異世界ロケット作成中 20
戻ってきた事をマードックに報告に行くと、予定よりずいぶん早いなと驚いた。
「今回は三人がかりだったからな。思った以上に早く終わったんだ」
天狼の背中に乗ってきました、とは流石に言えない。
ちなみに万が一も考えてアルジェが飛んですぐにメルリーゼに幻術魔法をかけてもらったので俺達の姿は見られていないはず。
獣人って耳や鼻だけじゃなく目もいいからこっちから見えなくてもむこうからは見えていたりするんだよな……。
「なるほどな。それはいいとして……」
マードックは俺の腰に引っ付いているアルジェに目をやった。
肩から下ろしたら今度は腰に引っ付いて、興味深そうにキョロキョロと周りを見回している。
「途中で会った友人に預かってくれないかと頼まれてな」
嘘は言ってないぞ、嘘は。
「狼系の獣人ならよくある事か。俺もお前にもっと早く会っていれば孫の修行を頼んだだろうしな……」
マードックは屈んでアルジェと目線を合わせた。
「こんちわ、嬢ちゃん。俺ぁマードックってんだ。嬢ちゃんの名前は?」
「アルジェ!」
「アルジェか、いい名だな。嬢ちゃんにぴったりだ。アルジェはどっから来たんだ?」
「山から。でもその前は王都にもいた!」
「ほう、そうなのか。ずいぶん旅をしてきたんだな」
二人の会話にちょっとドキリとする。
アルジェには村に入る前に自分が天狼である事は黙っているよう伝えてあるが、それでも変なことを口走らないかヒヤヒヤものだ。
「アルジェ、冒険が好き!」
「そうか。タカと一緒なら冒険には事欠かねぇよ」
「アルジェは知ってる。冒険者は冒険者ギルドに行って依頼を受ける!」
「そうか、アルジェは物知りだな」
ニッコリ笑うアルジェにいつも厳つい表情のマードックもつい笑みがこぼれている。
「素直な良い子じゃねーか。ただ……」
「どうした?」
「いや、見慣れない部族の子だなと思ってな」
「そうか。確かにこの辺りじゃあ白銀の髪は珍しいからな」
内心では冷や汗ダラダラですが、一切表に出さずに北の大地の血筋なのかもなとか適当に返事をする。
メルリーゼのハイドのネックレスは上手いこと機能しているらしい。
「それよりマードック、交換市はどうする?もう用意出来てるのかい?」
メルリーゼがこれ以上突っ込まれないよう話題を変える。
「ああ、村の皆は今か今かと待っている所だ」
「じゃあ、依頼の納品をしたら早速始めようか」
アイテムボックスから抜け毛が入った大袋を取り出してマードックに手渡し、依頼書にサインをもらう。
「この依頼もタカが来るようになってからだな、こんなに沢山手に入るようになったのは。昔は山中歩き回って一日数本拾えりゃめっけものだったのによ」
ありがたい話だと笑うマードックに、アルジェは不思議そうな顔をした。
自分達の抜け毛を何で欲しがるかが分からないのだろう。
神獣の抜け毛や鱗は魔力素材として最上級だ。
天狼だと風属性の魔道具の材料として有名で、抜け毛を中に仕込んだ天狼の杖は装備者に強力なバフがかかり、風魔法の威力が倍増する。
狼獣人だと護符の中に仕込む事により身体能力が上がる天狼の加護と呼ばれるお守りが一番人気。
人種共通で人気なのが紐の中に縒り合わせて作った髪紐で髪を結ぶ事により病魔から護ってくれる天狼の神紐だ。
神紐は子育て信仰の元になったアイテムのため特に人気で、それなりの値段にもかかわらず発売すれば即完売してしまう。
「アルジェ、干し肉食うか?」
「食べる!」
とりあえず下手な事を言う前に食べ物で気をそらしておこう。
しかしこの感じだとやはりあれこれ話しかけられたらボロがでそうだな。
「タカ、交換市は私とミュリスでやっておくからそっちはひとまずアルジェを風呂にでも入れてちゃんとした飯を食わせてやれ」
「わかった。すまんが二人とも後は頼んだ」
メルリーゼも同じ考えだったのだろう、村人達となるべく関わらせないよう配慮してくれたのでそれにのっかる事にする。
「元々私の仕事だからね。ミュリス、来たまえ」
「お二人とも、また後で」
ミュリスと一緒に交換市が行われる村の真ん中へと歩いていったメルリーゼに感謝しながら俺とアルジェは宿へと向かった。
「やっほーい!」
「こらアルジェ、飛び込むんじゃない」
部屋に荷物をおいた俺達はこの村の売りの一つ、宿の裏に湧いている温泉へとやってきた。
普段は村人も利用する事が多いこの温泉だが、交換市のおかげで誰もおらずに貸し切り状態だ。
「ふぃ~。やっぱりここの温泉はいいなー」
俺はけっこう温泉好きな方だと思う。
前の世界じゃあ九州の有名な温泉を制覇していたし、長期連休になると他地方の温泉にも出掛けていたくらいだ。
こっちの世界じゃ温泉どころか風呂も少ないので、定期的にこうやって遠征先の温泉に浸かるようにしている。
王都にいた頃は公衆浴場があったから毎日つかりに行ったもんだが、ウレザスの街には公衆浴場もないし、近隣にも温泉は湧いていないし、風呂付きの宿屋は宿泊費が半端なく高い。
電気ガスが存在しないこの世界では一般家庭では薪は貴重なエネルギー源なので風呂なんて贅沢な使い方をしない。
水も井戸から汲んでくるのが普通なので大量の水を必要とする風呂なんて水汲みだけで重労働だ。
王都や聖都では上下水道が整備されていて水には事かかないので、公衆浴場だけでなく宿や貴族の屋敷、神殿にも風呂付きが多く存在する。
そういった所には火属性が得意な湯沸かし専門の魔法使いが在中している事が多い。
魔力量に恵まれなくて下級魔法しか使えない人だったり中級まで扱えるけど冒険者や騎士、兵士などにはなりたくないって人は結構いる。
そういった人向けの職業ってわけだ。
湯沸かし以外にも水属性が得意な人は水汲みだったり畑の水やり、風属性の人は風車の回転や船の操舵の補助、土属性の人は土方工事や石切に採掘等色んな場所で魔法使いが活躍している。
ちなみにどうしても風呂に入りたくなった時は綺麗な川の側で大きめの酒樽に水を汲んだ後、火魔法で湯を沸かしてドラム缶風呂ならぬ酒樽風呂に入ったりする。
「ざばー」
「ブベッ!」
アルジェが起こした波が顔面にヒットした。
「アルジェ、泳ぐのも禁止」
「なんでー?」
「温泉だから」
「なるほどー?」
泳ぐのをやめたアルジェに頭を洗ってやると洗い場の椅子に座らせた。
アイテムボックスから秘蔵のシャンプーとコンディショナーを取り出し、目をつぶってろよと声をかけてからアルジェの綺麗な白銀の髪を洗っていく。
ちなみにこのシャンプーとコンディショナー、二つ合わせて金貨三十枚。
過去の落ち人が作るのに成功し、本人が開いた王都の専門店で販売されているのだが、お値段もさることながらその人気の高さから滅多に手に入らないプラチナ商品だ。
俺も王都時代にコネを駆使してやっと手に入れられた貴重品だ。
人化したアルジェの白銀の髪はとても綺麗だし、久しぶりの温泉だからと使う事にした。
「ん?なんかふわふわするー」
目をつぶりながら泡のついた頭をペタペタと不思議そうにさわり、けも耳もなんだろー?とばかりにしきりにピコピコしている。
「シャンプーしてるからな」
「シャンプー?」
「髪専用の石鹸だよ」
「石鹸!石鹸は泡だらけで面白い!けど、目に入ると染みる……」
何度か身体を洗ってやったから覚えていたらしい。
あの頃は桶の中にお湯を張ってわしゃわしゃ洗ってやったもんだが、泡とお湯に興奮してはしゃぎまくるもんだから俺も結局びちゃびちゃになったもんだ。
「そうだ、染みるから目は開くなよー」
「うん」
長い髪だからちょっと時間がかかったがシャンプーとコンディショナーを終わらせて、冷えた身体をもう一度温泉で温めた後に今度は身体を洗う。
身体はまず俺が見本を見せてやりながらこうやって洗うんだぞと教え、自分でやりなさいとタオルと石鹸を渡して俺は再び湯船に戻った。
いくら元は神獣とはいえ今は獣人姿なので身体くらいは自分で洗えるようになってもらわないとな。
前世じゃあちょっと年の離れた妹がいて、両親は共働きだったからガキの頃に風呂に入れるのは俺の仕事だった。
風呂どころか朝晩の飯やたまに弁当まで作ってやっていたし、結構面倒見は良い方だったと思う。
お年頃になって距離を置かれるようになり、同時期に俺は就職で家を離れたから最後の方はあまり顔を合わせていなかったが、元気でやっているといいなぁ。
「タカー、洗い終わったー」
「ほいよ。そんじゃもう一度湯につかって百まで数えたら出ようか」
「うん、一緒に数える」
温泉から上がった俺達は事前に用意しておいたイチゴ牛乳(自家製)を腰に手を当ててゴクゴクと飲み干して宿の部屋に戻るのだった。
「わ、わ、わ~!アルジェさんの髪、すっごい綺麗です!」
「これは……なんと艶のある髪なんだ」
夕食に集まったらアルジェの髪を見た女性陣が驚きの声をあげた。
元から綺麗だったアルジェの髪は、美容雑誌のモデルも顔負けのサラサラでキラキラになっているから無理もない。
「タカ、お前、アレを使ったな?」
「アレって何ですか?」
「シャンプーとコンディショナーさ。知ってるかい?」
「聞いたことあります。王都でしか売られていない髪専用の液体状の石鹸で、凄く高いしいつも品薄で手に入れるのが凄く難しいけど、魔法でも再現不可能な美しい髪に誰でもなれるって……」
これが、噂の……とか言いながらごくりと唾を飲み込むミュリス。
普通に身だしなみに気を使うお年頃だけに興味津々なようだ。
アルジェにお願いして髪を触らせてもらって、凄い、ここまでサラサラになるなんて、と衝撃を受けている。
「私が何度頼んでも使わせてくれなかったのに」
メルリーゼもブツブツ言いながらアルジェのサラサラヘアを触らせてもらっていた。
「アルジェ、髪きれー?」
「今日はアルジェが一番だな」
「アルジェが一番!」
ソーセージが刺さったフォークを掲げて椅子の上に立ち胸をはるアルジェ。
みっともないから座りなさい。
「タカ、前から思っていたけどお前は年下に甘くないか?」
「そうか?」
「そうだよ……。(私への扱いと拗ら聖女どもとかミュリスやアルジェ達とじゃあ全然違うじゃないか)」
途中から声が小さくなってよく聞こえなかった。
「あ、アルジェお前髪が料理に引っ付いてるじゃないか」
「あれ?」
「まったく。ほら、ちょっと大人しくしてろ」
汚れてしまった部分を拭ってやり、アルジェの長い髪をアイテムボックスから取り出した髪紐でささっと結ってやる。
前世で妹、この世界に来てからはリズの髪をよく結ってやっていたので慣れたもんだ。
ちなみにリズにお団子やシニョン、サイドポニーテールやツインテールを日替わりで結っていたら他の女性神官やシスター、信者さんからあのヘアスタイルはどうやるの?って質問が殺到し、ヘアスタイル講習会を開いた事もあります。
個人的には低めのお団子やシニョンが好みだ。
「ほい、これでいいだろ」
「おおー」
ロングなのでくるりんぱシニョンで前傾姿勢でも髪が垂れないようまとめてやる。
久しぶりでも綺麗にまとめる事が出来た。満足。
「そーゆーとこだぞ。……まったく、私の髪は結ってくれない癖して」
「私も髪、伸ばそうかなぁ……」
また小声でブツブツ言い出したメルリーゼと自分の髪を気にしだしたミュリスに、飯が冷めるぞと言ってそれ以上髪の話題にふれることなく晩飯を食い終えたのだった。
「おー、遅い?」
「馬車ならこんなもんだよ」
シエロ村を後にした俺達は馬車でのんびり進んでいた。
御者席で馬に進むのを任せながらふわぁと欠伸をもらす。
俺の横に座っているアルジェは久しぶりに乗った馬車のスピードの遅さにちょっとムズムズするみたいだったが、俺が干し肉を渡すとそちらに夢中になった。
後ろではメルリーゼが引き続き抜け毛で何やら作っていて、ミュリスは魔法の練習をしている。
行きの道中、暇をもて余したメルリーゼの提案によってミュリスの魔法の素質を診てみたら、これが中々だった。
ドワーフの血を引くので土属性の才能があるのは分かっていたけど思った以上に良さげだな、との評価にやる気になったミュリス本人の申し出もあっていくつかの簡単な課題が出された。
馬車の中でも出来るものとして、揺れる馬車内で砂を操作して簡単な図形を作ったり、深めの皿に入った砂と小石を手を使わずにそれぞれを魔力で操作して分別したりと本当に基本的な土属性の操作だ。
「やはり才能があるな。飲み込みが早い」
出来ばえを見たメルリーゼの称賛にミュリスは照れ笑いを浮かべた。
「ありがとうございます。メルリーゼさんの教え方が凄く分かりやすいおかげです」
賢者の称号は伊達ではなく、メルリーゼは本当に教えるのは抜群に上手い。
天才にありがちな感覚派ではなく完全なる理論派で思考も柔軟だから相手に合った説明の仕方で分かりやすく教えてくれる。
「はっはっは。そう言ってもらえると教える側の冥利につきるけどね。では次の課題に入ろうか」
メルリーゼは久しぶりの賢者モードで次の課題をやってみせた。
砂を板状にして硬くする、いわゆるウォール系の魔法だ。
一見簡単に作ったように見えるけど、これが中々難しい。
「あ、あれ?固くならないです」
ミュリスは砂を板状の形に整える事は出来たが、メルリーゼが指で触ると簡単に突き抜けてしまった。
元が砂だから形だけ整えても硬度が足りないんだよなぁ。
大抵の魔法使いは元から硬い地面や岩を利用するけど、メルリーゼに言わせればそれでは土属性の本質を理解出来ないらしい。
俺もこれを教わった時に同じ指摘を受け、砂の密度を高めるため魔力をこれでもかと浸透させ圧縮しまくったら逆にやり過ぎてしまい暴発させた事がある。
今ミュリスがやっているような手のひらサイズで、直前にぶん投げたから爆発の余波で擦り傷くらいで済んだものの、その威力にメルリーゼも口を開けて驚いていた。
ちなみにこれをブラッシュアップして新たな魔法を開発。
俺の手札の一つになっている。
「ミュリス、魔力を砂の一粒一粒を覆うように浸透させたまえ。そしてそれをギュッと固めるイメージだ。君も子供の頃泥団子を作って遊んだ事があるだろう?あんな感じさ」
「はい。覆って……固めて……」
「うん、そんな感じだね。触ってごらん」
「あ、欠けちゃいました」
「欠けるって事はちゃんと固まっている証拠さ。初めてでここまで固められれば上出来だよ」
「より固くするにはどうしたらいいんでしょうか?」
「魔力をもっともっと浸透させる事さ。一粒一粒ってのは比喩だけどそれくらい魔力を細かく浸透させるのが大事なのだよ。まぁ中には比喩を現実にしてとんでもない魔法を作り出した奴もいたがね」
こちらを見ながら呆れるよとばかりに肩をすくめたメルリーゼ。
うっさいわ。お前だってその魔法を俺より極悪な改良をして使ってるじゃねーか。
「タカさんの事なんですか?」
「そうさ。こいつは本当に非常識な奴なんだ。その魔法を初めて見た時は開いた口がふさがらなかったよ」
「どんな魔法なんです?」
「帰り道で見せる機会があったら見せてやるよ」
マイペースに干し肉をかじるアルジェの頭をなでながら、俺は視線を正面に戻したのだった。




