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12 魔王、王妃を寝取る

 王城の最奥にある王の自室で、王妃が扉に向かう。

 そこで待っている者を知っているシャンテは、ミリアの手を取った。


「ここまで有難う。これは私の気持ちですわよ」

「まさか、本当に……全部ですか?」


 持っていた金貨袋を握らせたシャンテに、ミリアは言葉を失った。


「私が、見せ金で人を操るゲスだと思っていたのですの?」

「いいえ。でも、これは多すぎます」


「ミリア、あの扉が開いたら、そこに何がいても、あなたは外に出なければいけませんわ。いいですわね? もし外に兵士がいたら、脅されて連れ込まれたと仰いなさい。それから、このお金は直ぐに信用できる人にお渡しなさい。家族がいるなら、家族に仕送りしてもいいですわね。それと、私といるところを見られていたら、この後で迷惑をかけるかもしれませんわ。その時は、これに名前を書いて、どこかに捨ててくださまし。おばばの使い魔が見つけてくれるかもしれませんから」


 シャンテは言いながら、自分の服を破った。

 モブ化のスキルを持つシャンテは、人目につかない服装に着替える必要もなく、多くのフリルがついた高価な服のままだった。


 薄いフリルの一部なので、力を込めると比較的簡単に破れる。また、いざという時に破れるよう、小さく切れ込みを入れている。


「シャンテ様、またお会いできますよね?」

「それだけでは足りないんですの?」


 シャンテが笑うと、ミリアは顔を真っ赤にしながら金貨袋を抱き、王妃が向かった扉に駆け寄った。

 王妃の手が扉にかかる。それを見て、シャンテは素早く王の背後に回りこんだ。

 扉が開く。


「キャアァァァァ!」


 シャンテからは、そこに何がいたのかは見えなかったが、容易に想像できた。

 王が驚いて駆け寄ろうとした。

 シャンテは、王の自室に飾られていた高価な花瓶を、すでに頭上に持ち上げていた。


 走り出そうとした王の頭上に、花瓶を叩きつけた。

 若い頃は騎士としても名を馳せた逞しい男だったが、初老の域に達している。

 自らの頭で花瓶を砕き、そのまま前に倒れた。

 床の上に散乱する陶器と散らばる花を踏み越え、シャンテは扉に向かう。


「お、おい。どうした? そなたが、この格好で来いと言ったのであろう?」


 かつて出会った時の恐ろしい姿の魔王が、ぐったりとして動かない王妃の肩を揺さぶっていた。

 王妃は、意識を失っている。

 開いた扉の先では、王宮を護る兵士たちが武器を手に集まっていた。

 どうやら、魔王の潜入を防ごうとして、すでに被害を出している。


 魔王自身もかなり攻撃されただろうが、大量の酒を飲んでいるため、痛痒に感じなかったのだろう。

 扉のすぐ外に、ミリアがへたり込んでいた。

 腰が抜けている。さすがに、外に魔王がいるとは思っていなかったようだ。

 シャンテはミリアに早く逃げるよう手で合図し、魔王に言った。


「魔王様、それは私ではありませんわ」

「おお。これは失礼した」


 魔王が手を離すと、すでに意識を失っている王妃が床に転がった。

 シャンテは言った。


「こんな女と間違えるとは失礼ですわね!」


 言いながら、扉を閉めた。外の兵士たちは、扉を閉めたのがシャンテだとは気づいていない。

 魔王は、シャンテのことを酒場で会った女性従業員だと思いこんでいる。

 王城に乗り込んだのも、酒の勢いである。


「謝っているではないか」


 酒が回っていても、魔王はシャンテの勢いに押され、戸惑っていた。


「いいえ! 私は傷つきました。女の沽券にかかわりますわ」

「どうすればいい?」

「というのは冗談ですわ。本当は、ここは私の家ではありませんの」


 シャンテが語気を緩めたところで、いかにも魔王であるといった姿の魔王は、安堵したように胸を撫で下ろした。


「ほう。では……」

「私は、この女に殺されそうになったのですわ」

「ふむ。では、敵を殺そう」


「殺さなくてもいいですわ。でも、この女を魔王様に差し上げます。魔王様は、人間の女であれば誰でもいいのでしょう?」

「ご、誤解だ。誰でもいいというわけではない」

「この国の王妃ですわよ。それでも、不服ですの?」


 シャンテは気絶した王妃の髪を掴み、強引に顔を向けさせた。


「いや、そういうわけではないが……」

「私がいいんですの?」

「ああ」

「まずは、この女に魔王様の逞しいところを見せてくださいまし。私のことは、それから考えましょう」

「……うむ。そうか」


 シャンテは王妃の帯を解き、両手を万歳させて手首を縛った。

 魔王に渡す。

 魔王が王妃をベッドに連れていく間に、シャンテは自分のハンカチを取り出して王の口に詰め、シーツで全身をしばりあげた。

 魔王が王妃の服を剥がしている間に、シャンテは水差に入った水を王妃の顔にかけた。


「な、何を……ヒィッ!」


 王妃の目の前に、魔王がいた。悲鳴を上げようとして、口を抑えられた。


「魔王様、悲鳴を上げさせておあげなさい。そのほうが、興奮するのではございませんの?」

「おお。それもいい」


 王妃の悲鳴が室内に轟く。

 シャンテは、扉を開けた。

 部屋に突入しようとしていた兵士たちを見て、シャンテが声を張り上げる。


「王妃様が、魔王と不倫していますわ!」


 兵士たちが動揺する。


「相手は魔王ですわよ! 勇者を呼んでくださいまし!」


 シャンテの言葉に、兵士たちが動き出した。

 扉を閉める。

 シャンテが魔王だとはっきり言ったことで、兵士たちは動きが取れなくなったはずだ。

 魔王は、勇者以外には倒せないと言われているからだ。


 加えて、もし王妃が魔王と肉体的に関係している最中なら、本当に踏み込んでいいのかという迷いを生じさせる狙いもあった。

 扉を閉めたシャンテは、すでに全裸になっている魔王と王妃の姿に、ほくそ笑んだ。


 シャンテは王の部屋の中を見回した。

 自然と笑いが込み上げる。


「おーほっほっほっほっ! いいざまね、王妃殿下!」

「シャンテ! お前まさか……この私に恨みを晴らすため、魔王を呼んだの?」


 王妃は、全裸で魔王に組み敷かれながら声を荒げた。


「おーほっほっほっ! だったら何ですの? あなたが、私に何をしたのかお覚えになって? 私は、死刑になったんですわよ!」


 シャンテはベッドに歩き寄り、王妃の顔に唾を吐いた。


「と、取り消すわ。取り消すから、シャンテの罪は取り消すから。魔王を遠ざけて!」


 王妃は慌てて懇願した。魔王は王妃を組み伏せたまま、伺うようにシャンテを見た。

 誰もが恐れる魔王が、シャンテの機嫌を伺っている。

 愉快だった。何よりも愉快だった。

 シャンテは、魔王に卑猥な手つきを見せた。魔王は笑みで返す。


「ちょ、ちょっとシャンテ、じょ、冗談よね?」

「裁判はもう覆らないですわ。やり直しが効かないんですわよ。あなたは、そういうことをしたんですのよ!」


「ま、待って。特赦よ。王の特赦があるわ。それを利用して、帳消しにするわ!」

「『特赦』? 『特赦』ですって! 冗談じゃございませんわ! どうして私が、許されなくちゃいけないんですの! 魔王様、遠慮はいりませんわ!」

「シャンテ! シャンテーーーーー!」


 泣き叫ぶ王妃に背をむけ、シャンテは口にハンカチを詰め込まれた王を蹴飛ばした。

 うめきながら、王が目覚める。

 すでに全身は縛ってある。シャンテは、口からハンカチを引き抜いた。


「お、王妃……」

「おーほっほっほっ! ようやくお目覚めのようですわね」

「貴様、まさか……ティアーズ公爵家がどうなってもいいのか?」


 王の視線は、シャンテを睨み殺そうとするかのような凶悪なものだった。


「おーほっほっほっほっ! ええ。どうぞ。私はもう処刑されたのでしょう? 処刑された女が原因で、公爵家を潰すんですの? 私は、もう家には捨てられたんですわよ。どうなろうと構いやしませんわ! 陛下、王妃の心配なら不要ですわよ。今まで陛下が知らなかっただけで、どれだけの男と密通しているのかわかったものではありませんわ。ソマリア王子は、本当にあなたの血を引いていますの?」

「き、貴様、婚約者のことを、よくもそんなことを言える」


 王は怒鳴った。もはや、王妃は口を挟まない。話ができる状況ではない。


「元婚約者ですわよ。今は部下たちに、愛するマリアを奪われた、ただの寝取られ男ですわね!」

「後悔させるぞ」


 王は床に転がされたまま、悪口を投げつけた。


「おーほっほっほっほっ! よくぞ言いましたわね。いいですわ。受けて差し上げますわ」


 シャンテは王の顔面を蹴飛ばした。

 鼻が折れたのか、王の顔面から血が流れる。

 その時だった。


 扉が破られた。

 兵士たちが雪崩れ込む。

 先頭にいたのは、ソマリア王子だった。


「は、母上、それに……魔王!」


 王の広いベッドの前で、ソマリア王子は足を止めた。

 背後に続く魔術師カラスコと兵士たちも立ち尽くす。

 先導したのは王子だが、王子はどうして兵士たちが踏み込まなかったのか理解していなかったのだ。

 勇者マリアと2人の仲間は、普段は王城にいない。到着を待てなかったのだろう。


「おーほっほっほっほっ! お久しぶりですわね、ソマリア王子」


 足を止めた王子の前に、シャンテが立ちはだかる。


「シャ、シャンテ、まさかまた……お前か?」

「ええ。私ですわよ。魔王様、邪魔が入りましたわね。興醒めですわ。その女は差し上げますわ。タヌキの餌にでもなさってくださいな」


 シャンテが言うと、すでにぐったりと動かなくなった王妃を抱えて、魔王は言った。


「心配は無用だ。人間の女たちを隠しておく場所は用意してある。この女は、そこに連れて行こう」

「お好きになさいませ」

「そなた、シャンテというのだな」


 魔王がシャンテの名を覚えた。これからは、モブとして認識させるのが、少し難しくなるだろう、

 シャンテは名前を呼んだ王子を睨みつけたが、もはやどうにもならない。


「ええ。そうですわ」

「次に来たら、いい店を紹介してくれる約束だったな。これを渡しておく」


 言うと、魔王は自らの角の一本をへし折り、シャンテに渡した。

 痛かったのか魔王が顔をゆがめる。角が折れた場所から血が溢れていた。


「役に立ちますの?」

「使い方次第だな」


 最後に魔王は笑う。王妃を抱き、立ち上がる。背を向けた。


「魔王、よくも母上を! ここで蹴りをつけてやる!」

「ソマリア、構うな! 問題は、そっちの女だ!」

「はっ?」


 魔王に飛びかかろうとした王子が、王の叫びに動きを止める。

 王に『そっちの女』と呼ばれたのは、紛れもなくシャンテだった。 

 だが、シャンテはすでに押し寄せてきた兵士たちの中に紛れていた。


「シャンテ、どこに行った?」


 王子が見回す。

 こうなればもはや、シャンテが高笑いでも上げない限り、見つけることはできない。


「再会をお持ちしていますわ。魔王様」


 兵士たちの中からシャンテが言った。


「おう」


 魔王は快活に笑うと、王妃を抱えて窓を破壊し、空に飛び出した。

 魔法で追おうとする魔術師カラスコの肩に、シャンテは体重をかけて囁いた。


「『女を囲う場所を用意してある』んですって。魔王といっても、男なんてみんな同じですわね」

「ああ。仕方ない奴だ……って、シャンテ?」


 カラスコが慌てて振り向くが、すでにシャンテは移動していた。


 おおわらわの王の一族と兵士たちに、シャンテは背を向けた。

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