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明希の物議

「フローライト」第二十一話。

明希は目の前にいる女性を不思議な気持ちで見つめた。夜八時頃、家での仕事を終えてコンビニへ行った。飲み物やパンを買ってから自宅のマンション前に行くと、見知らぬ女性から「私、天城さんとつきあってます」と言われたからだ。


(つきあってるって・・・?)


何だかピンとこなかった。つきあうって?


「天城さんいますよね?」


「いませんけど・・・」


「じゃあ、待たせてください」


「あの、どんな御用ですか?」


「私のお腹に利成の子供がいるんです」


(え・・・・・・)


俄かには信じられなかった。まさかそんな・・・?


その女性はキッと明希を見つめたままマンションの前から動こうとしない。だからといって部屋に入れる気はしない。しかたなく明希は利成に電話をしようと思った。何回か呼び出しても仕事中であろう利成は電話にでなかった。明希は思いついて利成のマネージャーさんに電話をした。何かの緊急時にはマネージャーさんに連絡するように普段から利成に言われていた。


「もしもし?」とマネージャーさんが電話に出た。


「あ、明希です。こんばんは。忙しいところすみません。あの・・・今、自宅のマンションの前なんですけど・・・」と事情を話した。


「天城に伝えます」とマネージャーさんは言ってくれた。電話をしている間もその女性はただじっと明希を見つめていた。


マンションの前でその女性とにらめっこをしているわけにもいかず、明希はマンション内に入ろうと思った。その時スマホが鳴った。


「明希?何?誰がきてるって?」


「利成とつきあっているっていう女性」と言うと、隣が一瞬黙ってから、「何て名前か聞いて」と言った。


「名前教えてもらっていいですか?」と目の間の女性に聞いたら「木ノ内」と小さくその女性が言った。


「利成?木之内さんだって」


「木之内?・・・誰かな・・・」と利成が考えてから「とにかくもう帰れるから」と言った。


利成が車でマンションの前で待とうか思ったけれど、寒くなってきたのでその女性に言った。


「良ければうちにきますか?」と言った。するとその女性は少し驚いた顔で明希を見た。


 


その女性と一緒に部屋に戻ってから一時間くらいで利成が帰宅した。明希が玄関まで迎えに出て行くと利成が「どんな子?」と聞いてきた。


「若い子」とだけ言った。


利成がリビングに入ってその子を見ると「あ、花音ちゃん・・・どうしたの?」と言った。明希は複雑な心境で利成を見つめた。


(子供ができたって・・・)


明希はあの二回目の死産から一年も経っていなかった。


「天城さん、前のお話です。何度ラインしても見て下さらないので・・・」


花音と呼ばれた子は利成を見つめてきっぱりと言った。


「そう」とだけ利成は言ってポケットからスマホを取り出してテーブルに置いた。それから「花音ちゃん、何か飲む?」と聞いた。


「何もいりません」とまたきっぱり言う花音。


「じゃあ、どうしようか?あっちで話す?」


利成がそう言ったので「ここで話して」と明希は言った。子供がどうこう言われて二人でこそこそ話すなんてと思った。利成が明希の顔を見て「そうだね、じゃあ、ここで話そう」と言った。どうも余裕綽々な様子だ。


「じゃあ、まず聞くね。俺の子供ってどういう意味?」


「天城さんとの子供です。意味はそのまま」


「そう」


利成が沈黙した。明希はちらっと利成の横顔を見た。こういう顔の時は頭の中で色々計算しているときだ。見たところ花音は十代に見えた。


「あの・・・」と明希が言うと利成と花音が明希に注目した。


「花音さん?何歳なんですか?」と聞いた。


「答える必要ありますか?」と花音はいきなり挑戦的だ。


「十八才くらい?」と利成が聞いている。花音は黙っている。


(十代か・・・)と明希は思った。だとしたらこの子の勘違いじゃ・・・。


どうしてそう思うのか・・・。あの翔太とのことを完全に切ったあの日から、明希の利成を見るフィルターが変わったのだ。変わった途端、あの噂のあった女優とのことも本当はそうだったのではと思うようになった。翔太が前に言っていた「情状酌量なし」という利成に対しての言葉も、明希は実際あの時経験した。あの時感じたものがそれだったのだ。


ただ利成はすべて綿密に計算された元に動いている。翔太のように行き当たりばったりや情に動かされるということはほとんどないのだ。なので、十代の子に手を出すとは思えなかった。十代は法律的にもまだ子供だ。そして花音もこうやって乗り込んでくるあたり、利成のことをわかっていないのだ。


「とにかく何とかしてくれないならマスコミにも言います」と花音はかなりな勢いだ。


その言葉で明希は「利成、この方も芸能人なの?」と聞いた。そうしたら花音が呆れたような声を出した。


「やだ、この人私のこと知らないの?」


「あ、ごめんなさい」とすぐに明希は謝った。芸能人に興味がなかった明希は、すべてにおいて疎い。なのでものすごく有名人だとしても気づかないことが多いのだ。


「雪風花音さんは、子役時代からの女優さんだよ」


利成が教えてくれた。ということはさっきの「木ノ内」は本名なのだろうか。


「あ、そうなの?」と言ったら花音がぶすっと明希を見た。


「花音ちゃん、うちの奥さんまったく芸能系には疎いんだ。ごめんね」と利成が謝った。


「・・・とにかく何とかして下さい」と花音がまた言った。


「何とかとは、例えば?」と利成が聞く。


「奥さんと別れて責任取ってください」


「そう、それは無理だからもう一つくらいなんかない?」とめちゃくちゃ冷静な利成がちょっと怖いと明希は思う。


「生むので認知して下さい」


「んー・・・そう」


今度はそう言って利成が黙った。


「後、養育費もです」


「そう」と利成がまた素っ気なく答えている。


「でも、その子は利成の子なんですか?」と明希はなるべく遠慮がちに聞いたけれど、花音の怒りをかってしまった。


「どういう意味ですか?別な男の子供だとでも?」


きっと明希に視線を向ける花音は、今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。


「花音ちゃん、まずね、検査してきてそれから考えようよ」


「私、関係持ったのは天城さんだけです。検査する必要なんてありません」


明希は利成の顔を見た。でも顔色一つ変えてない。ほんとにこの花音と関係を持ったのだろうか?


「そうじゃなくて、妊娠してるかどうかだよ」と利成が言った。


「もうしました。妊娠検査薬で」


「そう」


「花音さん、ごめんなさい。お二人の問題じゃなくて、これは夫婦の問題でもあるので、私たちで話合いますのでまた後日いらしてくれませんか?」


かなり気をつかって丁寧に言ったのだけど、更に花音の怒りを買ってしまった。


「奥さんは黙っててくれませんか?奥さんが子供産めないから私が代わりに妊娠したんです」


ここまで言われて明希はさすがに顔色を変えた。二度の死産はどれほど辛かっただろうか・・・。この子は何もわかってないのだ。


明希が黙りこむと利成が言った。


「花音ちゃん、奥さんを侮辱するような言葉遣いはやめてくれる?わかったよ。花音ちゃんはまず病院に行って妊娠しているかどうか確認してきて。その間に俺たちが話し合うから。もし、不服ならいますぐマスコミにでも何でも言っていいよ」


利成が本気の声を出すと少しだけ花音が顔色を変えた。


「・・・わかりました」と唇を噛みしめている。


花音が立ち上がり玄関の方に向かう後ろから利成がついていく。明希も利成の後ろから玄関まで行った。


「天城さん、家まで送って下さい」と玄関で靴を履くと花音が言った。


「悪いけど一人で帰って。必要ならタクシーなら呼んであげる」


利成の言葉に花音が顔色を変えた。


「ひどい、妊娠してるのに。天城さんが誘ったんじゃないですか。送ってくれないならマスコミに言います」


「いいよ」


「えっ?」と花音が驚いて利成を見た。


「俺は君と関係なんて持ってないからね」


「何それ、ひどい」と花音は言うと、ドアを開けて出て行った。


利成は花音が出て行ってしまうと、リビングに戻っていきソファに座り込んだ。


「何か疲れたね」と利成が言う。


明希はまださっきの花音の言葉から立ち直れないでいた。


──  奥さんが子供産めないから私が代わりに妊娠したんです


(あんなこと言われなきゃならないなんて・・・)


明希は寝室に行ってベッドに突っ伏した。利成とセックスをしたかどうかより、あの言葉の方がショックだ。二度の死産からまだ立ち直っていない。心の傷はだらだらと血を流したままなのだ。


「明希」と寝室のドアが開いて利成が入って来た。


「明希、ごめんね」と背中から抱きしめられた。


「したの?あの子と」


突っ伏したまま聞いた。


「してないよ」


「したでしょ?」


「してないから」


利成がそう言って明希の肩を引いて自分の方に向けた。


「あの子の妄想だよ。してないから」


「でも、何でそんな妄想?何かあったからでしょ?」


「向こうに何があったかは知らないけど、してないのなら妄想でしょ?」


「そうだね」とそう言って明希は利成の手を払って立ち上がった。それから寝室を出てリビングに行った。後ろから利成が入ってくる。


「ご飯、どうする?」と明希はキッチンに入った。


「作ったの?」


「うん、ビーフシチュー作ったよ」


「じゃあ、食べよう。明希は食べたの?」


「ううん、まだ」


「じゃあ、一緒に食べよう」


「うん・・・」


それから二人でシチューを食べた。いつもは色々話すのだけど、ずっとお互いに無言だった。先に食べ終わった利成が「ごちそうさま」と言って皿を持って立ち上がった。


「あ、私やるよ」と明希が言うと、「いいよ、やるから」と利成はキッチンに入っていった。


明希も食べ終わった食器を持ってキッチンに入った。


「明希の分もやってあげるから置いておいて」と利成が言う。


「そう?ありがと」と言ってリビングに戻った。そしてソファに座ってリビングのパソコンを開いて花音を検索してみた。


子役から大人への移行と言う見出しの記事が出て来た。思いついてユーチューブで、花音の子供時代のドラマを検索して見てみた。すごく可愛らしい顔でまだあどけなさが目立つ花音が映し出される。どうやら当時は物凄く人気があったらしい。


利成が隣に座って来たのでユーチューブを切った。


「私ね、あの利成のフィルターの話し・・・」


「うん・・・」と利成が答える。


「あれね、本当だってわかったの」


「そう」


「私、自分のフィルターでしか物事を見てなかったからわからなかったんだよね」


「・・・・・・」


「だけどそのフィルターから出て、利成の立場に立ってみたらきっと利成のことがわかるんだよね」


「そうだね、わかったの?それで」


明希は利成の顔を見た。その目はあの小学五年の時から変わっていないと思っていたのは、明希のフィルターから見たからなのだ。


「私とどうして結婚したの?」


「好きだからだよ」


「・・・そう」


「明希は?俺と何で結婚したの?」


「・・・利成は私の初恋の人なのよ」


「え?そうなの?」


利成が驚いた顔をした。初恋だということは言ってなかったのだ。


「うん、そうなの」と少し微笑んだ。


「初耳だよ、それ」


「初めて好きになった人が利成なの」


「そうなんだ、知らなかった」


「うん、初めて言った」と笑顔を向けると利成が口づけてきた。


「ちょっと嬉しいかも」と唇を離すと利成が言った。


「そう?」と明希はまた微笑んだ。それから続けた。


「さっきのフィルターの話ね。利成は私のフィルターが見えてたんでしょ?」


「明希のフィルターはわかりやすいからね」


「そう・・・だよね」と明希は少し肩をすくめて笑顔を作った。


「でもね」と明希は続けた。


「相手のフィルターを見るためには、自分のフィルターから出なきゃならないでしょ?」


「そうだね」


「出てみたらわかったの」


「そう」


「でも、黙っとく。だって利成もずっと黙っていてくれたんだもんね」


「・・・・・・」


「あの子、どうするの?」


「花音ちゃん?」


「そう」


「ほんとにマスコミに言うかも?」


「そうだね」


「利成はいいの?」


「いいよ」


「また大騒ぎだよ?」


「慣れてる」


「そう・・・」


「明希」と呼ばれてうつむいた顔を上げて利成の顔を見ると、利成が明希の頬に手を伸ばして撫でてきた。


それから唇を重ねてきて舌を絡めてきた。普段はあまり舌を絡めてきたりはしないのに、執拗に明希の舌に自分の舌を絡めてきた。しばらくそうしてから唇をゆっくり離す利成。


「明希、いい女になったね」


利成の目が小学五年の目から大人の目に変わる。


「おいで」と言われ寝室に連れて行かれる。ベッドに入った途端、激しく口づけられた。今までのセックスとはまるで違った激しいセックスに明希は声を上げて悶えた。


「明希、口でして」と言われて初めて利成のを口に入れた。


「そう、そんな感じで・・・」と利成の言う通りにやってみる。


途中まで口でしてから利成にいきなりうつぶせに倒された。後ろから入ってきた利成が激しく奥まで突いてくる。明希は悶えてただ声を上げた。今までのセックスはすべて利成の演技だったのだ。明希が利成の本質に触れたことで利成はもう演技する必要がなくなったのだろう。明希はその夜二度も強い絶頂感を感じた。と同時にようやく利成と結ばれた気がした。



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