塩対応ばかり
キリッとした印象なのは、スクエアタイプの眼鏡をかけているからだろう。それに髪はダークブロンドで、瞳はヘーゼル色。
日本人の黒髪眼鏡男子みたいな感じで、とても真面目そうに見える。
実際、宰相の息子ピエールは、成績優秀で学校を卒業し、今は宰相の補佐官の一人。
「……ダイアン様、なぜフランツ殿下と一緒ではないのですか? あなたのことを殿下は迎えに行ったはずですが?」
「ピエール様、こんばんは、そして初めまして。私はダイアンお姉様の双子の妹のダイアナと申します」
フランツ殿下には勘違いで迷惑をかけた気がしたので、ここは最初からダイアンではないと示すことにした。
「……! それは失礼しました。あなたのことは聞いております。……なるほど。髪型と顔の雰囲気が、ダイアン様とは違いますね。これは申し訳ございませんでした」
ピエールはしみじみと私を見て、我に返る。
「令嬢のことをじっと見るなど大変失礼しました。……舞踏会にはお一人で来たのですか?」
「いえ、兄と来たのですが……」
ホールの中を見渡すと、既に多くの貴族がいて、兄の姿は……見つからないと思ったが、いる場所は分かった。不自然に令嬢が集まっている場所があり、高身長の兄の後頭部が見えている。
ダイアンがまだホールにいないので、これはチャンスと、令嬢が兄に群がっているようだ。
「あの様子ですと、ジョシュ殿がダイアナ様をエスコートするために、ここへ来るのは無理そうです。よかったら私がエスコートして、ジョシュ殿の所までお連れしましょうか?」
キリッとして真面目で、冷たい印象を持たれがちだが、ピエールはとても親切。ヒロインが彼を攻略対象に選んでいないなら、エスコートしてもらいたいところだが……。
チラリと後ろを見ると、ロザリーは神官長の息子ノランにエスコートされ、ゆっくりこちらへと向かっている。
ならば兄の所までエスコートしてもらうぐらいは、問題ないだろう。ロザリーをピエールがエスコートするはずだったのに、嫌がらせで奪った……という訳ではないのだから。
「ピエール様、エスコートをお願いしても?」
ピエールはなぜか一瞬言葉につまり「え、ええ。勿論です」と私に手を差し出す。
……本当はエスコートしたくないのかしら? その可能性は無きにしも非ず。何せダイアンの妹で、まだ私がどんな人物か分からないのだから。警戒されているのかもしれない。
もしくはただ見知った令嬢の妹がいるから、紳士的な対応としてエスコートするだけで、そこに一切の感情を挟むつもりはない……ということも考えらえる。
私が思案していると、ピエールはこんなことを言い出した。
「ダイアン様をエスコートする場合、『エスコートさせてあげても、よくてよ』という言われ方しかされたことがないので……。つい驚いてしまい、失礼しました」
「……!」
もう、ダイアンは、何をしているのかしら!?
王太子といい、ピエールといい、それに兄に対しても。
かなり塩対応をいつもしているように思えるわ。
できれば断罪を回避して欲しいと思うのに。
これではどう考えても、誰かの地雷を踏みそうな気がする……。
「舞踏会には慣れているようですね」
ピエールが落ち着いた様子で私に尋ねた。
「そうですね。正式な社交界デビューは、実は今日ですが、舞踏会には何度か足を運んだことがありますので」
「! 失礼しました。このような場合“これまで”について詮索しないのが、マナーでした。お忘れください」
この世界が、とても都合がいいと思った理由。
それは……。
「実は隠し子がいました」となった場合。
つまりは例え、隣の貴族の家に子供が突然一人増えていても。
詮索しないのが暗黙のルール。
本人に対しても「これまでどこにいて、どう育ったの?」と聞くのもご法度だった。
それは尤も聞かれたくないことであり、明日は我が身。
清廉潔白であり、叩いても埃は一切出ません――という人ならいいだろうけど、そんな貴族の方が少ない。ゆえに突然増えた子供について詮索しないのが、この国の当たり前だった。
一応、聞かれた時の答え――想定問答を両親とアーロン先生が考えてくれたが、披露する機会はなさそうだ。
「おっ、僕の姫君がお戻りかな」
その瞬間。
蜘蛛の子を散らすように、兄のそばから令嬢が離れた。
同時に、ファンファーレが聞こえ、国王陛下夫妻が入場してくる。見るとその後ろに距離をおいて、フランツ殿下とダイアンが続いていた。
ちゃんとフランツ殿下がダイアンと出会え、エスコートできていることに安堵する。
国王陛下は舞踏会開催の挨拶を行い、そして最初のダンスとなった。
「今日は若い二人に最初のダンスをお願いしようか。王太子であるフランツとその婚約者であるダイアン公爵令嬢に、ダンスを披露してもらおう。今日はダイアン嬢の双子の妹も来ているから」
この国王陛下のさりげない一言で、この社交界で私の存在が認められたことになる。イレギュラーであるが、これがクルミ王国での慣習。居並ぶ貴族もチラリと私を見て「これが双子の……」という顔をしている。
一方、最初のダンスを指名されたフランツ殿下とダイアンは、ホールの中央へ向かい、歩いて行く。
こうやって歩いていると、普通に美男美女の未来の国王と王妃……とお似合いに思えたのだけど。
ホールの中央に到着し、二人は向き合った。
それを見た私は思う。
こ、これはどういうこと……!?