不公平な世界
三流芸能人が熱心にアンチワクチンをやっている理由を痛感した。
クラウドファンディングで目標額の十倍集まったからだ。
私みたいな三流女優が用意されたシナリオ通りにソレっぽいデマをばら撒くだけで簡単に大金が手に入った。
アンチワクチンとか陰謀論が無くならないわけだ、簡単に儲かる商売だから辞められるわけがない。
少し前まで、アンチワクチンとか陰謀論を馬鹿にしていたけど。
今は私が陰謀論の中心人物になっている……
SNSをチェックするとコミュニティノートが山ほどついている。
反証する真面目な医療従事者も沢山居るけど、陰謀論者はディープステートの工作員だと思い込んで誹謗中傷している。
どちらにしても私はもう看護師として働けない。
私は自分の人生を売ってしまったけど、生涯賃金はもらっているから気にしたら負けだ。
まったく、陰謀論者ってバカだよね。
本当にワクチンに入っているマイクロチップで操られているなら、ソレを無効化する薬を開発した医学者なんて誰にも知られずに消されるじゃない。
クラファンで何億円も集められる時点で影の政府なんて存在しない証拠じゃないの。
ハーバード大卒の本物の西園寺真矢さんって高学歴ワーキングプアなのかな?
留学するために借金して首が回らなくなって売ったのかな?
世の中って不公平だな、努力しても成功しない。
私だって看護師がもっと普通に労働基準法を守った仕事なら辞めなかった。
それなのに、隼人みたいな大富豪に生まれた人間は、生まれだけで周囲から成功者に祭り上げて貰える。
陰謀論を語るだけで大金を手に入れている自分を恥ずかしいと思っていたけど、コレが現実なんだと思うと恥も罪悪感も無くなってきた。
きっと、他の陰謀論で稼いでいる連中も同じなんだろうな……
今の私にとって、一番怖いのは身バレすることだった。
SNSには医療従事者からの否定コメントが山ほど付いている。
看護師は1年ちょっとで辞めたけど、だれも私に気付かないのかな?
働いていた病院のドクターや看護師のSNSアカウントを探したけど見つからない。
熱心にアンチワクチンと戦っていたドクターは嫌気がさして辞めたのかな?
働いていた病院のHPを探したら……無い?
Googleマップで見たら、廃院になって建物も解体されたみたいだった。
あれ、私が卒業した看護学校も廃校になってる、そんなに経営状態が悪かったのかな?
絶縁状態の両親をどうしよう……
コレを発見したら金をよこせと恐喝に来るだろうな。
こちらから連絡を取るのは自殺行為だ。
でも、敵に回られたら致命傷になる……
どうにも出来ないので監督に相談してみた。
そうしたら、監督は申し訳なさそうにニュース記事のリンクを送ってきた。
「えぇぇ、私の実家って火事で焼けてたの!」
監督は申し訳なさそうに謝った。
「すみません、劇が始まっていたので中断されては困るから黙っていました」
「ご両親のご遺体は弁護士に引き取らせて霊園に埋葬させて頂きました」
「葬儀と霊園の費用は報酬とは別にこちらでお支払いしておきましたので、ご容赦ください」
知らない間に両親が焼け死んでいたのに驚いたけど、絶縁した毒親が死んでも少しも悲しくなかった。
血の繋がった親子でも毒親なんてその程度なんだ。
むしろ、一番の悩みが無くなっていたことにほっとした。
私は少しも気にせずに監督と次の脚本を打ち合わせした。
天才医学者らしく隼人に計画を提案する演技をした。
闇の政府ディープステートに妨害されないように離島に工場を建ててイベル・メ・クチンを作る。
そこから、世界中の賛同者に船で取りに来てもらって世界中に配る。
本当に世界を支配する力があるならどこで作っても無駄なのにね。
私達は船で八丈小島という無人島に来た。
コレでも東京都で大昔は人が住んでいたみたいで、廃墟が残っている。
かなり高い山になってるけど、上の方を見上げると鳥居が建っていた。
それに、無人島と言っても隣に大きな島があるし映画の撮影で使われたこともあるから完全に孤立しているわけじゃない。
まあ、私達がやっている事も映画のセットを建てて撮影しているような物だけど……
こんな場所に工場を建てるのって、すごいお金の無駄だよね。
働く人達が住む家だって無い。
それより、工場の建設に何ヶ月かかるんだろう?
一年だけの契約だから時間が無いんだけどな。
島に上陸して待っていると、向こうから大きな船が小さな船に引かれてやってきた。
「これってクルーズ船?」
隼人はドヤ顔で自慢した。
「廃船になった船だ」
「バングラデシュ南東部にあるチョットグラムの港から解体される予定だったクルーズ船を手に入れた」
「エンジンは動かないが、発電機は使える」「この船を島に座礁させて工場と住宅にする」
クラファンしたお金でコレを買ったんだ。
無人島でテント生活かと思ったら意外と快適だった。
元はクルーズ船だから、船の最上階にあるロイヤルスイートルームを私の部屋にしてもらった。
クルーズ船なんて一生乗ること無いと思ってたな。
ずっと誰も掃除してなかったから埃やカビが酷かったけど、瑠璃子さんが商店街の人達と一緒に綺麗に掃除してくれた。
商店街の人達も一緒に来てくれて、クルーズ船の船内店舗を営業再開させていた。
この仕事って本当にいいな、もうすぐ終わりが近いのに一生続けたくなってきた。
このまま隼人と結婚して贅沢三昧と思っていたら監督から電話がかかってきた。
「最終回の予定です、イベル・メ・クチンを配ってから人類を影から支配する爬虫類人類を滅ぼして終わりです」
「最後は人類を救う本物の正しいワクチンを世界に広めると言って旅に出てもらいます」
監督とプロデューサーは私と隼人を別れさせたいんだ……
最初からその契約だったけど、ここまで来ると欲が出てしまう。
監督は私の邪悪な野望を見透かしているみたいに釘を刺してきた。
「今後も西園寺真矢を続けるのなら巨額詐欺と薬機法違反の主犯になるリスクは覚悟してください」
「隼人様が表に出ないように手配してきたのは犯罪の責任を西園寺真矢になすりつけるためですから」
ぐっ、私は使い捨ての道具なんだ……
まあいい、私は今までの25年分の人生を全て売って金に換えた。
顔を変えるために美容外科を物色しておこう。
金をかけて美容整形で絶世の美女になるんだ。
そう思って、スマホで美容外科を調べようとしたら、ココって携帯の電波が届かない圏外だった。
隼人が5Gの洗脳電波が届かない場所って事でココを選んだからだ。
あれっ、今の監督からの電話ってどうやってかかってきたの?
このスマホには着信履歴も通話記録も残らないけど、普通の携帯電話とは違う特殊な仕掛けがあるのかな?
なんか最近、電話がかかってくると頭痛がするようになったな……