ダイアンの想い~私と殿下~
フランツ・W・シモンズ。
初めて会った時。
天使みたいな少年ね、と思ったわ。
この美しい少年と私は、将来、結婚をするのね。
これが王太子の婚約者になった私、ダイアン・リリアン・ローズの、フランツ殿下に対する率直な感想。
同い年の私の周りにいる令嬢は皆、こんな風に言っていた。
「フランツ殿下、本当に美しいですわ~」
「殿下との間に生まれる子供は、絶対に天使だと思いますわ」
「王太子で文武両道で、あの美貌。ああ、ダイアン様が羨ましい」
そうなのね。
みんな、羨ましいの。
そう考えると、私、なんでこんなにドライなのかしら?
その理由として思い当たるのは――。
ジョシュ・エドワード・ローズのせいじゃないかしら?
私の兄で、一歳年上。
兄はとんでもなく美しい。
女性みたいに肌は綺麗だし、髪はサラサラのミルキーブロンド。束ねた髪が風で揺れると、キラキラと輝く。何より特筆すべきはその瞳。私と同じ桜色なのだけど、そこに紫が混ざっている。よって日中は濃い桜色に見えた。でも夜になると、ほぼ紫がかった桜色に見えて、それがとても美しいの。
しかも文武両道で身長も同年代の男子よりうんと高く、まるで童話に出てくるエルフみたい。
こんな兄が日常的にそばいるのよ。
この兄の美貌を遥かに超越していないと、私は驚嘆できない美的感覚に育ってしまったとしても……それは仕方ないわよね?
フランツ殿下は間違いなく、美貌の少年なのだと思うわ。
ただ、兄がすごすぎただけ。
それに私は子供にしては達観しているというのかしら。
自分の王太子との婚約が政治的なものであると、すぐに理解できてしまったの。
その結果……。
皆がロマンス小説を見て、恋や愛についてキャッかキャッかする中、私は「あ、私にはこうやってときめくことが許されないのだ」と悟ってしまったのね。
つまり恋をすることは許されない。
親が決めた相手、つまりフランツ殿下以外を好きになることは許されない。
窮屈だな、と思ってしまったわ。
初恋すらなく、フランツ殿下と結婚するのね。
そんな達観しきった私に変化が訪れるのは――。
13歳の夏の終わり。
王太子妃教育の音楽を担当する教師として、アーロン・E・パートリッジが屋敷にやってきたの。
アーロン先生は、エメラルドグリーンの美しい瞳の持ち主だったわ。鼻も高く、肌は女性のようになめらか。ホワイトブロンドの長い髪はサラサラで、後ろで一本に束ねられていた。優美な佇まいの青年ではあるけれど……。
兄には及ばない。
線が細いアーロン先生は、運動はしていないと思うの。ピアノなどの楽器を弾くのだから、剣や槍といった武器を扱うことはない。
美しく、音楽の才能はあるけど、運動能力はゼロ。
兄にはかなわないわ。
だから最初は淡々と彼の授業を受けたていたの。
でもアーロン先生は、神秘学や宗教学についても精通しており、その知識は多岐に渡っている。つまり博学で、何でも知っていたの。王太子妃教育は、彼一人でカバーできるのでは? そう思ってしまうぐらいね。
さらに兄は頭はいいが、どこかノリが軽い。
つまり女性のあしらい方が上手。
対するアーロン先生は、当時18歳。それなのに、驚くほど奥手だったわ。メイド達がアーロン先生の優美さを褒めると、ミルク色の肌が分かりやすいぐらい薔薇色に染まってしまう。
その姿は……とても新鮮だったわ。
兄もフランツ殿下も、ハンサムでカッコイイ。
令嬢から好かれるのはデフォルトだから、あしらい方に慣れている。ちょっとそっと褒められるぐらいでは、照れることはない。
美しい男性はそういうものだと思っていたわ。
でもアーロン先生は違う。
そこからね。
彼のことを気になってしまったのは。
それからはアーロン先生から目が離せなくなり、気づけば彼のことばかり考えるようになっていたの。意識し始めると、王太子妃教育で授業を習っている際、彼との距離が近かったり、指が触れるだけで、もう心臓がザワザワと落ち着かなくなってしまう。
フランツ殿下にはエスコートされたり、ダンスを踊ることもあるわ。でも彼に触れても、触れられても、ドキドキすることはなかったの。これはきっとフランツ殿下も同じ。彼もまたドライで、この政治的な婚約に、王族の一人として淡々と従っている感じだったから。
ともかくアーロン先生を意識するようになり、それはやがて異性としても意識することにつながり、最終的に……恋に落ちてしまったの。好きになってしまったのね。
同時に。
私が王太子の婚約者である限り。
アーロン先生とは永遠の平行線であることも理解していたわ。
この状況をなんとか打破したいと思った。
そこで思いついたのは……。王太子との婚約が破棄できないかということ。でも調べる限り、公爵家である我が家から婚約破棄を申し出るなんて、ほぼ不可能なことだったわ。
例えば家族の誰かが犯罪をおこしたり、爵位が剥奪されるようなことがあれば、婚約は当然だけど破棄される。あとは私自身が何か大病を患い、結婚が難しいとか……。ともかく、尋常ならざる得ない状態にでもならないと、婚約破棄になるのは無理だったと分かったわ。
でもその逆は許されるの。
つまり、王族から、フランツ殿下から婚約を破棄してくれれば……!
どうしたらフランツ殿下は私との婚約を破棄してくれるかしら?
そこで思いついたのは……殿下から嫌われることだった。