フランツ殿下~すべてが欲しい~
昨晩の舞踏会は、ダイアナが演じるダイアンではなく、本物のダイアンをエスコートしなければならなかった。
オペラの観劇、文芸サロン、お茶会。
ダイアナと過ごした時間は、わたしの気持ちを高揚させ、心を喜びで満たしてくれた。
見た目は本当に似ているのに。
本物のダイアンと過ごす時間は……。
まさに冷戦だ。
表面的に取り繕い、水面下で火花を散らし、人の目のない場所で完全にお互いを無視する。
舞踏会でのダイアンとの冷たい時間を、わたしは耐えられるのだろうか。
ダイアナと過ごす喜びの時間を知ったわたしに。
そう思っていたが……。
意外なことに、この日のダイアンは、とても大人しい。嫌味も文句も言わず、ダンスの最中も何も仕掛けてこなかった。おかげでグッタリ疲れることもなく、昨晩の舞踏会を終えることが出来た。
そして今日。
もう目覚めた瞬間から気力がみなぎり、いつも以上のスピードで執務をこなすことができた。今日の公務はティータイムの時間を潰し、16時まで行い、それで終了。その後はダイアナと街へ買い物を行くと決めていた。
いつにない集中力で執務を行い、ダイアナに会うためだけに着替えをした。
白や水色を着ることが多いので、今日は濃紺の上衣にズボン、白シャツにスカイブルーのタイ。ベストはシルバーとスカイブルーの縦縞模様。
少しでもダイアナの目にわたしが印象付けられるように。
衣装にこれまで以上に気を使うようになっていた。
街のティーサロンで待ち合わせ、そこで紅茶一杯と焼き菓子をいただき、買い物になった。
今日のダイアナは、鮮やかなオレンジのドレス姿。これまた彼女の優しいイメージに程遠い、ダイアンらしいドレスだ。それでも。雑貨屋を見て回る時、美しい写真立てに感動し、沢山の装飾が施された来年のカレンダーに感嘆する姿は……。
本当に愛らしいに尽きる。
しかもピエールの誕生日の贈り物の見立ても、完璧だった。
ダイアナが選んだ羽ペンは……。
立派なガチョウの羽を使い、ゴールドの繊細な装飾に、羽根の留め具には、カメオがあしらわれている。インクのボトルも羽ペンと同じゴールドの装飾で、その重厚感を、ピエールは喜んでくれそうだ。
美しくラッピングしてもらった後。
当然だが、買い物に付き合ってくれた御礼を込め、ダイアナを食事に誘う。
何度か食事やお茶をして、気づいたことがある。
ダイアナは、食事をするのが好きだ。
食べることも好きだが、そこで繰り広げられる会話を、心から楽しんでいると思う。
せっかくなので、北方の国の名産品を使った料理のお店に、ダイアナを連れて行くことにした。
そこは今、買い物したお店からも近い。
そのまま徒歩でエスコートし、お店へ向かった。
わたしが行くと、店主はすぐに離れの個室へ案内してくれる。
ここなら一般客はおらず、私とダイアナのみなので、護衛の騎士も配置につきやすい。王族がよくお忍びで街へ来た時に利用する、定番のお店でもあるので、その点でも安心だ。
離れの個室の店内に入った時。丸テーブルには、向き合う形で椅子が置かれていた。
だがわたしは「この方が話しやすいから」と、ダイアナの隣に椅子を移動させる。
まさか隣に私が座るとは思わなかったのだろう。
ダイアナがいつも通り、緊張で背筋を伸ばす。
そんな様子を見たら……。
我慢ができない。
扉の鍵をかけ、しばらく彼女を抱きしめ、その額に口づけをしてしまった。
馬車で屋敷まで見送る時に、抱きしめるつもりでいた。
でも愛らしいダイアナの仕草を見たら、自制心は吹き飛んでしまう。
抱きしめながら、ダイアナの唇に口づけしたい衝動に、何度となく駆られた。
その度にその思いを静めようと、額へ口づけする。
だが……もう額だけでは正直、我慢できなくなっていた。
ダイアナのすべてが欲しい――そんな気持ちになってしまう。
一方のダイアナは、いつもは額へのキスは一度きりなので、もう何度もキスをされることに、失神寸前になっている。
そこで口づけは諦め、その体をしっかり抱きしめた。
抱きしめたら、抱きしめたで、その先に進みたくなるが……。これは本当にダメだ。王族は婚儀を終えるまで、キスより先へ進むことは、許されていないのだから。
なんとか自制しているが、ダイアナを抱きしめ、その温かさ、華奢で小さな体、男性とは違う柔らかさを感じてしまうと……。全身が熱くなる。
ダイアナとその名を呼び、そのまま全てを自分のものにしたいという衝動に、何度となく耐えていると……。
ダイアナのお腹が、可愛らしい鳴き声を響かせる。
お腹が空いているという、可愛いアピールだ。
そこでようやくわたしはダイアナから体を離し、扉の鍵を開け、店員にオーダーを通す。
ホッとした様子のダイアナを見ると、再度、衝動が沸き起こるが、それは我慢する。
気を紛らわすため、ホリデーシーズンに向け、公演が始まったオペラや劇の話題を振ると……。ダイアナは目を輝かせ、私を見る。
ローズ公爵家の一族にだけ見られる、美しいピンク色の瞳。
その瞳に今、自分が映っていることに、この上なく嬉しくなる。
食事と会話を楽しみ、そしてもちろん、次の約束を取り付けた。
「ダイアン嬢、明日は宮殿の庭園を散歩しましょう。ホリデーシーズンに向け、飾りつけもされています。少し暗くなってからがおススメです。ランタンの明かりも灯り、とても幻想的ですから」
わたしの言葉にダイアナは、美しい庭園を想像してくれたようだ。「勿論です」と嬉しそうに答えてくれた。