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エピソード2 想定外

エピソード2 想定外



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「作戦を説明するわ」


 ローズの冷淡かつ気品に満ちた声が、レストラン・バンチの事務所に響く。そのまま彼女はくるりと振り返る。艶のある黒いオールバックのロングヘアーが追随するように舞った。彼女が棚から取り出したのは、丸められた大きな紙。それを彼女は豪快に開き、事務所の中心に置かれたテーブルの上に置いた。その地図の上に、しなやかな両手を突き立てる。

 彼女の目線は、レヴィンとロックに交互に向けられている。事務所の青白い蛍光灯が、彼女の凛々しく立体的な顔に、くっきりと陰影をつけていた。


「まず、いい?狙いのUSBは、今日の深夜2時に取引が行われる。それも、"こっち"の業界の人間同士のね。」


「つまり州警察から盗むわけではないんだな。幸いな事だ。指名手配でもされたら困る」

 

 と、ローズの言葉に対して即座にレヴィンが冗談を交えるかのように続けた。彼の引き締まった口元にわずかな微笑が浮かぶ。そんなレヴィンの隣に立つロックは、彼の言葉に対してテーブル上の資料に目線を残したまま頷いた。彼もまた、その威圧感のある顔に笑みを浮かべていた。


「データの内容が内容なだけに油断はできないけど、それでもあなたの言う通りだわ、レヴィン。最近は警察もピリピリしてるもの」


 ここジュークタウンで活動する裏組織は、当然ながら彼らブライト・ブラザーズや、依頼主の0ブレットのみではない。先日の夜にレヴィンが壊滅させた麻薬農場の経営者を含め、様々な組織が根を張っている。加えてその組織の数はここ数年で膨れ上がっていた。この事実に対してアルガス州警察が指を咥えて傍観しているはずもなく、彼らによる裏組織潰しは日に日に勢いを増していた。



「で、場所はどこなんだ?」


「ここよ」


 ローズはその指を地図上でなぞり、一つの地点でそれを止めた。そこはジュークタウンの隅であり、彼ら界隈の人間にとっては名の知れた通りであった。


「やはりアッシュ・ストリートか。まあ結局はここになる訳だ」


 アッシュ・ストリートは穏やかな街ジュークタウンが唯一、目を背け続ける道だった。半世紀前、街最大のギャングの本拠地となるアパートが存在していた名残で、この地域は無法地帯と化していた。強盗、喧嘩、抗争、闇取引、殺人から売春に至るまで、人間の穢らわしい部分で作り上げたような世界だった。


「ここのゴミ捨て場の裏側で取引が行われる。今夜よ。そのタイミングでレヴィンは彼らを排除し、USBを奪う。ロック、あなたにはドライバーになってもらうわ。合図でレヴィンを回収して。簡単な仕事ね」


 ローズは腰に両手を当て、余裕を見せつつ軽く数回頷きながらそう言った。これは長年の経験がもたらす余裕と、同時に彼女の姉御肌気質な性格がそうさせていた。


「わかった。ただしUSBは手に入れたらさっさと0ブレットに渡そう。面倒事に巻き込まれたくねえ」


「そうだな兄さん。それで?"どれ"を持っていく?」


 

 ロックが振り返って見たのは、先ほどジェフが重々しく運んできた銃器箱だった。同じようにレヴィンも振り返りそれを見る。


「そうだな……」


 彼はその箱に歩み寄って中を見る。まるでレストランにてメニューを見る子供のようだった。中の物は、彼にとって商売道具を超えてアイデンティティに値するものであった。その様子を見て、満足げにジェフが重い腰を上げて立ち上がった。


「どれ、好きなものを選ぶがよい」


 レヴィンが真っ先に目をつけたのは、軍用ハンドガン「M25」のサプレッサー付きモデルだった。


「こいつにしよう。あれだけ重要な内容のUSBなら、大人数でデカデカと取引をすることもあるまい。丁度サプレッサーもついてるからな。デカい銃は持って行かずにそそくさと退散させてもらおう」


 彼はM25を、トリガーに指をかけずに取り出す。骨張った親指でマガジンキャッチを押し、弾倉を取り出した。それを左手でキャッチし、そのままスライドを数回引く。そしてトリガーを引き、睨みつけるようにハンマーの動きを鋭い目つきで見る。


「よく手入れしてあるな。フレームもガタつきがない。おじさん、良いものを手に入れたな」


「そうだろう。わしの家の倉庫は銃の図書館だと言っても良い。年代物からマニア物、人気作品に問題作まで揃ってる。ジョンのやつと協力して集めたのだ」


 そう豪語するジェフ。彼は退役軍人であり、ブライト・ブラザーズの先代ボスであるジョンの部隊の指揮官でもあった。そんなかつてのジェフは、ジョンが軍を離れてブラザーズに戻ると同時に彼と合流。組織の力をつけるために、世界中からありとあらゆる武器をかき集めていた。


「フン、人気の出そうな図書館じゃねえか。さぞかし人も賑わってることだろうに」


 ロックもレヴィンの隣で銃器箱の中身を物色しながらそう言った。


「……そうはいかん。あいにく、わし一人じゃ。昔はよくジョンが出入りしておったものだ。寂しくなったわい」


 ジェフの先ほどまでの陽気で頑固な老人の表情は一転。口元にこそ笑みは浮かんでいるが、皺に囲まれたその目は哀愁を漂わせていた。ジェフのその言葉に、ロックは眉に力を込める。


「父さん…… くそ。この銃使ってそのままアーロンを殺しに行きたいぜ」


 そんなロックに、ローズはフォローを入れる。


「私も気持ちは同じよ。何度それを夢見たことか。…でも今は仕事、そっちに集中しなさい」


「わかってるよ姉さん」


「よし、1時を回ったら出発だ。遅れるなよロック」


 レヴィンは銃器箱の中からハンドガン用のホルスターを取り出して腰に装着する。着け心地を確かめるように、ベルト部分を上下に動かした。満足がいくと、M25ハンドガンをホルスターに収めた。続いて再び箱の中に手を伸ばし、対応の9ミリ弾薬のボックスを二つ引っ張り出した。それを片手で持ち、彼は事務所を後にした。






ジュークタウン アッシュストリート 

午前1時57分ーーーーー



 深夜になったアッシュストーリートは、ブラザーズの彼らが朝方過ごしたレストラン・バンチのある地区とは完全に別世界だった。下を見れば酒瓶や捨てられたタバコ、げっ歯類の死骸で溢れている。上を見たとしても、そこら中にもはや読み取れない落書きや弾痕に血痕。そしてロクに点灯していない割れた街灯。まともな人間なら寄りつくこともない、劣悪極まりない環境であった。


 そんなアッシュストリートの荒廃した路地裏に、男が歩いている。街灯がないせいで影すら生まないその男は、黒いインナーシャツに黒いジャケット。闇夜にカモフラージュして細い路地裏を進む。彼はまさしくレヴィンであった。トレードマークとも言える整えられた無精髭とカールヘアは、彼を野生の狼のように仕立て上げた。

そして革製の黒い手袋をはめた左手をポケットから出し、左耳に当てた。彼は無線通信用のイヤホンを装着していた。


「もうすぐ着く」


 できるだけ響かないよう、しかし正確に伝わるように殺した声で短く呟く。レヴィンはついに、取引が行われる現場まで後一歩といったところであった。彼はその表情を引き締める。獲物を探す大蛇の目が露わになる。それはこれから人という命を奪う人間の目であった。




 その瞬間のことである。彼の目線の奥にある曲がり角の奥から、2度の轟音が鳴り響いた。その直後には何か重量のある物体が地に落ちる音が聞こえた。


「何っ」


 彼は目を見開き、ホルスターから目にも留まらぬ速度でハンドガンを引き抜いた。身体の中心に両手でそれを構え、音の発生現場まで走り出した。嫌な予感を感じずにはいられないレヴィン。彼はその曲がり角を曲がり、銃を構えた。照準の先には、予想だにしない光景が浮かんでいた。


「ひゃっ、違うの!! 誤解よ!!」


 そこに見えたのは、弱々しく怯えるように立ち尽くす小柄な女と、頭部から鮮血を流して横たわる男の死体だった。止まらない血が、男の周りに海を作り出してゆく。女の右手には拳銃が煙を上げながらぎこちなく握られていた。女の手足の震えが、この暗い中でもすぐに分かった。

 レヴィンは女に照準を合わせたまま近づいていく。近づくにつれ、女の容姿が明白になってゆく。レヴィンの肩よりも低い身長、艶のあるストレートな金髪のショートボブヘアに、少し下にずり落ちた黒いタイトミニスカートと返り血のついたブーツ。宝石のように輝く大きな目は、とても人の脳天を銃で撃ち抜く人間が持つ"それ"とは思えなかった。


「まずその銃を捨てろ。誰だお前は?」


 すると女は目に涙を浮かべながら、何の躊躇もなく右手の拳銃を投げ捨ててその場に座り込む。するとそれにより、奥の路地から人影が近づいているのが見えた。人影は焦りながら右手をポケットに進ませる。その動きをすぐに察知したレヴィンは、女に向けられていた照準を上半身ごと動かして人影の頭部に合わせ、即座に引き金を引いた。サプレッサーによって消音された鋭い銃声と共に、人影は手を離した人形のように脱力してコンクリートの路地に倒れ込んだ。この一瞬の出来事は、ハンドガンから排莢された金色に輝く薬莢の落ちる高い音で締められた。

 

 対岸の男を処理し、そのままさらに女へと距離を縮めていくレヴィン。彼女が肉付きの良い手足に豊満な体型をしている事も分かった。それが尚更、この穢れたアッシュストリートには似つかわしいものだった。


「ち、違うの!帰り道に怪しい人がこっちに進むのが見えたのよ!それで気になって追いかけたらこの人が急に振り返ったの。それで…その…」


 彼女は死人となった男の方へと顔を向け、その目線はさらに男の下半身の方へと移った。ズボンも下着も下ろされており、局部が露出されていた。言葉に詰まる彼女を前に、レヴィンは全てを察した。


「襲われかけたんだな。それでこいつの銃を奪って咄嗟に撃ったってところか」


 レヴィンはハンドガンをホルスターに納め、彼女のそばに膝をついて座り込む。


「ねえ、私どうなるの?人なんか殺すつもり無かったのに…ねえ、どうしたらいいのこれから!」


 女は取り乱し、両手で顔を覆った。


「大丈夫だ。この通りで銃声ひとつで通報するやつなんかいない。それよりスカート上げろ」


「えっ、あっ…ごめんなさい」


 女は少し大きめなその下半身にしてはタイトなミニスカートを、色白い顔を赤らめながら、腰まで上げた。せめてもの配慮として目線を逸らしていたレヴィン。無事に履き直したと分かると、左手を耳に装着したイヤホンに当てて周りを見回す。


「ロック、俺のものじゃない銃声が聞こえただろう。ちょっと面倒が起きた」


 レヴィンは周囲を警戒しながら、無線を通してロックに話しかける。彼の彫りの深い顔を、彼女は涙目のままただ見ているしか無かった。


「俺が着く直前に奴らの一人が女を襲おうとして頭を抜かれたらしい。もう一人は俺が殺した」


 レヴィンは目線を彼女に向けたまま無線連絡を続ける。


〈女だって?奴らとは関係のない一般人だよな?邪魔してくれるぜ〉


 無線の向こうのロックは分かり易い悪態をついた。


「ああ、親元に返してやんなきゃならねえーーー」


「ねえちょっと」


 女が柔らかい手でレヴィンの二の腕を掴んだ。


「私のこと何歳だと思ってるの。もう21よ」


「だから何だ」


「私、一人暮らしなんだけど」


「ああ……。 ……ロック、こいつは一人暮らしらしい」


「何"こいつ"って…」


 女は厚めな唇を尖らせて不貞腐れる。この年頃の人間は、より大人に見られたがるものだ。子供扱いされた彼女の反応は当然のことだろう。


「ああ、ああ、わかった。そっちに行く」


 レヴィンはそう言うと、死体の男のズボンのポケットに手を入れる。しかし何も無かったのか、反対側のポケットへ手を入れながら彼女へ話す。


「お前名前は?どこに住んでる? …っと、こいつか」


 レヴィンは今回の目標だったUSBを発見し、右手に握りしめて胸ポケットに入れる。


「サーヤ。サーヤ・エルフィーよ。住みはリーフ・ストリートのメイズマンション。大学の帰りだったの」


 サーヤはレヴィンに尋問でもされている気分なのだろうか。ひとつひとつ正直に簡潔に答えていく。


「大学生がこんなところに来るな。ここがどこだか分かってるよな?」


「わ、分かってるわよ。逆にあなたこそ何でこんなとこいるのよ。変なUSB勝手に盗んでるし、何の仕事してるわけ?」


 サーヤはレヴィンに負けじと応戦する。そんな青さの残るサーヤの姿に、レヴィンは呆れ顔を見せる。そしてすでに冷たくなった死体の男に目をやり、それを顎で指し示す。


「"アレ"が仕事だ。分かるだろ。まあいい、とにかくお前を家に返す。ついてくるんだ」


 レヴィンは立ち上がり、サーヤの肩に手を乗せる。11月だというのにノースリーブで外に出ているその肩は、昔よく肩揉みをさせられていたローズのよりも圧倒的に柔らかかった。若かりし頃の自らの姿がよぎったその瞬間の事だった。


「そこの男女、0ブレットだな!!! 手を上げろ!!」


 二人の奥、レヴィンが殺した男が歩いてきた方向から男の雄叫びが聞こえた。すぐに男の方を向く。若い州警察官だった。男の手にはハンドガンが握られていた。


「クソ!!」


 レヴィンは滅多に見せない程、怒りに満ちた形相で吠え、迷わずすぐに左の腰から筒状のものを取り出した。刺されているピンを抜き、警察官へと投げつける。彼は命の危険を感じて咄嗟に後方に伏せるが、投げられたものはスモークグレネードであった。噴出した灰色の煙幕が路地裏を塞ぎ、警察官とレヴィンらの間に壁を作った。


「行くぞ、走れ!」

「え!?」


 レヴィンは小柄なサーヤの二の腕を掴み、反対方向に向かって走り出した。彼女は理解が追いつかない様子であったが、それでも息を切らしつつレヴィンにしっかりついて走ってゆく。タイトスカートにブーツと、彼女は実に走りずらそうにしていた。レヴィンがそんな様子のサーヤに焦りを覚えた刹那、曲がり角の両端からさらに一人ずつ警官が飛び出してきた。


 レヴィンはM25を高速でホルスターから抜き、光の速さで片側の警官が構えている銃を撃つ。銃は火花を散らしながら破片と共に警官の手を離れて舞った。その隙につかさずもう一人の警官の懐に忍び込み、その男を大振りで横に投げ飛ばした。銃を弾かれたもう一人の警官に衝突し、二人は気を失ってその場に倒れた。レヴィンは明らかに意識的に警官を殺さずに無力化している。それは州警察に怨念を抱かせることだけは何としても避ける為であった。あまりに簡単に武装した二人の警官を処理してしまうレヴィンの圧倒的な姿を、21歳のサーヤはただ見ているしかできなかった。


「いいか、この先で仲間が待ってる!そこまで走るから着いてこいよ!」

「う、うん!」


 暗殺者の男と女子大学生は、荒廃したアッシュ・ストリートを走り抜けてゆく。すでに周囲からはいくつものサイレンが鳴り響き、彼ら二人を捕えるために数多くの警官達が路地を進んでいた。

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