表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

被験体の手記より

作者: Cornix

 私はアイリス。親はなく、孤児院に拾われて、孤児として平穏な暮らしをしていた。一緒に暮らす皆との仲は良く、子供でもできる軽いお手伝いをしたり、教会で神さまに祈りを捧げたり、お勉強したり。たまに親になってくれる人が見つかって居なくなる子もいたけれど、平和だった。

 だけど、ある日を境に平穏は崩れた。孤児院は私たちを見放し、私たちは研究所に送られた。眠っている間に馬車に乗せられて、気付いたら到着していたからどこの研究所なのかはわからない。何の研究をしているのかも、最初は知らなかった。

 孤児院が共犯だということは、一緒に連れてこられた子が教えてくれた。馬車に乗せられるときに彼は起きていて、孤児院の院長と馬車の御者の会話を聞いたらしい。

 ショックだった。私たちは優しい院長を信じていたのに、その優しさは多分、嘘だった。私も裏切られた気分だった。同じ話を聞いていた皆も、怒りを覚える子、信じたくない子、泣いてしまう子がいた。それくらい院長は人望が厚かったんだ。


 謎の研究所に送られた私たちは、最初、同じ広い部屋に集められていた。一緒にこの場所に送られてきた子は十五人で、孤児院の半分にいかないくらい。大体私の一個か二個下くらいの子までが集まっていた。そして、この場所で私たちは、研究員らしき人に名前の代わりに番号をつけられ、それで呼ばれるようになった。その代わり、ご飯は十分なくらい食べられるし、服も質素ではあったけど清潔な物が支給され、眠る場所にも困らなかった。

 生活の質だけで言えば、孤児院の生活より質の良い生活を送らされていた。

 私はそれが余計に恐ろしかった。私たちは、私たちが何をされるのか知らないまま、数週間を過ごした。

 ただ、ご飯の支給や、服の支給でたまに会う研究員の人は悪い人ばかりでないこともなんとなくわかった。ご飯をくれる時とかに、どうぞ、と声をかけてくれる人や、私たちの調子を聞いてくる人など最低限の会話はしてくれたからだ。

 私たちの行動範囲は三部屋で、一番大きい部屋、寝室、遊び場だった。その他の場所には出させてもらえないけれど、遊ぶ用のおもちゃは言えば増やしてもらえたし、一人じゃないから退屈はしなかった。


 そんな生活に皆慣れてきた頃、ある日一人、どこかに連れていかれた。どこに連れていくのか、研究員の人に聞いても何も答えてもらえなかった。

 私たちはちょっとしたパニックになった。それまで何もなかっただけに余計混乱した。

 孤児院みたいに外に連れていかれるだけだ、と希望を持つ子、一人ずつ殺されるんだ、と絶望する子、もうどうなってもいいや、と諦める子。喧嘩にまで発展しそうになって、年長である私ともう一人でなんとか皆をなだめたけれど、私たちもすごく怖かった。

 結局連れていかれてどうなるのか考えて、私たちはここが何かの研究所だってことをやっと思い出した。


 それからは数日ごとに一人、また一人とどこかに連れていかれて、戻ってこなかった。連れていかれる頻度はばらばらで、連れていかれる日が連続する時もあったし、一週間くらい何もなかった時もあった。

 その頻度のばらつきが、より私たちを恐怖させた。連れていかれる順番は、私たちにつけられた番号とは関係なく、誰が選ばれるかもわからなかった。

 いつ、誰がどこに連れていかれるのか、なにもわからない不安が付きまとう。そんな中では当然普通に過ごすなんてことはできず、私はずっと祈っていた。


 人数が半分を切ったくらいのある朝、おい、6番、と声をかけられ、私の番が来たことを悟った。

 研究員は当然大人だから、私たち子供の力じゃ敵わないし暴れても無駄だった。

 私は半ば無理やり部屋から連れ出された。

 部屋の外は装飾も何も無い無機質な廊下がずっと続いていて、振り返ると私たちがいた部屋は"第3実験室"と書かれた標識がついていた。

 私たちは長く何も無い廊下を歩き続けてたくさんの部屋を通り過ぎた。どこも扉が閉まっていたから中は見えなかった。

 そうして歩かされて辿り着いたのはひときわ異様な雰囲気を放つ"第十六研究室"だった。

 私はそこで金属製のベッドに寝かされ、麻酔をされた……のだと思う。腕に何か刺されたと思ったら、次の瞬間にはすべて終わっていた。

 目が覚めた時、私の視界は真っ暗で、ずっと頭の中で何かの音が響いていた。ほどなくして、目が見えないのは目から耳にかけて巻かれた布のせいだとわかった。

 布に手をかけると、研究員から良いと言われるまで外してはいけない、と止められた。頭に響く音のせいで他に何を言ってたかはわからなかったけれど、それだけは聞き取れた。

 目が見えないんじゃどうしようもないから、私は大人しくそれに従った。

 ただ、じっとしているだけなのはすごく暇だったので手探りで周辺を探ってみると、ベッドの材質が変わってふかふかになっていることに気付いた。寝ている間に移動させられたのだと思う。柔らかいベッドと毛布はとても安心感があって、私の不安を和らげてくれた。

 しばらく毛布の手触りを楽しんでいるうちに私は眠ってしまった。


 次に起きた時には研究員らしい人が傍にいて、もう布を外していいと言われた。目の前が明るくなるのは随分久しぶりのような気がした。

 布を頭から外すと、そこはあの不気味な研究室ではなく、清潔感のある白い病室だった。窓からは光が差し込み、優しい風が入ってきていた。

 気付けば頭に響く音は消えていて、なんだかとてもすっきりした気分だった。研究員っぽい人は私が元気そうなのを確認し、ベッドの横の棚のようなものに林檎だけ置いて部屋を出ていった。

 あの怖い研究室や、孤児院の子供が順番に連れていかれた恐ろしい日々も、もしかしたら夢だったのかもしれない。そんなわけはないけれど、その時は何故だかそういう風に思えてしまった。

 そこで、私は部屋に置かれた鏡に気付いた。ベッドの横、棚の更に隣の壁に小さめの全身鏡が立てかけられていた。

 何のために置いてあるのかわからなくて、気になった私は何気なくそれを覗き込んでみた。

 鏡に映った私は一見いつもと変わらないように思えたけれど、一つだけはっきりと違うところがあった。それは、私の目の瞳孔が、明らかに人間のものじゃなくなっていた。横長の、ヤギのような目になっていた。

 そのことに気付いた瞬間私は何も考えられなくなって、現実から逃れるようにぎゅっと目を閉じた。

すると今度は、消えたと思っていた音がまた頭の中で鳴り始めた。何を意味するのかわからない、謎の音。いくつかの音が重なりあって不快感を掻き立てているような、そんな音。

 私は怖くなって、逃げるようにベッドの布団に潜り込んだ。不快な音は目を閉じている間だけ響くことに気付いたから、目は開けたまま。そのままずっと、自分に起きたことを受け止めきれずにその日は終わった。

 気付けば私は眠っていた。


 目が覚めるとまた研究員が傍にいて、今回は知ってる顔だった。第3実験室にいた時、何度か食べ物や衣服を届けてくれた人だ。

 彼もまた、食べ物と衣服を届けるついでに私の様子を見に来たようだった。

 私は僅かでも知っている顔を見て少し安心した。

彼はいつものように調子を聞いてきたので、私はこれ幸いと色々聞いてみた。

 彼はまず、この研究所が"キメラ化"について研究している施設だと教えてくれた。キメラ化というのは、生き物同士を合成して新たに能力を獲得させる施術だと彼は語った。そして私があの部屋で受けたのもその施術で、私の頭に響く音はきっと何らかの能力が発動しているのだと教えてくれた。

 獲得する能力は合成する生き物によってかなり異なり、予想が難しいらしい。私の能力に関してもまだ不明な点が多いから協力してくれないかと彼は言った。彼は私の担当の研究員らしい。

 私の立場からすれば断れるわけがないのに律儀に確認を取る彼なら、信用はできないけれどなんとなく信頼はできると思って二つ返事で了承した。

 それから私は彼の元で経過観察をしつつ、情報を集めることにした。私は何をされたのか、どんな状態なのか、他の子供たちはどうなったのか、私はこの先どうなるか、とか。

 私の行動範囲はこの病室に制限されていて彼しか会える人間はいなかったから、彼から情報を聞き出すことに専念した。

 一つ目に関しては、私がキメラ化研究の被験体で、ある魔物と融合させられたということしかわからなかった。それ以上詳しいことは聞き出せなかった。

 二つ目と三つ目に関しては、思ったよりすぐ判明した。

施術を受けてから一週間ほど経ち体の変化に慣れた頃、私は謎の"音"の聞こえ方が変わっていた。

 それに気付いたのは、ある朝研究員が私を起こしに来た時。私は気分が乗らなくて狸寝入りをしていた。すると研究員が私を起こそうと近付いて来るのに合わせて、聞こえる音の大きさが大きくなった。そして、彼が考えていることがぼんやりとわかった。

 つまり、私が雑音だと思っていたそれは周囲の人間の思考が流れ込んできたものだった。

 それがわかってからは早かった。まず、聞こえる音が良い感情か悪い感情か判別できるようになり、その後徐々にはっきりと思考を読み取れるようになった。おかげで研究員が私に悪い感情を持っていないことはわかったし、これまでより多くの情報を集めることができた。

 能力が使えるようになってきて悪いこともあった。目を閉じると常に聞こえる、重なり合った"音"は、私と同じようにあの部屋から連れていかれた子たちの声だった。その多くは変わってしまった自分の姿に対する嘆きで、受け入れられない現実に対する絶望が伝わってきた。私はその日からしばらくはほとんど眠れなかった。

 四つ目、私がこの先どうなるのかについては、私の能力で研究員の思考を読んで判明した。キメラ化研究は主に軍事利用目的で研究が行われていて、私たちキメラ化した被験体を検査の後、軍に送るらしい。ただ、その検査がかなり厳しくて、使えないと判断されたら即処分決定。そのまま殺される。連れていかれたはずなのに声が聞こえない子や、途中で聞こえなくなった子は恐らく検査に落ちたのだろう。いずれ私の番も来る。ここは地獄だ。

 

 それから私は、自分の能力をできるだけ強化しようと考えた。自分が"使える"ことを証明すればこの研究所を脱出することができる。上手くいけば他の子も連れて出て行くことだってできるかもしれない。根拠はなかったけれど、私にはそれを信じるしか希望がなかった。

 研究員には私の能力について、ぼんやりと考えていることがわかるとだけ話した。詳しく話しすぎてこれから先に不都合があったら困る。担当の研究員は良い人だけど、私たちの体を改造したのはこいつらだ。信用はできなかった。

 まあ、私の能力は相手が今その時考えていることを読み取るだけだから、研究員の考えを読んでも情報を掴めないことが多かった。彼も私の能力を警戒して、色々考えないようにしていたみたい。

 私の能力を強化する方法は、自分じゃどうもわからなかったから、大人しく研究員に聞いた。彼曰く、キメラ化によってついた能力は後天的なものだから、馴染むのに時間がかかる。積極的に使うことを意識すれば自ずと強化される。だそうだ。私の能力は恐らく"念話"で、能力をもっと扱えるようになれば、他人に自分の考えを送ることもできるとか。それができれば他の子とやり取りができるかも。

 私は期待を込めてできるだけ練習をした。目を開けている時でも聞こえないか試したり、聞こえる音の大きさによる距離感を掴んだり、なんとか自分の思考を送れないか唸ってみたり。

 結局目は閉じてないとダメだったけど、距離感は掴めたし、時間はかかったものの狭い範囲ならなんとか思考を送れるようになった。あとは、はっきりと音を聞こうとする時や自分から思考を送る時に体力を使うっぽくて、時間制限があることもなんとなくわかった。


 そうこうしているうちに私が検査を受ける日が来た。この日までに周りから聞こえる声が半分くらいに減っていた。

 この検査を通らなければ死ぬ。通ればきっと希望がある。できる限りのことはやったつもりだ。検査の時どういう振る舞いをするかも考えた。

 検査する人がどんな人物かは知らされないから、目をつぶった状態で部屋に入って、どんな人物か把握することから始める。

 相手が何を考えて検査するかわかれば、少しでも検査を通りやすく自分を売り込むことができると思った。

 やれることは全部やって、私は検査室の扉を開いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ