フランツ殿下~秘密~
ダイアナに想いを伝えると決めた。
そのためには準備が必要だ。
まずはダイアンの、まさに駆け落ちとも言える事態を慎重に父君……国王陛下に伝える必要があった。
国王陛下の予定を確認すると、宮殿内の音楽会に足を運んでいることが判明する。
申し訳ないが、その音楽会から抜け出してもらい、今、何が起きているかを報告しつつ、自分の気持ちを父君に伝えた。
最初は……もう烈火のごとく勢いで怒りだした。ダイアンの公爵令嬢と思えない、かつ王太子の婚約者とは思えない行動に、父君は激怒したのだ。それを時間をかけて宥め、でもそうなったことをわたしが良かったと思っていると、懸命に打ち明けた。
常々感じていた、ダイアンとの気持ちのすれ違いの日々。
愛情のない婚約に、希望を見出すことができなくなっていたと、切々と訴えた。
その上で。
わたしはダイアナに対する想いを、ここぞとばかりに並べたてる。彼女の素晴らしさ、文芸サロンで見せた彼女の才能、優しさ健気さ、謙虚さ。気づけば一時間近く語ることになり、そのまま昼食を続けながらも、ダイアナと過ごした時間について話した。
かつてわたしがここまで熱心に、父君と話したことがあっただろうか?
ない。
初めてのことだった。
まだ語れる勢いだったが、それを父君は制した。
「分かった。フランツ。そこまでダイアナ嬢を想っているなら、その気持ち、伝えるがよい。正直、姉であろうと妹であろうと。ローズ公爵家と婚姻関係を結ぶのは変わらない。ダイアンの考える婚約解消の話も、王家に泥を塗るものではないからな。それに確かにダイアンが向かった国と貿易ができれば、国益となるのは事実。よかろう、認めよう。ダイアンと婚約破棄し、新たな婚約者としてダイアナ嬢を迎えるといい」
そう父君に、国王陛下に言ってもらうことができた。
「それに、愛する者がいれば、男は踏ん張りがきく。ダイアナ嬢と結ばれれば、フランツ、お前は良い国王になれるだろう。彼女の持つ優しさはきっと、お前を良い方向に導くと思える」
そこまで言わせしめることができた。
この後はもう、舞台を整えることになる。
いつ、どのタイミングで婚約破棄をし、婚約をするか。
考え、準備を整えていく。
「やるからにはやり遂げろ。その舞台はフランツ、お前自身で整えるように」
そう国王陛下にも言われたわたしは、根回しを行い、ローズ公爵家とも連絡をとり、調整を行った。
その一方で、婚約者として迎えるダイアナのための素敵なドレスの完成を急がせ、指輪を用意することにした。
婚約指輪は代々、王家の宝物庫に眠る、その価値は計り知れないアンティークの指輪から選ぶことになる。彼女のあのピンク色の瞳を思わせる宝石は……。
そこでわたしは見つけ出した。
50カラットに近いピンクダイヤモンドの指輪を。このピンクダイヤモンドは、不純物が認められないファンシーヴィヴィッドの等級を持ち、今は亡き曾祖母が婚約指輪として贈られたもの。これまで宝物庫に眠っていたが、目覚める時が来た。
曾祖母は指が細かったと言われているが、ダイアナの指も細い。入らないことはないだろう。微調整は後日するとして、求婚する際に差し出す指輪として、これ以上ダイアナに相応しい指輪はないと思えた。
王族に許可をとり、その美しい輝きを持つピンクダイヤモンドの指輪を手に入れる。
同時に求婚の場で、ダイアナが身に着けるダイヤモンドのネックレスとイヤリングも手配した。ドレスに合う花をモチーフにした宝飾品を、新たに宝石商から買い上げることにしたのだ。
さらに過去に贈ったダイアンの靴から、サイズを導き出し、ドレスにあうパンプスも用意した。
勝負の場は、宮殿で国王陛下が主催する舞踏会と決めた。
直近で貴族が多く集まり、国王陛下が同席する場は、その舞踏会しかない。
ダイアンとの婚約を解消し、ダイアナとの婚約の発表を行うための段取りを、わたしは迅速に整えたが……。
ここで問題になるのは、ダイアンがこの国にいないことだ。
そう。
既にダイアンは、船で極秘裏に出航してしまった。だから婚約破棄されるのは、ダイアナが演じるダイアンになる。こんな役目を、愛するダイアナに担わせるのは心苦しいが……。
その一方で、けじめにもなると思った。
ダイアナはあのオペラ観劇の日から一週間。
ずっとダイアンを演じ、わたしと会っていた。
でもそのダイアンはダイアナが演じていた――それをわたしが気づいていたのだと、打ち明ける必要があった。ダイアナに。
そしてダイアナが演じたダイアンとは、婚約解消する。その上でダイアナと婚約すると、彼女自身にも、そしてわたし自身も、実感する場にするつもりだった。
婚約破棄されるのは、ダイアナが演じるダイアン。
そのダイアンを演じたダイアナが、今度は求婚され、婚約者になるのだ。
前代未聞の事態だ。
この事態を知ることになるのは、国王陛下夫妻を始めとした王族とローズ公爵夫妻とその兄、そしてダイアナと私と、信頼の厚い一部の使用人と護衛騎士のみだ。
ダイアンもおいおい知ることになるだろうが。
いずれにせよ、この秘密を知る者は皆、墓場まで口をつぐむことになる。
こうして運命の舞踏会の日を、わたしは迎えることになったのだ。