第2話:ちくわとハムの炒め物
この町のはずれ、線路沿いの細い路地を抜けた先に、その店はある。
看板には、ただひとこと。
「おかわり相談室」
昼どきしか開かない小さな定食屋で、メニューは一汁三菜の「本日のおまかせ定食」のみ。
ただし──注文にはひとつだけ条件がある。
それは、「相談事を一つ書くこと」。
メニュー表の裏に、こっそり小さく書かれている注意書きに、誰もが一瞬戸惑う。
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その日、暖簾をくぐったのは、西村翔太、32歳。
IT企業の課長補佐。責任と矛盾を押しつけられる“中間管理職”に疲れ、逃げるようにこの裏路地を歩いていた。
カウンターに座り、手渡されたメモに、一文だけ書く。
「努力しても、何も変わらない気がしてます」
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運ばれてきた定食は、こんな内容だった。
・白ごはん
・白菜と豆腐の味噌汁
・ちくわとハムの甘辛炒め(主菜)
・小松菜と油揚げの煮びたし
・切り干し大根のサラダ
ちくわとハムの炒め物は、どこか不格好な見た目。
でも、ふわっと香るしょうゆと砂糖の匂いが、なんだか懐かしい。
ひと口。
ちくわの弾力、ハムの塩気、玉ねぎの甘みが絡まって、想像以上にご飯がすすむ。
「……あれ?」
思い出したのは、小学生の頃。
突然母が入院して、ぶっきらぼうな父が作ってくれた晩ごはん。
買ってきたちくわと、ハムと、炒めた玉ねぎ。
レシピなんて知らなかっただろうに、父なりに“ちゃんとしたもの”を作ろうとしてくれた。
食べ終わったとき、父は何も言わず、おかわりをよそってくれた。
それがただ、嬉しかった。
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空になったお皿を見て、店主がぽつりと声をかける。
「ちくわとハム、変な組み合わせに見えるかもしれませんが、案外いいんですよ。
どちらも“主役になれない食材”かもしれませんが、組み合わせて炒めると、ちゃんと味がまとまる。
人も、人生も、そういう日があっていいと思います」
そして、小さなお皿を一枚、そっと差し出す。
「おかわり、いかがですか?」
そこには、小さく盛られた卵焼き。
ほんのり甘く、焦げ目のある素朴な味が、ラストをやさしく締めくくった。
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定食:850円
伝票の裏のひと言:
「努力が報われる日ばかりじゃない。
でも、“ちゃんと食べた”日は、なぜか少しだけ、明日を生きる力になる。」
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