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肉料理は箱の中  作者: りゅうや
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五話「人のナカ」

 


「いやー、最近見ないので気になって探しに来たんですよ。あ、僕シミズって言います」


 そんな俺を気にする事なく彼は人が良さそうな柔和な笑みを向けて近づいて来る。

 そう近づいて来るのだ。

 異臭を放ち見た目も最悪なホームレスに近づいて来る者など今まで同じホームレスくらいしかいなかった。

 目の前のシミズと名乗る男は、線の薄い顔だが目鼻立ちはきりりとしている。

 イケメンと呼ばれる部類の人間が、自分とは対極の位置に存在するはずの人間が近づいて来る。

 なんのメリットもないのに!

 寒さで赤くなっている耳には鳥居のピアスがついている。


「どうでした? 僕の料理。喜んでくれました?」


 楽し気に尋ねてきた内容に困惑するしか出来ない。


「(料理? は? なんの話?)」


 理解出来ない行動の処理さえ終わっていない所に、更に理解が出来ない質問がきてフリーズするなと言う方が無理な話である。


「美味しそうに食べてたじゃないですか。ハンバーグとか、スパイスチキン風とか。四日前のステーキとか」


 戸惑っている俺に理解してもらうためか話を続ける。

 その内容に心当たりがあり、繋がっていなかった点と点が線で繋がる。


「え⁉︎ 料理ってあの捨ててあった⁈」


 そして一呼吸置く前に──


「なんのために⁈」


 だからこその疑問。何故捨てたのか。

 その目的が分からないため思わず口から溢れ出た問い。


「そんなの食べて貰いたいからですよ」


 しかしそれに対して、特になんでもない様に言ってのける。

 その行動が当たり前と言わんばかりに。


「……」


 その回答に言葉を失った。そんな俺の頬を涙が伝うのを感じた。


「(ああ、善人って本当にいるんだな……)」


 今まで彼の様な善人に会った事がない。

 仕事をしていても同情でお金を少しくれる人なら見た事がある。

 しかし目の前の男の様に『自分の偽善をアピール(同情)するためではなく、ただ相手のため』に行動出来る人間がいたなんて、と。

 だから嬉しくて涙が止まらない。


「ありがと、ありがとう……」


 涙声になりながら彼に感謝を告げる。


「泣かないでください。それよりどの料理が美味しかったですか?」


 俺の肩に手を置いて慰めてくれる。

 そして満足出来たのか知りたいらしく尋ねてくる。


「ぜ……んぶ。全部、美い、しかった……よ」


 本心を伝える。ホームレスにとって食事は全部ありがたい。

 それが自分のために出された料理なら尚の事だ。


「いえ、そんなのは分かっています。その中でどれがちゃんと美味しかったのかを訊いているんです」


 しかしその答えでは納得がいかないらしく、再度問うてくる。

 随分豪気な子だな。まあ、だからこそ料理を振る舞ってくれたんだろうけど。

 少し肩透かしを喰らって涙が止まる。

 が、こちらの方が聞きやすいだろう。


「そうだなぁ。やっぱりハンバーグかな。四日目のチキン南蛮やレアステーキも良かったけど、最初に食べたハンバーグが最高だったよ」


 彼が満足の行く答えを求めているなら、俺はそれに応えられる様に答えるまでだ。

 それがせめて物感謝の礼だ。


「あー、あれですか。実は二番目に挑戦した料理だったので、そう言ってもらえると嬉しいです」


 晴れやかな子供の様な笑みで喜ぶ彼の姿に自分まで嬉しくなってしまう。

 それからも彼とは料理の感想でしばらく話し合った。

 ベンチに座り、ゆっくりと話しているだけのこの時間が至福に思えた。


「そういえば最近はなんで来てなかったんですか?」


 彼が不意に質問してきた。

 だから俺は特に気せず答えてしまった。


「実はレアステーキを食べてから腹を壊してね。ずっとトイレに籠ってたんだよ」


 そして聞いてしまった。


「そういえばずっと気になってたんだけど、あれなんの肉だったの?」


 疑問に思っていた事を。

 話し易い彼だからこそ「君の料理で腹を壊した」という事を気にせず。

 そして自分の舌の正しさを確認したくて。


「ああ、あれは人です」


 だから選択を過った。

 彼は()もありなんとばかりに答えた。


「……え?」

「やっぱり女児の尻肉は柔らかいからステーキで、それもレアで食べて欲しいなって思ったんですよ。でもそれが失敗したみたいですね。すみません」


 彼は話を続ける。

 しかし俺は彼の話を処理出来ず、再び固まる。


「ただ死ななかったのはラッキーでしたね。使う部位には気をつけていたので、生に当たって死ぬだけでしたから」


 笑顔で話彼の姿は至って普通だ。


「肉を手に入れるのも大変なんですよー。まず自宅から遠い場所にいくつか目星をつけて、そこから何日もかけて周りの情報を集めて……」

「死ぬ……人、の肉…………」


 まるで世間話の様な感じで続ける彼、しかしそんな物を聞いている余裕はない。

 人の肉、女児、死。

 現実では相容れない単語の連続。

 普通であれば突拍子もない話に鼻で笑って返す所だ。

 だと言うのに頭の中で自分がステーキを頬張っている姿。

 そしてその料理が、肉が出来上がるまでの経過が勝手に連想され始める。

 捕まった見ず知らずの女児。

 どこかで解体された彼女の身体は部位ごとに切り離されてはいるが、所々の肉を剥がれ原型を留めていない。

 身体から流れ出た大量の血。

 その血の海に佇み今の様な笑顔で切り離した肉を手に乗せている隣の青年の姿。

 香るはずのない死体の悪臭と血の鉄臭さが混ざり合った異臭が鼻の奥を通過したのを感じた。


「──うっ‼︎」


 凄惨な情景をを思い浮かべてしまい強烈な吐き気がこみ上げてきた。

 そして逆らう事も出来ずに、空っぽの胃の中の物をその場に出してしまう。


「大丈夫ですか?」


 青年は心配そうに駆け寄って私の背中を撫で始める。

 その行動について考えている余裕もなく、ただひたすらに堪え切れない吐き気に襲われ続ける。

 三日間何も食べていない事もあり、出てきたのは見事に胃液のみだった。

 しばらくしてその吐き気がおさまった頃、涙と酸欠によって少し視界が霞む中自分の背中に手を置いている彼の方を見る。

 彼は普通の人が見せるような心配性な眼差しでこちらを見ている。

 その普通の様がより気色の悪い化け物にのような錯覚を覚えさせる。


「な……なんで、そんな冗談を……?」


 ここまで想像しておいて、どこか認めたくない自分がいる。

 そもそもの話こんな非現実的な話を聞かされて、吐く程までの鮮明な妄想した自分の想像力に呆れる。

 本来そんな馬鹿げた事があり得るはずがない!

 そう自分に言い聞かせるように、そしてどこか心の中で冗談であって欲しいと祈るようにして彼に問う。


「冗談な訳ないですよ。ちゃんと人の肉です」


 先程と同様の朗らかな笑みを浮かべてあっさりと答える。

 そうあっさりと。俺が抱いた一縷いちるの望みをあっさりと切り捨てられた。


「貴方に食べてもらおうと十日前に仕入れた八歳の女の肉です」


 訊いてもいない情報まで提供して完全に望みを潰えにきた。


「──んな訳ねぇだろ! そっ、んなアホみたいな言葉を! 『はいそうですか』ってし、んっ……じる訳ねぇだろっ!!」


 吐いたせいか少しふらつく身体を気合で立たせて、彼の妄言を否定する。

 嘔吐した直後のため喉が痛く、言葉が上手く発音出来ない。

 それでも続ける。自分の間違いを証明するために。


「今時そんな事うぉ……をしたらすぐに警察に捕まる! まじでや死体なんて何日も隠しておけるか‼」


 人の肉を食べるなんて根本的に無理な話なのだ。

 人を捕まえる事自体難しい世の中なのに、それが何日も行方不明であれば警察が必ず突き止める。

 だからそんな事出来る訳がないんだ!


「はっ、はっ……はぁ……」


 荒くなった息を整えながら男が何か言うのを待つ。


「どうしてそこまで否定するんですか? さっきまで美味しいって言ってれていたじゃないですか? 美味しいならなんの肉でも・・・・・・別に良いじゃないですか」


 俺がぶつけた想いへの返答ではなく、疑問と妄言。


「……は?」

「牛や豚、鶏、鹿や兎だってそうです。美味しいから食べる。人間でも美味しい部位があるんですから、気にせず食べれば良いじゃないですか」

「いや…………そんなの人として──」

「そんなの周りがそうだと言っているから根づいた一つの『言い訳』じゃないですか」


 彼は淡々と続ける。


「人は言い訳をしないと自分の行動を正当化出来ない、と僕は思ってます。勉強でも、仕事でも、恋愛でも。全部の行動を起こす前には無意識に言い訳を用意しています」

「そんな訳ないだろ。言い訳ばかりしていたら行動なんて出来なくなる」

「……言い訳は言い方を変えると自己正当化と言います。正当化は“正しく道理に適っているようにみせる”という事です。だから貴方が人の肉と知った途端嫌悪し、忌避したのも過去に根づいた『人を食べてはいけない』という“人としての道理”を言い訳にしたからです」


 彼の話を聞いていて一つの矛盾に気がつく。


「言い訳が自己正当化って言うなら、君もそうじゃないか! 美味いからって人を殺して食べてる。それは正しい道理じゃないだろ!」


 今し方彼が言った“人としての道理”。これが正しい道理という事だ。

 つまり結局彼の行動は道理に反している。


「いいえ、僕にとって『美味しいなら人でも食べれば良い』というのが正しい道理です」

「はあーっ?」


 意味が分からない。そんな物のどこが道理だというのか。


「貴方が抱いている“人としての道理”は生きてきた中で咲いた『ように』感じているだけの、ただの他人から伝わって根づき、花開いただけの感性です」

「……言ってる意味が分からない」

「では何故人を食べてはいけないのですか?」

「そんなの死者への冒涜だ。それに人を食べると病気になる」

「死人は死人です。もし死者への冒涜というのであれば、同じく食用の牛や豚に対しても死者への冒涜ではないですか?」

「……人と家畜とでは価値が──」

「それは種差別です。全てが生きとし生ける存在なのですから価値は平等です。ただ有るのは弱肉強食だけです」


 彼の返答に返す言葉が思いつかない。


「それに病気も肉自体にはそこまでプリオンが生息していませんから焼けば死ぬ事はありません。今回の尻肉も骨の部分から離れた部位を使用しました」


 止まっている俺を無視して彼は俺の『人を食べてはいけない』の理由に答え終える。


「そして今貴方が述べた理由は、あくまで他人から教えられた事ですよね? 自分がそうだと感じて、ではなく“そうなのだと思わさせられるようにされた”。これが貴方に根づいた感性です」


 そして最初の説明も終える。

 話し終えた男は俺が何か言うのを待っている。


「……君の言いたい事は分かった」


 一間を置いて自分の想いを告げるべく意を決する。


「それでも俺は自分の感性、道理が正しいと信じる」


 彼の意に反すればどうなるのか。

 そう恐れながらもやはり変えられない自分の意思を告白する。

 しかし彼は満足そうに頷く。


「貴方がそれで良いならそれで構いません」


 そう言って彼は立ち上がった。


「言い訳は行動を行う上での理由づけです。将来のため、周りがやっているから、楽しいから、好きだから、性処理の相手が欲しいから、家庭を築きたいから。理由いいわけはいくらでもあります」


 演説をする様に手振りをつけて彼は説く。


「そしてそれはその人が行動する上で必要だから行われます」


 俺の両肩に手を置く。

 百六十五センチしかない俺を見下ろす彼の顔は最初から見せている朗らかな笑顔。

 人の肉を食べる変人。

 法律的にも俺の道理にも反している行動を取る彼は異常者だ。

 しかしそれは確かな信念で行動をしており、その良さを周りに広めようとしている。

 そこだけ見れば良い人間なのだと思う。

 でも犯罪者である事に変わりはない。想いはある程度理解したが、通報はする。

 それが俺の『人としての道理』だ。


「ただ──」

「うぐぅっ⁉」


 良い感じに自分の人としての部分を認識していたというのに、心でも読んだのか男が肩に置いた手を勢いよく首に回してくる。

 いや、普通に考えて殺人犯がいたら通報するという流れになる。

 それを読めないバカはいない。

 というか油断した。あんな笑みを浮かべていたから何もしてこないと勝手に思ってしまった。

 料理をもらったからなのか、それとも自分を普通の人として接してくれた事が嬉しかったからなのか。

 理由は分からないが、何故かそう思ってしまった。


「うっ……‼」

「固執するのは危険でした。普段なら臭いが強くなる前に移住していたんですけど、貴方が美味しそうに食べてくれたので、つい長居をしてしまった。反省しないと」


 首にかかる手の力が強まる。

 い、意識……が……


「あ、が……」

「最期に僕の料理を食べれて良かったですね」


 それが最期に聴いた彼の言葉だった。



「『続いてのニュースです。先日大阪府守口市の板眞名いたまなアパートに在住の大学生シミズ ナビト容疑者の部屋の浴槽から女児の遺体が発見されました。警察の調べによりますと二週間前に行方不明であった女児と同じDNAであると判明しました。また、シミズ容疑者の転居前のアパートを調べた所、一ヶ月前に行方不明になっていた男子小学生の毛髪が見つかりました。現在も逃走を続けるシミズ容疑者を警察は引き続き捜索しています。ここで明日のニュ──』」


 見たかったニュースが終えたのでテレビを消す。

 線の薄い顔だが目鼻立ちはきりりとしたイケメン寄りであり、耳には鳥居のピアスをつけている。


「またどこかで身を隠さないとなー。田舎にでも行こうかな? でも料理は続けたいからなー」


 木製の椅子を後ろ脚だけ支え、揺らしながらこれからの事を思案する。

 その後ろでクチャクチャという不快な租借音が小さく響いている。


「老人の肉は美味しいかい?」


 自身の料理を動物の様に四つん這いとなり手を使わずに食べる大きな影。


「オイシイ、デス」


 生気のない顔を上げ答えたそれは、薄い金髪に淡いオレンジの瞳を持つ女性。

 獣と同じように裸にされ、首輪とそれに繋がるチェーンは彼の手元にある。


「そう。僕は臭くて無理だったけど、気に入ったのなら良かったよ」


 やっぱり室内の方が楽だな。そう笑いながら呟いたシミズはスマホで次の料理のレシピを探し始める。


ご覧いただきありがとうございました。今回で『肉料理は箱の中』は最終回です。

書きたい物を書いたのですが、恐らく「よく分からなかった」という方が多い事でしょう。

私の技量の低さで消化不良、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。何れは納得していただける短編も書けるように努めていきます。

短い間でしたが、ありがとうございました。また別の短編が執筆できましたら投稿しますので、その説はよろしくお願いいたします。

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