初任務前半
「......ここって、軍事施設だよね」
「あぁ」
なんで到着するまで気付かなかったんだろう。
最近の新しい環境に慣れず、疲労が溜まっているからだろうか。
そんなことは今考えることではない
これは任務なのだから集中しなければ
日が沈み、施設に人影はない
憂斗も華椰葉も服装はすっかり忍者となっていた
口元を覆い、目だけが出ている状態
華椰葉は慣れておらず少し苦しそうだ
憂斗の忍者姿が様になっており、さすがだなと心の中で感心する
「今回の任務内容ってどんなの?」
「新たな地下街侵略の経路図の写しを取ることだ」
「そんな、そんなことしたら捕まるよ! こんなことして一体誰の利益になるの」
「地下街の奴らだろう」
サーっと血の気が引いた
私はこれから軍を裏切るの?
「俺らは誰かのために命を懸けている訳じゃない。依頼されたからする、ただその行為に命が必要、それだけだ。だからこそ、恨まれることだってよくある。でも、そうでもしないとこの忍者は成り立たない」
憂斗の心からの声を聴いて華椰葉は考えさせられた
そう、華椰葉自身もこれまで軍人としての役割が正しいとは思い切れていなかった
「こんなところでもたもたしてられない。入るぞ」
「うん」
曖昧な心持のまま内部へと侵入する
憂斗は前を歩きスイスイと内部へ進んでいく
「ねぇ、なんで内部までの経路を知ってるの?」
「下調べの担当がいるからな」
「へー、忍者も全て1人でこなすっていう訳ではないんだね」
「あぁ。だがそいつらも同じ忍者だが捨て駒のように扱われる」
「捨て駒......任務の遂行を任せられないからってことか」
「あぁ、そうだ」
「……ひとつ聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「答えられることならな」
華椰葉はこの施設のこの時間に人は居ないことを知っているため、歩いている間に疑問に思っていたことを聞き始めた。
「もし......もしもの話だけど、憂斗のもとに確実に悪だと思える任務の依頼が来たらどうする?」
「愚問だな。決まってるだろ、遂行する」
「それは家とか任務とかの圧力からではなく、自分の意志でってこと?」
「圧力なんかじゃない。でも自分の意思でもない。俺には何が悪かなんて判断できないから。自分の善悪の指針に従うよりも、任務として完遂すれば何も考えなくて済むからな」
想像していたこととは真逆の回答が返ってきた
「華椰葉はどうなんだよ」
「私は……」
「わからないの。自分が今していることが正しいのか、だからと言って何か他の選択をしたとしてもそれが正しいのかもわからない」
「わからないままでいいんじゃないか」
「え」
「正しさを知ってしまえば、その反対に位置するものを受け入れることはもうできなくなる」
その言葉で華椰葉の心の中の何かが動き出そうとしていた
その時だった
シュルシュルっ!
何かが華椰葉の足首に巻き付いた
「なんだろうこれ。蜘蛛の糸?」
その瞬間、糸は強い引力で足を掬おうとしていた
「華椰葉!」
憂斗が気づいた時には華椰葉はすでに反射で動いていた。
足が地面にめり込むほど思い切り踏ん張り、糸の強い引力を使って簡単に糸を切ってしまった。
安全のためその場から距離を取る
「この時間は誰も立ち入れないはずなのに、なんで私たち以外の侵入者がいるの」
確実に軍人ではない。2人と同じ忍者が侵入しているようだ。
「これは想定外だな。でも忍術は使うなよ」
コソコソっと憂斗が伝えた
「うん、わかった」
そして
「そんな狩りをするような目で私を見ないでくれ。別に君たちと戦うつもりはない。私に勝算がないことはわかりきったことだからな」
「じぁなぜここに来た」
憂斗が聞いた
「わからないか? 取り引きだよ」
「取り引き?」
「そうだ。女の方は軍人だろ?」
ビクリとするが話すべきではないと判断し黙り込む
「疑問形で聞いたのが間違いだったな、軍人であることは知っている。師団長一色華椰葉」
「……」
「はっ、だんまりか」
「チッ、そんなことはどうでもいい。早く取引内容を話せ」
「そんなに早まるな。でもまぁ早速」
「その任務を私にくれ」
「は?何言ってんだよ」
「そのままだよ。だって軍人さんがスパイなんて知られたら大変だろ。、しかも自分の縄張りで。だから代わってあげるって言ってんの」
すると華椰葉が口を開く
「……わってよ」
「ん? 聞こえない、何だ」
「代わってよ、代わってもらえるなら代わってほしいよ......」
「華椰葉、一体何を」
まさかの返事に驚く憂斗
ハッと笑い
「案外あっさりとしているな」
しかし華椰葉の返事はそれで終わりではなかった
「でもそんなのはただ逃げているだけ。周りから見たらか"代わり"なのかもしれないけど、私自身からしたらそれは逃げなんだ! この選択が自分を苦しめることになるのかもしれない。でも1つの正義に囚われる、そんな視野の狭い人間に私はなりたくない」
この瞬間、憂斗の瞳はきゅるりと揺らいだ
「悪の正当化か? はたまた裏切る自分を認めたいのか?」
「そんなんじゃない。私はすべてに希望の光が一筋でも差す未来を信じている。だからそれに繋がる希望を見失いたくない」
華椰葉の目は相手と真っ直ぐ向き合っていた
迷いもなかった
「なるほど。よくやったな、一色華椰葉」
そう言いながら顔に覆いかぶさるものをはがし正体をあらわにする