異世界ロケット作成中 7
ウレザスの街の北側には広大な森が広がっている。
恵み豊かな森ではあるのだが、奥では討伐難易度の高い魔物も跋扈する危険な森でもある。
そこに数年前から一人の美しい魔女が住み着いた。
彼女は森の右端にある小川の近くに居を構え、日夜怪しい実験を繰り返していると噂されている。
ある時噂を聞いた荒くれ者で有名な大男の冒険者が、きっと人に言えないような危険なモノを作っているに違いない、俺が懲らしめてやると魔女の家に向かい、三日後にヒョロヒョロになって街の門の外に倒れているのを発見された。
介抱され気がついた男はただただ怯えるばかりで、ついにはウレザスの街から逃げ出した。
それ以来、魔女をどうこうしようという輩はいなくなった。
俺を除いて。
「おら!もう昼過ぎだぞ、いつまで寝てるんだよ」
魔女の家の中は色んな物が雑多に積まれていたり床に転がされていたりと、足の踏み場もない状態だ。
ほんの二週間前に綺麗にしたばかりなのに、こいつときたら。
「おふぁ~?誰かと思えば不肖の弟子じゃないか」
ベッドの上で酒ビン片手に寝こけていたエルフが、ゆっくりと起き上がるとん~っと伸びをする。
「メルリーゼ、前から言ってるが酒ビンを抱き枕にするのはやめろ」
「はいはい、相変わらず師匠思いの弟子だね君は」
「アホ言ってないで早く服を着ろ」
俺はその辺に脱ぎ捨てられていたローブを残念師匠に向かって放り投げた。
「なんだ?私の魅力的な身体に欲情したのかい?」
「そーゆー事は爆発した寝癖と酒が残った赤ら顔を治してから言うんだな」
つれないねぇと言いながらもぞもぞ服を着るこの残念エルフは残念だが本当に俺の魔法の師匠、森の魔女こと賢者メルリーゼだ。
俺がこの世界に来てすぐに知り合ったのだが、当時の俺は魔法の使い方が分からなかったので教えてくれる人を探していた。
噂でとんでもなく実力が高いエルフの魔法使いの話を聞き、家を訪ねて弟子にしてくれるよう頼み込んだ。
最初こそ拒否されたものの頼み込む内に態度が軟化し、最終的にはオーケーを貰えた。
本人曰く断るのが面倒になったから基礎だけ適当に教えて放り出そうとした、との事。
だけど最終的には上級魔法まで教えてもらい、特に俺の強みである雷魔法は自分が扱えないにも関わらずその豊富な知識から導きだされた分かりやすい説明のおかげで会得する事が出来た。
教わっている内に自然とパーティーを組むにいたり、解散した後もこの街で再会して今の関係に至る。
彼女は新たな魔法の研究の傍ら魔道具や魔法薬を作って日々の生計を立てている。
依頼はひっきりなしで、一々個別に受けるのが面倒だからと二週間に一度まとめて受けては二週間後にまとめて冒険者ギルドに納品している。
俺はメルリーゼから依頼を受けて二週間に一度運び屋をやっている。そのついでにこの自堕落師匠の身の回りの世話も焼いているって訳だ。
「はい、服も着たし髪もまとめたよ」
床に落ちている資料を拾っていた俺の背中にかけられた声に振り返った。
綺麗な金髪をバレッタでまとめ、モノクルを右目にかけたいつものスタイルになったメルリーゼが立っていた。
「まだ赤ら顔だな」
「エルフは色白だから目立つだけさ。その証拠に息はもう酒臭くないよ」
わざわざ俺の目の前まで来て息を吐く残念エルフ。
本当だろう?というドヤ顔に適当に返事をする。
「へいへい。そうみたいだな」
「おやぁ?君の方からはかいだ事のない女の匂いがするねぇ」
「お前は犬か……」
「私の家に来る前にあの拗らせ聖女様のとこに寄ってきたのは神殿のお香の匂いでわかるけどさ、それ以外にもなんだか花のような良い香りがするなぁ」
メルリーゼはニンマリ笑って俺を見た。
「いやぁ、我が弟子の女たらしぶりには感嘆の声しかないなぁ」
「アホ言うな。今日お邪魔してきた鍛治師んとこのお孫さんの身に付けてた香り袋の匂いが移っただけだよ。例の銅の杭を作ってくれた」
「元筆頭鍛治師のゴランド氏だね」
「元ってよく知ってたな」
「彼が筆頭鍛治師を辞めさせられたのは技術者界隈じゃあ有名な話だったからね。もっとも、その後釜を見ればキナ臭いの一言だけれども」
「会ったのか?!」
「うん。怪しげな自称後見人と一緒にね。何か上から目線であれを作れこれをやれってうるさかったから、例の奴をお見舞いしてあげたよ」
メルリーゼはニンマリ笑うと窓際のケースの中にいるカエルに視線を向けた。
「またあの魔法の犠牲者が……」
地球に住む人なら、絵本や童話の影響で魔法使いが魔法で人をカエルに変えてしまうってイメージは広く共有されていると思う。
事実俺もそうだった。
メルリーゼに魔法を教えてもらっている時、やっぱり魔法って言ってもカエルに変化させるようなのは存在しないんだな、と口を滑らせた。
メルリーゼは何故かそれに大いに食いつき、魔法で人をカエルに変えてしまうイメージに対し強い興味を持った。
何故カエルなのかと聞かれ、悩んだ挙げ句に『突然カエルにされたら怖いだろ?』と小さな子どもに答えるお母さんみたいな返答をしてしまった。
それから数日後、メルリーゼは手のひらにのせたカエルをこちらにつきつけながら、人をカエルに変化させるのは無理だったが擬似的に人にカエルの気持ちを味わわせる事が出来る魔法は出来たと言い出した。
カエルと意志疎通が出来たのかと言ったら馬鹿なのかと言われ、とりあえず体験してみろと問答無用で魔法をかけられた。
気づいたら視界が変わっていて、なにやら世界がでかくなっていた。
なんじゃこりゃと周囲を見回したら、地面に倒れている俺が見えた。
『驚いたかい?これは一時的に君の意識をカエルに乗せているんだよ』
振り返るとメルリーゼの巨大なドヤ顔があった。
そして巨大な彼女の瞳に写る彼女の手のひらに乗る自分。
魔法の中には精神系統に関する魔法があり、その中の一つに『憑依』がある。
憑依は術者と使役獣の意識を魔力で繋いでリンクさせ意識を乗っとる、主に召喚師が使う魔法だ。
その辺にいる動物や魔獣でも出来なくはないらしいが、契約を結んだ相手の方が最初から魔力のパスが繋がっているため魔力の消費量が少なくて済むから長時間使用できると聞いた事がある。
メルリーゼは憑依の魔法を本人曰く『ちょちょっと』改造して、手のひらのカエルに魔法をかけられた相手の意識を移す事に成功したらしい。
説明しながらこっちをつついたり撫でまわしたりするのがウザくて、さっさと戻せと言ったら実はまだ解除の術式がうまく構築出来なくてね、とか言い出した。
てめーふざけんなよ!とマジで怒ったら大丈夫さ半日後には自動的に解けるからと再びドヤ顔された。
言葉通り半日後に元に戻ったが、勝手に魔法をかけられた挙げ句半日おもちゃにされ、さらにかけられた時に受け身もとれずに倒れたので鼻血も出ていた。
言った通りだろうとみたびドヤ顔をするメルリーゼに脳天チョップをお見舞いして、カエルの気持ちが知りたいなら味わわせてやると縄でグルグル巻きにして、召喚師の知人にジャイアントブルーサーペントをお借りして下半身から徐々に飲み込んでもらった。
もちろん胃液で溶かすとかは止めてもらったし、頭だけ口の外に出た状態で『反省したか?』と聞いたら半泣きでウンウンうなずいたので解放してやったが、すぐに回復して『より強い恐怖を与えるには蛇もありだね』とか言いだしやがった。
その後も術をブラッシュアップし、一度に複数人にかけられて解除も自由自在になったらしい。
魔法を完成させたメルリーゼは自分に言い寄ってきたり面倒事を持ち込んでくる輩にこれを食らわせて、相手にトラウマを与えて追い返すというえげつない手段を得てご機嫌だった。
「で、どうみる?」
机の上でとぐろを巻いていたペットのミニチュアウロボロスのウロロにエサをあげていたメルリーゼは、ニンマリと笑ってこちらを向いた。
「どうってーのは例の後見人がヴェンテ商会を乗っ取っているかって事かい?それともあの半人前の鍛治師を送り込んできた黒幕が誰かって事かい?」
「両方だな。てゆーかお前また魔法で自白させただろ」
カエル魔法で精神を揺さぶられた相手に幻術魔法をかけて誘導尋問を行い弱みを握り、仕上げに忘却魔法で記憶を消す、お得意のコンボ魔法だ。
「法にはふれていないよ?」
ニンマリと笑うメルリーゼ。
こいつの言う通り、法律的にはグレーゾーンだ。
しかしこいつは本当に弟子の俺からみても賢者よりは魔女だし、本人も自覚がある。
自覚がある分余計質が悪い気もするが。
「あの貴族のボンボン後見人がヴェンテ商会を乗っ取っているのは間違いないね。それに、前商会長のフスター氏は現在絶賛呪われ中でベッドから動けないようだ」
「呪いだと?」
「そう。で、それに絡んでるのが半人前の黒幕の貴族で、ボンボンの実家さ」
「大方予想通りだなぁ」
予想外なのは呪術まで使ってこの街の筆頭鍛治師になった事だ。
呪術はリスクが高い。
この国の法律ではバレたら重罪。場合によっては死刑だ。
ウレザスの街は国内三番目の大きさで、経済規模は二番目。国内の塩の流通はここが握っている。
そんな重要な街だから領主は上から数えた方が早い高位貴族。
その街の中に呪術関係のもめ事を持ち込んだりなんかしたらただじゃすまないのは貴族なら誰でも理解出来るはずなんだがな。
「どこの馬鹿貴族だ、破滅願望でもあんのか」
「エモニ男爵家だね」
「聞いた事ねー家だな」
「リザージョン地方の家みたいだね。リザージョンには王家の避暑地があるから王家のパシリが得意技らしい」
「えー、まさか王家が関わってんのか?」
「関わってるとも言えるし関わってないとも言える」
「どゆこと?」
「あの半人前はね、とある人物のお気にいりらしい。エモニ家は、と言うか現エモニ男爵夫人とその息子達はその人物の意向に過剰に忖度して動いてるのさ」
「とある人物ぅ?誰だよ、どっかの名ばかり公爵様か?」
「はぁ~。なんだい我が弟子よ、平和ボケかい?」
呆れたって顔のメルリーゼに一瞬イラッとするが、すぐに理由にいきついて思わず顔をしかめた。
「そうか、そういうことか。関わっているとも言えるし関わってないとも言える。リザージョンの離宮と言えば第三王女のお気にいり。その第三王女がぞっこんの相手と言えば」
メルリーゼはニンマリ笑ってうなずいた。
「「勇者」」
勘弁してくれ、そんな気持ちで俺は思わず床にへたりこんだ。
マジかーあいつかーうわー関わりたくねぇ~!
俺、あいつとは関わりたくないからこの街に拠点を移したのに!
色々因縁が出来てしまったのもあるが、とにかくあいつとは相性が悪い。
顔どころか名前さえ聞きたくない相手だ。
「いやぁ、タカと彼はやはり縁があるんだねぇ。同郷同士引かれあっているのかな」
「気持ち悪い事言うな!」
「それで、どうする気だい?」
「どうするって言ってもなぁ。どうにかしなきゃならんが、どうしたもんかなぁ」
「おや、思った反応と違うね」
また逃げ出すのかと思ったよ、とメルリーゼはカラカラ笑った。
こいつ、パーティー解散した後行き先も言わずに俺が街を出た事をまだ根に持ってるな。
『弟子が師匠の面倒を放り出すとは何事だい!そんな弟子に育てた覚えはないぞ。さあさっさとこの家を掃除して私に暖かい魚のスープを作るんだ!』
再会して最初に言われた発言がこれだった。
お前俺達とパーティー組むまでは数十年ぼっちだったじゃねーか今さら一人暮らし無理とか掃除嫌いとか酒買ってこいとかエルフの賢者が言う事かと当時は散々反論したが、結局今の関係に落ち着いた。
「逃げられるなら逃げたかったよ」
「……タカ、何か理由があるみたいだね」
メルリーゼがスッと目を細めてモノクルをクイッとあげて真面目な表情になった。
メルリーゼマジ賢者モードだ。
普段の生活で三割でもいいから賢者モードを出して欲しい。
「ゴランドさんに神託が降ったのは知っているか?」
「ああ。空から魔王がやってくるとかって話だろ?」
「あれ、マジだ」
「そうなのか。彼を貴族の陰謀から遠ざけるためのブラフかもと思っていたんだけどね」
「リズが認めたから間違いない。星空の果てから魔王がやってくる。彼はその魔王を迎え撃つための空飛ぶ船を作れと鍛治の神フェルムから言われたらしい」
「空飛ぶ船、ねぇ」
「この世界の過去に似たような話があったなんて事は?」
ノアの方舟的な神話や昔話があればそれを参考にして動くんだけどな。
何せこの世界は神様が実在する。
神話や伝説は過去に実際にあった出来事だからな。
「私の知る限りはないね。空飛ぶ船なんか聞いた事がない。せいぜいが海上を飛ぶように速く移動出来る船くらいさ」
「そうか……」
異世界ファンタジーお約束の空飛ぶ船はなかったか。
嫌な予感がする。
少しづつ、外堀が埋められていくかのように強まっていく。
いや、まだ分からない。
そもそも俺はゴランドさんが作る船がどんなものかも聞いていない。
魔王だって、どんな奴なのかも知らない。
だから、まだ決まった訳じゃない。
「タカ、何を考えているんだい?」
「異世界アル○ゲドンとか勘弁、ってね」
「はあ?」
珍しく心配そうな声色のメルリーゼに、両肩をすくませてそう答えるのが精一杯だった。
とりあえず場の空気と自分の気分を変えたくてお茶をいれて一息ついたところで、メルリーゼは再び同じ問いを発した。
「それで、どうするつもりなんだい?」
「まだ何とも言えないけどさ。とりあえず今は鍛治師組合の方はおいといて、目の前の問題を片付ける。その結果次第だなぁ」
俺はアイテムボックスからゴランドさんに作ってもらった半円の板を取り出した。
「これは?」
「今日お前に頼みたかった本命だよ。分度器さ」
俺はメルリーゼに望遠鏡の件と分度器が何かを説明した。
「なるほど。異世界の製図用具か。単純だが興味深いね」
「お前ならこの板に正確な間隔で線を引けると思ってさ」
「うん、出来るよ」
「とりあえず最初は出来る範囲で線を引く」
まずは中央に90度線を引く。
「で、この線を基点に45本の線を引いてほしい」
「はいはい」
メルリーゼは魔法で風の刃(極小)を四十五本作り、その端を90度の線上に合わせた。
【全てをそれなりに切り裂け、風の刃】
威力を極端に抑えた風の刃は、板の上に浅い溝を掘った。
ちなみに風の刃は複数だすと必ず間隔が均等に並んで発動する。
なので土地開発や石の切り出し何かでは非常に重宝される魔法だ。
威力を極小に抑えたとはいえ四十五も同時発動出来るのはメルリーゼくらいしか見たことないけどな。
「お見事。流石は師匠」
四回ともミスなく発動し、見事180度の線全てが出来上がった。
「これくらいなら君だって百年ほど研鑽を積めば出来るようになるよ」
「その前に寿命来るわ」
俺は出来上がった溝をペンでなぞって線を書き入れ、数字を書き足して分度器を完成させた。
「ちょっと疑問に思ったんだけどさ、何で半円が180度なんだい?」
「円が360度だから」
「じゃあ何で円は360度なんだい?」
「あー、それはだな、俺の世界の大昔の天文学者がとある星が一日に動く角度を一年三百六十日で測定したかららしい」
「一年は三百六十五日じゃないのかい?」
こっちの世界でも一年は大体三百六十五日となっている。
過去の異世界人が持ち込んだ概念が広く浸透して今ではどの国も一年は三百六十五日だ。
「その頃はまだ大体三百六十日ってのが定説だったみたいだな。長い年月をかけて星々を観測した結果三百六十五日が正しいって答えになった」
「なるほどね。どの世界も世界の事象の観測は長い時間をかけて解き明かされるものなんだね」
「まーな」
「それで、その分度器を使い星空を観測するのだろう?」
「ああ。天体望遠鏡が出来てからだけどな」
「君の世界の構造で作られた望遠鏡は私も大いに興味があるね。観測会には是非呼んでくれたまえ!」
「分かった。呼びに来るよ」
俺はいつも通り家の中をきれいに片付けて、ついでに分度器の礼にメルリーゼの好物の魚のつみれ汁を作り、二週間分の依頼品をあずかって魔女の家を後にした。