多いな」


 食事を配っていたセイイが、余った皿を持って全員を見回した。


「あらっ。それは私の分ですわ」

「ああ。悪い」

「いいえ。気になさらないで」

「ああ……誰だ?」


 セイイが凄まじい勢いで振り返ったが、シャンテはすでにテーブルについていた。


「セイイ、どうした? 誰がいた?」

「いや……わからない。さっき、誰かいたような……」

「おーほっほっほっほっ! まだお分かりになりませんの?」

「シャンテ!」


 勇者一行と呼ばれる全員の声が揃った。


「ちょ、ちょっとシャンテ、君、いつから、どうやってここに?」

「どうして私が、そんなことを憎い勇者に教えなければいけませんの?」


 シャンテは、言いながらテーブルのナプキンをマリアに投げつけた。

 立ちあがろうとしたマリアを、ソマリア王子が留める。

 シャンテは運ばれてきた庶民の食べ物に目を丸くしながら、山盛りのパスタにフォークを刺した。


「シャンテ、母上が魔王にさらわれた。お前も知っているよな」

「ええ。私を処刑しようとした腹黒い淫乱王妃がさらわれましたわね」

「助けたい。どこに居るのか知らないか?」


 シャンテは、ソマリア王子を見た。かつては、この男と結婚するのだと、随分努力したものだ。

 だが、現在ではなんの興味も湧かなかった。


「魔王城ではございませんわね。あの魔王、恐妻家らしいですわ」

「じゃあ……」

「ご自分で調べなさいな」

「待った」


 シャンテがパスタを食べようとした腕を、セイイが掴んだ。


「なんの真似ですの?」

「これは遊びじゃない。一国の王妃がさらわれたんだぞ。知っていることがあるんだろう。話してもらうぞ」


 セイイは商人という肩書きだが、実際は何でも屋だ。その中には、暴力沙汰も含まれる。だからこそ、勇者の部隊に加わっているのだ。


「汚い手で触らないで下さいます?」


 シャンテは言うと、シャンテの腕を掴んだセイイの手首に、持っていたものを突き立てた。


「痛っ……な、なに?」


 セイイの手首を貫き、血が溢れ出す。

 シャンテは血がかからないようにパスタの皿を遠ざけた。


「ちょっとシャンテ、それはなに? ものすごく、禍々しい気を感じるんだけど……」


 勇者マリアが身を乗り出した。


「あるお方に、もらったものですわ」


 シャンテは言うと、セイイの肉体に突き刺さった部分から、持っていた赤い突起物をへし折った。


「禍々しいなんて失礼ですわね。男とみれば誰にでも股を開く、どこかの淫乱勇者ほどではございませんわ」

「シャンテ、オレはそんなこと……」


 慌てた様子で言い訳をするマリアに、シャンテは追いうちをかける。


「4人だけではないということですの? 魔王も入れて、最低5人ですわね」

「シャンテ、言い過ぎだ」


 ソマリア王子が真顔でシャンテを睨む。シャンテはパスタを頬張りながら、先端の折れた突起物をしまった。


「魔王の居場所が知りたいのでしょう。それを差し上げるから、探しなさいな」

「おい、シャンテ、手が変色してきた。毒なのか?」


 セイイが慌てて尋ねた。クロムが手をかざし、弾かれる。


「シャンテ、まさかこれ……」

「魔王の角ですわね」

「特級魔法素材だ。どうやって手に入れた? 買ったのか?」

「『もらった』と言ったはずですわよ。3人は見ているはずですわ」

「魔王の角を、折りとったのか?」


 ソマリア王子が呆然と呟く。シャンテはパスタの皿を持ち上げて立ち上がった。


「静かなところで頂きますわ。魔王の居場所がわかることを祈っていますわね」


 シャンテは言うと、席を離れた。


「待って、シャンテ、君は一体……えっ? シャンテは?」


 少し離れた場所に、シャンテは座り直した。

 食事をしていた別の客のテーブルについたのだ。

 ただそれだけで、勇者マリアたちは、シャンテの姿を見失った。

 シャンテは食事を続けながら、5人の言動を観察していた。


 セイイの手首に残った魔王の角を取り出そうとしていた。

 セイイの腕は大量の血を流しながら、どんどん黒く変色していった。

 神官のクロムが祈りを捧げ、腕の壊死を食い止めているようだ。


 魔術師カラスコが魔術で取り出そうとしたが、魔王の体の一部は、魔法では取り出せないらしい。

 最後にはソマリア王子が、突き刺さった挙句皮膚の高さで折れた角の破片を上から叩き、刺さった腕の反対側から引っ張り出すことで取り出した。

 勇者マリアが恐々と、床に落ちた折れた魔王の角を拾い上げた。


「これ……本当に魔王の角だと思う?」


 若き宮廷魔術師カラスコが、波打つ黒髪をかき上げながら凝視し、結論を告げた。


「間違いないでしょうね。これだけ凶悪な邪気を放つものがそうあるはずがありません。ですが、これがあれば、確かに魔王の場所を特定できるでしょう」

「シャンテは、どうしてオレたちにこれを?」

「セイイに腕を掴まれたから、腹が立って後先考えずに突き立てたんだろう」


 ソマリア王子が酷評する。

 シャンテは聴きながら、黙ってパステを食べ続けた。アルコールを口に含む。

 アルコールは、シャンテがお邪魔したテーブルの客が頼んだものである。


 もちろん、勝手に飲んでいるのだ。

 シャンテと相席をすることになった客は、シャンテが自分の酒を飲むのを見ながら、気にはなっていないようだった。


「でも、これで魔王を探せって言ったよね」

「セイイを刺してから、気が変わったんだ。シャンテのやることに、意味なんてあるものか」

「シャンテはどこに行ったんだろう?」


「わからないが、まだ近くにいて、私たちの会話を聞いているなら、悪口を言われて黙っているはずがない。ビンでも皿でも、投げつけてくるはずだ」

「……うん。そうだね」


 シャンテはパスタを食べ終えても、じっと我慢していた。同じ行動を繰り返す危険を、シャンテは知っていた。

 神官クロムが叫ぶ。


「マリアもソマリア殿下も、話している場合じゃない。このままじゃ、セイイの全身に毒がまわる。僕が浄化するから、カラスコは血の流れを遅くして。マリアも浄化はできるだろう。ソマリア殿下は、セイイの腕を押さえて!」


 クロムは黒い変色した腕を抑え、食堂の床でセイイがのたうち回っていた。


「おばばから聞いていたけど、随分物騒なものなのね」


 シャンテは、先端の折れた魔王の角を取り出して眺めた。

 シャンテが立ち上がると、食堂の窓からカラスが飛び込んできた。

 黒い鳥の侵入に客たちが騒ごうとするが、シャンテがすぐに取り押さえたため、客たちは興味を失った。


 シャンテにもカラスの見分けはできないが、そのカラスは、足に布を掴んでいた。


 シャンテは汚れた布を受け取り、何も書いていない見覚えのある布に、何が起きたのかを理解して小さく頷いた。

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