異世界ロケット作成中 10
椅子が追加された土の机で、俺達はミュリスの作ったサンドイッチをいただいていた。
「いやぁ〜久しぶりに良い刺激になったね。やはりタカといると退屈しない」
メルリーゼは興奮しているからか酒のせいなのか、白い顔を赤くしてニンマリと笑っている。
「我々はこの世界で人界の月が無人で石ころだらけの寂しい場所だとこの目で確認出来た最初の者となった訳だ」
「メルリーゼさんの言う通り、月には誰も住んでいないなんて思いもよりませんでした。ナハティア様とムーンラビットが見られるかなぁってちょっと期待してたんですけど」
おしゃべりの間に親交を深めたらしいミュリスが賢者様でなくメルリーゼさん呼びで彼女に同調する。
何か盛り上がってましたもんねお二人。
俺の名前がかなり連呼されていたけど、何を話していたかはもちろん聞かないってか聞くのが怖い。
女性だけで盛り上がっている会話の内容を問うのはヒノキの棒だけでドラゴンに挑むようなものだ。
「神々の世界は空の彼方にある、その考えが何故か我々には一般常識だった。だけどよくよく思い返してみれば神殿は神界を『いと高き場所』としか表現していなかった。これは実際の高さではなく聖なる土地って意味合いだったんだなぁ」
「森の魔女の言う通りじゃな。神界とは我々の住む人界とは異なる神の住まう場所。目に見える場所にあるはずがないんじゃなぁ。それが確認出来ただけでも今日の観測は大きな意味があったと言えるわい」
お互いのコップにお酌しながら笑いあっている飲んべえ二人。
ドワーフのゴランドさんはともかくメルリーゼは酒は好きだがザルではないため飲み過ぎると寝落ちするからほどほどにしておいて欲しい。
ゴランドさんが持ってきた酒、ドワーフ仕込みのジンみたいな蒸留酒だからメルリーゼが普段飲んでる果実酒より度数が高いんだよ。
俺にも一杯?
じゃあ、コップに半分だけもらおうかな。
ストレートでは飲まずにアイテムボックスから果実ジュースを取り出してカクテルを作る。
ミュリスも飲みたそうだったので作ってやる。
ハーフドワーフだからかミュリスも酒は強いらしいが、甘いお酒が好みとの事。
俺の作ったオレンジジュースのカクテル、なんちゃってオレンジ・ブロッサムが気に入ったらしく、美味しいですとごくごく飲んでいる。
「でも、大きな星なのに実はずっと遠い場所にあって、小さな星なのに思ったより近い場所にあるのはびっくりしました」
月以外にもこの太陽系内にある地球で言うところの木星や土星を観測してみたが、流石に倍率的に丸くて何となくこんな色あいなんだなってところまでしか見えなかった。
その他の大きく光っていた星も観測してみたが、形や色がわかるほどではなかった事に疑問を感じたミュリスに、肉眼で見える星の大きさと距離はイコールではない、山がみんな同じ高さじゃないように星もそれぞれが大きさが違うと説明したらビックリしていた。
何も知らなければ大きく見える星ほど近い場所にあると勘違いしても不思議はない。
月は実際そうだしね。
「でも、魔王は発見できなかったなぁ」
残念とばかりに口をとがらせるメルリーゼ。
「試作機だって言ったろ?こいつの倍率じゃあ見れないほどまだ遠くにいるか、小さくて見つけるのが難しいか、その両方の可能性もある」
「うぬぅ、これほどのものですら見えぬほどの彼方とは」
「ま、しゃーない。次はもっと遠くまで見られる奴を作るとすっかね」
「出来るのかい?」
「レンズ次第だな。ただ作りが特殊だからすぐに出来るかはわからないけど」
「早速また明日ギャロの奴のとこに注文しに行かねば。タカ、お主も来るんじゃ」
「へいへい、そのつもりだよ」
「面白そうだ。私も行くぞ~」
赤ら顔のメルリーゼが仲間外れにするな~と絡んできて、じゃあ皆で一緒に行きましょうとニコニコ顔のミュリス。
明日はなんだか大人数だなと苦笑いしながらサンドイッチをつまんだ。
「それじゃ、また明日じゃな」
「お疲れ様でしたー」
「おう、また明日。おやすみー」
「おや……ぃ……」
酒もサンドイッチも切れたところでお開きになったが、案の定寝落ち寸前のメルリーゼを背負ってゴランドさんとミュリスと別れる。
「だから飲み過ぎるなと言ったろ」
「おぃし……しゃけ……ウマ……ヤバ」
微妙に内容の伝わってくる返事に呆れながら魔女の家にゆっくり向かう。
前に背ゲロを食らってから、酔っぱらったこいつをおぶる時には細心の注意を払わなければならないと学んだからな。
「……明日……こ…て」
「はいはい迎えに来てやるから」
「……くふ…」
「あーもーさっさと寝ろ」
寝落ち寸前なのに往生際悪く、寝ぼけながら頭を乱暴に撫でてくるメルリーゼにため息をつきながら、さっさとベッドへと転がして俺も宿へと戻るのだった。
§
「ミュリスや」
「なあに、おじいちゃん?」
タカ達と別れたゴランドとミュリスは、ゆっくりと街への道を歩いていた。
今晩体験したことは、二人にとってはおとぎ話や伝説の一幕のような出来事だった。
タカが思うよりずっと二人にとっては衝撃的だったのだ。
「タカは、本当に勇者かもしれんの」
今まで知らなかった技術を惜しげもなく披露して歴史に名を残すような結果を出し、さらには落ち人である事まで判明したタカに対してゴランドはすっかり彼に対する見方を変えていた。
「うん!あんな高性能な望遠鏡を作れちゃうのも凄いし、賢者様のお弟子様だっていうのも凄いし。きっと間違いないよ」
ミュリスの返事にゴランドはただそうじゃなぁとうなずくだけにとどめた。
森の魔女がまさか賢者で彼の元パーティーメンバーだったとは、一体どんなパーティーだったのやらと興味が湧いてきたゴランドだが、そうなるとより一層タカがBランクどまりで落ち人である事を隠しながらソロ冒険者をしている理由が気になった。
いずれにしろ、タカの協力無しでは空飛ぶ船も完成すまいとゴランドは考えを改めていた。
タカと自分が出会ったのも神々のお導きに他ならない、近い内に神殿にお礼に行かねばと言うゴランドに、きっとそうだよ、私も一緒にお祈りするねと同意するミュリス。
祖父と孫はにこやかに笑いながら家路を辿るのだった。
§
「起きろメルリーゼ」
翌朝になりメルリーゼを迎えに行くと、案の定ぐーすか寝息をたてていた。
ベッドの周辺には寝ながら無意識に脱ぎ捨てられた服が散らばっている。
とりあえず毛布をひっかぶって丸まってるメルリーゼを揺すって起こすと、思ったより早く目を覚ました。
「う~、頭ガンガンする……」
昨日俺の忠告も聞かずにパカパカのんだせいで二日酔いになったらしく、白い顔を真っ青にして呻いている。
「タカ~助けてくれ~」
情けない声を出すメルリーゼに無言でアンチドーテをかけてやる。自分でもかけられる癖に、弟子だからという理由で俺がいる時は俺にやらせるんだこいつは。
一応経験をつむためだなんだと説明されたが、二日酔い程度ではほとんど経験値は入らないんだけど。
普段なら自業自得だとしばらく放置するんだけど(その間に自分でかける時もある)、今日はミュリス達と一緒に出かける約束だからあまり時間をかけていられない。
「おぉ……痛みがとけていくぅ~」
「治ったならさっさと用意しろ」
「師匠に対して当たりが強いなぁ。もっと敬ったらどうなんだい?」
「どうやら貝の味噌汁はいらないらしいな?」
二日酔いの強い味方、しじみの味噌汁。実際にはしじみっぽい貝なのだが味もそっくりなのでしじみとして調理している。
味噌は過去の勇者様々だ。
「師匠思いの弟子を持って私は幸せだよ」
良くなってきた顔色でニンマリ笑う駄目師匠に、さっさと顔洗ってこいとタオルを投げつけた。
「おはようさん、二人とも」
「おはよーおはよー」
「お、来おったか」
「おはようございます、タカさん、メルリーゼさん」
二人はすでに家の前でスタンバっていた。
声的にそこまで待たした訳じゃなさそうかな。
「じゃ、早速行くとするかの」
「はい!」
「ここから近いのかい?」
「すぐ近所じゃよ」
「五分くらいです」
「それはよかったよ」
久しぶりに家の外に出歩いたから街まで来ただけで疲れたーとぼやいていたメルリーゼは、目的地が近い事に安堵していた。
こいつ、これでも昔は広域フィールドダンジョンとか踏破してんだけどなぁ。
見た目こそエルフだからか変わってないが、中身は心身ともにアラフォーのおっさん化しているんじゃないか?
俺自身こいつを甘やかし過ぎたかもしれない。確かに何も言わず街を去ったから罪悪感があったのは事実だが、それとこれは別なんじゃなかろーか?
すっかり引きこもり不健康堕エルフとなったメルリーゼに思わずジト目を向けてしまう。
「ん?どうしたんだいタカ?」
「堕落師匠改善計画をちょっと」
「いきなりなんだい、失礼な」
「まずは身体強化なしで三日間ほど歩いてみようか」
「え?本気かい?」
「これ以上ないくらい本気ですが?」
「い、いや、ちょっと待ちたまえ」
「俺も反省しているんだ。お前を甘やかしてここまで堕落させてしてしまった事に。だから一緒にグロット山まで天狼の抜け毛を採取しに行こう」
「ちょ、待つんだ弟子よ。ここからグロット山まで三日間じゃつかないんじゃないかな?!それに天狼の抜け毛って採取するには頂上まで行かなきゃならないじゃないか。あの山はこの辺りで一番高いんだぞ!」
「普通の冒険者なら三日間ありゃ余裕だ。それくらいしないと今のお前は是正されないと判断した」
「今さらそんな巷の冒険者みたいな肉体労働したくないぞ!」
「残念ながら強制イベントです」
「い、嫌だー!!」
「お二人とも仲が良いんですねぇ」
「森の魔女のイメージ、昨日今日で跡形もなくぶち壊されたのぅ」
なんやかんやと賑やかに歩いていたら本当にあっという間に目的のガラス工房にたどり着いた。
「『ギャロと愉快な仲間達』ねぇ」
デフォルメされたギャロさんとおぼしき眼鏡のおっさんの周囲をこれまたデフォルメされた小人?妖精?が取り囲んでいる。
なんだろう、前の世界を濃厚に感じさせるこの感じ。
田舎のちょっとしたお店が集まっている通りで色褪せてそうな、現代ものRPGでネタ店舗として出てきそうな、なんとも言えない看板だった。
「なんと言うか、独創的な看板だねぇ」
「腕は確かなんじゃ……」
「え?可愛くないですか?」
ミュリスの意外な美的感覚に驚愕しつつ、ゴランドさんに続いて工房へ入る。
店の中には様々なガラス商品が置かれていた。
色とりどりのコップなどの食器類から花瓶、ステンドグラスの見本にランプや眼鏡レンズとこちらの世界のありとあらゆるガラス商品が飾られていた。
あの江戸切子みたいなコップ、欲しいな。
「いらっしゃいませ~!」
カランカランと鳴ったドアベルの音が聞こえたのだろう、中に入ると小柄な女性が奥からトテトテ歩いてきた。
一見すると小さな女の子に見えるが、エルフほど長くはない尖り耳は小人族の特徴だ。
小人族は只人よりエルフ寄りの種族で、外見も成人して以降はほとんど変化しない。
一部の偏った勇者からは合法ロリとして寵愛されたらしい。ちなみに俺はノーマルです。
「あらゴランドさんにミュリスちゃん、おはよう。今日もご注文にいらっしゃったの?」
「その通りじゃアンナ」
「何か製品に不備があったのかしら?」
「いやいやそんな事はないぞ。ただのぅ、星を観測するには特殊な技法を施したレンズが必要らしくてな」
詳しいことはこやつに聞いてくれと話をふられたのでとりあえず自己紹介をした。
「どうもはじめまして。冒険者のタカと言います。で、こっちのエルフが」
「こうやって顔を会わせるのは初めてですねアンナさん。私はメルリーゼ。森の近くに居を構える魔女にして賢者です」
メルリーゼは着ていたローブのフードを脱いでちょい賢者モードでアンナさんに挨拶をした。
ちなみにメルリーゼは外だと常にフードを深くかぶっているので、家の中より一層魔女っぽさを醸し出している。
「あら!貴女がメルリーゼさんなのね。いつもお世話になってます」
「こちらこそ」
「知り合いだったのか?」
「知り合いというか、顧客の一人さ。よくエンチャントの依頼を受けるんだ」
「そうなんだ」
「私はむしろ君が知らない事に驚いているんだけどな」
「お前が誰のどんな依頼を受けているのか知らんし」
「依頼票を見たりしないのかい?」
「俺はお前に依頼を受けてギルドとの橋渡しをしているだけでお前とギルドと依頼人の間のやり取りは俺が知っていい内容じゃないだろ」
「君は変なところで真面目だねぇ。ま、だからこそ君にお願いしているんだけどさ」
「嘘つけ。ついでに身の回りの世話をさせるためだろ」
「もちろんそこが一番重要だがね」
「へいへい。で、エンチャントの依頼ってレンズに直でかけたりすんのか?」
その割にはギルドで渡された依頼人側が用意した素材とかにはそれっぽいものを見たことなかったが。
「いいえ、メルリーゼさんにはレンズをいれる箱に対衝撃のエンチャントをお願いしているんですよ。うちもおかげさまでレンズに関してはこの辺りで一番なんて言っていただけるようになって、遠方からのご注文も増えてきましてねぇ」
俺の疑問にアンナさんが答えてくれる。
「あー、なるほど。確かに眼鏡用だとかのレンズはとても薄いですからね。どれだけ梱包に気を遣っても馬車での輸送だと破損も起こりますか」
「えぇえぇそうなんですよ。折角ご注文頂いても割れてしまっては元も子もないでしょう。どうにかならないかなと困って冒険者ギルドに相談したらメルリーゼさんをご紹介いただけたんですよ」
「ギルマスは現役の頃に我々と組んで依頼を達成した時に私が対衝撃のエンチャントを使っているのを目の前で見て知っていたからな」
こちらとしては箱にエンチャントするだけだから楽な依頼なのでよく引き受けてるんだとメルリーゼは笑って答えた。
「でもメルリーゼさんじゃないとあんな長時間も持つエンチャントはかけれないですからね。こちらも大変感謝しております」
「それは確かに。こいつのエンチャントは魔力補給無しでも三日は持ちますからね」
「そうなんですよ。おかげで輸送中の破損がゼロになりました」
アンナさんの賛辞に当然だねとドヤ顔のメルリーゼ。
魔法の腕だけは確かなので何も言わないけど。
ドヤ顔こっちに向けんなし。
「それで、お話が長くなってしまいましたがレンズの特殊な技法を、との事ですがどのようなものなのでしょうか?」
「別にエンチャントなど特別な魔術が必要とかそんなものではないので安心して下さい」
俺はそう言ってメルリーゼのモノクルをチラッと見た。
パッと見ただけでは分からないけど、彼女のモノクルには特殊なエンチャントが施されている。
ニンマリ笑ってモノクルをクイッとやるメルリーゼに肩を竦めて苦笑いする。
「そうですか。では店主を呼んできますので少々お待ちください」
アンナさんは店の奥へとトテトテ歩いていった。
「あの人って店主の奥さん?」
「そうです。お子さんが三人いらっしゃって、全員お父さんのギャロさんと一緒に工房で働いているんですよ」
「へー。小人の方はエルフと一緒で外見が若いから年齢が全然分からないな」
「ですよね。私も初めて会う方だと自分より年上かどうかが全然分からなくて」
「ドワーフは人間よりは長寿じゃが老け方は人間と変わらんからのう」
「いやドワーフの女性はともかくドワーフの男は人間より早く老けるでしょうが」
「そりゃひげのせいじゃろ」
「私はハーフなのでより人間寄りですね」
「むう、年齢の話だと私は居心地が悪いな」
「安心しろ、精神年齢は思った以上に若いぞ」
「それは褒めてるのかい?」
俺達がわいわいやっていると、店の奥からドアを開く音がしたと思ったら、看板の絵より額の後退した眼鏡の男性が早足でこちらにやってきた。
「おうギャロ」
「どうもゴランドさん。今日はレンズに関する新技術をご教授していただけると聞いたのだが本当ですかな。直ぐ様工房にて手解きしていただきたい」
物凄い早口でそう言うと、返事も聞かずにゴランドさんの両肩に手を置いて奥の部屋へと強引に連れていってしまった。
「えと、私達も行きましょうか」
「そうだな」
「そうだね」
呆気にとられて見送ってしまった俺達も、二人の後を追って工房へと向かうのだった。




