日本脳炎ワクチン怪人
私は監督の指示どおり頭のおかしい男を『隼人』と呼び捨てにした。
コイツもなれなれしく私を『真矢』と呼び捨てにしてくる。
コイツ、いい年こいて痛いと思ってるけど顔には出さないように演技した。
一夜明けて、地下室の螺旋階段を上がると喫茶店のバックヤードにでた、コイツの家って喫茶店の地下室なんだ。
愛想の良さそうな中年女性は立花瑠璃子と名乗った。
彼女は喫茶店のマスターで、隼人の身の回りの世話をするお世話係みたいだった。
微妙にメイド服っぽい黒いワンピースに白いエプロンをしているのは衣装なんだろうな。
とりあえず、私は喫茶店のカウンターで隼人と並んで朝食を食べた。
キチガイのくせに綺麗に食べているけど、やっぱり育ちはいいのかな?
喫茶店のテレビにニュースが流れている。
『昨日、港区のマンションに軽飛行機が墜落する事故があり、飛行機を操縦していた片桐清二さんの死亡が確認されました』
『この部屋に住んでいた西園寺真矢さんと連絡がとれません』
作られたテレビニュースを見て思った、本物の局アナが出演なんて贅沢なキャスティングだな。
朝食が終わってトイレに入るとスマホが鳴った。
画面を見ると監督からの指示だった。
「今日は2人で外出してください、理由は下着の替えがないとか適当にでっち上げてください」
「商店街の奥で怪人が襲ってきます」
私はため息をついた。
外に出てみると、喫茶店がある場所は大通りに面した商店街の入り口みたいだった。
今の時代によく商店街が潰れずに残っているな。
闇の政府に殺されそうになった翌日に出歩いて平気なのかと思うんだけど、コイツは微塵も気にしていなそうだ。
お坊ちゃまの遊びに付き合ってデートゴッコをしろって事なんだ。
商店街には婦人服店もあった。
商店街の人達は頭のおかしいコイツに愛想良くしている。
買い物を終えて商店街の奥へ行くと、鳥居が立っていた。
上を見えると鳥居の上に怪人がいた。
怪人は高いところから飛び降りて着地した。
ネズミ人間みたいなデザインでよく出来た特殊メイクだな。
商店街の人達が慌てふためいている。
怪人を見た隼人は私の前に立ち塞がると叫んだ。
「マウス脳から作られた日本脳炎ワクチンを打たれた犠牲者だ!」
私は呆れるしか無かった、ワクチンで遺伝子改変されて怪人になるとか本気で信じてる頭が可哀想な人なんだ。
次の怪人は豚とか牛が出てくるのかなと思ったけど、そういう設定なんだと思って諦めた。
隼人が「逃げろ真矢!」と叫んだので私は逃げさせて貰うことにした。
アホらしくて付き合っていられない。
どうせ特殊メイクした相手を八百長喧嘩でボコって自己満足に浸るんだろうけど、異常者の遊びを見学させられるのは辛すぎる。
私は背を向けて走り出した。
背後で変な叫び声がした。
「シェイプ・シフト」
あぁ、変身したつもりなんだ、いい年こいて痛すぎる。
「キューキュー」
ネズミ怪人も話を合わせて叫び声を上げたのを無視して走って逃げた。
商店街の奥の角を曲がって見えなくなると、歩いて喫茶店に戻った。
瑠璃子さんがコーヒーをいれてくれたから、のんびりとテレビを見ながら時間を潰した。
この喫茶店、客が全く居ないけど経営は大丈夫なのかな?
ココのコーヒーって本格的にに豆をひいて作っているから美味しいな。
タダで美味しいコーヒーが飲めるの役得だな。
隼人が居ないことだし、ちょっと気になって瑠璃子さんに尋ねてみた。
「瑠璃子さんは隼人と長い付き合いなんですか?」
「二十年以上になります」
「えっ、そんなに長いんですか!」
「七五三の5歳のころからお世話させて頂いております」
私は関係が解らなくて変なことを聞いた。
「親戚ですか?」
「いえ、先祖代々お仕えしてきた家の生まれです」
アイツ、マジで旧家の御曹司なんだ。
瑠璃子さんは自分の事みたいに嬉しそうに隼人の自慢を始めた。
「隼人様は本当に真面目で正義感が強くて、もう人類に影の政府は必要ないと仰られて親族ともめたのですが、私は隼人様についてきました」
「もうコントロールされなくても人類はやっていける、マイクロチップは止めるべきだと仰られたので私はワクチンを打っていません……」
何か変だと思ったけど、瑠璃子さんは本気で隼人と同じ陰謀論を信じているのかな?
瑠璃子さんがメイドみたいな格好をしてるの、本物のメイドなのかな?
アイツは家族と喧嘩になって家を飛び出したのかな?
行くところが無くて、使用人に甘えているだけなのかな?
そうか、そんな状態だから隼人を更生させる為に私を雇った。
プロデューサーは執事なのかな、あの人ってすごい気苦労してるから目が血走ってたんだ。
金持ちの旧家には面倒な悩みがあるんだな……
瑠璃子さんの自慢話を聞き流しながらコーヒーを堪能していると、スマホが鳴って監督から電話がかかってきた。
「主人公が怪我をして帰ってきます、地下室で傷の手当てをしてください」
私は困って聞き返した。
「怪我をしたんですか?」
監督は偉そうに命令してきた。
「看護師の資格持ちでしょう、優しく手当してあげてください」
自分が選ばれた理由を悟った。
うわぁ、私が選ばれた理由って八百長喧嘩で自爆したお坊ちゃまの手当係なんだ。
電話が切れると、瑠璃子さんが私を変な目で見ていた。
「突然ボーッとされて、どうかされたのですか?」
私は目を伏せた、メチャクチャな事を言われたからですよ……
頭を抱えていると、隼人が商店街のおじさんに支えられながら帰ってきた。
痛そうにしてるけど大丈夫かなと思っていたら、商店街のおじさんも頭のおかしいことを言い出した。
「またシェイプシフターが出た、鳥居の電波に引き寄せられたんだ」
陰謀論にツッコミを入れたら負けだと解っているのに、二人して狂ったことを言うからツッこんでしまった。
「鳥居の電波ってなんですか!」
おじさんは真剣に真顔で答えてくれた。
「若い人は知らないんだね、携帯電話が出る前は全国の鳥居からマイクロチップに電波を送っていたんだよ」
「商店街の奥にある鳥居は、まだ稼働している数少ない施設なんだ」
商店街の人達は隼人と同類なのかな?
いや、私と同じ役者なんだ。
この商店街が丸ごと劇の舞台なんだ。
私は自分の役を演じて指示通り地下室に連れ込んで手当することにした。
打撲だけみたいだから、シップでも貼っておけば大丈夫だろう。
隼人が上半身裸になると背中が鱗みたいになっていた。
さすがに医師じゃないから細かいことまで解らないけど、魚鱗癬という皮膚病じゃ無いのかな?
隼人は真顔で妄言を吐いた。
「俺は闇の政府の総帥レプテリアンの血を引いている、ドラゴニアン・シェイプシフターと呼ばれる人間に擬態したレプティリアンなんだ」
「さっきのヤツはレプリコンワクチンで遺伝子改造された犠牲者だ……」
主人公は闇の政府を支配する『レプテリアン』の血を引いている設定だったっけ……
コイツは皮膚病を爬虫類人類の血を引いているからだと思い込んでいるんだ。
コレはうつらない病気だし、しょうがないので話を合わせてあげた。
一年だけコイツのお遊びに付き合えば一生遊んで暮らせる。
そう思って我慢することにした。