ショッピング・デート
血で汚れた服を洗濯してもらったけどシミになってしまった。
白いスーツだから余計に目立つ。
服がコレ一着しか無いから困った。
止血帯とか応急処置セットが欲しいし、金はあるんだから服を買いに行きたい。
隼人を放り出して行くのはマズいのかな?
この仕事って、もしかして、休日なんて無いんじゃ……
看護師をやっていた頃のハイパーブラック労働が頭をよぎったけど、夜は普通に眠れるし、ちっともブラックじゃ無いと自己暗示で無理に納得した。
監督は何も言ってこないので、隼人を誘って買い物に出た。
ココの商店街は綺麗で広くて何でもある。
客が来なくても潰れないのは演劇の舞台だからなんだろうな。
もしかして、シャッター商店街を丸ごと買ってリフォームしたのかな?
私達は婦人服店に向かって歩いて行くことにした。
隼人の顔は美形と言うほどじゃないけど、悪くも無い。
ハゲてないし、腹も出てないし、隣に居て恥ずかしいほどでもない気がしている。
体を触ったり、ミニスカートを覗き込んだりしないし、紳士で育ちも良さそうだし、金持ちのボンボンなんだから普通にしていればモテるだろうに……
まあ、いいや、今の私はコイツと恋人みたいな関係の役なんだ。
女優らしく役を全うしようと思い、デートすることにした。
婦人服店に来て眺めた。
意外と広いし何でもある。
ブランド物の服を買いたいけど、また汚れたら困る。
ヒロインの衣装だからジャージとかジーパンは駄目なのかな?
隼人のためにミニスカートでいないと駄目なのかな?
服選びに悩んでいると、隼人が店員に余計なことを言った。
「真矢が着ているのと同じ服は無いか?」
店員さんは私の寸法を測ると奥へ行った。
すぐに同じ物が出てきたけど、これって衣装として作られた服じゃ無いの?
試着してみると、すぐに店員さんがミシンを動かしてぴったりのサイズに直してくれた。
商店街の洋服屋にしては手際が良すぎる。
そういえば、他に客がいないけど、この人達は暇なのかな?
よく分からないけど、私は特撮ヒロインらしく、キャラ同一性の為に同じ服を着ないといけない運命らしい。
私は諦めて劇中衣装と同じ服を買うことにした。
コレって夏になったらどうするんだろう?
特撮ヒロインの衣装は冬服と夏服の二種類しか無いのかな?
支払いをしようと思ったけど、スタッフの女性からもらった西園寺真矢名義のカードを見て悩んだ。
このカードは本当に使えるのかな?
駄目だったら隼人に払ってもらえば良いと思ってカードを出した。
普通に決済されたけど、コレって本当に使えるんだ。
いや、この商店街は丸ごと劇のセットだから使えた演技をしているだけかも知れない。
服を直してもらうのに時間をかけてしまったけど、隼人は文句一つ言わずに付き合ってくれた。
男は服でも化粧でも時間がかかりすぎると文句を言うけど、隼人は良い男みたいだ。
ついでに、化粧品に靴まで買ってしまった。
今履いているのと同じブーツだけどね……
隼人は意外なほど紳士で荷物を持ってくれる。
薬局にくると応急処置の道具を探した。
とりあえず、止血帯とガーゼに消毒液とハサミぐらいは買っておこう。
薬局のオバサンが縫合糸セットとへガール持針器まで出してきたけど、なんで薬局でそんな物まで売ってるの?
私は医師じゃないんだから、医療ドラマみたいに縫合なんて無理だけど……隼人が目をキラキラさせて見ているからニセモノだってバレないために買ってしまった。
そういえば、私は医療ドラマに感動して看護学校に進学したんだっけ……
就職してみたら、現実の医療現場はハイパーブラックすぎてあっという間に挫折した。
結局、私は看護師じゃなくて、ドラマのキラキラした医療従事者に憧れていたんだと悟って女優を目指したけど、今はキチガイのお世話係……
現実の自分に嫌気がしてきた。
せっかく、だから美味しそうな店で外食と思ってみると、商店街の通りにフランス料理店があった。
中に入ってメニューを見ると、商店街の店とは思えない四万五千円のフルコースがあった……
そういえば、喫茶店のコーヒーは千円だったし、モーニングセットは二千五百円だった。
八百屋は無農薬有機栽培と言ってスーパーよりも高い野菜ばかり売っていた。
さっきの服も高かったし、この商店街に客が来ないのは何でも高いからだ。
やっぱり、劇のセットなんだ。
隼人は金持ちのボンボンだから不自然に高いことに疑問を感じないんだ。
私は開き直ってフランス料理のフルコースを頼んだ。
隼人と向き合っているとカップルみたいだけど、今はコイツの恋人役なんだと思って諦めた。
コイツ、テーブルマナーとかちゃんとしてるな、本当に育ちが良いんだ。
隼人は改めて私に向かってお礼を言い出した。
「昨日はありがとう、真矢がいなかったら女の子は助からなかった」
私は役になりきって返事をした。
「当然の事よ」
隼人はすまなそうにお願いを始めた。
「すまない、俺に力を貸して欲しい」
そういう話の流れなんだと理解して返事をした。
「当然よ、隼人の敵は私の敵でもあるのよ」
「ありがとう」隼人は真面目な顔でお礼を言ってきた。
上等なワインを口にすると隼人が変なことを聞いてきた。
「そういえば真矢はどこの大学を出たんだ」
私は設定通りに答えた。
「ハーバード大学よ」
本当は看護専門学校で大学なんて行ったこと無いんだけどね。
隼人はさらっと衝撃の事実を告げた。
「そうか、俺はケンブリッジ大学だったから別の国だな」
それって本当の話、いや妄想じゃないのかな?
いや、大富豪のお坊ちゃまなら金の力でねじこまれてもおかしくない。
コイツ、頭さえ正常なら超優良物件じゃない。
だから家の人達が必死になって陰謀論から救おうとして金をかけた芝居を組んだんだ。
陰謀論って本当に人を壊すんだ……
食事が終わると隼人がカードを出して払ってくれた。
コイツ、やっぱりブラックカード持ってるんだ。
自室でゴロゴロしながら贅沢なお昼ご飯の余韻に浸った。
フランス料理のフルコース美味しかったな、四万五千円のコースだもんね。
お昼からワイン開けちゃったけど怒られる心配も無い。
家賃とか光熱費を心配する必要もないんだな。
やっぱり、お金に不自由しない生活っていいな。
料理、洗濯、掃除なんて雑用は瑠璃子さんがやってくれる。
この仕事って意外なほど待遇が良い。
仕事をやる気が出て、安心して晩ご飯まで居眠りしてしまった。
こんなにゆっくり休めるの、看護師じゃ絶対に無理……