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狂気の脳筋善意お嬢様  作者: 新真あらま
第二章 狂気の限界突破人佐藤、超越
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第二話 賽は投げつけられた

 狂気と共にさらに月日は流れ、芸術の秋が深まる10月。陽乃高校では、次なる大きな学校行事、音楽祭の準備が本格的に始まっていた。二年C組でも、放課後の教室で、歌う曲やパート分けについての話し合いが行われていた。


 曲は最近のポップスを合唱用にアレンジしたものに決まり、ソプラノ、アルト、テノール、バスの各パートも、それなりにスムーズに決まっていった。問題は、ただ一つ。ピアノ伴奏者だった。


「えーっと、ピアノ伴奏、誰かできる人いないかー?」


 学級委員長が呼びかけるが、シーンと静まり返る。このクラスには、なぜかピアノ経験者がほとんどいないらしかった。いたとしても、クラスの代表として大舞台で弾くほどの腕前ではない、と皆尻込みしている。重苦しい沈黙が流れる。担任の増田先生も困った顔で腕を組んでいる。ちらちらと綾西様の方を見ながら。


 その、誰もが押し付けられたくない、という空気が最高潮に達した瞬間だった。クラスにいる全員、期待していることは同じ。万を期して綾西様がすっと手を上げた……その瞬間。


「先生! 委員長!」


 凛、とよく通る声が響いた。全員の視線が一斉に声の主へと向かう。手をまっすぐに挙げ、自信に満ちた(あるいは、別の何かに満ちた)表情で立っていたのは、この僕、佐藤誠だった。


「伴奏、僕がやります!」


 一瞬の静寂の後、教室は「ええっ!?」という驚きの声と、ざわめきに包まれた。


「さ、佐藤がピアノ!?」

「嘘だろ、弾けたのか?」

「いや、音楽の授業でも見たことないぞ…」

「大丈夫かよ、一番大事なパートなのに……」


 クラスメイトたちの不安と疑念の声が飛び交う。増田先生も「さ、佐藤、お前、ピアノ経験は……?」と戸惑いを隠せない様子だ。無理もない。僕はこれまでの人生で、ピアノという楽器に指一本触れたことすらなかったのだから。


 しかし、周囲のその反応に、僕は不安を微塵も感じていない。むしろその新たな挑戦の気配に、僕は胸の高鳴りを感じていた。昔の僕とは違うのだ。それを皆は思い知るだろう。


 僕は臆することなく、胸を張って宣言した。


「ピアノは、今日この瞬間から始めます! ですが、心配はご無用です!」


 僕はクラス全体を見渡し、そして隣の席で手を上げかけたまま固まり、信じられないものを見るような顔をしている綾西様に向かって、力強く言い放った。


「この音楽祭で、僕は再び限界を超えてみせます! 目指すは、指が鍵盤の上で音速を超えるほどの超絶技巧! そして、会場にいるすべての人々の魂を根こそぎ震わせるような、感動の旋律です!」


 僕のあまりにも壮大すぎる(そして現実味ゼロの)目標宣言に、教室は再び静まり返った。ぽかん、と口を開けている者、完全に呆れている者、そして……僕の隣で、やはり手を上げかけたままの姿勢で、顔面蒼白になっていく綾西様。


 彼女は我に返り、勢いよく立ち上がると、震える声で僕に詰め寄った。


「さ、佐藤さん! お待ちになってくださいまし! あなた、何を……! ピアノの上で指を音速で動かすだなんて、それはさすがに不可能ですわよ!? そのようなことをしたら、指から衝撃波が発生して大変なことになります! い、いえ、それ以前に、あなたは楽譜は読めますの!?」


 彼女の必死の問いかけに、僕は満面の笑みで答える。


「もちろん読めません! 楽譜は心で読みます!  問題ありません! 綾西様が身をもって教えてくれた、『諦めない心』と『強い意志』があれば、不可能などないのです!」


「ひっ……!」


 綾西様が短い悲鳴を上げた。またしても、僕の「理論」は彼女自身の言葉に基づいているため、正面から否定できない。彼女はわなわなと震え、何か言おうとしては言葉を飲み込む、という動作を繰り返している。


 僕はそんな彼女の苦悩など露知らず、目を輝かせながら、立てたばかりの画期的な練習計画を語り始めた。


「まずはですね、指の神経伝達速度を極限まで高めるために、この自作の『指先ニューロン・アクセラレーターVer.2』を装着してですね……」


 僕は鞄から、単三電池と導線、洗濯バサミのようなクリップで構成された、見るからに怪しげで危険な自作装置を取り出して見せる。


「それから、豊かな感情表現を身につけるために、週末はどこか景色の良い滝に打たれて、精神を統一しながらポータブルキーボードを叩こうかと! あとは、雨風の強い日こそ、荒ぶる自然のエネルギーを演奏に取り込むチャンスですから、積極的に屋外での練習を……」


 僕が次々と繰り出す、狂気の沙汰としか思えない練習メニュー(?)に、綾西様は完全に思考停止したようだった。彼女は、僕の手にある怪しげな装置と僕の顔を交互に見比べながら、ただただ青ざめ、小さく口を開けて固まっていた。その顔には、「どうしてこうなった……」という絶望の色が、はっきりと浮かんでいた。


「それはさすがにまずくないか? 素直に綾西様に任せた方が……」


 増田先生が珍しく止めに入る。増田先生にすがるような視線を向ける綾西様。しかし、僕は止まらない。


「先生。先生は生徒の自主性をないがしろにするのですか?」


「…………」


 増田先生はあっさりと撃沈した。僕の新たな「限界突破」への挑戦と、それに伴う綾西様の受難の日々が、始まろうとしていた。

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