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異世界ロケット作成中 9


 ゴランドさんに会いに行くので普段より遅い時間に起きて、マーゴットさんに珍しいわねと言われつつ遅めの朝食をとった。


 あまり早く行きすぎてもあれだしなぁ。


 白身魚のソテーを腹におさめてからのんびり向かう。


 まわりにはすでに依頼を受けた冒険者が足早に街の外へ向かっていた。


 その内の何人かと挨拶を交わし、気を付けてなと声をかけつつ冒険者ギルドを通りすぎて目的地に到着すると、ミュリスが家の前をホウキで掃いていた。


「おはようございますタカさん!」


「おはようミュリス」


 元気な声でニコニコと挨拶をしてくれるミュリスを見てこちらも思わず笑顔になる。


「昨日はお使いさせて悪かったね」


「とんでもないです。タカさんはおじいちゃんのために色々調べてくれているんですから孫の私がお手伝いするのは当然です!」


 もっとお手伝いさせてくださいとホウキを片手に迫るミュリスに、またその内にねと濁しながら話題を変える。


「ゴランドさんは望遠鏡を完成させたのか?」


「はい。すごーく大きな望遠鏡です。手で持つと扱いにくいので専用の台まで作っちゃいました」


 ミュリスに案内されて工房に行くと、ゴランドさんが望遠鏡の前に立っていた。


「来おったなタカ。こいつを見るがいい。この国最大の望遠鏡じゃい!」


 ゴランドさんが自慢げに披露してくれた望遠鏡は、確かにサイズでいえばかなりの物だった。


「でけーな。けど……」


 問題はレンズの質、なんだよなぁ。


 試しに覗き込んでみると、極彩色に歪んだ世界が広がっていた。


「やっぱりこうなったか」


「ぐぬぬ…。お主、こうなることがわかっとったのか」


 悔しそうな表情のゴランドさん。


 どうも先ほどの自慢げな顔は虚勢だったらしい。


「まーね。これだけでかいシングルレンズだと収差がひどくて焦点距離が半端ない事になりそうだなーって」


「しゅうさ?しょうてん距離?」


「収差はレンズを通して見える光景がぼやけたり変な色になったりする事。焦点距離はレンズを通して見える光景が、ぼやけないではっきり見えるまでの間の距離だね」


「つまりこのレンズじゃとしゅうさとやらがひどいのは大きい外側のレンズと小さい覗き込むレンズの距離が近すぎるってことかの?」

 

「そんな感じ。このレンズで見ようと思ったら焦点距離は五十メートルくらいかな」


「な、なんじゃとぉ!」


 そんな長さの望遠鏡は流石に作れんと肩を落としてしまったゴランドさん。


「レンズはただ大きくすればいいわけじゃないんだ。透明さや厚さ、種類も関係してんだよ。だからさ、ひとまず俺の方法で作ってみない?」


 昨日頼んだパーツが作ってあるのは作業台の上にあるから分かっていた。


 両側が開いている大小二つの長方形の箱。


 綺麗に磨かれた、真ん中がへこんでいる凹面鏡。


 小さな金属製の円柱の先に斜め四十五度に取り付けられた小さな斜鏡。


 小さな凸レンズが何枚か。


 その凸レンズの直径ちょうどから三倍くらいの木製の短い筒も何本か。


「魔王が見つけられるかは分からないけど、星空がよく見える望遠鏡、反射式天体望遠鏡をさ」


 俺の子供の頃の夢は宇宙飛行士だった。


 きっかけは、じいちゃんに連れられて見た生でのロケットの打ち上げ。


 じいちゃんが住んでいたのは鹿児島の南部で、内之浦宇宙空間観測所から車で数十分という距離だった。


 ここは日本国内で三ヶ所しかないロケットの打ち上げ場所で、小学生の頃に遊びに行った時ちょうど打ち上げの日程と重なったんだ。


 じいちゃんに連れられて見晴らしの良い場所から見たロケットの打ち上げは、ニュースや映画、アニメとは比べ物にならない迫力で、大きな衝撃を受けた。


 その影響で宇宙そものが好きになりよく天体観測もしていた。


 当然夏休みの自由研究は宇宙関係。


 中学二年の時には反射式天体望遠鏡を自作した事がある。


 反射式天体望遠鏡は簡単に言えば鏡に映った星を拡大して見る事が出来るって感じ。


 これを発明したのは万有引力で有名なニュートンで、俺が作ったのもニュートン式だ。


 現代日本のような三桁倍率の天体望遠鏡はレンズの作り方から根本的に変えないとだめだし手間も金もかかる。


 まずは難易度の低いニュートン式で俺の知識を信じてもらわなきゃならない。


「うむぅ、しょうがあるまい。それで、どうやって作るんじゃ?」


「わ、私もお手伝いします!」


 今まで黙って俺達のやりとりを聞いていたミュリスも頑張りますと両こぶしをを胸の前でグッと握った。


「それじゃミュリスにはこの二つの箱の中を黒く塗ってもらおうか」

 

「はい!」


 事前に用意してもらっていた乾きやすい黒い塗料をゴランドさんから受け取ったミュリスは、さっそく絵筆を動かし始めた。


「そんじゃ俺達はパーツを作りますか」


「この二枚の鏡、お主に言われた通りに作ったが実際にはどう設置するんじゃ?」


「凹面鏡は小さな箱の底に設置して、斜鏡は大きな箱の中央に設置するんだ」


 こんな感じにね、と簡単な図をその辺の板に書いて説明する。


「なるほどの。じゃあワシはまず凹面鏡を設置する台座と底板、斜鏡を中央に固定する台座を作るとするわい」


「凹面鏡の台座が完成したら教えてくれ。アラクネの糸玉で固定するから」


 アラクネの糸は魔力を通すことにより粘りけや固さを調節できる。


 凹面鏡の焦点を箱内部の中央になるよう調整するために台座の中にこの糸玉をしいて、台座自体には鏡が乗っかってるだけの状態にして、糸玉に接着させて角度の微調整を出来るようにする感じだ。


 ちなみにこのアラクネの糸玉はこの世界では手芸用品から工業用品として広く使用されている。


 アラクネ自体も魔物ではなく亜人扱いで、普通に街中に住んでいてそのほとんどが糸玉工房で働いている。


 この糸玉もアラクネのキクエさん(曾祖父が日本人落ち人)の工房で銀貨一枚で買ったものだ。


「斜鏡の台座は焦点距離を測ってから固定するのが普通なんどけど、今回は凹面鏡の焦点距離が分からないから外箱に十字の台座を作って固定してくれ」


 ただし正確に中央にね、と言うと、誰にむかって言っとるんじゃいとゴランドさんは笑いながら作業に入った。


「じゃ、俺は接眼鏡を作るか」


 凸レンズと木筒を台の上に並べて、慎重に作業を始めるのだった。





「完成!かな?」


 間にお昼休憩を挟みながら数時間、なんとかそれなりに形になった。


 ニュートン式反射天体望遠鏡。


 今回は内箱を台座に固定し、内箱を覆うようにはめ込んだ外箱は可動式にして焦点距離を合わせて画像のボケを調整出来るようにした。


 思った以上に時間かかったなぁ。外はもう夕焼け色だ。


「やりましたね!」


 途中から一緒に接眼レンズを作っていたミュリスは、バンザーイと両手を上げてイエーイとばかりに俺とゴランドさんにハイタッチした。


「とはいえ細かい修正も絶対に必要だから草原まで持ってって観測をしてみねーとな」


「それは構わんが、細かい修正をするならある程度工具を持って行かねばならんし手元を照らす強い明かりも必要じゃぞ」


「工具は俺のアイテムボックスに入れていけばいいぞ。明かりも魔法で何とかするさ」


「ならええじゃろう」


「私、お弁当作ります」


「酒もいるのう」


「まだ夜は冷えるから二人とも上に羽織るものも持ってこいよ」


 こうして三人で街の外へと繰り出した。


 途中顔馴染みの門番に呼び止められたが、新型の望遠鏡のテストだと言うとドワーフのゴランドさんを見て納得したらしく、お貴族様の依頼か?大変だなぁと勘違いされながらも何事もなく街の外へと出ることができた。


「さて、この辺でいいかな」


 思ったより暖かいし雲がなくて絶好の観測日和だねと二人と喋りながら街と草原の真ん中辺りまで来ると、まわりに遮蔽物がなくなるべく平らな場所を選んでアイテムボックスから天体望遠鏡を取り出した。


 専用の三脚を慎重に開き、水平になるように気をつけて設置する。


「うーん、微妙に地面が傾いているなぁ」


「三脚の脚の長さを調節出来るものを作ればよかったのう」


「脚の下に平らな石を挟んでみましょうか?」


「調度いい石があるかな?」


「【大地よその身を平らかに】」


 唐突に聞こえた魔法の詠唱とともにズズズズ、と地面がゆっくりと平らになりながら草も脇に押しやって、まるで小さな舞台のような場所が完成した。


「何だ、珍しく酒に飲まれてなかったのか?」


「薄情な弟子の楽しそうな声が聞こえる程度にはね」


 俺達の背後からいきなり土魔法で地面をならしたメルリーゼは、月明かりの下でも分かるくらいムッとしていた。


「ひどいじゃないかタカ。望遠鏡が完成したら見せてくれる約束だっただろ?」


「こいつは試作機なんだが……」


「試作機だろうとなんだろうと完成はしたのだろう?」


「ちゃんと見えるかどうかは分からないぞ」


「それでもさ。君の地元(世界)の望遠鏡なんて珍しい物、見逃せるはずないだろ」


「へいへい」


 好きにしてくれと言うと、メルリーゼはニンマリと笑って呆気にとられていたゴランドさんとミュリスにそーゆーわけで私も参加させていただくよ、と言いながら土魔法で机と椅子を作り出して手に持っていた酒を飲み始めた。


「急に悪いな二人とも。こいつの事は気にしなくていいぞ」


「待った待った。お前さん森の魔女と知り合いじゃったのか」


「まあ、腐れ縁だ」


「師匠と弟子で、元パーティーメンバーさ」


「え?タカさんの魔法のお師匠様なんですか?」


「その通りだ。花の香りのハーフドワーフ君」


「わあ~!お会い出来て光栄です。あんな沢山の魔法が使えるタカさんのお師匠様ならきっと凄い魔法使いの方なんですよね」


「ふっふっふ、まあそう言われるだけの事はあるね」


「本当の本当に残念だけど、一応賢者なんだ、こいつ」


「け、賢者様?!凄いです!握手してください」


「はっはっは、良いだろう」


 ミュリスの純真な賛美にご満悦なメルリーゼ。


 チョロい賢者様だな。


 二人はそのまま椅子に座っておしゃべりを始めた。


 しかしミュリスは物怖じしない子だなぁ。


「タカ。お主、もしや落ち人か?」


「流石にバレたか」


 さっきのメルリーゼの『君の地元(世界)の』という言葉で確信を得たらしいゴランドさんの質問に、俺は苦笑いでうなずいた。


「やはりな。その今まで聞いたことのない豊富な知識やBランクにしては色々出来すぎる実力、怪しいとは思っとったが。何で隠してたんじゃ?」


「まあ、色々あってね。周りには内緒で頼むわ。それよりそろそろ天体望遠鏡をチェックしようや」


 強引に話題を変えた俺に、そういえばそうじゃったなと深く突っ込んでこなかったゴランドさんと天体望遠鏡を調整する。


 まずは一番見易い月に照準を合わせる。


 幸い今夜は満月で合わせやすい。この世界の月は裸眼で見る限りは元の世界の月とあまり変わらないサイズだ。


 さらに接眼レンズを前後に移動させて焦点距離を測ろうとするも、どうやら凹面鏡の角度が悪いらしく斜鏡にちゃんと映らない。


 ゴランドさんが箱の中にアイアンリザードの鉄で作られた細い棒を差し込み、魔力をアラクネの糸玉に通しながら角度を微調整をする。


 今度は斜鏡に映ったけどピンぼけ状態のため凹面鏡が固定された内箱から斜鏡が固定された外箱を少しずつ伸ばしていく。


 そこからさらに比較的出来の良さげな接眼鏡をいくつか試して、一番はっきり見える組み合わせを探しだす。


「おっし。できた」


 前の世界ほどくっきりとはいかないが、満足出来るレベルに見えるようにはなった。


「月面もあまり変わらないんだなぁ」


 やはりこちらの月も真空なのだろう。


 クレーターが沢山あって、草木が生えてなくて、水もない。


 ファンタジー的に何らかの建造物とか真っ黒なドラゴンがいるとかちょっと期待していたんだけどな。


「ほら、ゴランドさんも」


 ウズウズしていたゴランドさんに代わると、すぐに驚きの声をあげた。


「なんと!ここまで大きく綺麗に見られるとは……」


 驚きじゃわいと興奮を隠さないゴランドさんを見て、子供の頃に初めて天体望遠鏡で天体観測をした時の事を思い出した。


 あの時の俺もスゲースゲー言いながら星図片手に何時間も観測したなー。


 過去の自分を見ているようでなんだかほっこりしつつも、元の世界には戻れないと割りきってはいてもやはり過去を思い出すとちょっとしんみりした気持ちもわき上がり、何とも言えない気持ちでゴランドさんを見ていたらメルリーゼに後ろから声をかけられた。


「タカ、用意出来たなら声をかけたまえ。男の子達だけで盛り上がるのは卑怯だぞ」


「私も見てみたいです!」


 おしゃべりに夢中になっていた二人もゴランドさんの興奮した声に気づいてこちらにやってきたようだ。


「はいはい、どうぞお嬢様方」


 ゴランドさんと代わったミュリスもすぐにすごーい!と歓声をあげる。


 二人の代わりに椅子にこしかけ、ゴランドさんが持ってきた酒をコップに注ぐ。


「いや年甲斐もなく興奮したわい。まさかあそこまで鮮明に見えるようになるとはのう」


 興奮冷めやらぬゴランドさんに酒の入ったコップを渡し、天体望遠鏡完成おめーと軽く乾杯をする。


 酒の強さにちょっとびっくり。


 こりゃストレートで飲まない方がいいな。


「中々のもんだろ?」


「うむ。想像以上じゃ。しかし、月には月の女神ナハティア様の神殿がありお供の神獣ムーンラビットが数多く跳び跳ねていると教えられてきたんじゃがとてもそうとは思えんの」


「そりゃ神界の月にいらっしゃるんでしょうよ」


「ぬ、そう言われればそうかの」


「後で他の星も観察してみようか」


「楽しみじゃわい」


 ミュリスに代わって接眼レンズを覗き込んだメルリーゼが歓声をあげるのを眺めながら、俺とゴランドさんは酒をお代わりした。

 


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