フランツ殿下~離したくない~
ダイアナの美しい瞳に自分が映っている。
そのことを認識し、胸を高鳴らせていたのに。
彼女は視線を窓に向けてしまう。
窓の外に何かあったのか?
急ぎ視線を窓に向けるが、夜の街並みが見えるだけだ。
ダイアナ、どうして視線を窓に向けたのだ?
わたしのことを見て欲しい。
君のその瞳に、わたしを映して欲しい。
その思いで、手を伸ばし、頬に触れる。
あ……。
すべすべとした肌に、思わずごくりと喉が鳴ってしまう。
手の甲以上に柔らかい触れ心地に、心が震える。
ゆっくり、優しく、その顔を自分の方へ向けると……。
あの桜色の瞳と目が合う。
なんて美しいのか……。
この世のどんな宝石でも敵わない、美しい目をしている。
しかも今、その瞳は潤むように震えていた。
心の臓が落ち着かず、大騒ぎを始めている。
それなのに。
……!
なぜ……?
ダイアナが視線を逸らし、瞼によりその美しい瞳が隠される。
我慢できない。
どうしてわたしを見ようとしないのか!
焦れる思いで口を開く。
「ダイアン嬢」
一瞬、「ダイアナ」とその名前を呼びそうになった。
慌てて、彼女の姉の名を口にすると。
ダイアナは体をビクッと震わせ、瞼を開き、視線がこちらへ向かいかけたが……。
どうして……!
彼女は目をきゅっと閉じてしまった。
まさか今、俯いた状態で目を閉じるなんて。
顔を上げた状態で瞳を閉じるなら、口づけの一つもできるというのに。
そこは男の本能で、ダイアナの顎を持ち上げてしまう。
そこでようやくだ。
驚きつつも、彼女の瞼が開き、その瞳がわたしを映す。
ダイアナの目に自分が映ることに安堵し、満足し、そして……。
愛しい気持ちがこみ上げる。
彼女の動作の一つ一つが気になり、恋焦がれてしまう。
素直で健気なダイアナがいじらしく、目が離せなくなっていた。
溢れる想いを込め、彼女の瞳を見つめると……。
彼女がとても困惑している様子が伝わってくる。
こんな風に見つめ合い、距離が近いことに。
ダイアナは、回数は少ないが、わたしとダイアンを見ている。
表面的には普通に接している。
だがその実、ダイアンとわたしが不仲であることには、気づいているだろう。
それなのになぜこんなに情熱的に自分を見つめているのか。
やはり理解できず、でもダイアンの立場を鑑み、「そんなに見つめないでください」と言うこともできない。
……!
まさか。
ゆっくり彼女の瞼が閉じられていく。
ダイアナは、わたしとダイアンが口づけをしあう仲だと考えたのか……?
そう、なのだろう……。
この状況で瞼を閉じるということは、そういうことだ。
口づけをして構わない。
その合図だろう。
だが……。
震えている。
彼女の瞼も睫毛も、それどころか全身を小刻みに震わせていた。
ダイアナは口づけの経験がない……のだろうか?
ない……としか思えない。
こんなに震えているのだから。
それでも彼女は姉のために、自身の初めての口づけを……。
なぜそこまでダイアンのために?
その優しさはとても好ましい。
その一方で。
ダイアンの相手がわたしではなかったら。
わたしではない相手でも、口づけまで許すのだろうか?
そんな嫉妬心まで芽生えてしまう。
渡さない。
ダイアナの初めての口づけは、わたしのものだ。
そう思い、握りしめる手に力を込め、顔を近づけるが。
彼女と交わす初めての口づけ。
それは……ダイアナと呼べる状態が好ましい。
こんな騙すような口づけは……違う!
それでもここまでしている。
今さら、引っ込みがつかない。
その結果。
わたしはダイアナの額へ口づけをすることになった。
唇への口づけに比べたら。
額なのだ。
神からの祝福のため、額へ口づけを与えることもある。
それなのに。
まるで唇に口づけしたかのように、心臓が激しく反応してしまっている。
不思議だった。
ダイアナはダイアンを意識し、ダイアンが着るような、肩、背中、胸元の露出が多いドレスを着ていた。その素肌は美しく、触れたらさぞかし気持ちいいだろうと分かる。でもそんなことよりも。
彼女の優しさと、ダイアンのために自身を犠牲にできるその姿に、すっかり気持ちを奪われていた。なぜそこまでするのか。儚げに震えるダイアナを守りたいという気持ちになり……。
気付けば。
その小さな体をゆっくり抱き寄せ、胸の中で包むように。守るように。優しく抱きしめていた。
彼女は抵抗することなく、わたしに身をまかせてくれている。
その事実に胸が喜びで満たされた。
離さない。離したくない。
言葉を発することなく、ただ抱きしめ続け、この時間が永遠に続くことを願ってしまう。
だが……。
窓の外に目をやり、今、どのあたりを馬車が走っているか認識してしまう。
間もなくダイアンの……ダイアナの暮らす屋敷に到着してしまうと気づいた。
そこで再び思案する。
どうやったら彼女と一緒にいられるかを。
ダイアンではなく、ダイアナと共に過ごしたい。
でもそれを彼女に望めば……。
姉の幸せを願うダイアナは、絶対に私の誘いには応じない。
それならばやはり。
馬車が一旦止まり、門番が出てきた。
御者と会話した門番がチラリとコチラを見る。
馬車の中はほんの一瞬見るだけで、馬車自体につけられた紋章……王家の紋章を確認し、すぐに門を開ける。
再び馬車が動き出す。
屋敷の敷地へゆっくり馬車が入って行く。
「ダイアン嬢」
静かに声をかけたわたしは、再びダイアナに会うために。
もうエントランスが見えてきたところで提案する。
「次は文芸サロンで会いましょう。参加されますよね、ダイアン嬢」