二話「箱の中」
ここは彼が普段から食料を探している場所の一つ。
ホームレスにとって食料の確保は必要不可欠であり、特に冬場は食事をしなければ死ぬ。
しかし、どこかしこで食料探しを行って良い訳でもない。
ホームレスにはホームレス間での縄張りが存在する。それを守らない者、守ろうとしない者は敵と見做され排除される。
暴行され身包みを剥がされる。
ホームレスは仲間には優しいが、敵には徹底して厳しい。しかし懐柔は簡単であり、酒瓶を差し入れすればある程度は心を許してくれる。
何も知らない仲谷は勝手に縄張りで食料を漁り、他のホームレスが寝床にしていた場所で野宿をしてしまい公園を追い出された。
有り金も持って行かれたため文無しでホームレス生活がスタートした。
それでも二年もの間生き続けている。
その気になれば人間はしぶとく生きれる。それをフリーター時代に理解していなければ、と彼は時折思う。
単身向けのアパートだから利用しているのは学生や社会人がほとんどだ。
だから賞味期限が過ぎただけの物や床に落としたのか野菜や生肉の切り落としなんかが捨てられている。
流石に弁当が捨てられているなんて事はないが、それでも食べれる物があるだけ感謝だ。
ペットボトル、缶瓶、ゴミと分けられた薄緑色のゴミ収取箱。
生ゴミとかを分ける必要がないため一つの袋から何が出るか分からない。
そのため物色するのに時間がかかる。
住民や近所の人間にゴミを漁っている姿を見られれば色々と厄介になる。
例えば箒で叩かれたり、警察を呼ばれたりするが正直それくらいならありがたい。
一番嫌なのはボックスに鍵をかけられる事。これをされると折角見つけた補給所を利用出来なくなる。
そうなればまた新しい場所を探さなくてはならない。
しかし他のホームレスが縄張りにしている所には行きたくない。
だからなるべく短時間で、それでも食べられない物では意味がないのでしっかりと選定する必要がある。
幸いなのはゴミは回収される曜日が決まっているのだが、ここの住民はそんなのはお構いなしと言わんばかりに適当な曜日に捨てている。
回収される前日が一番多いが、そんな適当な住民達のお陰でいつ行っても少なからずゴミがある。
ただ食料になる物がその中に入っているかは賭けだけど。
「一昨日みたいにガムも入ってれば嬉しいんだけど……」
袋にへばりついていたガム。味は確かグレープ。超薄味の。
ガムがあれば食後も口が寂しくならない。それに噛んでいれば多少の空腹感は薄れる。
が、流石に二日も噛んでいたら飽きてくるから本当に空腹を誤魔化して後は飲み込む。
そんな訳で今回もガムがある事を願いつつ、ではなく食料がある事を願いつつゴミを漁り始める。
しかし今日は全然ゴミがない。
別に今日は回収日という訳ではない。だというのに二袋しかない。
その中も紙ばかりだ。
「マジ──おっ!」
衝撃を受けたが、よく見ると弁当の容器がある。
心を躍らせて袋の荷を解く。
昔は袋を破って開けていたが、それで次から回収箱に鍵がかけられてしまった。
そのため別の場所を探すハメになり、他のホームレスにぶん殴られたっけ……
それ以来ちゃんと開けるようになった。
などと昔を振り返りながら真結びを解く。
期待を胸に覗いた、しかし容器の中は空。綺麗に食べられた弁当にはアルミカップしか残っていない。
「チクショー……俺の期待を返せよ……」
肩を落とす。期待と落胆の起伏が激しい。
「今日は食料なし、か……」
袋を適当に結び、回収箱に戻す。
こんな事は日常茶飯事。愕然とはすれど、運のためどうしようもない。
……今日は諦めて公園に戻ろう。
そう決めて踵を返す。
「!」
帰ろうとした所で視界の端に何かが映る。そちらに視線を向ける。
段ボールや資源ゴミなどを置く場所に綺麗な小箱があった。
重箱程の大きさであり、木目くらいしか特にない装飾のない桐の小箱。
ここに置かれているのならこれもゴミなのだろう。
誰かからの贈り物が入っていただけの箱とかだろう。
でもどこか引き込まれるというか、気になる……
回収箱から遠ざかろうとしていた足が小箱へと向く。
小箱を手に持ってみるが普通の箱の重さしか感じない。まるで中身がないみたいだ。
しかし箱を振ってみると何かが入っているのか、中で物が動く音がする。
「贈答品なら食べ物とかだろうか? 食べかすとかでも入ってたら嬉しいな」
箱を開けてみる。すると中には肉料理が入っていた。
「………………は?」
その異様な様に困惑を隠せない。
箱の幅ギリギリで皿があり、その上にはよく焼かれたハンバーグが二つ乗っている。
食べられた痕もなければ特に腐ってもいない。
捨てられた理由のない、そんな物が桐の箱に皿事入っていれば思考も止まる。
「──ごく……」
しかし思考が止まっていても身体は正直だった。
空腹に加え二年ちょっともの間ハンバーグ、いや肉を食べていない。
口の中に涎が溢れる。
表面や皿に残る油からそこまで冷えていない事が窺える。
「(……捨てられているって事は、食べて、良いんだよな? いや、良いだろ。捨てられているんだから)」
思わず言い訳を考える。
食べたくて仕方ない本能とそれを実行するために頭が勝手にそれを補佐するように言い訳が出てくる。
「……あー、ん」
気持ちと言い訳が出来てしまえば、身体は動く。
「っ⁉」
口の中に広がる肉の旨味。噛んだ瞬間に溢れる肉汁。
複数のスパイスが利用されているのか肉の生臭さはなく何かの香ばしい匂いが鼻を貫く。
その美味さに言葉を失──
「うっま……」
わずに思わず言葉が漏れる。
その美味さにハンバーグを食べる手が止まらない。
手のひらサイズのハンバーグ二個は物の数分で食べ終わる。
久方ぶりに食べたハンバーグを食べ終え、その余韻に浸っていたがすぐに我に返る。
そして食べてしまったハンバーグについて思慮する。
食べちゃったけど本当に大丈夫か? もしかしたら何かの間違いで……いや、ゴミとして捨てられていたんだからそんなに気にしなくても……
「っ!」
そんな事をしていると近づいて来る足音が聞こえた。
ゴミを漁っている姿を見られれば通報される可能性もある。
そうなればここは使えなくなる。
それは嫌だ! ここは利用しやすい場所だから失いたくない!
「(何より次を探すのが面倒くさい!!)」
小箱を投げ捨てる様に元の位置に置いてその場を後にする。