異世界ロケット作成中 16
馬車を街営の駐車場に預けて目的地の食堂へと向かう。
馬車には貴重品以外の荷物は積んだままだが、街営の駐車場は管理人と見張りがいるので盗まれる心配はあまりない。
ついでにその辺にいる子供達に駄賃を渡して馬に水をやるよう頼んでおく。
この子達は孤児院の子で、働き口がない小さい子はああやって駄賃目当てにちょっとした仕事をもらえないかと駐車場の周辺にたむろしている。
駄賃を多めに渡すとついでに馬にブラシをかけてくれたりもするし、何かあった時に気にかけてくれるのでいつも多めに渡している。
この世界では子供の死亡率はけっこう高い。
だからこの国では子供に対する法律もちゃんと存在し、貴族は位に応じて一定の金額を毎年孤児院に寄付するよう義務付けられているので孤児であっても将来の労働力として無下に扱われる事なくああして暮らしていける。
この辺りは多分過去の勇者や落ち人達があれこれやったんだろーな。
「ミュリス、気持ちは分かるけどあんまりキョロキョロしてるとぶつかるぞ」
「あ、はい。すいません」
物珍しげに周囲を見ながら歩いていたミュリスに苦笑いしながら注意する。
「ウレザスとは街並みが大分違うのでつい珍しくって」
ウレザスは海が近いけど山も近いので建物はほとんどがレンガや石造りだ。
一方ストランツァーメは砂浜が広がる海沿いで、山からはそれなりに離れているので石材が乏しいからか木造建築が主流だ。
一部の大きな建物は基礎に石も使用しているが、完全石造りの建物は見当たらない。
石造りじゃないのは湿気の問題とかもあるだろうな。
「建物だけじゃなくてお店で売っている商品も色々違っていて面白いです」
ミュリスの視線の先には木製のお玉やコップに皿、スプーンやフォークが店先に並んでいた。
「海の近くだと金属が錆びやすいからだろうな」
「何故海の近くは錆びやすいんでしょうか?」
「それはな、海水に含まれる塩のせいだ。海からの潮風に乗って目に見えないくらい細かな塩分がその辺に漂っててな、こいつが金属に引っ付くとあっという間に錆びが浮くのさ」
「そうだったんですか。タカさんは本当に物知りですよね」
凄いですと目を輝かせるミュリスに、偶々だとそっけなく返事をする。
どーもこの子のキラキラした視線は苦手だ、直視できない。
メルリーゼ、その生暖かい視線をやめろ。
「街の人達もウレザスではあまり見ない種族の方が多いですね」
「この街は半分くらいは海人系だからな」
歩いている間にも身体のあちこちに鱗やヒレ、水かきがある人達とすれ違う。
ちなみに人魚もいて、昼間に海辺に行くと漁を終えた人達が桟橋でだべっているのをよく見かける。
「お魚屋さんのモーリーさんみたいな方ばかりですね~」
「あいつはこの街の生まれだぞ」
「わ、そうなんですか」
「ああ。あいつは実家も魚屋で、兄貴が継ぐから俺はウレザスに店を出したんだって言ってた。今度話のネタにしてみるといい」
「そうします」
「お、目的の店についたぞ」
「久しぶりだね」
「ここが……」
いかにも海辺の食堂って感じの解放感あふれる店舗で、テラス席もあるから席数はけっこう多い。
昼には遅めの時間帯だったけどそれでも座席はけっこう埋まっていた。
「いらっしゃいませ~。トレジョーニの食堂にようこそ!」
褐色エルフの女性の店員さんが声をかけてきた。
この世界では褐色のエルフはダークエルフではなくビーチエルフといい、南方の暖かい地方の海沿いに住んでいる。
この辺りでは比較的珍しいな。
「三名様ですか?」
「ああ」
「お席のご希望はございますか?」
天気が良くて暖かいので、どうせだからとテラス席にしてもらう。
案内してくれる店員さんの水着エプロンが目に優しいね。
「こちらメニューになりまーす。今日のランチはバスマレの塩焼きかレインボーアサリのパスタです。一品ものは刺身か干物、子ガニの素揚げがオススメですよ」
「俺は塩焼き。あと刺身って何がある?」
「今日は平たい系の魚ですね~」
「じゃあそれも一皿で」
「私はパスタを頼むよ」
「私もパスタでお願いします」
「はい。それでは少々お待ち下さいね~」
店員さんは店内へと注文を通しに行った。
「タカさんはお刺身がお好きなんですか?」
「ああ、ウレザスでも食えるけどここのは魔法を使わずに保存してるから鮮度が違う」
ウレザスだと魚を輸送する時は魔法で凍らせたり魔法の氷で冷やされた水につけるかの二択なのだが、どうも魚の旨味が落ちる。
メルリーゼいわく魚の中にある魔素が氷魔法に吸収されてしまうからではないかとの事。
「そんなに違うものなんですか?」
「ああ、嫌いじゃなけりゃ俺の頼んだ刺身を一切れやるから食べてみるといい」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃいます」
楽しみですと笑うミュリス。
刺身は本当なら水揚げしてから三日間ほど冷蔵庫で熟成したものが一番美味いだとか赤身のお魚が好きですとか刺身トークで盛り上がる俺とミュリスにメルリーゼは信じられないといった表情だ。
「私には魚を生で食べるなんて理解できないよ」
山奥生まれで魚を生で食べる習慣がないメルリーゼは、カバンから白ワインを取り出して早速一杯空けた。もう少し味わって飲めし。
「俺の地元じゃ普通だったし」
「ウレザスでもわりと普通ですね」
ウレザスは海が近いのもあるけど街を開いたのが日本人の勇者だったって事が大きい。
だからウレザスでは魚介系は特に日本の食文化の影響が強い。
刺身だけでなく立ち食い蕎麦の屋台やたこ焼き屋台があるのはウレザスだけだ。
「お待たせしました~。焼き魚定食と今日のオススメ刺身でーす」
店員さんが持ってきてくれた刺身を早速ミュリスに勧め、自分も一切れ口にする。
「お、美味いなやっぱ」
「これは……確かに美味しく感じます」
「舌にちゃんと残る味って言うかさ」
「濃厚さを感じますね」
だよねーと共感する俺達。
遠い異世界の地で刺身の味の良し悪しで共感出来る嬉しさを噛みしめていると、二人が頼んだパスタが運ばれてきた。
虹色の貝殻のアサリがのったパスタからは食欲を誘うニンニクを使ったソースの香りが漂っている。
さしずめ異世界ボンゴレ・ビアンコだ。
「美味しそうですね~」
「実際美味いよ。私はここの海鮮パスタのファンでね」
刺身にむけていたものとは百八十度違う視線をパスタにむけながら、メルリーゼはフォークをクルクル回してパスタを食べ始めた。
「やっぱりここの海鮮パスタは美味いね。白ワインにもよく合う」
「美味しいです!」
おじいちゃんにも食べさせてあげたいなとつぶやいたミュリスに基本的なレシピを教えてあげながら俺達は昼食を楽しんだ。
「この後はすぐに出発されるんですか?」
「いや、冒険者ギルドと道具屋に寄ってくよ」
「冒険者ギルドで門番が言っていたシーサーペントの合同討伐依頼の話を聞いて、道具屋でウレザスより安い値で売られている素材の確認と何か掘り出し物がないか冷やかしに行くのさ」
この世界ではネットも電話もないので情報は人の噂と友人知人からの手紙がメイン。
一応緊急連絡手段として遠見のクリスタルという映像のやり取りができる水晶と、遠話のスクロールという無線通信ができる魔法が付与された巻物があるが、どちらも使い捨てなうえに非常に高価だ。
つまりリアルタイムの情報が手に入らないのでどこそこで珍しい品物が入荷した、あそこで貴重な魔物が出没した等と聞いた時にはもう売り切れだったり狩られた後だったりなんてのは良くある事だ。
他にもこれこれこーいう理由であそこは今ポーションが品薄だとか、普段は割と安全な場所が突発的な理由で魔物が大量発生しているとか自分の命に関わる情報を得る事もある。
だからこういう遠征の時は寄れるところには寄った方がいい。
「冒険者は情報に敏感じゃないとな」
「なるほど、勉強になります!」
俺とメルリーゼの説明に目を輝かせるミュリスに苦笑しながら冒険者ギルドの扉をくぐった。
「今年のシーサーペントはヤバい」
「そんなにか?」
「ああ」
机の向かいに座っているストランツァーメ支部のギルドマスター、オーパスはマジ顔でうなずいた。
傷だらけのムキムキマッチョな肉体に眼帯剥頭と海賊の頭みたいな見た目だが、性格は見た目より落ち着いたタイプで、ギルドマスターになったのもうなずける。
ウレザスのギルマスとは現役時代からの友人で、その縁で俺達も何度か一緒に依頼をこなした事がある。
俺達がギルド併設の酒場兼食堂で情報収集でもしようと建物に入ってすぐに二階から降りてきたオーパスと鉢合わせして、どうせなら茶でも飲みながら話すかって流れになった。
「あんたがヤバいってんなら相当なんだろうが、ここの冒険者だって海の魔物相手ならAランククラスが何人かいるはずだろ」
「あいつらが揃えば大抵の魔物は倒せるが、今回は数が多すぎる」
「どれくらいいるんだい?」
「偵察で見つかっただけでも三十は越えている」
「「「うわぁ……」」」
シーサーペントは単体でもB級上位の油断ならない相手だ。それが最低三十以上となると最早災害に近い。
「そりゃもう退治するのは諦めて散るまで待つしかないんじゃないかな?」
「俺もそう思ってたんだが……」
メルリーゼの意見に同意しつつも、これを見ろとオーパスが机の上に置いたのは一枚の絵だった。
「シーサーペントだけど、見た目が普通の奴じゃなさそうだな」
「何かヒレとか顔が悪者っぽいですよね」
「トゲトゲしてたり目付きが悪かったりすると悪者っぽいよねー」
「色もまっ黒なところが絵本に出てくる悪者っぽいです」
悪者に見えるパーツあるあるトークをしている俺達を無視して絵を睨んでいたメルリーゼは、むう、と唸って顔を上げた。
「こいつは……まさかクイーンかい?」
「流石は賢者、知っていたか」
「クイーン?女王蜂みたいなやつなのか?」
「違うよタカ。女王蜂にしろ女王蟻にしろ奴らはまず女王から始まるだろ。女王が巣を作り兵隊を生んで己の血族を増やし部族を拡大していく。でもシーサーペントは基本単独で生活していて蟻や蜂と違って部族を作るような社会性はない。せいぜい産卵の時に番を求めて集まるだけさ」
「じゃあクイーンは他のシーサーペントとどう違うんだ?」
「シーサーペントのクイーンはある条件によって普通のメスが突然変異して生まれるんだ」
「ある条件って何なんですか?」
「種の存亡の危機さ。滅ぼされそうになると自衛のために種の中からリーダーとなるクイーンが生まれ、他の奴らはそいつを守るために集まってくるらしいよ」
「その話が本当ならシーサーペントは絶滅の危機に瀕してるって事になるけど、産卵場所をたかだか一つ潰したくらいで奴らが絶滅するとは思えねーぞ」
海は広いんだからな。
測量好きだった落ち人製の異世界儀でも、地球と同じく海は七割くらいあるらしい。
その人は地球同様生命が陸上で進化するために必要な海の割合が七割ではないか、と自伝で推測していた。
「タカの言う通りだけどね。ただあそこは世界一大規模な産卵場所らしいし、普通なら複数パーティーで何日かかけて数を減らすところをあいつの事だ、一発で産卵場所ごとかなりの数を始末したんじゃないかな」
「生き残った奴らが大きな脅威を感じてクイーンが生まれる条件がそろった、か。あり得なくもないけど」
「後はまあ、我々が感知していない外的要因もあったりするかもねぇ」
チラリとミュリスの方を見ながらメルリーゼは手をヒラヒラさせた。
動物の本能的なアレで魔王の襲来を予期したとかですかね。
「いずれにしても厄介な事になってんだなぁ。まあ、これ以上集まる前にクイーンを討伐しないと厳しいだろうな。頑張ってくれ」
「クイーンの素材が出回るようなら欲しいけど、値がつり上がりそうだからなぁ。普通のシーサーペントなら値が下がるだろうから買いだめしようかな。取置きよろしく」
それじゃ!とばかりに手を上げて立ち上がる俺とメルリーゼにえ?え?とばかりに俺達とオーパスの顔を見ながらとりあえず立ち上がるミュリス。
「ちょ、待て待て!お前らは参加しないのか?」
オーパスが珍しく慌てて引き止めてくる。
「すまんオーパス、俺達は天狼の抜け毛の採取に行く途中に寄っただけなんだ」
「合同討伐依頼の日にちが明日ってのがなぁ。それに参加したらグロット山に登る体力がなくなっちゃいそうなんでね」
「マジか……。お前ら二人が参加してくれりゃあ楽勝だと思ったんだがな」
オーパスは額に手を当てて唸った。
「わりーな。帰りにまた寄らせてもらうよ」
「天狼の抜け毛をわけてやるからシーサーペントの取置きを頼んだぞ」
「あ、その、失礼します」
眉間にシワをよせたオーパスに背を向けて、俺達はストランツァーメ支部を後にした。
「その、良かったんですか?」
道具屋に向かう途中でミュリスが遠慮気味にそう言った。
「シーサーペントの依頼を受けなくて?」
「はい」
「いいかいミュリス。私達は冒険者であって騎士団でも衛兵隊でもない。誰に命令されるいわれも受けなければならない義務もない、特別な場合を除いてね。自分の身体を張って危険な相手とやりあうのが主な仕事なんだから、受ける仕事は選ばないといけないのさ。今回の依頼はシーサーペントの討伐だが、依頼主を確認したかい?」
メルリーゼの質問に、『あ!』と言う表情になるミュリス。
「確認していませんでした」
「依頼主はこの街一番の商会さ。水産関係で財を成した店で、沖合い漁業のほぼ全てを仕切っている。この街はこの湖を中心とした漁業で成り立っていて漁師のほとんどは沖合いには出ないから、その商会の独占営業なんだね。沖合い漁業は沖でしか獲れない値が高めな魚が中心なんだ」
「ええと、つまり?」
「困っているのは極一部で、街の大半の人は大きな影響がないのさ。せいぜい一部の魚の値が上がるくらいだね。それらが好きな人達は困るかもしれないけど明日の食事に困るわけじゃないだろうさ」
あの門番みたいにね、と言ってメルリーゼは説明を続けた。
「オーパスはギルマスだからその商会の依頼を無視できないけど、漁師が漁に出れなくて困窮しているだとか街の人達に危険が迫ってるとか、緊急で受けなければならない内容じゃないのだよ。単に金払いがいいだけの依頼さ」
「な、なるほど……」
本日何度目かの勉強になります発言をしながらミュリスはメルリーゼの説明にうなずいた。
「冒険者は常に自分の命を対価に仕事を受ける。でも自分の命より高価な報酬なんてない。だから依頼はきちんと選ばないとな」
俺も昔ひどい目にあったからなぁ……。
「タカさんは今までで一番危険な依頼はなんだったんですか?」
「一番と言われると選びきれないなぁ。色々あってな。例えば……」
「なに言ってるんだタカ、私的にはあの遺跡の……」
道具屋に到着するまでに、メルリーゼと一緒に過去の依頼の話をあれこれミュリスに語って聞かせたのだった。




