夏の衣替えと種痘怪人
ちょっと駅前の銀行までお金をおろしに来たら、駅前で変なオバサンと取り巻きが演説していた。
無視して通り過ぎようとしたら向こうが私に気付いて叫んだ。
「西園寺博士!」
あっ、このオバサン、気の狂ったデマをばら撒いている市議だ。
産婦人科のドクターがすごい嫌ってたっけ。
市議のオバサンは手に持った拡声器でヒステリー声を張り上げた。
「西園寺博士、ワクチンの真実を教えてください!」
「講演会に来てください!」
ヤバイ、私ってアンチワクチン議員に顔を覚えられていたんだ。
駅前で拡声器で名前を呼ばれ、周囲の人達が注目している。
私は必死で走って逃げた。
こんな異常者とつきあえない。
ひぃぃ、集団で追いかけてくる!
商店街の入り口まで走ると喫茶店に逃げ込んだ、地下室に隠れよう。
背後にぴったり追いつかれて振り切れない。
捕まるギリギリで喫茶店のドアを開けて駆け込んでドアを閉めた。
あれ、オバサン達は喫茶店のドアを開けようとせず大通りの歩道をウロウロしている。
コッチは喫茶店の大きな窓から見えているのに、向こうからは私が見えないのかな?
瑠璃子さんは落ち着いた様子で安心するように言った。
「まあ、大変でしたね、ココには入れないから大丈夫ですよ」
「入れないって……」
瑠璃子さんは真顔で頭のおかしな事を言い出した。
「この商店街は上級国民専用ですから、普通の人間は入れません」
私には言っている意味が理解出来なかった。
「どうしてですか?」
瑠璃子さんは真面目に狂ったことを言い出した。
「商店街の奥にある鳥居からコントロール電波が出ています」
「私達、影の政府にお仕えする上級国民は自由に出入り出来るように認証チップを埋め込まれていますから」
瑠璃子さんも本気で隼人と同じ陰謀論者なんだ……
この人って若い頃から大富豪の家で使用人をやっていたから世間知らずなんだろうな。
ココって値段が高いから怖くて入れないだけじゃ無いのかな?
外に出る時は変装しないとヤバそうだし、暑くなってきたので衣装を夏物に変えることにした。
テニスバッグの中にサングラスが入っていた。
テニス用品の中にスポーツ・サングラスなんてあるんだ。
マンションから持ち帰った衣装を見ると、今までは天才医学者らしい白衣をイメージした白いミニスカートのスーツだったけど、夏服は動きやすいテニスウエアになるんだ。
配信する時は白いスーツで外を歩くときはテニスウエアに頭にかぶるサンバイザーとサングラスで顔を隠すようにしよう。
下は白いミニスカートで深紅色のシャッツはハーバード・クリムゾンという色らしい。
本物がハーバード大学女子テニス・クラブのメンバーだったからなのかな?
私はテニスなんてやったコト無いんだけどな。
まあ、スポーツウエアだから汗をかいたときに便利だけど、肌の露出が多いから日焼け止めを買わないとダメだ。
テニスバッグの中に白いビキニの水着も入っていたけど……私は隼人の為に水着にならないと駄目なのか。
これって、ボトムの横がヒモになってる。
普通は飾りで解けても脱げたりしないんだけど、コレはポロリをやれって要求なのかな?
いまさらだけど、襲われたら諦めよう。
ソレだけのお金はもらってるし、処女を守る理由も価値も無い……
いや、よく考えてみるとアイツは大富豪の御曹司だ。
子供が出来たら妾でも一生遊んで暮らせる慰謝料と養育費が貰える。
子供の将来は縁故で一流大学から一流企業間違いなしだ!
ちょっとだけ邪悪な色気を出したくなってきた。
出かけようと思って夏服に着替えた、下はビキニの水着にヒラヒラしたミニスカートなんだけど、隼人は特にエロい目で見てこない。
隼人は紳士というより、女に興味が無さそうな感じがする。
目の前でスカートをめくって下着みたいな白いビキニを見せても無反応だった。
隼人に水着を見せつけようと思い、少し離れた場所にある水遊びが出来る公園に誘い出した。
目の前で脱いで見せたけど、隼人は興味なさそう……
親連れのお父さんが下着になったと勘違いしてガン見してる。
変なオッサンがスマホで写真とってるけどサンバイザーとサングラスで顔を隠しているので無視しよう。
隼人は子供みたいに無邪気に遊ぶ気しかなさそうだった。
大きな池と噴水の前にある水場で無邪気にはしゃいだ。
隼人も上半身裸になったけど、酷かった魚鱗癬が綺麗に治ってる。
医者に診てもらったのかな?
隼人って陰謀論さえ言わなきゃ優良物件じゃない。
私は金で買われてコイツにあてがわれた女だけど、恋人同士みたいで楽しくなってきた。
日差しが気持ちよくなっていると、何か騒がしい。
振り向くとコッチに向かって怪人が走ってきた。
今日の怪人は上腕部から牛の頭が生えたアンバランスな人間と牛の双頭の牛怪人だった。
器用に4本足で走ってる。
ブモォォォ!!
二つの頭が雄叫びを上げた。
隼人はいつものように妄言を吐いた。
「種痘ワクチンの犠牲者だ!」
あれは『打ったところから牛の頭が生える』『四つ足で歩くようになる』とか言ってた迷信に由来したデザインなのかな?
日本で最後に種痘が行われたのって何年前だっけ?
ツッコミどころが多すぎる雑な設定だな……
種痘怪人が牛みたいにすごい早さで突撃してきた。
私は横に逃げた。
隼人は正面から受け止めたけど、押し切られて池に落ちた。
池の真ん中にある噴水の下で二人がもみあってるけど、溺れたら困る。
隼人が大声を上げた。
「シェイプ・シフト」
噴水の水でよく見えないけど、牛怪人とドラゴンみたいな怪人が戦ってるような……
変な隼人の叫び声が響いた。
「ドラゴニック・バーン」
叫んだ瞬間、池と噴水の水が爆発したみたいに飛び散った。
ずぶ濡れになって目を開けると噴水が壊れて水柱が勢いよく上がっていた。
水道管の太いところが破裂したんだ……
池から上半身裸の隼人が上がってきた。
さっきまで綺麗だったのに、皮膚が鱗みたいになっていた。
魚鱗癬が再発したのかな?
こんな短時間でなるんだったっけ?
牛怪人は逃げたのか、どこかに消えていた。
怪人のスーツアクターは気の狂った遊びに付き合わされて大変だな……
怪人を倒して戻ってきた隼人に水着姿で抱きついた。
あれ、もしかして反応してる?
今までは無反応じゃなくて必死で平静を装っていただけなんだ。
胸を押しつけると、隼人は必死で顔を背けた。
からかうのが面白くなって帰りは水着のまま車に乗った。
隼人が恥ずかしそうに「服を着ろ……」と言ったけど「服がずぶ濡れで着替えが無いわよ」とからかってやった。
周りからジロジロ見られているけど、隼人が必死で目をそらしているのが楽しい。
どうせ金で買われたんだ、もう処女とかどうでもいいや。
開き直って、わざとらしく見せつけてやった。
「ヒモが解けちゃったから結び直さないと」
隼人は必死で前を向いたまま横目でビキニのヒモを結び直すのをチラ見していた。
でも、最後まで襲わなかったな……