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狂気の脳筋善意お嬢様  作者: 新真あらま
第二章 狂気の限界突破人佐藤、超越
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第一話 狂気と共にある日常

 あの狂乱の体育祭から数ヶ月が過ぎ、季節は夏休みも明けた九月。県立陽乃高校二年C組には、奇妙な、しかし確固たる日常が根付いていた。


 その中心にいるのは、もちろん、僕——もとい、かつての僕とは似ても似つかぬ存在となった佐藤誠と、そして、そんな僕に振り回される運命を背負ってしまった、完璧善意お嬢様、通称(というか僕が勝手にそう呼んでいる)綾西様だ。


 例えば、ある小テストを控えた前日のこと。


 僕は、「限界突破」により小テストで120点を取るために、睡眠時間を極限まで削り、独自に開発した(と主張する)「脳神経直結型・反復記憶術」——頭にアルミホイルと銅線で作った奇妙なヘッドギアを装着し、微弱な電流(?)で脳を刺激するという、傍から見ればただの危険行為——を綾西様に意気揚々と披露していた。


 綾西様はひきつった笑顔と共に僕の長い話を聞きながら、僕が話し終えるころには、無理に口角を持ち上げ続けたせいで顔の筋肉を痙攣させ、もはや苦痛としか言えない表情になっていた。


「さ、佐藤さん! 120点を目指すという、その、心意気には……感服いたしますわ! ……ですけれど! 小テストは100点満点ですから、120点はとれないのでございます……! それに……その、記憶術とやらは、あまり推奨できませんことよ!? 下手をすれば健康を害しますし、そもそも科学的根拠が……! せめて、市販のヘッドギアを使って……」


 彼女は必死に、至極まっとう(か?)な注意をしようとする。しかし、僕はキラキラと(我ながら狂気に満ちている自覚はある)瞳を輝かせて反論するのだ。


「ですが綾西様! 限界を超えるには、時には常識に囚われていてはいけないと、そう教えてくださったではありませんか!」


「うぐっ……! そ、それは、そういう意味では、断じて……!」


 綾西様は言葉に詰まり、悔しそうに唇を噛む。僕が彼女の過去の言動を(都合よく解釈して)持ち出すと、彼女は強く反論できなくなるのだ。このパターンは、もはや僕たち、そして周りの人たちにとってもお決まりとなりつつあった。


 またある日の掃除時間。僕は、教室の後ろで、ほうきとちりとりを手に、華麗な(そして無駄な)ステップを踏みながら回転していた。


「見よ! これが効率と美しさを両立させた、佐藤流『旋風掃討術・改』!」


 床のゴミを集めるという本来の目的よりも、いかにアクロバティックに掃除用具を操るかに重点が置かれているのは明らかだった。というか、むしろホコリは大きく舞い上がっている。その時、教室の反対側から、悲鳴に近い声が飛んできた。


「佐藤さぁぁぁん! 危ないですわ! なんですのその動きは!」


 駆け寄ってきた綾西様が、そのあまりのホコリにくしゅんとくしゃみをする。くしゃみすら美しい!


「ちょっと、なんですのこのホコリは……ほうきはもっとこう、普通に! 掃除道具として! 使ってくださいまし! 周りの方のご迷惑も考えて! 踊りながら掃除するにしても、ホコリが立たないよう、こう、なめらかに回転してくださいまし!」


 顔を真っ赤にして叫びながら、しかし、絹糸を引くように繊細で途切れない動きで回転し、綾西様はほうきを操る。その様はまるでほうきと一体になったバレエダンサー。その様子を端っこで見ていたクラスメイト達は感嘆の吐息を漏らす。さすが綾西様……!


 僕も負けじと、右足を軸に、そしてほうきを高く掲げ、高速で回転する。……ことはできなかったので、両足をバタバタと忙しく動かしながらがんばって回転する。ほうきについていたホコリがまき散らされる。


「きゃあっ! なんですの、その壊れた操り人形みたいな動きは! ホコリが舞うからおやめなさい!」


「これも日々の鍛錬! 掃除というルーティンワークにも、ネバーギブアップの精神を……」

「わかっておりますわよ! その精神は! ですがTPOというものを弁えてくださいまし! 時と場合によりますの!」


 彼女のツッコミは、日に日にキレを増している気がする。


 そんな僕たちのやり取りを、クラスメイトたちは、もはや日常の風景として受け入れていた。最初はドン引きしていた彼らも、今では「あーあ、また始まった」「今日の綾西様のツッコミ、的確だな」「佐藤係、マジお疲れ様です」などと、クスクス笑ったり、生暖かい目で見守ったりしている。


 完璧お嬢様だったはずの綾西様が、暴走する僕に対して常識的な(?)悲鳴を上げる姿は、彼らにとって格好の娯楽になっているようだった。


 綾西様自身とはいえば、半ば諦めているのか、あるいは責任を感じているのか、僕の奇行から片時も目を離さなくなった。常に僕の行動をチェックし、危険な兆候があればすっ飛んできて注意する。その姿は、まるで暴走機関車のブレーキ役(ただし、ブレーキはあまり効いていない)のようだ。


 ちなみに、この騒ぎを担任の増田先生は


「おいおい、またやってるなあの二人は。まあ、孤立してた佐藤も友達ができたみたいだし、綾西様も前みたいな大騒動は起こさなくなったし、いいことだな」


 と微笑ましく見守っている始末。大丈夫かこの先生。


 こうして、二年C組には、狂気を纏った僕と、それに振り回されながらも必死で常識のラインを保とうとする綾西様、そしてそれを遠巻きに(しかし、どこか楽しんで)見守るクラスメイトたち、という奇妙なバランスの日常が、すっかり定着してしまったのである。しかし、この歪んだ平和は、次なる波乱の序章に過ぎなかった。

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