異世界ロケット作成中 2
ハーフドワーフの女の子を連れて廃鉱を後にすると、そこからしばらく歩いて充分に距離を空けてから一休みすることにした。
「この辺で休憩しよっか」
「はい」
女の子はさして疲れをみせることなく背負子を下ろしてこちらに近寄ってきた。
ハーフとはいえ流石ドワーフ。
あのくそ重たい角を背負って一時間以上歩いてもまったく息切れしていない。
俺は身体強化の魔法をかけてもけっこうしんどかったのに……。
「あ、あのあの!」
前のめりになって話しかけてくる女の子に待ったをかけて、アイテムボックスからお茶セットを取り出した。
「とりあえず落ち着けや。君、コップ持ってる?」
女の子はあります!と言いながら腰につけていたバックから金属製のコップを取り出した。
「それじゃ、お茶でも飲むかねー」
土魔法で地面にかるく穴を堀り、その中にその辺にあった小枝をくべて火魔法で焚き火をおこして湯を沸かす。
女の子はやっぱりほへーっとした顔をしてこちらを見ている。
茶葉はこの森で採れた自家製だ。
味はまあまあだと自分では思っている。
沸かしたお茶を女の子のコップに注いでやり、仕上げにハチミツを少し垂らしてやる。
自分のにも同様に垂らして一口飲み、ホッと一息つく。
女の子もホッとした表情になりながらお茶を飲んでいる。
うん、若い女の子に飲ませる機会がなかったけどこの反応なら悪くないな。その内商店に売り込んでみよう。
「とりあえず、落ち着いたところで自己紹介といこうか。俺はタカ。Bランク冒険者だ」
「は、はい。私はミュリスと言います。あらためて、お助けいただきありがとうございました!それでそのあの、タカさんは勇者様なんでしょうか?!」
「は、はぁ?」
いきなりの勇者扱いに思わず変な声が出てしまった。俺が勇者?いきなり何言い出すんだこのハーフドワーフ。
「違う。いきなり何なんだ……」
「その、タカさん凄く強いですし、魔法も色んな属性が使えますし」
「はぁ……。あのな、俺は勇者じゃない。強く見えたのも君がまだ新人だからだよ。魔法も確かに俺は多属性使いだけど、突出した属性がない器用貧乏だ」
この世界では魔法は基礎属性は火土水風の四つと特別属性の光と闇。
基礎属性はそこからさらに派生して雷属性だとかが存在するが、俺は全属性が使えるけど派生魔法はあまり取得していない。
理論上なら俺は全ての派生魔法が使えるが、派生魔法は魔力消費が馬鹿にならない。
中級魔法クラスを十発前後しか使用できない俺の魔力量では上級~最上級が多い派生魔法は扱える数に限りがあるからだ。
だから俺は器用ではあるけど万能とは言えないんだよな。
「でも、でも」
「それに俺は本物の勇者を知ってるからな」
まだ何か言いたそうだったミュリスの言葉をさえぎる。
そう、俺は勇者と出会ったことがある。
あれこそがチート。あれこそが本物だ。
勇者は俺と同じ日本出身の異世界転生者だ。
俺同様異世界からの人間が落とされる『落人平原』に転生させられてきた。
あいつの固有スキルは『神光魔法』。
光属性の上位の魔法で、過去に存在した勇者の多くが持っていた伝説のスキルだ。
その能力はまさにチート。
神様の加護で全能力を大幅アップの自動バフによりどの能力も最初から世界最高クラスで、弱点となる属性は存在せず、毒や呪いも無効だという。
ちなみにこの世界の勇者は全員異世界転生者だ。
チートな能力を転生時に与えられて無双する地球ではごくありふれた異世界モノパターンだが、現実にその力を目の当たりにするとありえね~としか言えないレベルだ。
優れた容姿に実力もある女の子達を引き連れてのイケメンハーレムチート生活ぶりを見せつけられた俺は、異世界でもリア充格差の壁を目の当たりにし、自分が主人公ではないと気づかされてしまった瞬間だった。
それから俺はガンガン行こうぜから命を大事にへとシフトチェンジした。
主人公補正がないモブキャラはあっさり死ぬ運命にあるからな。
「それで、君は何でソロでアイアンリザードを狩ろうとしてたんだ?」
なぜか納得いかないかのように眉を下げた表情をしたミュリスに話題を変えて質問した。
そもそも初心者の女の子一人であんな場所まで来る方がおかしい。
命をドブに捨てるようなものだ。
いくら素材が欲しいからと言って命をかけるほどアイアンリザードは希少ではないんだけど。
「どうしても必要だったんです。おじいちゃんが作っている道具にかかせない素材で……」
「だとしても君が直接採りに来る必要があんのか?アイアンリザードはそれなりに希少な存在だけどまったく出回らないわけじゃないじゃん」
「その、買い取らせてもらえなくて」
「は?君のお祖父さんは話を聞く限り鍛治屋か道具屋なんだよな。それなら組合から購入できるはずだろ」
「実は、おじいちゃんは組合から除名されてしまって……」
「除名って、犯罪でも起こさなきゃ中々されないもんだろ?君のお祖父さんは一体何をやらかしたんだ?」
「おじいちゃんは犯罪なんかおこしてません!ただ、その、色々あって……」
「言いにくいなら無理に言う必要はないけど。とにかく君が一人でアイアンリザードを狩るのは無謀だ。パーティーを組んで、もう少し実力をつけてからにするんだな」
「それじゃ、遅いんです。今すぐ必要で……」
ミュリスは思い詰めた顔をして、コップをぎゅっと握りしめた。
この子、この感じだとまた同じことを繰り返すだろうな。
「アイアンリザードの素材っていってもいくつかある。皮、歯、爪、肝、目玉。どれが必要なんだ?」
「皮と爪と歯です」
「鉄になってる部分か。ちょっと聞きたいんだがよ、君のお祖父さんは何を作ろうとしてるんだ?」
魔物からとれる鉄が欲しいならフロッグ系でもいい気がするのに、リザードにこだわらなきゃならない理由がわからんな。
アイアンリザードは鉄を吸収して身体の一部を鉄に変化させている。
ただこれはアイアンリザードだけでなくアイアン系の魔物全般がそうで、俺達が回収したアイアンホーンドフロッグも指先と角は鉄に変化している。
討伐難易度はアイアンフロッグの方がアイアンリザードより低く、値もアイアンフロッグの方が安い。
アイアンフロッグは廃鉱の外側周辺にも生息しているので廃鉱の中に潜らなくても狩れるのも難易度が低い理由だ。
アイアンリザードは逆に廃鉱の外に出る事はめったになく、しかもわりと奥の方に生息している。
鉄鉱石や岩壁に擬態しているため薄暗い廃鉱の中では奇襲も受けやすい。
さらにアイアンリザードは皮まで鉄に変化しているため物理攻撃が効きにくい。
まあ中級雷魔法なら一発で殺れるけど。
ちなみにアイアンホーンドフロッグは普通に電撃を食らわせてもあまり効果はない。
奴は皮のすぐ下に電気を通さない特殊な脂肪をもっており、逆に電気を弾く体質をしている。
殺るなら口を開けさせて口内から食らわせるか、俺が殺ったように金属製の杭を皮と脂肪を貫通させてブッ刺して食らわせるかのどちらかだ。
ミュリスを助けた時は彼女の持つでかいハンマーにも感電させてしまいそうな距離だったため、苦肉の策で特製汁を使用する財布に優しくない倒しかたをしてしまった。
杭もいくつかは使用不能。
お財布に大打撃ですわ……。
「私もよくわかってないんですけど、アイアンリザードの鉄の方が魔力の通しが良いんだそうです。おじいちゃんが作ってるのは、その、魔王を倒すための船、だそうです」
「は?魔王?」
このファンタジー異世界で初めて魔王の存在を聞かされたけど?
いや勇者がいるなら対になるはずの魔王もいるはずだろ?とは転生してから思ってたけどさ。
「その、信じてもらえないかもしれないんですけど、おじいちゃんは鍛治の神フェルム様から神託をたまわりました。『暗黒の星空からやってくる魔王を倒すために、星空へと飛び立つ鉄の船を作るのだ』って」
どこのノストラダムスだよ?って内容に俺は思わず眉間に皺を寄せてしまった。
いやーファンタジーだからなんでもありかなとは思うけど、流石にねぇ。
「やっぱり、おかしいですよね」
俺の表情を見たミュリスは悲しげな顔をして俯いてしまった。
「でも、私はおじいちゃんが嘘をついてるなんて思ってません。おじいちゃんはそんな嘘をつくような人じゃないんです。両親が早くに亡くなった私を育ててくれながら、いつだって真面目にお仕事を頑張っていました」
あー、この子、おじいちゃん子なんだなぁ。
俺もおじいちゃん子だったから何か凄い感情移入してしまう。
「でも、組合の人達はおじいちゃんの事を信じてくれなくって。何度も船を作るのを止めて普通の鍛治仕事に戻れって言われて。でもおじいちゃんが作るのを止めなかったら組合から除名されてしまって」
「なるほどなー、そんな事情が。でも鍛治師一人が仕事をしなくなったくらいでそこまで組合に迷惑がかかるものなのか?除名までしなければならないほどのさ」
「その、おじいちゃんは組合の筆頭鍛治師だったんです。だから、周りへのケジメがつかないって組合長さんが」
「マジか。じゃあもしかして君のお祖父さんってマスターゴランド?」
「はい!ご存知だったんですね」
「この杭、組合で依頼してゴランドさんに特注で作ってもらったんだ」
鍛治師組合で銅を使った杭を作ってもらうよう依頼した時に、とにかく不純物が少なくて魔物にもちゃんと刺さる強度と鋭利さが欲しいとお願いした。
ちなみになぜ鉄ではなく銅かと言うと、伝導率が鉄の何倍も高いからだ。
元の世界でも電気配線は銅線が主流だったしな。
マスターゴランドなら可能だと言われて高い金を払って注文したのだが、その金額に見合った、もしくはそれ以上の物だった。
そう誉めるとミュリスは目をキラキラさせてうなずいた。
「そうです!おじいちゃんはとても腕の良い鍛治師なんですよ!」
「そうか。まあ筆頭鍛治師だったくらいだしな。ちなみにお祖父さんいつ神託を受けていつ除名されたんだ?」
「先月です。月の頭くらいに神託を受けたって聞いて、それから新規の依頼を受けずに受注済みの依頼だけすぐに終わらせて、ずっと船を作り続けてて。除名は月末に組合長さんが来て、一方的に……」
「一ヶ月もしない内に、か。しかしそうなると新規の依頼は受け付けてないから新しい杭は手に入らないって事か」
この杭は雷魔法の威力を上げるのに必要なアイテムだったから、手に入らないとなると俺の奥の手が一つ減ってしまう。
アイアンホーンドフロッグのような一見雷が効かないようでいて実は弱点の奴とか、魔法そのものの効きが悪い相手には有効な策だったので正直使えなくなるのは痛い。
「そ、それでしたら私がおじいちゃんに頼んで作ってもらいます!私を助けていただいたから消費してしまったものですからお金もいりません!」
「そうか。何か催促してしまったみたいで悪いな」
「いえ、お礼を言うのは私の方なのですから」
とりあえずまずは街に戻って冒険者ギルドに納品しに行き、その後にミュリスの家に寄る事になった。
§
「うーっす。ミャーナちゃんお疲れさーん」
「お疲れ様ですタカさん。あら?」
冒険者ギルドでいつも俺の担当をしてくれる受付嬢のミャーナちゃんは、俺の後ろにぴったりついてきていたミュリスを見てピクリと眉をひそめた。
「お、お疲れ様ですミャーナさん」
「ミュリス、あなた何でタカさんと一緒にいるの?」
「あれ?二人とも知り合い?」
「あ、その」
「家が近所なんです。それで、昨日冒険者になったばかりのミュリスがなんでBランクのタカさんと一緒に戻ってきたの?タカさんは今日は廃鉱までアイアンフロッグを狩りに遠出されたはずでしょ」
ミャーナちゃんがスッと目を細めながらミュリスを見る。
こりゃ多分ミャーナちゃんもミュリスにあれこれ忠告したっぽいな。
「そ、それは、あの」
「あー、実は森でマルタ草を集めてる時に出会ったんだ。仕事の事とかあれこれ教えてる内に凄い凄いって誉められておじさん舞い上がっちゃってね。じゃあもっと凄いとこ見せちゃうぞって廃鉱に連れてって一緒に一狩りしてきたんだ。タイミングよくアイアンホーンドフロッグを狩れたからこの子に角を片方担いでもらってさ」
いやーごめんごめんと笑いながら言い訳をすると、ミャーナちゃんはちょっとジト目でこっちを見た後にはぁー、とため息をついた。
「タカさんがそう言うならこの場では何も言いませんけど」
「はっはっは、さすがミャーナちゃん。可愛くて優しくておじさんもうまいっちゃうなー。いやーその内何かでお返しするよ」
「それなら前から打診しているAランクへの昇格試験を受けていただけませんか?」
「はっはっは無理無理。俺なんかがAランクとか。おじさんはBランクがせいぜいの無難さが売りの冒険者だからね」
「いつもそうやって…。まぁいいです。とりあえずアイアンホーンドフロッグなら身体が大きいですから解体部屋の方にお願いしますね」
俺と話ながらもしっかりとマルタ草の品質チェックを終わらせていたミャーナちゃんに再び礼を言いながら久しぶりに解体部屋へと足を向けた。
「ちぃーっす。モンドのとっつぁんいるー?」
「お、おじゃまします」
解体部屋のデカイ扉を開くと、中で解体道具を磨いていた禿頭マッチョのデカブツがこちらに振り向いた。
「なんだ、タカじゃねぇか。久しぶりだな」
口とアゴに髭を蓄えたごつい顔がニヤリと笑う。
この近所の子供から恐れられているであろう風貌のおっさんは解体師のモンドのとっつぁん。
この辺りではナンバーワンの解体の腕の持ち主だ。
「おう、久しぶりー。ほぼ毎日ギルドには来てるのに会わないもんだな」
「お前が最近デカイのを獲ってこないからだろうが。で、今日は可愛いお供を連れて何を持ち込んで来たってんだ?」
「おう、紹介するわ。この子はミュリス。ピカピカの新人だ。ちょっと縁あって今日はこの子と廃鉱まで行ってきてな。久しぶりにアイアンホーンドフロッグを獲ってきたんだ」
「初めまして。ミュリスと言います!」
モンドのとっつぁんのいかつい見た目に臆する事なく元気に挨拶するミュリス。
「おう、元気な嬢ちゃんだ。俺はモンド。このギルドの解体主任だ。にしても、嬢ちゃんもいきなりアイアンホーンドフロッグを狩るところに立ち会えたなんて運がいいな」
「運がいい、ですか?」
食べられそうになった本人としてはちょっと微妙な表情だ。
「ああ。アイアンホーンドフロッグなんざ滅多にお目にかかれねぇ珍しい魔物さ。俺だって最後に目にしたのは二年前だ。そん時もこいつが持ち込んだんだがな。ほれ、さっさと出しな」
モンドのとっつぁんに促されて解体机の上にアイアンホーンドフロッグをアイテムボックスから取り出す。
「お、いいな。大物じゃねーか。なんだ?頭は抜いてきちまったのか?」
「入りきらなかったんだよ。だから角を背負子に乗っけてんだろーが」
「なるほどな。角はそっちの台の下に頼む」
台の下に角を置いて、背負子をアイテムボックスへと収納する。
廃鉱や森でも見せたが、ミュリスは俺のアイテムボックススキルを見て凄いですと驚いていた。
「相変わらずお前さんが持ち込む獲物は傷が少ねぇな」
「傷ついたらついた分だけ値が下がるからな」
「違ぇねぇな。ま、お前さんの場合そのアイテムボックススキルのおかげってのもあるか。運ぶ時も傷がつかねぇからな。お前くらいの容量のアイテムボックススキルの持ち主は珍しいからよ。それこそ勇者とかじゃねぇと持ってねぇ」
「そうですよね!」
モンドのとっつぁんに激しく同意するミュリス。
何なんだお前の勇者推しは。
「勇者のアイテムボックスはそれこそ無限に入るレベルだ。俺なんかとは比べ物になんねーよ」
奴はなんと帆船をアイテムボックスにしまうことができた。
小舟じゃなくガレオンとかの戦艦クラスだぞ。
異世界モノにはありがちな無限アイテムボックスだが、目の前でそれを見せられると自分の目玉がバグってるようにしか思えない。
「へいへい。とりあえずこいつは金貨二十枚ってとこだな。頭がありゃ二十五枚ってとこだったが。角はかなりのサイズだからおそらく一本金貨五枚くらいで売れると思うぞ。どうする?」
「全部買い取りしてくれ。っと、忘れてた。素材依頼分のアイアンフロッグだ」
「お、こっちも傷が少ない上物だな。銀貨七枚ってとこか」
「買い取りと一緒にそっちの処理も頼む。手続き終わるまでは食堂でお茶飲んでるからよ」
「分かった、やっといてやるよ。お疲れさん」
とりあえず良い笑顔で解体道具を両手に持ったモンドのとっつぁんに後は任せてその場を後にした。