フランツ殿下~偽りの関係~
宮殿の庭園では、初冬のこの時期、白を中心に植えられたクリスマスローズ、豊富な色合いが美しいポリアンサス、寒さに強いウィンターポピーぐらいしか花は咲かない。
その代わりでホリデーシーズンに向け、庭園の木々にオーナメントを飾っている。ガラスで作られたクリスマスボール、リボン、銅や真鍮で作れたクリスマスベルなどが木々に飾られていた。そこにランタンも置かれ、舞踏会のある日には明かりが灯される。
今日は舞踏会はない。
でもダイアナのために、特別に日没後の一時間。
ランタンの明かりを入れるよう頼んでいた。
さらに彼女が寒さに耐えられるよう、北方の国から取り寄せた毛皮のロングケープも用意してある。
日没前に宮殿に来たダイアナに、この真っ白なロングケープを見せると、瞳をキラキラと輝かせていた。ケープを羽織らせると、笑顔で「とても暖かいですわ、フランツ殿下」と微笑む。そしてわざわざ庭園の散歩のためにこれを用意したと知ると「私のために……。殿下の優しさに感動しました。ありがとうございます」と、満面の笑みになる。
素直な御礼の言葉。優しい笑顔。
それを見たわたしは……。
こんなに嬉しい気持ちになったことは、なかった。
ダイアンの社交界デビュー、毎年の誕生日、ホリデーシーズンのギフトと、義務的にプレゼントを贈っていた。最初の頃は、女子は何を喜ぶのか。姉妹に聞いたり、母君に尋ねたり。婚約者のために、素敵なギフトを探し求めた。
だが、王太子妃教育が始まり、月日が経つと――。
ダイアンは贈り物を受け取ると、とても丁寧な御礼の言葉を口にする。さらに王族であるわたしに相応しい贈り物を、お返しでくれたり、ギフトとして送ってくれた。
その対応はすべて完璧。
でもそこに感情はない。
杓子定規なメッセージ。
義務で用意された贈り物。
ダイアンから、喜び、嬉しいという感情は、発せられることがない。
そうなると毎年の贈り物は、侍従長に頼むことになる。彼が用意した物をダイアンの屋敷へ送り届けさせ、それで終了だった。
愛する人へプレゼントを贈る喜び。
それをダイアナは、再び思い出せてくれた。
もう、気持ちが止まらなくなっている。
わたしは自分の婚約者ではなく、彼女の双子の妹であるダイアナを、愛してしまっていた。
このままダイアナをダイアンとして、婚儀はできないものか。真剣に考え、それができるかどうかを探り始めていた。
さらにもしそれができないのであれば。
ダイアンとの婚約を破棄し、代わりにダイアナと結ばれたいと思い始めていた。
それは許されるのか。
立場としては許されるだろうが、ローズ公爵家との関係は、間違いなくぎくしゃくするだろう。
何よりダイアナは自分の幸せよりも、姉であるダイアンの幸せを願っている。ダイアンとわたしが仲良く結婚することを願っているのに。そのためにダイアンのふりをして、わたしに会っているのだ。
そんなダイアナの気持ちを、踏みにじっていいのか。踏みにじった上で、実はダイアナのことが好きだと告げた場合。彼女はわたしの気持ちを、受け入れてくれるのだろうか……?
もしも。
わたしの想いを伝え、ダイアナがショックを受け、でも立場的に逆らえないと、婚約の申し出を受け入れてくれたとしても……。
今のように、わたしに笑いかけてくれるだろうか?
その美しい瞳に、わたしを映してくれるだろうか?
それは……難しいことに思えた。
ダイアナを、本気で好きなのだ。
権力を盾に、彼女の気持ちを手に入れたいわけではない。
それに。
彼女の気持ちを踏みにじることで、嫌われる可能性があるのだ……そんなこと、耐えられない!
「フランツ殿下、どうされましたか? 庭園のランタンに次々と明かりが灯り、とても美しいですわ。ご覧にならないのですか?」
心配そうにわたしの顔をのぞきこむダイアナの顔を見た瞬間。
「ダイアン嬢……」
あまりにも切ない声で、彼女ではない名前を呼んでいる。
本当は「ダイアナ嬢」と、その名を呼びたいのに!
そして彼女は、自分の名前を呼ばれていないのに、穏やかな微笑を浮かべた上で……。
「はい、どうされましたか、殿下?」
優しく返事をしてくれた。
その姿に胸が苦しくなる。
偽りの上に成り立つ今の関係。
本当の名を呼べないまま、それでも彼女を抱きしめる。
どうしたらいいのか……。
答えが見つからない。
◇
そんな状況で届いたダイアンからの手紙。書かれている内容は、とても衝撃的だ。しかし。今のわたしにとってこの手紙は、神からの救いの手のように思えた。
ダイアンは婚約破棄を望んでいる。
しかも、既に船でこの国から旅立っていた。
ダイアンには好きな相手がいたのだ。その相手は、王太子妃教育で音楽を担当した、アーロン・E・パートリッジ。パートリッジといえば、宮廷音楽家の一人として知られている。そのパートリッジの次男であり、天才児として、アーロンは知られていた。エメラルドグリーンの美しい瞳の持ち主で、その才能から多くのマダムの寵児だった。
ダイアンの幸せを、ダイアナが望むなら。
ダイアンの幸せ、それはアーロンと結ばれることだ。
賢いダイアナならすぐに理解できる。
この状況であれば、ダイアナに想いを伝えたとしても。
ダイアンを理由に断られることはない。
それにダイアナがその存在を公にしてから、彼女と一番多くの時間を過ごしている男性は……ジョシュをのぞけば、わたししかいないはずだ。
ダイアナに誰か好きな男がいるか?
いや、いないはず。
口づけの経験だってないことは、この目で確認できている。
手を握ったり、抱きしめただけで、あの反応だったのだから。
そこでじわじわと、今、自分が置かれている状況を理解する。
もう、障害はなくなった。
ダイアナに想いを伝えよう――!