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エピソード1 兄妹たち

投稿ペースは話によって異なりますがご了承ください?

エピソード1 兄妹達


――――――――――――――――――――――






 アルガス州 ジュークタウン

 ありふれた一日の、ありふれた朝――


  一つの部屋に、呆れるほど毎日のように聞く、興ざめな高い一定の音が鳴り始めた。その音は、まるで一晩中続いた狩りに疲れ果てた肉食動物のように眠っている男の耳に小刻みにジワジワと突き刺さっていく。いわゆる目覚ましの為のアラームが、この暗黒の部屋で鳴りだしたのだ。

  けたたましい高音の鳴り響くこの部屋は、年季を感じる木の壁に囲まれ、東の空を仰ぐ窓からは、淡く青白い朝日が差し込み始めている。その光が、男の質素で暗黒の部屋を天井から床の方向へと増幅していく。何やら幾つかの×印が書かれたカレンダー、使い古して持ち手が色褪せた木製の小さなタンス等、部屋に備えられたわずかなインテリアに徐々に光を灯す。


「……分かった分かった、起きる……」



 まるで虫の息のようで、そして冷えたブラックコーヒーのような、重厚かつ気品のある声が高音の波をかき分けた。と同時に男はその腕を布団から上へと伸ばしていく。それを迎え撃つかのように、先ほどの朝日が指先から手に向かい、男の指を照らし始めた。その男の手の様は一目見てわかる程に節々が張っており、稲妻の如き血管が浮き出ている。

  光は続いて男の手首からその腕へと照らし進めていく。切創、縫合痕、火傷跡などが数多く露わになる。その傷は最近のものだけではなく、かなり古くからのものもあるようだ。


「……うるせぇ時計だ」


 まるで一つの意識を持って自立しているかのように、男の腕はベッド横のミニテーブルの上を弱々しく這っていく。ついにテーブル上の目覚まし時計まで辿り着いた。男の指がアラームを止めて部屋に静寂が生まれた瞬間と、徐々に差し込んで来る朝日が男の顔を照らし、それが露わになった瞬間は、全くもって同時であった。

 若干の天然パーマのかかった艶のある黒髪はまるで闇夜に紛れて狩に出る狼のようであり、はっきりとした凹凸を持つ彫りの深い顔は岩山が如く、そして長めのまつ毛と共に開かれたその目は研ぎ澄まされた刃と言わんばかりのシルバーカラーであった。獲物に狙いを定める蛇のような鋭い目つきで、彼の部屋の天井を仰ぐ。


「……ハァ」


 男は眉間に力強く皺を寄せ、ため息をついた。右腕を支えとして、上体を起こす。30という年齢にして無駄な贅肉の一切ない、洗練された上半身が日光に照らされる。しかし、その身体もまた腕と同様、あらゆる箇所にあらゆるタイプの傷跡を残していた。


 振り返り、男は部屋のクローゼットへと重たい足取りで進む。不眠が原因なのか、何メートルもあるように感じた。188cmあるその男の身長を少し越す程度のクローゼットまで辿り着き、金属製の取手にその手をかけ、ゆっくり戸を開く。それと同時に、まず一枚のスーツジャケットが目に入った。高級感のある艶を持つそれは、しかしよく見るとあらゆる部位に赤黒い滲みや、同様の色の液体の跳ね返ったような跡がある。


「洗濯しねぇとな」


 そのジャケットに付着しているのは、他でもなくまさに血液であった。男はそれを見るや否や、肩の部分を掴んで血濡れのジャケットを引っ張り出した。続いてジャケットの背部を上にしてテーブルの上に置き、手慣れた動作で袖から順に畳んでいく。見ると、生地のところどころには風穴も開いているようだ。

  男は畳まれた血みどろのジャケットをベッドの上に乗せると、クローゼットに戻ってもう一枚、今度は血痕も穴も空いてないシャツとジャケット、そしてネクタイをひとまとめにしたセットを取り出した。さらに下部の引き出しから新たなスーツパンツを取り出し、それを履き始めた。


 

 「兄貴、起きてるか? 姉さんが心配してんぞ」

 

 すでにシャツまで着終え、新たな黒のジャケットを羽織始めたその男の部屋の外から、聞き慣れた気だるげな男の声が近づいてきた。木製の分厚めな玄関扉が建て付けられているため、それでも曇った声ではあったが。その男は部屋を小さく2度だけノックし、中の男へ語りかけながら扉を開けた。


「レヴィン兄さん起きてくれ。姉さんが……っと、悪い。もう起きてたってのかよ」

 

 ついにジャケットの前ボタンまで締め終えたレヴィンという名のその男は、たった今彼を起こしにきた男に対して大きな姿見を利用して背中越しに目を合わせた。


「ロック、一足遅かったな」

 

 レヴィンはその口角を微量に上げ、余裕の表情をロックという名の弟に見せつけた。ロックもまた、レヴィンと同じく研ぎ澄まされた刃物の如き銀の瞳と、大蛇を想起させる鋭い目つきを持っていた。兄レヴィンとの違いと挙げるならば、威圧感を醸し出すツーブロックの短髪オールバックに、無精髭は顎にのみ生やしているところだろう。そんな強面風貌のロックであったが、どうやら彼は兄レヴィンの事が気がかりな様子である。


「そうするよ兄さん。そんな事よりよ、昨日の仕事、大変だったんじゃないか?大丈夫だったのか?」


 後ろからそう声をかけられたレヴィンは、首を90度動かし、横顔を見せながらロックに返す。


「まあな。このスーツの血の量を見れば誰だってそう思うだろう。まあ、何だ、あんな小ぶりな麻薬農場だった割に敵が多すぎたって所だ」


 レヴィンは視線をベッドの上に畳まれたスーツに戻し、その血痕部分を、その傷だらけの手で這わせながらそう語る。その視線を残したまま、ため息混じりにレヴィンは続ける。


「俺たちも顧客が多くなってきたのはいいが、こうも危険なことが続くと大変だな。命が何個あっても足りねえ」

 

「……そうだな。だがまあ喜んでくれ兄さん、ローズ姉さんは満足してた。報酬も弾むってな」


 ロックは兄レヴィンを元気づけるように、笑顔を見せながらそう言った。


「……その通りだ。さて、そろそろ行くか。新しい仕事が入ったんだろ?」


 レヴィンは革靴を履き、部屋の玄関口へ向けて歩みを進める。ロックはレヴィンが通れるスペースを作る為に、左に逸れた。これは、兄を崇拝する弟としての尊敬の意の表示である。ロックの前を通り過ぎると、レヴィンの背中を守るように彼について行く。大蛇の如き眼光を持つ二人の兄弟は、住まいのマンションを出た。




 


 ここアルガス州のジュークタウンは、大都会の喧騒とは遠縁の穏やかな街だ。景観を破壊する城壁の如き高層ビルがあるわけでもなく、息が詰まるような人ごみがあるわけでもない。11月ともなり、気温は下がり出したこの時期。住宅街を歩いてゆくレヴィン達にとってスーツは少し肌寒く感じた。


「貴方、見てこのニュース。麻薬農場で銃撃事件ですって」

 

 革靴の心地よい音を響かせながら歩くレヴィン達を通りすがった熟年夫婦達の会話が耳に入った。古風で趣のあるこの街には到底似合わない話題だった。婦人が怯えた表情で、スマートフォンのニュースアプリの画面を相手の男に見せている。


「へえ、物騒になってきたものだ。しかし、栽培畑は焼かれて、農場の人間は銃殺…… 犯人は何が狙いだったんだろうね」

「恨みかしら。考えたくもないわ。恐ろしい……」


 夫婦はそのまま、住宅街のマンションまで消えていった。その姿を振り返って見ていたロックは、視線をレヴィンに戻し、彼に対して微笑を見せながら誇らしげに背中から語りかける。


「だってよ。兄さん、畑も焼いてきたのか。ずいぶん派手にやったんだな」

「新しく農場を建て直されては面倒だからな。しばらくは使えなくなってもらった方が助かる。その方が依頼主も喜ぶだろう」


 レヴィンはスーツのポケットから、ボロボロになった煙草のボックスを取り出した。器用にボックスを振って一本出し、それを咥える。それを見たロックは、すかさずポケットからライターを取り出し、甲高く心地よい金属音と共に火をつける。


「兄さん、ほら」


 ロックが火をつけたその煙草は、芳醇な香りと哀愁漂う煙を立て始めた。レヴィンはそれを4秒ほど深く吸い、傷だらけの手でつまみ、ゆっくり煙を吐いた。レヴィンは軽く上を見上げる。煙草の味を噛み締めているのだ。彼にとっての、数少ない楽しみの時間であった。


 


 目的地に着く頃には、とっくに煙草は吸い終わっていた。彼らがたどり着いたのは、街の一角にある小ぶりなレストラン、「バンチ」。暗殺稼業を行う傍ら、表の仕事として彼らが経営を担っているレストランである。レヴィンはバンチのガラス張りの扉を押す。と同時に、活気にあふれた店内の声が漏れてきた。

 

「今日も繁盛しているようだ」


 レヴィンがロックに振り返りそう呟くと、そのままドアを奥まで押し、店内にロックと共に入る。彼らの入店を知らせるベルが鳴り響いた。レヴィンとロックが入店したことに気がついた客達は、一斉に彼らに挨拶を交わし始めた。

 

「あぁ、どうも、レヴィンさん!」

「ロックさん、今月の新メニュー、とても人気ですよ!」


 客は若者から高齢の人まで、幅広い層を持っていた。家族連れの客も見られた。深い茶色の木材の壁に囲まれ、蝋燭を灯した照明で作り上げられた店内は、幻想的な、どこか懐かしい空気を醸し出していた。このレストラン「バンチ」こそ、街の人々にとって憩いの場であり、愛される空間であった。そして、彼らの暗殺稼業を隠すためのカバーでもあった。


 二人は店のカウンター席前を通り、厨房へと進む。そこでは、雇用している従業員が慌ただしく作業をしていた。彼らにとって、繁盛している日はハードな一日となる。閉店時間まで、休みなく動き回る必要があるからだ。

 

「あ、レヴィンさん、お疲れ様です!お陰様で今日は賑わってますよ!」


 従業員の一人、若い学生の男がレヴィンに気付き、元気良く挨拶を交わす。その両手には大量のビールジョッキがあった。オーダーを提供するタイミングであったため、彼はそのまますぐに厨房を出て、ホールの方まで消えていった。


 そしてついに、厨房から奥へと続く扉を開く。その扉の向こうは、賑やかな店内とは一点変わって、厳かで静かな空間だった。そう、彼らの暗殺稼業の本拠地となる事務所。コンクリート壁で囲われ、LEDの照明が数個、非常に無機質な空間であった。


「おはよう、無事起きられたのねレヴィン。ロックもありがとう」


 事務所の中心に置かれているテーブルの上に座っている長身の女性が、彼らを出迎えた。


「ローズ姉さん」

「姉さん、俺が起こしに行った時、すでに兄さんは起きてたよ。俺が起こす任務は失敗だった」


 彼女の名はローズ。レヴィン・ブライト、ロック・ブライトの二人の兄弟の姉、三兄妹の年長者であるローズ・ブライトだ。そして、暗殺者集団ブライト・ブラザーズの長である女性でもあった。30歳のレヴィンとは少し歳が離れており、36歳であったが、むしろその年齢を味方につけた妖艶な表情をしている。レヴィンとロックとは目つきが少し違うが、それでも他の男を易々とは寄せ付けない、鋭い眼光を持ち合わせていた。彼女はテーブルから立ち上がり、高級感のあるヒールの音を立てながら、流水の如くしなやかに彼らに近づきながら話す。


「いいのよロック。ありがとう。レヴィンも、ニュース見たわ。頑張ったわね。偉いわ」


 彼女はヒールを含めると、188cmあるレヴィンの身長を少し超えていた。レヴィンとロックの艶やかな黒髪を細い手で撫でてみせる。真紅のマニキュアが、その髪の間から光を反射して眩しく輝いていた。


「ありがとう姉さん。ジェフじいさんが用意してくれた最新式のハンドガンは格別だったよ。これまでのモノより圧倒的だった。……ただスーツを汚してしまった」


「あら、いいのよ。後で私のところへ持って来なさい。ジェフは後で来るわ。その時に感謝を伝えること」


  彼女はその手で、レヴィンの頬までなぞりながらそう言った。ダークレッドのリップが塗られた唇に笑みを浮かべる。その動きに合わせて、口のすぐ横にある小さなホクロも上に上がった。レヴィンにとって姉のローズの存在は絶対的である。彼は拒絶する素振りなど一切見せることはなかった。


「さて、今日の本題に入るわ。新しい依頼が入ったの」

 

 彼女はレヴィンの頬を撫でる手を惜しそうに離し、くるりと振り返ると、表情を変え、彼らを手招きするようにテーブルの元まで戻った。レヴィンとロックの二人もテーブルにたどり着くと、その上に置かれているファイルや紙の数々に目をやった。左から右へと、内容に目を通していく。紙に印刷されているのは、数名の男と、何やらUSBメモリらしき機械の写真だった。


「...これは?」


 レヴィンはその長いまつ毛と共に、銀色の瞳をローズに向けて問う。


「依頼の内容は、そのUSBの入手。依頼主によると、そのUSBには州警察のありとあらゆる不祥事が記録されてるらしいわ。違法な金銭の流れ、不貞行為の録音記録、裏組織との通話履歴や通ってる風俗店とのトラブルの記録まで。恥ずかしい話ね。」


 ローズはそのUSBの写真を見ながら冷笑を浮かべてそう言った。その様はまさしく弱き者を屈服するサディストそのものであった。レヴィンは腕を組み、顎に手を添える。


「なるほど... このUSBのデータを売って一儲けでもしようって算段か。で、依頼主は誰なんだ?」


 レヴィンがそう聞くと、ローズはレヴィンのその目をまっすぐ見つめ、表情を強張らせる。ローズは重たげにその口を開いた。


「...…0ブレットの人間達よ」


 それを聞いた瞬間、レヴィンの目つきが一瞬変わった。同時にロックが体を前に乗り出し、テーブルにその大きな両手をついた。


「何!?」


 テーブルの上のペンや紙が大きく揺れ、ロックの声は事務所に大きく響き渡った。そんなロックにローズは一切怯える様子もなかったが、そのままの勢いで彼は言葉を重ねる。


「姉さん分かってるよな?父さんと母さんが死んだ原因を作った奴らじゃねぇか!」


 怒りを露わにするロックの隣で、レヴィンは表情を変えずにローズの目を逸らさず見ていた。


「そうよ。銃を使わない信条を掲げるギャング、0ブレット。」

「んなことはどうでもいいだろ!そもそもーー」


 そこへレヴィンが介入する。


「落ち着けロック。言いたいことはよくわかる。俺も気持ちは同じだ。……ただ今は姉さんの話を聞こう」


 感情の抑えることができないロックの大きな肩に、レヴィンがその手を乗せた。するとロックは乗り出していたその体を戻し、大きなため息をついてレヴィンを見た。平静をどうにか取り戻したロックを見て安堵したレヴィンは、ローズに視線を戻す。


「姉さん、どうして今になって彼らの依頼を受けたんだ?彼らとの縁は父さんと母さんが死んだ20年前から切れているはずだが……」


「ええ…… 彼らが父さんに依頼した仕事のせいで私たちが取り残されてから、私たちブライト・ブラザーズは彼らとの関係を切っていた。でも、事情が変わったの。」


「事情?」


「そうよ。忌むべき彼らのボス、あのアーロン・レイクはあの仕事から数年後に州警察に襲撃された。瀕死の重症を負ってから、彼は隠遁生活中らしいわ。」


「フン、実に気味の良い話だぜ」


 ロックはつかさず吐き捨てた。


「……そこからは彼の教え子だった若い男、ゼロ・リヴァーがボスを務めているらしいわ。部下を使って調べてみたけど、どうやらゼロはアーロンの罪とは関わりのない男。それに…」


 言葉に詰まり、苦しげな表情で下を向いてしまったローズ。そんな彼女をフォローするように、レヴィンが彼女のそばに寄って聞いた。


「大丈夫か姉さん。…それに?」


 レヴィンは真剣な目をローズに合わせる。ローズは視線を正面に戻し、虚無を見つめるように続ける。


「それに、父さんはあの仕事の前日、私に言ったの。"俺に何があっても、0ブレットの奴らの頼みは聞いてやってくれ"って。それでも彼らとは関係を絶って来たけど……でも何かの定めなのか、またこうして彼らから依頼が届いた」


 そんな彼女に追い討ちを仕掛けるように、ロックは両肘をついてテーブルにもたれかかり、彼女を下から見上げて言う。


「それで依頼を受けたってわけか。姉さん、まさか奴らの愚行、忘れたわけじゃないだろうな?」


 ロックが再び割って入って来た。今度はそれに対し、ローズは大きく目を開き、ロックに厳しい表情で睨みつける。


「口を慎みなさいロック。私がボスよ。そして今回の依頼主は0ブレットのボスとはいえ、あのアーロンとは血縁でも何でもない若造の依頼。彼に罪はない。だから私たちも彼を拒絶する理由はない。ここから先は父さんが残した言葉を守るわ。ロック、わかったわね?」


 ローズの口調と表情はレヴィンやロックすら差し置いて、誰よりも恐ろしかった。ロックはローズに力及ばず、目を逸らしてテーブルに乗せた肘を上げて姿勢を戻す。


「……悪かったよ姉さん。父さんと母さんの事を思い出して…カッとなっちまった」


「いいのよロック。あなたも父さん母さんを愛していた。その気持ちに嘘がない事、分かるわ」



「当然だ。俺にこの生き方ができるのは、育ててくれた二人のおかげだった。姉さんと兄さんもそうだろう?その父さんが残した言葉だと言うのなら……分かったよ。俺は引き受ける。兄さんは?」


 ロックは覚悟を決めたと言わんばかりに顔が引き締まり、レヴィンの方へと目をやった。レヴィンは、その目を一度閉じ、深く深呼吸をする。彼の長いまつ毛が、頬に影を作っていた。そして目をゆっくり開く。彼の表情もまた、ロックと同じくして決意を表していた。


「ああ。やろう」


 レヴィンのその低い声が、事務所に響いた。三人はそれぞれ目を合わせる。お互いの覚悟を確かめるように。その最中、事務所の中には沈黙と、壁掛けの時計の秒針の音のみが響いた。常人には耐えられないような、鋼鉄の如く重たい空気がその場を支配していた。


 その直後である。事務所のドアが慌ただしく開いた。その扉の向こうに見えたのは、大きな箱を抱えた男の姿。顔が箱で隠れて見えない。そのまま彼は、重たい足取りで事務所を進む。


「待たせたなローズ!持ってきたぞ!…お、レヴィンにロックも来ていたか!親父に似て締まった顔してんなぁ!」


 箱の横から、60代ほどの男が顔を出して、大きな声でそう言い放った。つい先程まで事務所に流れていた空気を、良い意味で一瞬で変えてしまった。


「おじさん何だその箱は。ほら、持つぜ」


 レヴィンはすぐさまジェフの元まで寄り、金庫の如く大きな箱を軽々しく抱え、事務所の棚の上に載せた。


「悪いねレヴィン。助かったぞ!そいつ、開けてみな」


 ジェフと呼ばれるその老人は事務所の椅子に腰掛けた。年齢にしては重労働だったのだろう、彼は疲れ果ている。顔を下に向けたまま、陽気な声で箱を指さしてそう言った。

 レヴィンがその箱を開けると、中にはハンドガン数丁、軍用ナイフ、ライフル、弾薬箱など、あらゆる軍需品が詰め込まれていた。そんな"宝物箱"を見たレヴィンは、ジェフの方に目線を送る。


「なに、昨日の仕事でたんまり使っただろう?だから調達しておいたんだぞ」


 ジェフは顔を上げ、豊かに生やした白髭を見せつけるように、誇らしげな表情する。まるで自分の成果をひけらかしたがる子供ようにも見えたが、これが彼なのだ。


「おじさんまたこんなに。さすが、退役軍人のコネだ」


 ロックはジェフを小馬鹿にするようにも、そしてまた感謝を示すようにそう言った。しかしこの扱いに慣れている上に年増者であるジェフは、一切の難所を示すこともなかった。もしくは、自身が皮肉を言われていることに気づいていないのだろう。


「モノは揃ったわね。皆、協力感謝するわ。それじゃあ、作戦の詳細を説明する」


 ローズのこの一言で、レヴィンとロックは再び資料の置かれたテーブル周りに集結した。


 しかし、この仕事をきっかけに彼らの運命が大きく変わっていく事は、未だこの場にいる誰もが予測していなかった。

 

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