異世界ロケット作成中 5
「えっと、初めて作ったからあまり自信はないんですけど」
そう言いながらもミュリスが作ったシチューからは空腹を刺激する良い匂いが漂ってきた。
「いやいや、美味そうじゃん」
「シチューはミュリスの得意料理なので期待して良いと思いますよ」
「うむ、ミュリスのシチューはこの街一番じゃ!」
「そりゃ楽しみだ」
二人の誉め言葉に恥ずかしいのか顔を真っ赤にしつつ、俺が食うところをジッと見つめてくるミュリス。
ちょっとプレッシャーなんすけど。
「お、美味い。リザードの肉もきちんと煮込まれててほどよく柔らかいな」
わりと短時間だからどうかな?と思ったリザードの肉だが、きちんと味が染み込んでいて、噛めばあまり抵抗なくほぐされる。
「二人の言う通り、ミュリスはシチューが得意なんだなぁ」
「えーと、実はちょっとズルしちゃってます」
「ズル?」
「実はこのシチューは特別な鍋で作ったんです。その鍋を使うと短い煮込み時間でもお肉がとてもホロホロになるんです」
「特別な鍋?」
「はい。昔の勇者様が考案されて作られたものなんです。原理はよくわかってないんですけど、お鍋の中で湯気が沢山つくられる事で煮込み時間を短く出来るそうです」
圧力鍋かー。
この世界に召喚される異世界人の中には元技術者なんて人もいて、彼らは元の世界の道具をこちらの世界向けにカスタマイズしていくつかリリースしている。
冷蔵庫はその最たる例だが、圧力鍋があるとは知らなかった。
「だけど味付けはミュリスの腕なんだろ。この味なら胸を張っていいと思うぞ」
「エ、エヘヘ、そうでしょうか」
「ああ。つーわけでお代わり」
「私もお代わりしちゃお」
「ワシも頼む」
「はい!」
ミュリス特製リザードシチューを堪能し、また明日の昼に来るからと二人に告げて俺とミャーナちゃんはミュリスの家を出た。
「いやー美味しかったなー」
「私も久しぶりにご馳走になりましたけど、やっぱりミュリスのシチューは絶品ですね」
「良い子じゃないか。ミャーナちゃんが肩入れしたくなる気持ちも分かるなぁ」
「タカさん、私からもあらためてお礼を言わせてください。ミュリスを助けていただいてありがとうございました」
「なに、俺的には久しぶりにミャーナちゃんの耳をモフモフできたんだから満足さ」
「茶化さないで下さいよ」
「茶化してないよ?」
困った人ですね、とばかりに眉を下げてタメ息をつくミャーナちゃん。
「しかし、ゴランドさんの件はちょっとキナ臭いな」
「はい。私もそう思ってここ最近探りをいれてるんですが……」
「芳しくないみたいだねぇ。ギルマスはまだ?」
「夕方に帰ってきました」
何か王都のギルド本部に呼ばれたとかでここ最近留守にしていたけど、やっと帰ってきたらしい。
「寝耳に水だそうで、明日鍛冶師ギルドに行って事情を聞いてみる、と」
「そうかー」
俺は頭の後ろをガシガシとかいた。
面倒事は好きじゃない。
だけど、ゴランドさんの作る銅の杭は俺の手札の中では一番替えが利かない。
ゴランドさんをはめた犯人として怪しいのは現筆頭鍛冶師、現鍛冶師組合長、もしくはその周辺で利益を得られそうな奴。
陰謀の匂いしかしませんが?
ハァやれやれ系キャラは普通に早死に率が高いので遠慮したい。
したいが、しかし……。
脳裏に抱き合って泣く祖父と孫の光景がチラついた。
く、おじいちゃん子の血が騒ぎやがるぜ。
「しゃーねぇな」
探るくらいなら、まあ、いいか。
「明日、会いに行ってみるか」
「誰にです?」
「聖女と魔女」
§
「ミュリスや」
「なあに、おじいちゃん?」
二人を送り出した後、食後のお茶を飲みながらまったりしていたゴランドとミュリス。
ゴランドはちょっと眉をひそめながらミュリスに質問した。
「あのタカという男は何者なんじゃ?」
「何者って、凄腕のBランク冒険者の人だよ」
「本当に単なるBランク冒険者なんかの…」
息子夫婦も元Bランク冒険者だったゴランドとしては、タカはBランクにしては色々出来すぎている、という印象を受けた。
「あ、後基本ソロだから一人であれこれこなせられるようになったって帰り道に聞いたよ。それに……」
「それになんじゃ?」
「私は、タカさんは勇者様だと思うの」
ゴランドの眉がピクリと動く。
「何故そう思うんじゃ?」
「うーん、助けてもらったから、といのももちろんあるんだけど……」
ミュリスは首を傾げてからポツリとつぶやいた。
「勘、かなぁ」
「勘?」
「タカさんを見た瞬間、何でかわからないけど勇者様だって思ったの。でもその理由が私も上手く説明できなくて。だから勘なのかなぁって」
エヘヘ、と苦笑いする孫とは対照的に、ゴランドは渋面でお茶の残りを飲み干した。
「勘、か。まさかのぅ」
§
午前中にミュリスの家を訪問したら、ゴランドさんは昨日言った通りすでに杭を完成させていた。
「流石、筆頭鍛冶師ゴランド。仕事が早いな」
「元じゃ。それより問題ないか確認せんのか」
「信用してますからね」
「ふん、そうか。まあアイアンリザードの鉄を融通してもらったんじゃからそれに見合う仕事はしたつもりじゃがな」
「はいはい。あれ、本数多くない?」
「昨日ミュリスから聞いたんじゃ。お主はミュリスを助ける際に杭を使ったとな。ただ使用済みの本数だけ渡しては恩返しにならん」
「別に気にしなくていいのに。で、アイアンリザードの鉄で船のどの部品を作るんだ?」
魔力の通しが良いって事は釘とかネジじゃあなさそうだけど。
「アイアンリザードの鉄は船の中枢に使う事になると言われとる。じゃがそれより前に魔王の姿を捉えるための魔道具に使用する予定じゃ。お主のおかげでそちらは滞りなく作れそうじゃ」
魔王を観察するための道具、ねぇ。
この世界にはクリスタルやスクロールを使った遠距離通信があるから、その上位モデルかなんかかな?
「そりゃ遠見のクリスタルみたいな」
「おじいちゃん、ただいまー!」
俺が喋り終える前にミュリスが工房に勢い良く入ってきた。
俺と入れ違いでちょうど近所にお使いに行っていたらしい。
今日は街娘スタイルで肩からカバンを下げていた。
わずかに何かの花のような匂いがする。若い女性に人気の香り袋かな?
「お帰り、ミュリス」
「こんちわ、ミュリス」
「タカさん!いらっしゃっていたんですね、こんにちは!」
「それでミュリス、例の物は出来とったか?」
「うん、受け取ってきたよ」
ミュリスは肩にかけていたカバンから目の細かい布に包まれた丸みをおびた何かを取り出した。
ゴランドさんはそれを受け取ると、その場で布から取り出した。
「レンズ?」
何枚かあるそれらは一番大きなもので直径二十センチくらいのサイズがある凸面レンズだ。
「相変わらずギャロの奴は良い仕事するわい」
取り出したレンズを満足げに眺めるゴランドさん。
「望遠鏡を作るつもりなのか?」
「そうじゃ。空のむこうにいる魔王を見つけるにはでかい望遠鏡が必要じゃからな」
「でかい望遠鏡……?」
ゴランドさんの発言に一抹の不安がよぎる。
元の世界なら一般人が買えるレベルの天体望遠鏡でも性能の良い物はかなり遠くまで見ることが出来た。
だが、この世界に来てから天体望遠鏡を一度としてお目にかかっていない。
まさかとは思うが……。
「ゴランドさんは普通の望遠鏡は持ってるのか?」
「持っとるぞ。望遠鏡はたまに趣味人な貴族から注文があったからの、試作品として作った奴があるんじゃ」
「それ、ちょっと見せてもらえないかな」
「構わんぞ。こいつじゃ」
うわーお、予想通りのオチ。
ゴランドさんが作業台の棚から取り出した望遠鏡は、大航海時代の船乗りが使っていそうな屈折望遠鏡だった。
「こいつは試作品じゃからあまり装飾がなくて安っぽく見えるかもしれんが、遠くを見るのにはなんの問題もないぞ。ほれ、見てみるがいい」
ゴランドさんから手渡された単眼望遠鏡を覗き込む。うーむ、倍率は二倍くらいかな?
「それでな、この魔石のはまった部分を押し込んでやるんじゃ」
言われた通りに魔石を押し込むとカチッとスイッチが入り、ウニョンウニョン音がして筒が伸びて倍率が四倍くらいになった。
「これがアイアンリザードが必要な部位じゃ。薄く伸ばした鉄に魔法陣を刻んで魔力を供給することによって中の機構が動き自動で見える大きさが変わるんじゃ!」
無駄に高性能だ…。
だが、肝心なのはそこじゃない。
「ゴランドさん、これじゃあ多分魔王を見つけるのは難しいんじゃないかな…」
「何故じゃ?」
「この望遠鏡さ、例えばあっちの山を見るとするじゃん」
「ふむ」
「で、見える大きさを変えるじゃん」
「うむ」
「これでさ、あの山の頂上に住んでいる天狼見える?」
「いや、流石に分からんじゃろ。お前さんの指差した山、ここから何日か歩いた先にあるグロット山じゃろ」
「そうか。なら街の東にあるノーダイ山の山頂にあるお社の脇に立てられてる看板に書いてある文字、ゴランドさんがこれから作る大きな望遠鏡なら見る事が出来ると思う?」
「む、いや、無理かもしれん」
「そう。ゴランドさん、星空ってのはな、凄く遠いんだ。今言ったグロット山までの距離で、やっと星空の入り口くらいさ」
「なんじゃと?!」
この世界と元の世界の大きさがどれくらい違うかは正確には分からないが、ここに来てすぐに地平線からの距離をざっと計算した結果、元の世界と変わらない五キロ弱だった。
地平線の計算方法は簡単に言えば自分の目線の高さと星の半径が分かればいい。
俺は落人平原の地平線に立つ、とある塔を目印にして距離を計った。誤差を含んでもその値は五キロ弱だったので間違いはないだろう。
さらにキャンプをして星々の動きも観察し、その結果この星は地球とさほど変わらない環境や法則で動いていると結論づけた。
なら、宇宙までの距離も同じくらいと考えて百キロ。ここからグロット山までの距離がそれくらいだ。
ノーダイ山はここから五キロ弱。その山頂にある道案内の看板のサイズはミュリスの身長くらい。文字も大きく書かれている。
その程度が見えないんじゃお話にならない。
「それに星空は物凄く広い。ゴランドさんが想像する何万倍もね。そんな中からどうやって魔王を探しだすんだ?」
例え天体望遠鏡があったとしても闇雲に宇宙を探したって一生かけても見つからない。
いや見つける前に魔王が来てこの星が滅ぼされるのか。
「それについては船同様フェルム様から居場所をお聞きしとる」
「マジか。どこにいるんだ?」
「それがのう、居場所は聞いとるが居場所の特定がワシにはよく分からんのだ」
「どゆこと?」
「フェルム様は『春の初月から中月までに陽が没した後の二刻後に南から122、空へと75を数えた先にいる』とおっしゃったんじゃが、その数字が何を指しとるのかが分からん」
「あー、なるほどね」
方位と高度。地平座標か。
時間は指定されているが緯度と経度が指定されていないのはウレザスの街からって事だろうな多分。
「お主、まさか分かるのか?!」
「俺の知ってる星空の観測方法と同じなら多分ね」
「タカ、お主は一体……」
「若い頃は天体観測好きだったBランク冒険者さ。それよりもその数字を測る道具が必要だな」
「どんな道具なんじゃ?」
「道具自体は単純さ。こう、丸を半分に切ったものに180の数字を割り振っていくんだ。それぞれの間隔を正確に空けないとダメなんだけどな」
「なるほど、物差しみたいな物なんじゃな」
「そうそう」
「単純じゃが正確性がモノを言うとなると作るのにちと時間がかかるやもしれん」
「ああ、そこは大丈夫。作れそうな奴知ってるから。ゴランドさんは半円の板を何枚か作ってくれ」
「それならすぐに出来るわい」
ゴランドさんはチョーク代わりの木炭にヒモを結んである簡易コンパスで真円を描くとささっと切り出してくれた。
「さすがの手際だな」
「こんなもんある程度の職人ならみんな時間もかからず出来るわい。それより問題は望遠鏡じゃ。このレンズが作れる一番でかいサイズじゃとギャロも言うとったからこれ以上の大きさの望遠鏡は作れん。お主の話が本当なら魔王を発見出来ぬかもしれん」
どうしたものかと腕を組むゴランドさん。
「ならさ、今から俺が言うやり方で新しい望遠鏡を作ってみないか?」
「お主、望遠鏡にも詳しいのか?」
「それなりに、ね。もし失敗したら費用はこっち持ちで構わない」
「ぬ、自信があるんじゃな」
「ああ。まずは……それで……」
「箱じゃと?それじゃと……じゃから……」
簡単な設計図も書いてあれこれ説明する。
「うぬ、これはまたなんとも。よくは分からんがお主の話す理屈は筋が通っておるようにも思える」
「まあモノは試しと作ってみてよ」
「まあよい。まずは大型望遠鏡を作り、それからお主の言う望遠鏡も作ってみよう。作り自体は単純じゃからレンズさえどうにかなればさほど時間はかかるまい。明日の朝には材料は揃っとると思うからお前さんも手伝え」
そんじゃ早速ギャロの奴に追加の注文をしに行くかの、とゴランドさんはエプロンを外した。
「タカ、お主はどうするんじゃ?」
一所に来るか、というお誘いに俺は首を振った。
「俺はちょいと知人に会いに行く」
「あ、じゃ、じゃあ私もタカさんについていきます!」
「「え?」」
今まで黙って俺とゴランドさんのやり取りを聞いていたミュリスが、元気よくそう宣言したのだった。