一話「部屋の中」
お昼を迎えた大学の教室内。前の授業を受けていた者と次の授業がある者達が昼食を取りながらの談笑でやや賑わう教室に一人の男が入って来る。
「あ、シミズ君! おはよー!」
男、シミズに気がついた女が元気よく挨拶をする。
そんな彼女の一声により彼の存在を認知した周りの男女も挨拶をする。
「みんな、おはよう」
柔和な笑みを浮かべて彼もまた挨拶を返す。
線の薄い顔だが目鼻立ちはきりりとしている。モデル程ではないが中々に整った顔立ち。
外の寒さで僅かに赤くなっている耳には鳥居のピアスがついている。
「ねえ! シミズはこのニュース見た?」
「ニュース?」
最初とは別の女がスマホの画面をシミズに見せながら問う。
百七十七センチの彼が膝上まであるコートを脱いでからその画面に映し出されるニュースの記事に目を向ける。
そこには『女子小学生行方不明』と書かれた見出し。
そして行方不明とされる男児の顔写真が貼られている。
「最近多いよなぁ。この前は四條高近くの爺さんが行方不明になったしよ」
その記事を見ているとスマホを見せている女の前の席で食事をしていた男が菓子パンを咥えながら告げる。
「あれ? 確かその人遺体で見つかったって、一昨日のニュースに出てたけど?」
「は? マジで?」
彼の発言に答えるためスマホを見せるのを一旦辞め、先日のニュース記事を彼に見せる。
そこには『七十六歳の遺体見つかる。死体はなんとバラバラで!』と書かれている。
「うえ、バラバラって……酷い事するなー」
その凄惨な状態で見つかった事に顔をしかめる。
対してシミズは驚いた表情を浮かべる。
「あ、あのお爺さん見つかったんだ……」
どうなっていたのか気になっていたために、その結果に表情が曇る。
シミズは彼女らから顔を隠す様にして男の隣の席に着く。
そしてリュックから昼食の弁当を取り出し、弁当袋の荷を解く。
「まあ、見つかっただけ良かったのかもね。今回の女の子の前に行方不明になった男の子は、まだ見つかってないし」
「そうだね。どっちも早く見つかると良いね……」
暗い内容が続いてしまい、場が静まり返る。
周りの談笑する声が一段と大きく聴こえる四人。その空気感はマズいと判断したシミズにニュースを尋ねた女が慌てて話題を変える。
「あ! そうそう! 実は土曜に子猫が生まれたの!」
勤めて明るく、そして喜ばしい報告を。
彼女のフォローに助けられ、皆がその吉報を祝ってくれる。
「写真とかないの?」
「ふふーん」
女友達の言葉に待っていましたとばかりに女は口角が上がる。
そして彼女はスマホを操作し、バッと画面を見せてくる。
画面には柔らかそうな毛布の上で寝転がっている三匹の小さな命。
両の掌にすっぽりと収まりそうな程小さく、まだ肉食動物としての雄々しさも飼い主を振り回せる凛々しさはない。
しかし愛玩動物らしく見た者を虜にする愛らしさと保護欲を加速させる弱々しさが画面越しでも伝わってくる。
「「かわいーいっ!」」
それの虜へと落ちた男女が声を上げる。
少し声が大きかったため教室内の数人が彼らの方を見るがすぐに視線を戻した。
「ほら、シミズ! これ家の! 可愛いでしょ?」
女がシミズに子猫と一緒に自分が映っている写真を見せる。
なるべく彼の顔の近くまで持って行く事で別の写真に変えた事を友人達には知られないようにしたのだった。
その理由は実にシンプル。
「おぉー、可愛いね」
「えへ! でしょ!」
自分──と猫──が写っている写真をシミズに「可愛い」と言って欲しかったがためである。
それが叶った女は満足そうにしている。
「シミズ君ってー、動物好きなの?」
そんな女は置いておいて、最初に挨拶をした女が彼に尋ねる。
「うん。昔から好きなんだ。でも触れた事はそんなにないかな」
「え? アレルギーか何か?」
「それはないけど、何故かいつも威嚇されちゃって」
困り顔で笑うシミズ。
そんな彼の手には、過去に猫から威嚇され引っかかれた時に出来た傷痕がある。
「えー、可哀想ー! シミズ君優しいのに!」
彼女は少しだけ声を高くし、媚びる様に同乗する。
そんな女友達の様子を横で呆れた顔で見つめる二人の友人。
彼らはしばしの間子猫を話題にお昼を食べながら談笑を続ける。
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『大阪府寝川市で男子小学生行方不明。警察は誘拐事件として捜査開始!』と書かれた新聞と、継ぎ接ぎだけでなく穴も開いているボロボロの薄布に包まった男。
ゴワゴワの髪には数本の白髪が混ざり、アカやフケ、ゴミが髪に張りついている。
以前身体を洗ったのは冬が始まる二週間前であり、それも公園の水で適当に素早く済ませただけ。
それ故に身体からは異臭を放つ。
目は虚ろであり、生を諦めている様にさえ見える。
誰かが捨てた服を数枚重ね着しているため、破けている部分や汚れている部分もある。
その上に少しだけまともなグレーのダウンジャケットを羽織っている。
それでも防げぬ程に今年の冬は寒い。
全身を震わせ、しかし余計な体力を使わないように努める。
歩道橋を行き交う人々と視線は合わせず、ただただお情けを足元の端の欠けたお椀に入れて貰えるのを祈りながら鎮座する。
これが俺の仕事だ。
ツイている日は百円も稼げるし、ここ最近は平均で一日二十三円程稼げている。
冬になると財布を出すのも嫌らしく中々稼げない。
しかしどういう訳か今年は皆羽振りが良いらしい。
今日は──
「(八円か。ちょっと少ないな)」
朝の七時頃から一日座り込んでいるため、この稼ぎ量に少しだけ不服を感じる。
この金額では食事を買う事も出来ない。
ま、コンビニなんてここ二年も入っていないけど。
前までは毎日のように入っていたのに……
「(とりあえず今日は引き上げよう。飯は……いつも通りの場所から探すか)」
金をお椀から回収し、それをポリ袋に入れる。
これが俺の財布である。金を入れておく袋は全部が財布だ。
これで所持金が十六円になった!
五十円まで貯めれば、また豪遊が出来る!
パン屋でパンの耳を三十円で買えば一週間も耐えれるし、ホームレス仲間に食料と残り金を渡せばタバコを一本だけだが吸える。
いや、今回はもっと贅沢をするか?
結構遠いがホームレスが集まる場所で闇市場がある。
そこでなら横流しのコンビニ弁当やらおにぎりなんかも売っている。
ここ最近は肉所か、おにぎりすら食べれていない。
最近の奴らは「食品ロスを無くそう!」なんて謳っているが、実際は全然ロスを無くす気がない。
期限が過ぎた物はとっとと捨てて、店頭には常に新しいのを並べさせる。
正直コンビニでバイトをしていた時に黙っていくつか貰った事はあるが別にバレなかった。
もしかしたら店側も気がついていたけど何も言ってこなかった可能性もあるが、そのお陰で食費が多少は浮いたのでそこには感謝している。
それにその食品ロスがあるから生活が出来る奴だっているのだから。
無くなったらそういう人間が苦労する。国はそういう人の事も考えるべきだな。
「ああー、コロッケとかハンバーグ、から揚げなんかがあったら最高なんだけどなー……」
自分の食べたい好物が並ぶ光景を想像する。
しかし流石にそれらは三百円以上は必要だから手が出せない。
「でも食いてぇなー」
夢の様な妄想に加え、一日何も食べずに仕事をしていた事もあり盛大に腹が鳴る。
「いつか金が貯まったら必ず全部食ってやるぞー!」
何れ訪れるであろう晴れやかな日を夢見る。
しかしぶつぶつと独り言を呟きながら道を行く浮浪者に蔑みや嫌悪の視線を向ける周り。
普段から浴びせられる周りの視線から身を守るためにジャケットの襟を上げ、出来るだけ顔を隠す。
そして移動の足を速め、完全に日が落ちて辺りが暗闇に包まれた頃にいつもの場所に到着する。
二十人程が生活をしている箱、アパートのゴミ捨て場前に。
本作は大体週一のペースで投稿します。なるべく月曜日に投稿が出来るように努めます。
また、四話か五話で終了します。短い間ですがお付き合いしていただければ幸いです。