異世界ロケット作成中 8
メルリーゼと別れた俺はその足で冒険者ギルドへと向かった。
メルリーゼの依頼品の納品をしなくちゃならないからな。
朝から動いていたけど、なんだかんだでもう日が暮れてしまっている。
今日も宿での晩飯はおあずけか。
帰り道で適当な屋台で何か買って食おう。
「ちーっす。ミャーナちゃんまだいるー?」
「あらタカさん。ミャーナならもう上がりましたわよ」
夜間専用受付嬢のヴァンパイアハーフのヴィレッタさんがいつもの青白い顔で出迎えてくれた。
「あちゃー、やっぱりか。ちょいと遅くなっちゃったからなー」
「彼女に何かご用があったのかしら?」
「たまには屋台巡りでもどうかなって誘おうと思ってさ」
「あらら、それは残念でしたわね」
「ヴィレッタさんはどう?」
「お仕事中でなければご一緒したのですけど」
ウフフ、と妖艶に笑うヴィレッタさん。
笑顔からのぞく長い犬歯がセクシーだなぁ。
「今日のところは久しぶりにヴィレッタさんのセクシーな犬歯が拝めただけでおじさんは我慢しようかな。それじゃ、これいつもの納品ね」
メルリーゼの依頼品をアイテムボックスから出してカウンターに並べていく。
薬や魔道具、珍しいものだとスクロールなんかもある。
「はい、確認いたしますから座ってお待ちくださいな」
「よろしく~」
そのままギルドに併設された食堂で茶でも飲もうとしたら、頭上から声をかけられた。
「声がしたかと思ったらやっぱりか。今日は遅めだな、タカ」
吹き抜けの二階から声をかけてきたのはここのギルドマスター、バルバロッサだった。
A級パーティー『黄金の剣』のリーダーとして数々の逸話を残した元凄腕冒険者で、俺を『落人平原』で拾ってくれた兄ちゃんだったりする。
出会った当時はまだ二十そこそこだったが、今は立派なアラサーだ。
ギルドマスターになってから一年ちょいとまだまだ新米ギルマスだが、その知名度と貴族階級出身の教養でさらっと業務をこなしている。
イケメンで仕事も出来て元パーティー仲間の美人金髪巨乳神官ねーちゃんが奥さんで最近子供も生まれた異世界リア充野郎だ。モゲろし。
「お、ギルマス久しぶりですね。王都で豪遊してきたわりには何かやつれてないですか?」
「遊ぶ暇なんざなかったよ。それよりお前に話がある」
「えー、俺まだ晩飯食べてないんですけどー」
「王都土産のゲートバレイの酒なら飲ませてやるから」
「そういう事ならお付き合いいたしましょうかね」
俺は階段を昇ってギルドマスター室へとむかった。
中に入るとギルマスは大量の書類がおかれた自分の机ではなく、応接用の机の椅子に腰かけてすでに一杯飲み干していた。
「それで、話ってのは?」
「言わせんなよ、分かってるだろ?」
俺のコップになみなみと酒を注ぐと、とりあえず乾杯だ、と杯を交わした。
「うっま!やっぱりゲートバレイの酒は段違いですねぇ~。しかしよく買えましたね?」
「お前にこの酒を教えてもらってから、王都に行くときは必ず寄る事にしてるから特別に取置きをお願いしているんだ」
「なるほど。流石は有名人」
美味い酒には美味い肴がいるな。
アイテムボックスから自作のサバっぽい小魚の燻製を取り出した。
こいつは俺の作った燻製の中でも一番の自信作だ。
この味にたどりつくまでどれだけの小魚を燻製にしたことか。
一匹つまんだギルマスも、中々美味いじゃないかとすぐに二匹目を口の中に放り込んだ。
「それで、お前は何を掴んだ?」
「人に聞くときはまず自分のネタを先に明かしてから、じゃないですかね」
ギルドマスターが王都に緊急で呼び出される事なんか滅多にないはず。
可能性としては国家規模的なスタンピードか隣国との戦争だが、スタンピードにしろ戦争にしろ噂の一つも流れてこなきゃおかしいので、それはないと思う。
なら、何で呼ばれたんだ?
「酒飲ましてやってんだろ?」
「お話に付き合うための代価じゃないんですか?」
「よく言うぜ。ミャーナに手紙まで出したくせに」
「あ、そっちはどっちかってーとブラフに近いですね。いや、嘘じゃないから先触れ的な?」
「どういう意味だ?」
「ミャーナちゃんに手紙届けるよう頼んだの、ゴランドさんの孫娘なんですよ」
「ああ、なるほど。厄介払いか」
「人聞きの悪い表現しないでくださいよ。気を利かせただけです」
話しながらも一杯空にした俺は、手酌でお代わりを注いだ。
「王都に召集された理由は、最近神敵の動きが活発化しているようだから些細な事でも掴んだら即神殿と本部に報告しろってーのと、勇者様ご一行が近々この街にいらっしゃるから歓待しろとやんごとなきお方からお達しがあったってーのだ」
「……マジか」
「おーおー嫌そうな顔しやがって。まあ俺も嫌だが」
「いつ頃来るか分かります?」
「まだ正確には決まってないが、一ヶ月以内には来るんじゃねぇかな。奴は西の海でシーサーペントの駆除を終わらせたって聞いたからな」
「来る理由は?」
「あー、なんでも友人の鍛治師に会いに来るそうだ」
なるほど。
なるほどなるほど……。
「ミャーナからゴランド氏が筆頭鍛治師を追われたって聞いてすぐに何かあったなと鍛治師組合の方に行ったんだが、組合長も他の奴らもだんまりでな」
ギルマスはグイッとコップを空にするとこちらにつきだした。
へいへいお代わりね。
「新しい筆頭鍛治師に会わせろって言ったら居場所を知らないとか言い出すしよ。で、大して情報を掴めずに戻ってきたらミャーナがこれを見てくださいって渡された手紙には俺が半日かけても引き出せなかった内容が書いてあるし」
最初っからお前に探らせれば良かったと愚痴られても困る。
つーかミャーナちゃんに何も聞いてなかったの?
「鍛治師組合に向かう前に話しとけばよかったぜ」
冒険者ギルドは朝が一番忙しいから、話しかけそびれたらしい。
「で、話の出所は聖女様か?魔女か?」
「聖女様です。手紙を持たした後にもうちょい詳細な話も彼女から聞いてます」
「そうか。じゃ、聞かせてくれ」
俺はリズから聞いた話をギルマスに伝えた。
「只人の鍛治師に貴族のボンボンの後見人なぁ。怪しすぎるだろ」
あからさますぎだっつーのと言いながら酒を空にするギルマスのコップにお代わりを注ぎながら続きを話す。
「俺もそう思ってメルリーゼのとこに依頼品受け取りに行くついでに何か知らないか聞きに行ったんですけど、結果を先に言うとまっ黒でした」
「何で分かったんだ?」
「只人鍛治師とボンボンがメルリーゼの家に行ってあれこれ上から目線で注文しようとしたみたいです。怒ったメルリーゼに例の魔法を食らって叩き出されたんですけど、その際にいつもの手段で情報を聞き出したみたいでして……」
「ああ、あれか……」
流石魔女だな、と苦笑いのギルマスにお代わりを注ぎ、自分のコップにも注ぐ。
あっという間に残り半分だ。
「後見人を自称するボンボンはエモニ男爵家の息子だそうです。エモニ男爵家はご存知ですか?」
「リザージョン地方の貴族だな。たしか離宮に行く途中の土地を治めていたはず」
ギルマス自身もどっかの貴族の三男坊なので、貴族に関しては詳しいらしい。
実際のとこ貴族の長男以外は就職に苦労しているところが大半だ。
高位貴族は娘しかいない分家や下位貴族に入り婿したり、コネで文武官になったりそこまでではないが、下位貴族、特に派閥が弱い家の三男とかになるとけっこう悲惨だ。
まず親のコネが大してないから試験を受けて自力で文武官になろうとするパターン。
試験は一般人にも門戸が開かれているため倍率高めのかなり狭き門だ。
次に商人の家に入り婿するパターン。
相手がコネと地位目当ての青い血を求めている新興商家とか都合の良い相手がいれば良いが、実際のところはほぼないと言って良い。
扱いづらい貴族出身より最初から叩き上げの商人で見所のある奴を選んだり、手を組みたい、もしくは組んでいる他の商人との関係を深めるための政略結婚相手だったり。
ボンボン後見人は男爵家だが王家との関わりが深いからそれなりに相手がいるのだろう。
そして最後が自分で就職先を決めるパターン。
これに一番多いのがギルマスのような冒険者になる奴。少数派では教師や在野の錬金術師なんかもいる。
「どうもエモニ男爵夫人とその子供達は特に王家へのごますりが好きらしくって、ちょいとやってはならないレベルの手段を使ってご機嫌取りに勤しんでいるみたいです」
「元々王家のパシリが得意な家ではあったが、そこまでか」
「今までの流れで察してるかと思いますが、半人前の只人鍛治師は勇者のお気に入りです。そいつに箔をつけるためなのかこの街の筆頭鍛治師の座に狙いを定めました。でも普通に鍛治の腕でなろうとしても実力不足は分かりきっていたし、金で買おうとしても職人達は拒否するし、おそらくされたのでしょう。なので別の所から攻め立てたんです」
「別の所?」
「鍛治をするのに最も必要なのは材料と火です。材料はヴァースレンタリアを敵に回すので無理。なので火、その燃料の石炭に狙いを定めたんですよ。正確にはこの街で石炭を扱っているヴェンテ商会に、です」
「奴らヴェンテ商会に手を伸ばしたのか」
「伸ばしたどころか乗っ取ったらしいです」
「ヴェンテ商会は知名度こそ低いし地味だがこの街の古くから存在する老舗中の老舗だぞ。まわりの商会も一目置く存在だ。そんな簡単に乗っ取りなんか出来るのか?フスターのじいさんはどうしたんだ」
「前商会長のフスター氏は現在寝込んでいます。メルリーゼ曰く呪いが原因で、らしいですが」
「何だと?!」
「で、ボンボンが入り婿なのかどうなのかは分かりませんがどうやってか現商会長になり、石炭を物質に鍛治師組合を脅迫してゴランドさんを筆頭鍛治師から追いやり、半人前を筆頭鍛治師に据えました」
あえてゴランドさんの神託の事は黙っておく。
もちろんギルマスは知っているかもしれないが、現時点では魔王について確かな情報がないから余計な事は言わない方が良い。
「確かにまっ黒だな。黒過ぎる。呪術まで使用してやる事か?」
エモニ男爵家は馬鹿なのかとギルマスは手酌でお代わりを注ぐとそれをイッキ飲みし、タメ息をついた。
「そこまでして勇者に入れ込む理由はなんだ?」
「勇者というより第三王女様に、かもしれないですね」
「第三王女様だとしても露見したら降爵どころか取り潰しや主犯の処刑もありうるんだぞ。言っちゃ悪いが第三王女様だ。国王様や王妃様じゃない。割に合わないだろ」
「そこは本人達に聞いてみないと分からないですね。それよりも、ギルマスにとっては好都合じゃないですか。やっかい事が二つ同時に解決できそうなんですから」
呪術を仕掛けた犯人がエモニ男爵家のボンボンだと証拠が掴めたなら、お気に入りの半人前を含めた関係者全員を取っ捕まえて王都に引き渡せば勇者がこっちに来る理由もなくなるってもんだ。
「まーな。とりあえず明日にでも白魔導士か神官を連れてヴェンテ商会に乗り込むとしようかね」
「いきなりっすか」
「早い方がいいだろ?勇者が明日にでも来るかもしれないんだぞ」
「そりゃそうですけど、相手は多分凄腕の呪術士を雇ってます。乗り込んだはいいけど証拠が掴めなかったらどうすんですか」
「メルリーゼがいれば何とかなるだろ?」
「あの引きこもりを外に出せるんですか?」
「お前がいれば出てくるだろ」
「は?」
「お前が引っ張ってこい」
「嫌ですよ。そもそも俺は参加する気ないです」
「お前、ここまで探っといて来ない気かよ」
「俺は俺でやる事があるんですよ。それにむこうに俺の存在が知られたら逆にこっちに来る可能性もありますし」
どこから俺の存在が漏れるか分からない以上むこうの陣営に姿をさらす気はない。
冗談抜きであいつとは関わりたくないんだ。
「そう、だな。その可能性もあるか。分かった。とりあえず対呪術に関してはこちらも一流どころの奴を別の支部から応援に来てもらうように要請しておこう」
光魔法の使い手はこの街にもいるが最高ランクの奴はいない。
光魔法を主に習得する神官もこの街の神殿は神託が専門なのでこちらも最高ランクはいない。
リズも聖女だけどヒーリング系は最上級だがターンアンデッドやプロテクション等の攻撃や防御の光魔法は上級レベルだ。
光魔法は才能もいるが経験も重要だ。
怪我を治した数だけヒーリングの能力は高まるし、かすり傷だけでなく骨折や火傷等色んな怪我を治さないと最上級魔法は使えない。
同様に倒したアンデッドの数だけターンアンデッドの効力と範囲は広がる。
ゾンビやスケルトンだけでなくエルダーリッチやドラゴンゾンビとかを倒せるようになれば最上級魔法使いを名乗れるレベルだ。
今回は事が事なのでやはり対呪術経験のある最上級クラスでないと不安が残るからな。
「そっちはお任せします。俺も何か分かったらすぐに連絡しますんで」
最後の一杯を飲み干すと、ごちそうさまでしたとギルマスにおいとまして、ヴィレッタさんからメルリーゼの報酬と新たな依頼を受け取り冒険者ギルドを後にした。
「晩飯は……まぁいいか」
思いの外時間が経っていたのか夜店も閉まり人もまばらになった夜道を、ほろ酔いでゆっくりと歩きだした。