前編
第一章:高すぎる誇り
ルシア・アデルフィア公爵令嬢は、王国で最も完璧な女性として名高い存在だった。端正な顔立ち、優れた知性、優雅な所作。彼女の美しさと才気は、誰もが羨むものであり、その完璧さを誇りに思っていた。さらに、第二王子のカスパー・アルバードと婚約していることが、彼女の自信をより一層強くしていた。
「あなたは私が支えるわ。王族として恥ずかしくないよう努力するわ」
ルシアは王子に向かってそう言い、完璧な微笑みを浮かべた。
「だからあなたも王族としてしっかりしてくださいませ?」
カスパーは心優しく物腰が穏やかな青年だったが、いわゆる「優柔不断」な性格で、何事にも決断を下すのが遅く、時折頼りないと感じることが多かった。ルシアにとって、それが不満の原因でもあった。婚約者として、王族としての立場を持つ彼に対して、彼女の期待は大きかったのだ。
カスパーは、ルシアが完璧すぎるが故に、どこか遠い存在に感じていた。彼にとって、彼女の「完璧さ」は重圧そのものであり、心のどこかで引け目を感じていた。それでも、婚約者として彼を支える役目を果たしているつもりのルシアにとって、カスパーが自分に劣等感を抱えていることを理解する余地はなかった。
しかし、その関係に陰りが見え始めたのは、王宮で開かれたある舞踏会の夜からだった。
第二章:運命の転機
舞踏会の会場に足を踏み入れると、ルシアはカスパーとともに歩きながら、周囲の注目を浴びていた。そこでカスパーはひとりの令嬢と出会う。エリス・ヴァンテア男爵令嬢だ。彼女は、周囲に流されることなく、静かに舞踏会を楽しんでいる様子だった。その控えめでありながら、他人に媚びることなく、自然体でいる姿が何故か気になり、カスパーはつい彼女に目を向けていた。
「カスパー様、そんなにじっと誰をみつめているのかしら。」
ルシアは冷たい視線をカスパーに投げかけた。
「えっ、いや…ごめん。」
カスパーは慌てて目をそらし、ルシアに謝ったが、心の中でエリスに対する興味が高まっていった。
舞踏会の後、カスパーはエリスに声をかける機会を見つけ、二人は次第に親しくなっていった。エリスは一見、か弱い印象のある男爵令嬢だったが、話をすると素直でちょっとしたことで喜びを表す彼女にとても幸せな気分になった。
「エリス嬢、もしよかったら、一緒にお茶をどうですか?」
カスパーはエリスに優しく誘いかける。
「嬉しいです。私で良ければ喜んで、カスパー様。」
エリスはいつもうれしそうに微笑んで答えた。