キレ散らかす団塊の世代
隼人は地下室のフロアでパソコンをいじっていた。
SNSとか使ってディープステートの真実を広める活動らしい。
真実に目覚めた人達が協力してくれるみたいだけど、もしかしてコイツをフォローしているSNSのアカウントも役者が演じているのかな?
隼人はSNSに投稿された写真を指さして真顔で頭のおかしい話を始めた。
「見てくれ、コイツはワクチンに入っているマイクロチップで操られている」
私はしょうがないなと思いながら真面目な顔を作って話に付き合った。
隼人は変な心配をしてきた。
「真矢は大丈夫なのか?」
私は普通にワクチン打ってるんだけど、脚本の通りに真顔で頭のおかしい心配をしてくる隼人に話を合わせた。
「私はマイクロチップを無力化する薬を発見したから消されそうになったの」
そう言ってスタッフの女から渡された小道具をポケットから出した。
金属ケースに入った小型注射器を見た隼人は真顔で断言した。
「コレを打てば闇の政府の支配から解放されるんだな」
「そうよ」私は必死で笑いを堪えて深刻な顔を作って答えた。
隼人は嬉しそうにワクチンに入っているマイクロチップを無力化できる薬があるとSNSに書き込みを始めた。
私は熱心にネットを見ている隼人を放り出して自分の部屋でゴロゴロすることにした。
しばらくすると、携帯が振動して監督から指示が来た。
『怪人が現れました、出動するので一緒に車に乗ってください』
『拒否されても強引に同伴してください』
今日のお遊びに付き合わないといけないんだ。
そう思っていたら部屋のドアが叩かれた。
「少し出かけてくる、地下室から出ないでくれ」
私を置いて出動するつもりだから監督はついていけと言ってるんだ。
仕事だと思ってドアを開けて叫んであげた。
「隼人、私も連れて行って!」
予想通りの返事が返ってきた。
「危険だ、真矢はココで待っているんだ」
危険と言われたって、演劇なんだから安全に決まってる。
演技だと解ってるけど、意味不明な責任感で叫んでしまった。
「私も行くわ!」
強引に車の助手席に座り込んだ。
あれ、ココって地下室だけど、どうやって車が出入りしてるんだろう?
隼人も運転席に座ると謎の言葉を叫んだ。
「ピザゲート・オープン」
隼人が叫ぶと地下室の天井が降りてきて坂道が現れた。
「ジェイアノン・ゴー」
車が急発進して地下室から飛び出した。
後ろを振り返ってみると、ココって喫茶店の前の大通りじゃ無い。
道路に大穴を開けて大丈夫なのかな?
車がすごい早さで走ってるけど、スピード違反で捕まったらどうするんだろう?
ジェイアノンってこの車の名前なのかな?
見たこと無い車種だけど、どこのメーカーなんだろう?
やっぱり金に物をいわせて改造したんだろうな。
公園に到着すると、70~80歳ぐらいの老人が奇声を上げながら包丁を振り回して暴れていた。
どうせ役者だろうけど、キレ散らかして暴れている団塊の世代みたいで近寄りたくないな。
血まみれになって倒れている子供がいるけど、子役まで大変だな。
隼人は車から飛び降りると躊躇せずに駆け出した。
刃物を振り回している老人に跳び蹴りを食らわせると、暴れていた男は刃物を落として倒れた。
コイツ、けっこう動けるんだ。
キチガイ老人は隼人に押さえつけられても奇声を上げて暴れている。
呆れてみていると隼人は懐からアルミホイルを取り出して老人の頭に巻きだした。
なにやってるんだろう?
隼人が私に向かって叫んだ。
「コイツはマイクロチップで操られている、薬をくれ」
コレってココで使う小道具だったんだ。
私はポケットからケースを取り出すと注射器を1本投げてやった。
隼人は意外と運動神経がいいみたいで、老人を押さえながら注射器をキャッチすると、老人の首に注射器を刺した。
まあ、目とかヤバイところに刺さないかぎり大丈夫だと思うけど危ないな。
暴れていた老人は脚本通りなんだろうけど、動かなくなった。
公園で血まみれになって倒れている女の子をお母さん役が必死の形相で抱きかかえているけど、すごい迫真の演技だなと思ってみていたら、隼人が私に向かって叫んだ。
「真矢、子供をを診てくれ」
私は天才医学者って設定だった。
しょうがないと思って親子に駆け寄って手当する演技をしようと思ってみたら、本当に大怪我してる……
えっ、この子ってまだ小学生ぐらいだけど、コレって撮影事故なの?
まずい、警察沙汰になったら洒落にならない、助けないわけに行かない。
上腕部だから止血出来ないことは無い。
私は慌てて応急処置をした。
看護師だったことが役に立った。
すぐにパトカーと救急車が来て、子供は救急車にのって運ばれた。
倒れている老人も警察が連行していった。
隼人が意味不明な陰謀論を語っているのをお巡りさんは適当に相づちをうって聞いている。
「この男はワクチンを打ったからマイクロチップで操られたんだ!」
「あのビルに立っている5Gのアンテナからコントロール電波が出ている!」
警察が現場に立ち入り禁止のテープを貼っている。
怪我人が出ちゃってるから言い訳の余地がないと思うんだけど、異常者役の人が完全に犯罪者になってるの大丈夫じゃないよね……
隼人は満足そうだけど、完全に重大事故になったのが心配でしょうがなかった。
監督に電話したいけど、コッチからはかけられない。
服が血で汚れてしまったけど、どうしよう。
地下室に帰ると血で汚れたジャケットの洗濯を瑠璃子さんにお願いした。
逮捕された男が金で雇われた役者だって自白したらココにも警察が来ることは間違いない。
私も金で雇われた役者だって正直に言う意外にない。
隼人は精神病院に措置入院してもらうしかないと思う。
一着しか無い服を洗濯してしまった私は薄着になって地下室で隼人と夕食を食べていた。
隼人は今日のことについて説明を始めた。
「あの老人は学生運動に参加していた団塊の世代だ」
私も適当に相づちを打った。
「そんな感じのキレ散らかすジジイだったわよね」
隼人はいつもの調子で陰謀論を語り出した。
「あの世代はディープステートの犠牲者だ」
私が適当に相づちを打つと興奮して語り出した。
「共産主義思想は民主化社会にむかう人類を貴族時代に逆行させるためにディープステートが作った」
「あの時代に狂った粛正の嵐が吹き荒れたのは、マイクロチップを埋め込まれていない人間を絶滅させるのが目的だったんだ」
相変わらず痛い妄想だな……
「マイクロチップを埋め込まれ、共産主義に洗脳された人間は脳の扁桃体に蓄積されたダメージのせいで精神が狂っている」
精神が狂ってるの隼人じゃないと思ったけど、お金をもらっているから口には出さない。
「団塊の世代はマイクロチップにわずかでも信号が走ると凶暴化するんだ」
笑いそうになってきたけど、本気で信じて真面目に聞く演技をしなきゃ……
「人類をディープステートの支配から解放しなければ……」
隼人は本気で苦しそうに悩んでいた。
コイツは本当に正義感があって真面目なんだ、狂ってるのに本気で真面目だからタチが悪い。
コイツの夢を覚ますのは不可能だから、夢を叶えたと思い込ませる為に私は雇われた。
庶民がこうなったら、誰にも相手にされず、働くことも出来なくなって生活保護になってネットで誹謗中傷を繰り返す陰謀論者になるんだろうな。
隼人はたまたま大富豪の御曹司に生まれたから周囲が金と手間をかけて構ってくれる。
世の中って、真面目に働く正気の人間がキチガイの生活を負担させられる不公平な世界なんだな……
翌日の朝になっても、あれだけの事件がニュースになっていないのは不自然な気がした。
トイレに入るとスマホが振動して監督から電話がかかってきた。
監督は平然とした口調で信じられない事を言った。
「昨日の事故は警察に圧力をかけてもみ消しました、怪我人も対処済みです」
私は何が起きたのか理解した。
この人たち、怪我をした子供の親に札束を積んで被害届を取り下げさせたんだ。
あれは映画撮影中の事故だった事にしたんだ。
私が呆然としていると、監督は電話口で恐ろしいコトを宣告した。
「コレからも怪我人が出た時はお願いします」
私は怖くなって、電話に向かって怒鳴った。
「怪我人が出たら私に何とかしろと仰るのですか!」
「お願いします」監督は強く言って電話を切った。
かけ直して文句を言おうと思ったけど、スマホには着信履歴も相手の番号も残っていない。
コレって隼人が私のスマホを見た時のために証拠を消しているのかな?
私は頭を抱えた。
とんでもない仕事を押しつけられてしまった。
治る怪我人ならまだ良いけど、死人が出たらどうにもならない。
とりあえず、止血帯とか応急処置ができる道具を買おうと思った。