原因は王太子妃教育!?
ホールの中央で向き合ったフランツ殿下とダイアンは。
一見するとお互いに見つめ合い、笑顔に見えるが……。
目が……目が、二人とも笑っていない!
そこで音楽が始まると、二人は火花を散らしながらのダンスを始める。
華麗なステップを踏んでいるように見えるが。
実際はダイアンがフランツ殿下の足を踏んでやろう、踏んでやろうと踏み込み、それを殿下が必死に避けた結果。二人は見事な素早いステップを披露しているように……思えている。
さらにダイアンはこれでもか!というぐらい上半身を逸らしているが……。あれはフランツ殿下が、あえてギリギリまで体を支えない結果ではないだろうか。
パッと見ると、あくまで二人は正しく、ミスなく、そつなくダンスをしているように見えるが……。
その実態は喧嘩腰!
「……!」
この様子を、ノランと共に見守るヒロインであるロザリーの姿が、視界に入った。
あっ……。
それはもう一目で分かってしまった。
あんなに分かりやすい表情をしたら……。
ロザリーは、見えない火花を散らす二人を見て悲しそうにしながら、同時にフランツ殿下に熱烈な愛情を感じさせる視線を送っていた。それはもう熱心に彼の姿を追い、その一挙手一投足を見逃すまいとしているのが伝わってくる。
そうか、そうなのね。
ロザリーは攻略対象にフランツ殿下を選んだと。
そしてフランツ殿下とダイアンは……もう最悪とも言える状態に見えた。
この不穏な状態のフランツ殿下にロザリーが近寄れば、殿下はあっさり、ダイアンと婚約破棄をする気がする。
え、どうして?
どうしてこんなにフランツ殿下とダイアンは険悪な雰囲気なの?
「ダイアナ、最初のダンスが終わった。今度は僕の姫君との最初のダンスと行こうか」
兄が私の手をとる。
私はピエールにお辞儀し、ホールの中央へと向かいながら、兄に尋ねる。
「ダイアンお姉様とフランツ殿下のダンス、いつもあのような感じなのですか?」
「ははは。何を聞くと思ったら、ダイアナ。でも……そうだね。ダイアンが社交界デビューした時、既に殿下と婚約が決まっていた。必然的にそのデビューのダンスのお相手は、フランツ殿下だったわけだが……」
兄が遠い日のその日を探るかのように、宙を彷徨う。
「うん。間違いないね。今日と同じ。二人の間には目に見えない火花が飛んでいたと思う」
なんてことか。
二人は長年、あの水面下の戦争状態を、ずっと続けているということなの?
結婚前から、フランツ殿下とダイアンは仮面夫婦状態ではないか。
二人の婚約は、そもそも政治的な要素が濃いことは間違いない。
いわゆる政略結婚。
それでも婚約者として、結婚相手として、フランツ殿下は非の打ち所がないと思えるのに……。
この国の令嬢は皆、彼との婚約を望んでいると思う。
ロザリーだって、殿下を選んだわけで……。
そんなフランツ殿下に対し、なぜダイアンはあんな喧嘩腰の態度をとれるの……?
「お兄様はどう思われているのですか、ダイアンお姉様のあの態度」
「いいわけがない。兄としては心配している。もうすこし婚約者に寄り添う気持ちになれないのか、尋ねたこともあるぞ。でもな」
そこでダンスが始まる。
心配はゼロではなかったが、やはり私はダイアンのドッペルゲンガーだから。もう無意識でも足が動いてくれる。まるで車の運転を体が覚えているように。
「ダイアンはとても怖い顔で兄にこう言うのだよ。『物心がついた時には、婚約者がいた私の気持ちを、お兄様が分かるわけがない』とな。でもそれは……その通りだ。僕はこうしていまだ婚約者のいない独身貴族だが、ダイアンは……。物心ついた時に結婚相手が定められていた。恋をすることを許されない姫君なのだ。その気持ちを真に分かるのかと問われると……厳しい」
兄の言葉に、私は唸るしかない。
恋が許されない姫君。
それは……一体どんな気持ちなのだろう。
確かにそんな経験がない私には……想像しかできない。
でもダイアンは、フランツ殿下との婚約がそんなに嫌だったのかしら?
「ただな、ダイアンがそんなことを言い出してへそを曲げたのは、王太子妃教育が始まってからだ」
「!」
「王太子妃教育は……あれは相当辛そうだったな。勝気なダイアンが涙を見せたぐらいだから。過去には王太子妃教育が厳し過ぎて、逃げ出した令嬢もいると聞いている。もしかすると王太子妃教育が嫌過ぎて、殿下のことも……」
兄のため息に私は驚愕する。
そ、それが理由!?と。
でも王太子妃教育はきっと厳しいんだ。
難関大学の試験勉強や司法試験の勉強並みに、大変なのではなかろうか。
しかもそれを子供の頃から何年も受けているのだ。
途中で心が折れそうになり、「なんでこんな目に遭わないといけないの!?」となった時。怒りの矛先がフランツ殿下に向かったのでは……。
もしそうであるならば。
それは確かに辛かったことだと思う。
でも王太子妃教育を、既にダイアンは終えている。
つまりダイアンは乗り越えたのだから。
それはそれ、これはこれ、と考え、もう少しフランツ殿下に寄り添うことはできないのかしら?
そうしないとダイアンは……婚約破棄され、国外追放になってしまう……!