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11 知られざる魔族の生態

 魔王がグラスを叩きつけた。

 ずっと逃げたそうにしていた女性従業員と、離れて見守っていた女将が、飛び上がりそうになるほど脅えていた。


「魔王だって、辛いのだ!」

「おーほっほっほっほっ! そうですわね、そうですわね」


 自らも酒を飲み、気持ちが大きくなっていたシャンテは、さらに果実酒を注ぎ続ける。

 すでに飲み干した果実酒の瓶がテーブル一杯に並んでいる。

 シャンテも飲んではいたが、魔王に比べると微々たるものである。


「じゃあ、魔王様がずっと人間の街にいるのは、奥様に気を遣ってのことですの?」

「うむ。怖いのではないぞ。魔王である我に、怖いものなどない」

「当然ですわ。魔王様こそ最強ですもの」


 シャンテはさらに飲ませる。


「そなたはわかっておるな。魔族はな……人間とは違うのだ。男と女で、全く別の種族かと思われるほど違う。だが、同じ両親から生まれてくる。そうさな……あれは、よもや、魔族の女の剥製ではあるまいな」


 魔王は、壁に飾られていたタヌキの剥製を指差した。


「タヌキですわ」

「あれは四つ足で歩くだろう」

「そうですわね」


「あれが後ろ足で立って歩く姿を想像せよ」

「……はい。想像いたしましたわ」

「それが、魔族の女だ」

「本当ですの?」


 シャンテは人間の街から出たことはない。魔族を見たこともないし、人間の兵士からも、戦場にいる二本足のタヌキを見たという話は聞いたことがない。


「余が嘘を言っていると?」

「まさか。でも、魔族の殿方は……あれと子作りをしますの?」


 魔王がタヌキの剥製を見ながら、しぶしぶ頷いた。


「うむ」

「辛いですわね」

「そなたもそう思うか?」

「では、私のような女はお目汚しですか?」


「もしそうだったら、余が人間の街に残っているはずがあるまい。魔族の男の辛いところは……人間の女を見てしまったことにある。しかも、人間と魔族との間にも子ができる。人間との間の子には、魔族の特徴は何もないのだ。人間と魔族の子どもは、純粋に人間なのだ。魔族の世継ぎを残すには……あれと行為に及ぶしかないのだ」


 魔王は、再びタヌキの剥製を指差した。


「もし、人間の女を魔王城に連れ帰ればどうなりますの?」

「奴隷としてであればよいが、妃として連れ帰れば……余の妻……妃たちが食い殺すであろう。知っておるか? 余は5人の妃がいるのだ」


「まあ。ハーレムですわね」

「戦争で死に、帰る場所のない配下の妻を引き取ったのだ」

「素晴らしいことですわね。でも、よりどりみどりですわ」

「全部、ああなのだぞ」

「お察しいたしますわ」


 シャンテは再び魔王に飲ませる。


「わかってくれるか」

「ええ。だから、勇者マリアを見て襲ってしまったのですわね。勇者マリアは、あれの最中でしたでしょうから」


「その通り。余の姿に、半狂乱であった。うん? なぜそこまで知っておる?」

「気のなる方のことでしたら、なんでも知っていますわよ。背中の傷は大丈夫ですの?」

「そうかそうか。まあ、よかろう。忌々しい短剣だったらしく、抜くのに苦労した。魔力が流れ出て、構築した体を維持できなくなったが、短剣を抜くと傷は塞がった。もう大過ない」


「それはようございました。では、人間の街にいる間だけですわね。楽しめるのは」

「そういうことだ」


 魔王は、シャンテの体に腕を伸ばした。

 シャンテが魔王の手を叩く。


「お触りは禁止ですわ。でも……」

「仕事が終わるまで待てか?」

「こういうことも、初めてではありませんのね?」


「うむ。余も、人間のことは学んでおる。今宵を最後に、魔王領に帰るつもりだ。まだ、金貨は100枚以上ある」


 魔王がいやらしく笑った。

 肌は白く隠している。だが、口の端から牙が覗いた。

 隣の女が震えるのがわかった。


「せっかく魔王様がお越しなのですから、閉店までなんて申しませんわ。ただ、私の言う場所に来てくださいまし。地図を描きますわね」

「うむ。よかろう」


 シャンテは言いながら、紙に地図を書いた。孤児院の子どもたちとやり取りをするうちに、街中のどんな場所でも、正確にわかる地図を描けるようになっていた。


「3階の奥の扉を叩いて、こう言ってくださいな。『シャンテからの贈り物』だと」

「ふむ……『シャンテ』の意味はわからんが、承知した」


「最高のひと時をお約束いたしますわ。邪魔が入ったら、いつもの感じで構いませんですわ。ああっ……それから、勇者としていた時の姿、素敵でしたわ。人間の女は、ああいう姿に憧れますのよ」


「ふふっ。心得た」

「では、私は先に行っていますわね。ここにあるのを飲みおえたら、いらして下さいませ」

「おう。そなたを信じて、これは預けておくぞ」


「さすがは魔王様、太っ腹ですわね」

「ガハハハハッ。当然だ」


 魔王は言うと、ずっしりと重い金貨が入った袋を、シャンテに渡した。

 シャンテは袋から数枚を取り出して女将に渡すと、料金分の果実酒を出すように告げてから、店を出た。


 ※


 シャンテは王城にいた。

 自身も指名手配されているが、こっそりと隠れて時を待ち、任務を終えたらしい兵士たちが入っていくのに併せて紛れ込んだ。


 何人かに見られたが、スキルのお陰で誰もシャンテとは気づかなかった。

 シャンテはさらに行き交う兵士や侍女たちに紛れ、その中の見知った顔の侍女を捕まえて、柱の影に移動した。


「シャンテ様! この間は、ありがとうございました。お陰で、実家の子爵家も一息つけたようです」

「お礼を言いたいのは私ですわ。あの後、王妃に折檻されませんでしたの?」


 先日シャンテが王子の部屋に無断侵入したときに、協力したメイドのミリアだった。


「大したことはありません」


 ミリアが腕を捲ると、火傷の痕がある。指に布を巻いているのも気になった。


「……やっぱり、あの王妃は鬼畜ですわね。じゃあ、もう協力して欲しいなんて言えませんわね」

「あの……」


 ミリアがこっそりと出した手は、親指と人差し指で丸が作られていた。

 金を象徴する手の言語だ。

 シャンテは、魔王から預かった、金貨のつまった袋を見せた。


「そ、それは……」


 ミリアが声を失う。


「全部、金貨ですわよ」

「シャンテ様のためなら、腕の一本や二本、それどころか魂だって惜しくありません」

「おーほっほっほっ! それでこそミリアですわね」


 突然笑い出したシャンテにミリアは驚いて辺りを見回すが、誰も聞き咎めた様子はない。

 不思議そうなミリアに、シャンテは言った。


「できれば、もう何人かいた方がいいですわ。人払いをしたいんですの。もちろん、分配はミリアに任せますわ」


 シャンテが懐の皮袋をちらつかせる。


「承知いたしました。お任せ下さい」


 ミリアは人を集めに行こうとしたが、シャンテはミリアを放さず、目的の場所に移動した。

 その途中で、ミリアは2人の侍女を仲間に引き込んだ。

 2人とも、ミリアと一緒にいるのがシャンテだとは気づいていなかった。

 シャンテが長い通路の前で足を止める。柱に隠れ、通路の先を指差した。


「あそこに入りたいのですわ」

「あそこって、まさか……」

「王の……」


 途中で連れてきた侍女たちが困惑する。


「シーツの交換ではいかがですか?」


 ミリアが途中で会った侍女は、他の部屋にシーツを交換に行くところだった。2人が抱えていたシーツを、シャンテとミリアで抱えた。


「いいですわね。では、2人はあそこにいる見張りの兵士を移動させていただきたいんですの。できますかしら?」

「あっちは、私と付き合っている人です」


 侍女のひとりが言った。


「そっちは、女と見れば誰とでも付き合いたがる、だらしない奴です」

「お願いできますの?」


 シャンテは言いながら、2人に一枚ずつ金貨を握らせる。


「えっ? こんなに?」

「あの人たちを移動させたら、あとは好きにしていいですわ」

「ありがとうございます。あっ、ひょっとして……シャンテ……」


 金貨を渡され、同僚のミリアといる人物を凝視し、シャンテだと気づいた。

 シャンテは唇の前に指を立てる。


「いいですわね?」

「「はい」」


 2人の声が揃う。

 シャンテはシーツの束を抱え直し、2人の兵士が警戒する部屋の大きな扉に向かった。


 ※


 シャンテとミリアが、大きな扉の前に立つ。兵士が睨みつけた。


「何の用だ?」

「シーツの交換です」


 兵士にミリアが告げる。シャンテが目配せすると、一緒にいた侍女たち2人が、兵士を誘惑し始めた。

 戸惑う兵士たちだが、シーツの交換をしにきた侍女を邪魔する理由はないと思ったのだろう。


「できるだけ、遠くに」

「はい」


 シャンテの囁きに、侍女たちが応える。

 シャンテは大きな扉をノックし、返事を待たずにミリアが扉を開けた。

 扉が厚いため外からは聞こえなかったが、部屋の中では王と王妃が叫び合っていた。


「なんだ? 誰も入るなと言ってあるはずだ」

「シーツの交換に来ました」


 ミリアが臆せずに応えると、怒声を発していた王が頷いた。


「さっさとやりなさい」

「はい」


 同じように苛立ちを隠せない、王妃に頷いた。


「このチラシは、街中に配られたのだぞ。もはや、誰もそなたの不倫を疑ってはいまい。余の体面に泥を塗りおって! どういうつもりだ!」


 王は、シャンテがばら撒いた、王妃の醜聞を書き立てたチラシを握っていた。


「そんなもの、何の証拠にもならないわ! 私を陥れようとしている、シャンテのでっちあげよ!」

「侍女たちが何人も、この武器職人とそなたが手を取り合って密会しているところを見ているのだぞ」

「侍女たちが何を見ていようと、無視すればいいじゃない!」


「では、事実はどうなのだ!」

「私は知らないって言っているでしょう!」

「そもそも、どうしてシャンテがこんなことを知っている? あの娘は処刑されたはずだろう」


「私だってわからないわ。処刑されなかったのよ。王なのに、そんなことも知らないの?」

「政務で忙しいのだ。そんな雑事まで、余が知るはずがあるまい」

「政務ですって? さぞかし可愛い政務なのでしょうね!」


 シャンテとミリアは、王と王妃の怒鳴り合いを聞きながら、のんびりとシーツを交換していた。

 もともと、シーツは汚れていない。

 

 シャンテは先日、王命により家族に拘束され、ソマリア王子に引き合わされた。王自身は、シャンテが生きていることを知らなかったらしい。王本人の命令ではなかったのだろうか。

 シャンテは2人の会話に耳を傾けていたが、ミリアは聞き流して尋ねた。


「どうして、外の兵士たちを遠ざけたのですか? 兵士たちがいても、中には入れるのに」

「兵士さんたちに恨みはありませんもの。怪我をしては可哀想ですわ」

「『怪我』ですか? 今回は、ただの嫌がらせではないのですか?」

「私が、ただの嫌がらせにこんなところに来ると思いますの?」

「はい」


 シャンテが憤慨したように言うと、ミリアは微笑んで答えた。

 シャンテも苦笑する。


「ええ。その通りですわね。今日もただの嫌がらせですわ」

「じゃあ……」


 ミリアがさらに尋ねようと口を開けたが、言葉は扉をたたく音に掻き消された。

 王の私室の扉である。非常に厚く、頑丈だ。

 だが、その扉の厚さと重さを無視するかのように、扉を叩く音が響いた。


「何用だ!」


 シャンテとミリアが来た時には出さなかった声を、王が威嚇するように放った。


『『シャンテの贈り物』だ』

「なんですって!」


 外から聞こえた野太い声に、王妃が絶叫した。

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