恐怖のゴム人間
偉いことになってしまった。
隼人は私が脚本通りに語ったイベルメクチン製造計画をネット配信していた。
YouTubeの配信はあっというまに一千万再生していた。
モロに顔出しで出てしまったけど、どうしよう……
隼人のヤツは匿名で活動しているのに、私だけ顔出しで出るの不公平じゃ無い。
クラファンには海外からも支援が集まり300%を超えていた。
なんで騙されるんだろうと思ったけど、こんなのに引っかかるから陰謀論者なんだ。
さすがに億単位のお金が動いたらハーバード大学が抗議するの時間の問題だよね。
それより、本物の西園寺真矢が訴えてきたらどうなるんだろう……
陰謀論者は本物の方をゴム人間とか言い出すのかな?
YouTubeの配信がよくアカバンされないな。
コレの収益だけでも百万円行きそうな勢いだった。
みんなが私をハーバード卒の天才医学者だと信じている。
いくら監督が裏で操作しているといっても、本物のハーバード卒の人はツッコミを入れないのかな?
それより、配信を見たリアル知人が看護師崩れの役者だって暴露したらおしまいだ。
私は英会話なんて全く出来ない、ハーバード卒なら英語を話せと言われたらボロがでる。
必死でエゴサしたけど、不思議なことに私の正体にツッコミを入れる人が見つからない。
相互フォローしていたリア友のSNSアカウントを探したけど見つからない……
みんな、どこに行ったんだろう?
エゴサしていると監督から電話がかかってきた。
「マンションに荷物を取りに戻ってください」
「私の荷物は何もありませんけど」
「イベルメクチンを作るために必要な死海文書の一部です」
「ついでに大学の卒業証書も持ち帰ってネット配信で使ってください」
「それと、夏物の衣装一式がテニスバッグに詰め込まれてクローゼットに入っているので持ち帰って暑くなったら着替えてください」
身バレが怖くて監督に相談したらとんでもない事を言われた。
「本物の西園寺真矢さんと話がついているので訴えられる心配はありません」
「どういうことですか!」思わず叫んでしまった。
「戸籍を買いました」
「戸籍を買ったって……」
「ですから、身分証明書も口座もカードも全て本物です、ハーバード大学の卒業証書も本物です」
あぁあぁ、この人達はそこまでしたんだ!
頭を抱えていると、ふと疑問が湧いた。
「そうすると本物は今どこで何をしているんですか?」
「本物の西園寺真矢は田中惠美として暮らしています」
「それは私の本名ですけど……」
「そうです、入れ替わりました、本物と面識のある人達も協力してくれるので問題ありません」
この人達は何て無茶苦茶なことをやってるんだろう。
本物も私と同じように月給三千万円もらってるのかな……
とりあえず、隼人に脚本通りの事情を説明して死海文書を取りに家に帰ることにした。
家と言っても飛行機がつっこんだ港区のマンションのことだ。
置いてきてしまったイベルメクチンを作るために必要な死海文書を取りに戻る。
事故から二ヶ月近いけど、どうなっているんだろう?
隼人に車を運転してもらってマンションに来た。
マンションを外から見ても飛行機事故なんて無かったみたいに綺麗になっていた。
中に入ると、リビングは綺麗に掃除されていたけど、ソファーに信じられない相手が座っていた。
「えっ、私にそっくり?」
隼人もうろたえていた。
「真矢が二人居る?」
部屋でソファーに座って待っていたのは私だった、服装まで完全に同じ……
まさか、本物の西園寺真矢さんが怒り狂って待ち構えていた……
ソファーから立ち上がったそっくりな女はしわがれた声で喋った。
「死海文書を取りに戻るのをまっていたぞ」
隼人は信じられない事を言った。
「キサマ、真矢になりすましたゴム人間だな!」
ソイツは自分で顔を剥ぎ取った。
ゴムマスクの下は骸骨に薄く皮が張り付いたみたいな顔だった。
コレって、特殊メイクを2重に重ねているんだ。
隼人が私に向かって叫んだ。
「コイツは俺が相手をする、真矢は死海文書を頼む」
えっと、私は奥の寝室に駆け込んで荷物を持って逃げればいいのかな?
「早く行け、俺に構うな!」隼人に怒鳴れて走り出した。
部屋に駆け込んでドアを閉めると、隼人の叫び声が聞こえた。
「シェイプ・シフト」
部屋の外でドッタン、バッタン暴れている音が響いている。
とりあえず、持ち出す物をかき集めないと……
額に入れて飾られているハーバード大学の卒業証書を額縁ごと抱えた。
本物はコレを売ったんだよね。
卒業証書には写真が無いから偽造しなくてもいいんだ。
並みの値段で売れるような物じゃ無いだろうけど、そこまでお金に困っていたのかな?
机の引き出しをあけると、ヘブライ語が掘られた石版があった。
私は一人ツッコミを入れてしまった。
「石版なのかよ!」
重い……何十キロあるんだろう?
全く読めないけど、コレが死海文書の該当箇所になっている設定らしい。
クローゼットを開けると、大きなテニスバックがあった。
中にウエア一式が入っているから、コレが夏服なんだ。
バッグからテニスラケットを放り出して、代わりに石版と額縁を詰め込んで背負ったけど……
重い……
せめて、石版じゃなくて木の板にして欲しかった。
だいたい、死海文書って羊皮紙じゃなかったの?
小道具を用意したスタッフの女を恨んだ。
あの女、同い年ぐらいで私に似てる気がしたけど、絶対に私よりもロクな人生歩んで無いだろうな。
隼人はゴム人間とマンションのリビングで戦っているみたいで、物が壊れる音が響いた。
しばらくして「ドラゴアン・ブレード」と意味不明な叫び声がすると『ブッシャー』と何かが溶けながら蒸発するみたいな音がして静かになった。
ドアを開けても大丈夫なのか不安で困っていると、向こうからドアが開いた。
隼人は無事みたいっていうか、八百長喧嘩なんだから無事に決まってる。
リビングを見ると、ソファーとかテーブルとか家具がメチャクチャに壊れて窓ガラスが割れていた。
絨毯に人型のシミができているけど何だろう?
あの役者は逃げたのかな?
相変わらずお金のかかった遊びだな……
私達は壊れたマンションの部屋を放り出して喫茶店の地下室に戻った。
私は闇の政府から身を守るために秘密基地に隠れてネット配信をしている設定で配信を始めた。
死海文書の石版がぼやけて映るようにしてハーバード大学の卒業証書を前面に出した。
脚本通り、ワクチンとマイクロチップの真実を語って見せた。
調子に乗って、ディープステートの工作員に襲われたけどヒーローが助けてくれたとか話を盛ったら、隼人は工作員から私を守ったつもりで嬉しそうにドヤ顔していた。
すごい再生数だけど、こんなのに引っかかる人が万単位でいる世の中は狂ってる。
監督がすり替えてくれた写真がネット上で発見されて拡散されている。
本名は田中惠美だとツッコミを入れる人が出ても、他人のそら似だと言い張るためにパスポートも映した。
こうすれば私の写真を出す人がいても、陰謀論者が勝手にゴム人間が化けていることにしてくれる。
このパスポートって、ちゃんと入出国のスタンプまであるけど、本物なのかな?
いや、写真が私になってるから偽造なのかな?
写真だけ入れ替えた変造パスポートなのかな?
この仕事が終わったら美容外科に行って顔を変えよう。
もうこの顔で生きていけない……