2- WBAM7-169
都市高速線吸血鬼事件、それが社会に与える影響は、とてつもないものであった。世間に広まった吸血鬼の存在は、人類に相当の恐怖を与えた。
ラクたちの行動は、吸血鬼の生態解明に一定の遅延を与えた。とはいえ、五年もすれば吸血鬼に関するデータは集まっていった。吸血鬼の存在は秘匿されていたとはいえ、それらと関わる人間はいたし、個体数も少なくはない。人類は、吸血鬼を殺すことに注力するようになった。
恐怖の対象ができた時の扇動の力は恐ろしい。人類は急速に吸血鬼を『殺すべきもの』と認識し、実際に兵器を作り上げた。吸血鬼に対抗するモノ、それは『ニンニク』でも『十字架』でもない。『銀の弾丸』。それが吸血鬼への対抗策であった。
研究の末、銀には吸血鬼の内蔵を急速に腐食させる効果があると発覚した。研究者たちはこぞって銀製の武器を作り、実戦投入を重ねた。純銀と同等の腐食効果を持つ合金や、殺害とまではいかないがダメージを与える毒薬など、様々なものが作られた。
その中でも発展が顕著だったのが『アンドロイド』である。吸血鬼というのは、人間よりも強い力を持つ。すると、人間を投入すれば返り討ちにあうこともしばしばあった。しかし、ロボットであれば、その心配は少ない。そこで、家電業界トップシェアの『ホワイトラベル社』などの開発により、吸血鬼用の兵器アンドロイド、通称『バレット』が発売された。
このバレットは様々な用途に転用され、家庭用や工事用などの製品が大量に生産された。そして、いつしか他社製品であってもロボットたちのことを「バレット」と呼ぶようになり、それらは普及していった。
そして、事件から十五年後。吸血鬼と人間、そしてバレットは、ただならぬ争いを繰り広げることになるのだった。
◇ ◇ ◇
「んぁ……? なんだ、ここ」
廃ビルの壁にもたれ掛かりながら、少年が目を覚ました。そこは少し荒れたアスファルトの上。しかも自分の周りは少し黒ずんでおり、寝床としては最悪のロケーションだった。
「体が痛い……腹も減った……とりあえず帰んねーと……」
痛みに耐えるように片目をつぶりながら立ち上がった少年は、自らの発言に違和感を覚える。
「いや、待てよ? 俺ん家って、どこだっけ?」
少年は辺りをトコトコと散策する。見たことの無い景色。大量のビルが建ち並んでいるが、それらはどれも壊れている。広告用のデジタルサイネージが地面に突っ伏していたり、窓ガラスがビル内外問わず散らばっているものすらある。何がどうなってるんだ? 少年は不安感に溺れそうになる。
「おーい、だれかいませんか!」
勇気を出し、ビルの中に向かって大声を出してみる。しかし、帰ってくるのは反響した自分の声だけ。なんだよやっぱり誰も居ねえじゃねーかと振り返ったその瞬間。
「いますよ」
と声がして、目の前に身長の高い若い無表情な女性が姿を現した。ゴシック風の衣装を崩したような見た目で、髪は金色でボリュームのないツーサイドアップ。可愛らしい服装と、ツンと刺すような無表情。そんなギャップのある出で立ちだった。
「うわぁぁっ!」
少年は先程と比にならないくらいの大声を出した。
「な、なんだよ」
「なんだよと言われましても。私はここにいるだけですから」
「はぁ?」
少年には女の言っていることが分からなかった。分かったのは、この女がおかしな奴だということだけだ。しかし、今頼れるのは目の前の一人しかいない。少年はここまでの会話をなかったものとして扱い、自己紹介を投げかける。
「んえーっと、俺はユウガっていうんだけど、アンタは?」
「ユウガというのは名前ですか?」
「んー、そうそう。だから次はアンタが名前を言う番ってこと」
「私には名前が無いんですが……この体にはWBAM7-169というシリアルナンバーが付いています」
「しりあるなんばー?なに、そのヘンな文字列」
「わかりませんか?WBが『ホワイトラベル社のバレット』、AMが『オールマイティ』、7が型式で……」
「あーわかったわかったよ!」
ユウガはその事務的な言葉の羅列に困ってしまう。そんなことを言われてもよく分からないのだ。
「てか、名前、ないのか?」
「ええ、ないです。野良なので」
「ノラぁ? よくわかんないが……まあ、169ってんだろ?なら『イ・ム・ク』だ」
「イムク?なるほど、ユウガはそう呼ぶのですね」
イムクはポーカーフェイスの中にほんの少しだけのニヤつきを交えながら、ユウガに返答する。
「いいですか? 野良のバレットに命令を下す、あるいは名をつけるということは、そのバレットのオーナーになるということに等しいんですよ」
「──え?」
「取扱説明書にもそう書いています」
「そうなの?」
「はい」
「じゃあいつまでも着いてくるってこと?」
「はい」
「マジかよ……」
かくして、ユウガはイムクのオーナーになってしまった。
「オーナーって言ったって、俺は機械のことなんざわかんねぇぞ?」
「構いません。教えますから」
「そうか……」
イムクは自ら全身を触りながら、どこから説明しようかを考える。
「まあ、いちばん大切なのは──」
イムクはそう言って舌を出した。
「舌パーツ、ですね」
イムクは舌を出しながら喋っているにも関わらず、なんの違和感もない完璧な発音で発声している。
「うわ、なんかその喋り方違和感あるわ」
「まあ、スピーカーから音を出しているだけなので、こういうこともできます。普段は口の動きも合わせますけど」
そう言ってイムクは舌を引っ込めた。
「舌パーツは私たちバレットの記憶域です。人格や思い出など、様々なデータが保存されています」
「いや、それを舌に付けるの趣味悪いわ」
「まあ、確かにそうですね。ですが、このパーツを付け替えることで人格や記憶を別の体にそっくりそのまま移すことができるので、便利ですよ」
「じゃあ、データ移行の時はいちいち舌を引っ張るのか?なんかヤダな」
「しかも、このパーツはどの企業も共通規格として扱っているので、舌パーツだけはほぼ全てのバレット共通で同じ機能、互換性アリです」
ユウガはこの機能を搭載したヤツにどうしようもない気持ち悪さを覚えながらも、落ち着いて話を受け取った。
「てか、これからそんな感じのヘンな身体の話が続くわけ?」
「まあ、そうですね。機能説明なので」
「あぁ、ちょっとごめん。なんか色々整理が必要だわ。一旦ひとりで散歩してきていい?」
宛のない気持ち悪さが体を少しだけ蝕む。ユウガはそれを抱えながら、目の前のアンドロイドから少しだけ距離を置こうと考えた。
「ええ、構いませんよ」
ユウガは意図してかそうでないか、オーナー権限を使ってイムクの元から離れた。
その時だった。
『ギッ……ギギギッ』
歯車が回るような音と共に、ユウガの目の前に化け物が現れた。
「!? 今度はなんだよっ!!」
目の前の化け物は、炊飯器のような……いや、炊飯器そのものの頭部をしている。体は金属の無骨な見た目だが、明らかに正常な存在ではない。
「なんなんだよっ!!」
炊飯器の怪物は、ユウガを視認するなり、その無骨な金属の腕を振りかざし、攻撃を仕掛けはじめる。
「うわっ!!」
一撃目は間一髪で避けることに成功したユウガ。しかし、二発目は違った。明らかに避けきれなそうな攻撃、しかも手には包丁のような刃。もはやこれまでか、と思った次の瞬間。
バララララッ!!
と大きな音が響き、怪物の頭部に数発の弾丸が当たった。
「イムクっ……!?」
「──バレットというのは、オーナーがピンチになった際、それまでの命令を無視してオーナーを守ることがあります。ですが──」
イムクは右腕にくっついた銃口をカチャリと鳴らしてから、言葉を続けた。
「これは不具合ではありません。」