フランツ殿下~募る想い~
オペラを観劇し、食事をした。
これで終わらせるつもりはなかった。
また、会いたい。ダイアナに。
だから……。
文芸サロンに顔を出すことを、ダイアナに求めた。
一度、詩の朗読を共にして分かっていた。
ダイアナは詩は勿論、読書が好きなのだと。
文芸サロン。
自身の興味もあるし、ダイアンとわたしに仲良くして欲しいのだから、ダイアナは断らないだろう。そしてもう馬車から降りるタイミング。逡巡する時間はない。
この目論見はうまくいった。
あっさり「伺います」の答えを、ダイアナから引き出せた。
これには嬉しくてたまらない。
ダイアナと会う約束ができたのだから。
ただ……。
ダイアナは、ダイアンに文芸サロンへ顔を出すことを求めるかもしれない。
だが。
あのダイアンが、妹が勝手に約束したことに「イエス」と答えるはずがない。
間違いない。
文芸サロンへは、オペラと同じように。
ダイアンのふりをした、ダイアナが来る。
その予想は的中し、文芸サロンへはダイアナが来た。
ダイアンになるために、自分の好みではないであろう、真っ赤なドレスを着て。
ダイアナに似合うのは……本人を体現するような、優しい色。淡い色のドレスだ。
秘かに彼女のために、ドレスは注文してある。
ダイアナに合う、可愛らしい色味だ。
それをまさしく彼女のための特注品。
きっと似合うはず。
そのドレスを彼女が着た姿を想像すると……。
胸が熱くなる。
きっととても似合い、愛らしくなるはずだ。
それにしても。
ダイアナ一人で来ればいいものを。
また兄のジョシュがエスコートしている。
薄紫の上衣とズボン。白シャツに濃い桜色のジャカード織物のベスト、濃い紫のタイ。
ジョシュは、私より一歳年上なだけなのに。
その完璧なコーディネートと艶っぽさは、同性としても思わずハッとしてしまう。
兄と妹とは思えない近さを感じ、少しイラっとしたわたしは、すぐに二人に駆け寄る。そして文芸サロンの会員でもないのに顔を出したジョシュに、これはもう嫉妬だ。文句に近い一言を発し、すぐにダイアナの手を取った。
驚いた表情のダイアナ。
ただそれだけで愛おしく思う。
それに相変わらず小さく、守りたくなる手をしている。
その場でダイアナのその可愛らしい手の甲に、口づけしたくなる衝動を抑えた。なんとかエスコートし、彼女を隣の席に座らせる。朗読予定の小説を一緒に見ようと体を近づけると……。彼女は自身にわたしの体が触れることに気づき、とても緊張している。
なんて初々しいのだろう。
抱きしめたい衝動を抑えるのに、苦労する。
大きく息をはいたところで、サロンの主催者である学者が部屋に入ってきた。
文芸サロンを担当する文学者には、朗読でわたしとダイアナを絶対に指名するよう、命じてある。……大人げないし、子供っぽいかもしれない。権力乱用。それはよく分かっている。
でもどうしてもわたしとダイアナの息のあった朗読を、皆に見せたくなっていた。
学者が考えた朗読での配役。
まさか敵役にジョシュを配するとは。この学者は、なかなか粋な計らいができる。
朗読の結果。
わたしは自分が朗読する王子フランソワになりきり、ダイアナもまた、そのフランソワに愛されるジュリーになりきっている。真に迫る朗読に、聞いている令嬢達は涙をこぼし、盛大な拍手をダイアナに贈った。
この結果にわたしは大満足だし、何より、本当に。
ダイアナを抱きしめ、口づけしたいという気持ちが高まり、本当に感情を抑えるのが大変だった。彼女を求める気持ちが、どんどん増していく。ダイアンに対しては一度も覚えたことがない感情だ。
だが一時間のサロンは、あっという間に終わってしまう。
勿論、これで終わらすつもりはない。
椅子から立ち上がろうとするダイアナの腕を優しく掴み、その瞳を見る。
ダイアナは頬を染め、瞳を潤ませた。
たまらないな。
こんな顔。
わたし以外の男に見せたくない。
すぐに独占欲がこみ上げてくる。
深呼吸をして、少し気持ちを落ち着けると。
わたしはダイアナを、明日のお茶に誘った。
明らかにダイアナは動揺している。
それでも「ノー」と言う選択肢は選ばない。
快諾された。
◇
次の日。
ダイアナとお茶をできると思うと嬉しくなり、王宮付きのパティシエに、彼女が喜びそうなスイーツを沢山作らせた。
メレンゲのクッキー、メレンゲケーキ、マカロン、ババロア……なるべく白で統一したスイーツを作らせることにした。ここにアクセントで苺を飾れば、インパクトもあるだろう。
わたし自身も白の衣装を組み合わせる。
服も白の上衣にズボン、シャツはペールブルーで、タイとベストは草花模様の濃紺。身だしなみにもつい、気合いが入ってしまう。
ダイアナの到着は、正門を通過した時点で知らせるように命じていた。
エントランスまで迎えに行き、馬車の到着を待った。
今日のダイアナは、またもダイアンを意識した、マゼンタ色の派手なドレスを無理して着ている。懸命にダイアンになろうと、ツンとした表情を心掛けているが……。
エスコートし、その手の甲に口づけすると、早速、顔を赤くしてくれる。
こんな純粋無垢なダイアナに、ダイアンを演じるなんて、無理なことなのに。
いじらしいダイアナを愛らしく思うのと同時に、このまま馬車に押し込み、唇を奪いたくなる衝動にも駆られてしまう。
大切にしたいのに、奪いたくなる。
相反する感情に翻弄されてしまう。
冷静になるのだ――と、自分を律する。
ダイアナのことが好きなのだ。
口づけをするなら、自分の気持ちをちゃんと伝え、ダイアナに対して口づけをしたい。
そんな日が来るのかは、分からないが……。
いっそこのまま、ダイアナがダイアンとしてわたしと婚儀を挙げてくれれば……。
そんな風に夢想しながら、ティータイムの場としてセッティングさせた温室へ、ダイアナのことを案内する。
屋根も含めガラス張りの温室は、初冬の今、降り注ぐ陽射しでとても暖かい。気持ち良く紅茶を楽しみ、スイーツを楽しめるはずだ。
ダイアナは、初めて見る王宮の温室に、目を輝かせている。
その表情、美しい横顔。
いつまでも眺めていたくなる。
その気持ちを抑え、ダイアナを席へ案内する。
ダイアナは、用意した真っ白で揃えたお菓子に喜び、わたしと二人の小説の朗読も楽しんでくれた。自分がダイアンとしてここにいることを忘れていると思える瞬間は、何度もあった。ダイアナの素の笑顔が出る度に、わたしの心は少年のように、高鳴っている。
「殿下、そろそろ、会議のお時間です」
ダイアナとの甘い時間の終わりを告げられた時。
当然だが、ダイアナに次の約束を求めた。
宰相の息子であるピエールの誕生日の贈り物を、街へ買いに行きたいので、付き合って欲しいと告げたのだ。ダイアナは「え!」と一瞬、困った顔になったが……。
彼女は絶対に「ノー」とは答えないはずだ。
予想通り。
「分かりました」と応じてくれた。